古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第497話

 ニーレンス公爵の愛娘である、メディア嬢の護衛と教育係としてゼロリックスの森のエルフ族が半年単位で人材を派遣している。

 ゼロリックスの森を囲む様に、ニーレンス公爵の領地が有る為に古(いにしえ)の契約に基づいて女性のエルフが来る。

 前回は転生前の僕と交流が有り、僕が古代の魔術師ツアイツ・フォン・ハーナウ本人だと知っているレティシア。

 今回はファティ殿だが、レティシアから僕を鍛える様に頼まれていたらしい。彼女自身も人間にしては強力な魔術師である僕に興味が有り快諾したそうだ、正直余計な御世話と言うか有り難迷惑だな……

 

「ふふ、人間と模擬戦など初めてだ。だが前回会った時より更に強くなっているな、少し驚いたぞ」

 

 ニーレンス公爵の領地の森の中の不自然に広がった空き地で、ファティ殿と向かい合う。森の民エルフ族と森の中で戦う、勝てる要素は限り無く低い。

 しかも戦(いくさ)仕様の民族衣装を着ている、緑色のグラデーションを施したゆったりとした上着に裾の広がったズボン。細かい幾何学模様みたいな柄は魔術文字の変形かな?

 頭には長い布を巻いて手にはネジ曲がった木の杖を持っている、凄い魔力を秘めているのが分かるよ。

 過去にも何度か見たが、アレって何百年も継承されるヤバい程に強力な武器・防具なんだよ。本人だけでも使い続けて三百年以上、子供に継承すれば千年単位かも知れないな……

 

「僕としても、エルフ族の方と模擬戦が出来るとは思っていませんでした」

 

 鍛錬と言う名の模擬戦をニーレンス公爵が周囲には秘密の舞台を整えると言う形で実現した、調整は主にリザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンス様が動いたらしい。

 あの高齢の女傑はアウレール王すら動かせる力が有り、自身も高レベルの土属性魔術師だ。

 メディア嬢の師でも有るが、彼女の魔術師としての才能は並みであり努力も研鑽も積んでいない。

 メディア嬢の操る女性型ゴーレムのワルキューレは、僕のゴーレムポーンと同等くらいかな?

 

「どうしてこうなった?」

 

 見上げた空は何処までも青く、雲一つ無い晴天は僕等の模擬戦を祝福している様で腹が立った。

 何重にも見張りを配置し、僕等の模擬戦は関係者以外には知られない配慮はしてくれた。

 

 だが関係者と言ってもメンバーは、ニーレンス公爵とリザレスク様、それにメディア嬢にレティシアだからニーレンス公爵側には丸分かりだ。

 レティシアは無理を言ってゼロリックスの森から出て来たらしい、人間の領地には極力立ち入らないのがエルフ族の掟らしいが関係無いとばかりに腕を組んで僕を睨んでいる。

 自分でファティ殿に僕を鍛えてやれと言った癖に、いざ模擬戦となると怒るって何なんだ?

 

「どうしてこうなったんだ?」

 

 大事な事なので二回言いました、一寸稽古を付けてやれが大々的な模擬戦になるなんて聞いてないぞ。

 見上げた空は、何処までも青く澄み渡り爽やかな風が頬を撫でる。昼寝でもしたい陽気の中で、魔法特化種族のエルフ族と戦う事になるなんてさ。

 

「本当に、どうしてこうなったんだか……」

 

 呟いた不満は誰にも聞こえずに風に流された……逆に考えよう、普通なら望んでも不可能な魔法特化種族のエルフ族と模擬戦が出来るんだと!

 

 いや、普通は望まない。そんな危険思想は僕には無い、レティシアの件は特別なんだよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 嘆いても腐っても始まらない、今はファティ殿の胸を借りるつもりで……いや、この表現は女性相手だと不味いな。

 なら何だ?共に競い合うには不可能な程、実力には圧倒的な差が有る。八割の力を取り戻してはいるが、現実的には全く足りてない。

 

「では始めるとするかの?双方宜しいか?」

 

 四体のゴーレムに担がせた輿(こし)に乗ったリザレスク様が声を掛けてきた、彼女が審判役をするらしい。

 普段の冷静沈着で平坦な言葉使いと違い、楽しそうな感じなのは魔術師としての本能か?

 エルフ族の魔法に興味津々なのだろう、そして僕の実力を計りたい。コレが模擬戦の真の目的だな。

 

「問題無い、リーンハルトは大丈夫か?」

 

 エルフ族が人間を名前で呼ぶ事は珍しい、何故か彼女は僕の事が気になるらしい。親友のレティシアが気に掛ける人間の子供が珍しいのだろうか?

