古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第493話

 予定外の王宮に宿泊、予定外の女性達との出会い。濃い一日を過ごした、今日はのんびりしたいと思っても悪くないよな?

 豪華な朝食を食べた後、二度寝というかベッドに飛び込んだ。少し休んでから仕事をするか、自分の屋敷に帰るか?

 起きた時よりも雨が弱くなっている、昼過ぎには止みそうだ。無理に雨の強い時に帰る必要は無いか……

 

 フカフカなベッドに仰向けになり四肢を伸ばす、知らない内に疲労が蓄積していたのだろうか?瞼が重くなり思考に靄(もや)が掛かる。

 

「偶には二度寝も良いか、最近忙しかったから……」

 

 護衛のゴーレムナイトを確認してから意識を手放した、そう言えば雨音は子守歌だと聞いた事が有ったな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目が覚めたのは偶然だった、寝返りをした時にベッドから毛布がズレ落ちて寒くなったからだ。

 

「む、寝過ぎたか?」

 

 目を擦り眠気を覚まし覚醒を促す、雨は未だ降り続いているが弱くなっている。薄暗い室内では時間の感覚が無い、昼間か夕方か……今は何時だ?

 ベッドから起き上がり手櫛で寝癖を直す、窓に近付いて中庭を見下ろすが見えるのは巡回している警備兵だけだ……

 

「おお、十二時か!四時間近く寝てたのか」

 

 時計を見れば長針と短針が真上を示している、朝食食べて寝て昼食とか自堕落過ぎて駄目だな。

 それに朝食の量が多かったので空腹感が全く無い、昼食は抜いて三時に何か食べよう。

 

 首を回して凝りを解く、眠気が完全に消えて思考がクリアになった。先ずは『戦士の腕輪』の魔導書を書く為に、廉価版を錬金する。

 up率は20%に設定、能力が低いので錬金自体は難しくなく三種類共にピッタリ20%に出来た。見本用に五個錬金し、魔導書と合わせて魔術師ギルド本部に渡す。

 設計図となる魔導書と現物見本、この二つが揃っていた方が分かりやすいだろう。

 

「失礼します、リーンハルト様。音がしましたので、起きられたのと思いまして。昼食はどうなさいますか?」

 

 控え目なノックの後に入って来たのはセシリアか、二度寝したのを知ってたのは覗かれたかな?

 

「ん?セシリアか、昼食は要らない。後で紅茶と焼き菓子か何か甘い物が欲しいな」

 

 魔導書を書く為の準備をする、空間創造から白紙の本を出して広げる。

 最初に書く文は『エムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ箸。魔導の深淵を求める者よ、安寧と怠惰を捨てて邁進する事を望む』だ。

 一文を記入して見上げれば、未だセシリアが退出せずに立っている。

 

「何か他に用が有るのかい?」

 

 紅茶を用意してくれと頼んだが、セシリアは執務室から出て行かない。何か僕に用が有るのか?少し困った感じだが、聞き辛い事なのか?

 

「その、昨夜の件ですが……リーンハルト様は、クリステルを側室に迎えるのでしょうか?」

 

 凄く困った顔で回答に困る質問をされた。逆に一回夕食を共にしただけで側室に迎えるって、話が飛躍的過ぎるだろ?

 

「は?何を言ってるんだ?」

 

 ああ、そうか!

 

 セシリアは、ローラン公爵の縁者だ。折角の夕食の誘いを断り、レジスラル女官長とクリステルとの食事を優先した事が疑問なんだな。

 ローラン公爵は、セシリアに理由を聞いて来いと命令した。折角ユーフィン殿と仮初めの婚約をしているのに、先にクリステルが側室にでもなったら困る。

 

「レジスラル女官長には世話になっているからね、孫娘であるクリステル殿が体調不良の為に王宮を去る前に一緒に食事をして欲しいと頼まれたんだ」

 

 昨夜の詫び状には、クリステル殿の事は書いて無い。先約であり仕事絡みの相談も有るので、レジスラル女官長と食事をしますと送ったんだ。

 それが年頃のクリステル殿に対して、僕は淑女として最上級の対応をした。給仕の連中とか結構な人数が目撃しているから、不安になったのか?