 エルフの里の販売員だった、バイカルリースみたいに悪感情が無いのが救いだな。興味の有る観察対象とでも思っているのだろう。

 

「準備は出来ています、何時でも良いですよ」

 

 もはや止める事は叶わず、全力で戦うしかない。負けるにしても最後まで食らい付く、この模擬戦で何かを掴める筈だ。

 

「では、始めっ!」

 

 リザレスク様の開始の合図と共に距離を稼ぐ為に後方に跳び下がる、距離は20m弱だが遠距離は魔法特化種族の向こうに分が有るんだ!

 しゃがんで着地し空間創造からカッカラを取り出して頭上で一回転させて振り下ろす。

 

「大地より生えし断罪の剣!山嵐よ、敵を貫け」

 

 二人の中心地点の地中に魔力の株を二つ精製し、そこから各五十本の鋼鉄製の蔦を生やす。全方位から生える山嵐をチラリと見ただけの余裕の表情、物理攻撃は防げるのか?

 

「アイアンランス、乱れ撃ち!」

 

 更に自分の周囲に百本のアイアンランスを錬金し、カッカラを突き出して一斉に撃ち込む!

 

 同時に鋼鉄製の蔦も全方位から突き刺す様に制御する、この飽和攻撃からどう守る?

 山嵐はファティ殿の周辺から生やし半ドーム型に囲って一斉に突き刺す、アイアンランスは正面幅10m高さ2mの範囲を面で制圧する。

 前後左右は山嵐に囲まれ逃げ場は無し、正面からはアイアンランスの猛攻に曝される。

 

 そして直上は山嵐が一番効果的な場所だ、逃げ場は無い!

 

「ふふふ、凄いな。これが人間の少年の魔法だと?これは少し本気にならないと危ないか、古(いにしえ)の盟約に従い深緑の森より来たれ、古代樹よ!」

 

 一瞬で魔力が膨大に膨れ上がり、魔素の光が周囲を照らす。

 

「は?何だよ、何なんだよ、それは!」

 

 魔素の光が収まると枯れた巨木がファティ殿の背後に現れた、精霊召喚魔法だと思うが古代樹の精霊など聞いた事が無い。

 枝を手の様にしてファティ殿を抱きかかえた、山嵐とアイアンランスの攻撃を防ぐには隙間だらけだぞ!

 

「物理攻撃を枝等の物理で防御はしない、魔力の反応が無いから魔法障壁じゃない。結界の類いか?」

 

 目に見えない何かに阻まれて山嵐とアイアンランスの飽和攻撃が、全くファティ殿に届かない。

 飽和攻撃を防いでいるが弾く場所からの火花の散る形から察するに球体の結界、つまり直下からの攻撃も防げると判断した方が良い。

 

「斬撃や刺突は防ぐのか、なら質量攻撃はどうだ?」

 

 鋭い斬撃や刺突の衝撃が軽い攻撃なら防げても、巨大な重量で押し潰す攻撃なら防げるか?

 大地に両手を付いて大量の魔力を流し込む、だが古代樹の精霊の周辺には干渉は出来ないか……

 

「石柱よ生えて砕けよ!多重隔壁圧壊、押し潰せ!」

 

 六方に高さ10mの六角形の石柱を生やし上部から壊す、高い部分から落下する塊は推定5ton。六つで30tonの圧壊攻撃を防げるか?

 凄まじい轟音と地響き、更に土埃が周囲に広がり視界が悪くなる。攻撃の成果が確認出来ない、だが倒せてはいないな。

 警戒を怠らずに正面を見詰める、巨大な魔力は揺らぎなく消失していない。つまり全く攻撃は効いていない、信じたくないが物理攻撃には事実上無敵みたいだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おぃおぃ、自分の目で見ても信じられないぞ。土属性魔術師の上級魔法、百本の鋼鉄製の蔦を操る山嵐と同時に百本のアイアンランス!

複数同時魔法を行使した後に巨大な石柱を何本も同時に生やして上から砕く、あの巨岩による圧壊攻撃とか信じられないな。これを一人の魔術師が制御しているとか、同じ土属性魔術師としての自信が木っ端微塵に砕け散るぞ」

 

 領地の潅漑事業を頼んだ時も予想以上の能力に驚いたが、未だ能力の見積もりを甘く見ていたとは底が知れぬな。

 全く新しいタイプの魔術師だぞ、師が居ない独学が齎(もたら)した常識外の化け物だな。

 

「流石はジウ大将軍率いる五千人の正規兵と、一人で正面から戦えるだけの事は有りますわ。嘘も誇張も無かったのですわね」

 

「千人程度の軍隊なら数分で壊滅させられるぞ、平地での戦いに絶対の自信が有り、自分を倒したいのなら二千人規模の兵士を用意しろと言ったとか……二千人じゃ足りないだろう」

 

 我が孫娘と息子が呆然としている、確かに規格外の高性能さだ。かの『永久凍土』殿も戦場一つを氷付けにし何百人もの敵兵を倒したと聞く、宮廷魔術師筆頭クラスは本当に化け物だな。

 だがサリアリス殿は事前に触媒や魔法陣を用意していたが、リーンハルト殿は即興だ。その差は何だ?

 

 巻き添えを恐れて更に距離を取る、レティシア殿が結界を張って安全なのは分かるのだが人の頭程の砕けた岩が飛んで来るのは恐ろしい。

 

「ふむ、流石はリーンハルトだな。更に強くなっている。だが未だ八割か、先は長いな」

 

「八割?アレでか?じゃあ十割の完全になったらどうなるんだ?」

 

 レティシア殿が独り言の様に呟いた、八割とは何に対してだ?ファティ殿との力量差ではないな、彼女はもっと強い。

 リーンハルト殿の猛攻を完全に防いでいる、二割差なんてものじゃない。二倍か三倍か、それ位の差が有るだろう。

 

「信じられないが無傷だと?あれだけの攻撃が全く効いていない」

 

「あの古代樹と呼ばれた精霊の力なのでしょうか?」

 

 土埃が風で流され視界が良好になると、大量の瓦礫の中に佇むファティ殿が見えた。腕を組み何故か何度も頷いている、リーンハルト殿の力に感心しているのだろうか?

 それは屈辱に近い行為だぞ、全く攻撃が通じない相手に感心されるなど……リーンハルト殿は大丈夫か?

 人間の魔術師の頂点たるリーンハルト殿が完全に子供扱いだ、魔術師として絶対の自信を持っている彼のプライドが……

 

「笑ってるだと?諦めや茫然自失の笑いじゃないぞ、暗い喜びを含んだ笑いだ。正直怖いな、狂気を含んでいるだろ」

 

「狂喜の魔導騎士、バーナム伯爵とライル団長を相手に模擬戦をした時に浮かべた笑いでしょうか?」

 

「つまり此処からが本番、まだ手立てが残っているのだな」

 

 絶望的な力量差を見せられても未だ笑える余裕、しかも酷く攻撃的な笑いだ。冷静沈着、誠実で情け深いと言われるリーンハルト殿の本性は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 風により土埃が晴れたが、ファティ殿は無傷か。予想通りとはいえ凹む、物理的攻撃は無効か。

 

「中々の威力だな、多彩な技に加えて信じられない錬金技術だ。我がゼロリックスの森の百歳以下の連中では、リーンハルト殿に勝てないだろう」

 

 腕を組んで高圧的に誉められても信じられるか!未だだ、未だ僕の全てをぶつけていない、物理的攻撃が駄目なら魔力付加による属性攻撃ならどうだ?

 

「有り難い御言葉ですが、ファティ殿は無傷では僕の自信など砕け散ってしまいます。ですが未だ全てを見せてはいません、もう少しだけ付き合って頂きます」

 

「ほぅ?これ以上の攻撃とはな。良かろう、受けてやるぞ」

 

 両手を広げて無抵抗で攻撃を受けるとか、全くエルフ族って奴は自信の塊みたいな連中だな。その自信満々な顔を驚かせてやるぞ、雷光の技術を流用すれば風属性攻撃だって擬似的に使えるんだ!

 

「クリエイトゴーレム。ゴーレムルークよ、叩き切れ!」

 

 ファティ殿の三方に8m級のゴーレムルークを巨大な雷光を装備して錬金する、剣による斬撃に巨大故に打撃としての効果も有る。

 更に雷光なので雷属性の電撃攻撃も付加される、これで駄目なら魔力刃しか攻撃手段は無い。

 

「一斉攻撃!」

 

「馬鹿な、雷撃だと?」

 

 三方向からの雷光の攻撃、余裕の表情のファティ殿だが、結界に当たった瞬間の雷撃を見て固まった。

 込めた魔力を一撃で放出させた、最大出力の雷撃の余波は周辺の大地にも稲妻を走らせる。雷撃は高い火力も持ち合わせている、古代樹が木に関連が有るのなら火は弱点の筈だ。

 

「初めて魔力の揺らぎを感じた、つまり効果は有った訳だ」

 

 未だに土埃と煙に覆われ、絶えず稲妻が走るのが確認出来る。初めてファティ殿の魔力が揺らいでいるが、もう一頑張り必要だよな?

 

 


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