 僕が貴族令嬢と親しくするのは珍しいから余計に心配になったか、レジスラル女官長は公爵五家の何処にも派閥として組み込まれてない。

 

 王宮内の全ての女官と侍女を束ねる地位に居るから、外部からの干渉を嫌う。

 僕がクリステルの件でゴリ押し出来たのは、本当に運が良かったんだな……

 

「クリステル殿は王宮を去って領地にて療養するらしい、だが不治の病とも聞いている。

孫娘の為に最後の晩餐会を僕と行いたい、その願いを叶えたんだ。正直な所では、無表情ながら不治の病だとは思えなかったけどね」

 

 レジスラル女官長の立場で僕に嘘や謀(はかりごと)はしないと思っていると締め括った、実際に適当な日数の後に病死として貴族院に届ける手筈だ。

 彼女は亡くなり、僕との縁も切れた。平民となり僕の影の護衛として仕えてもらうが、真実を教える必要は無い。

 知れば無用な警戒を招くだけだ、レジスラル女官長の話ではクリステルは他の侍女達と特に親しくはしていない。

 まぁ無表情で対人関係は苦手そうだし本業は暗殺者だし、他との接点は極力減らしていたのだろう。

 

「そうだったんですか……朝からクリステルが居ないので、何か有ったのかと思いました」

 

 あからさまに安心した表情なのは、僕と彼女が同衾したとでも思ったのか?レジスラル女官長も対応が早いな、既に王宮から領地に向かった事になっている。

 今夜か明日にでもクリステル殿はクリスとなり、僕の屋敷を訪ねて来る。だが正面から訪ねて来ない気がする、彼女の暗殺者としての技術で僕の屋敷を攻略出来るかな?

 逆に其方の方が楽しみだが、アーシャ達には事前に教えておかないと不味い。変な誤解は勘弁して欲しい、屋敷が襲撃されたとか外部に広まると大事になる。

 思わずニヤけてしまうのは、大分僕も毒されているのか?

 

「その、リーンハルト様はユーフィン様と……」

 

「ローラン公爵から話を聞いてないのかい?下話は済んでるけど、悪いが僕からは未だ何とも言えないんだ」

 

 セシリア、頑張るな。そんなに情報収集がしたいのか?ユーフィン殿が仮初めの婚約者になる事を知らなそうだぞ。

 現段階で吹聴する気は全く無い、出来ればサルカフィー殿と言い争う時まで内緒が良い。先に噂が広まれば、サルカフィー殿がどう動くか分からなくなる。

 

「いえ、仮初めの婚約者になるとは聞いています。リーンハルト様が了承したのが……」

 

「政略結婚を否定する僕だから、ユーフィン殿と愛を育んだとか思ったのかい?全く違うよ、これは王命絡みだから拒否は出来ない。でも詳細は未だ内緒なんだ」

 

 苦笑気味に話す、だがユーフィン殿はセシリアの仕えるローラン公爵の縁者。余り蔑ろにする態度は受け入れられないだろう。

 

 だが更に頑張るな、どうしたセシリア?不用意に情報を広めるのは勘弁してくれよ。今回の王命の肝はユーフィン殿を巡る婚約者としての戦いだ。

 バーリンゲン王国を負かせた後なら、如何様にも誤魔化せるし有耶無耶に出来る。だが今は不味い、ユーフィン殿の婚約者として既成事実を積み上げたくはない。

 あくまでも秘密裏に水面下で婚約という動きが有ったが、色々な事情で解消される流れが望ましい。

 

「申し訳有りませんでした」

 

 ふむ、言葉少なく謝罪して出て言ったが、何かしらの悩みが有りそうだな。気になるが、理由は彼女から教えて貰う迄は不干渉かな。

 悩みが有るなら相談には乗ると伝えたが、大丈夫ですと言われてしまった。彼女の悩み事は何なんだ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 複数能力upのマジックアイテム、『戦士の腕輪』の魔導書を書いて見本も用意した。これを魔術師ギルド本部に渡せば大丈夫だろう、果たして何人が高みに登るか楽しみだ。

 僕とは違い三種類の能力up付加を与えるマジックアイテムを錬金するのは難しい、だから三種類のマジックストーンを作り組み上げる方法にした。

 要は各々が干渉しない方法を構築するのが肝なんだ、残念だがこの魔導書に書いた方法では能力up率30%迄しか干渉を抑えられない。

 此処から先は魔術構成を理解し、自分で組み替えないと不可能なんだ。模倣だけでは魔導の真髄には辿り着かない……

 

 三時間程過ぎたみたいだ、机の上を片付けて魔導書とマジックアイテムを空間創造に収納する。

 呼び鈴を鳴らせば、今度はオリビアがやって来たので紅茶と甘い物をたのんだ。

 窓際に移動して外を見る、庭師達が風に曝された庭木や花の整備に入っている。未だ雨は止まないが日が暮れる前に処置をしておきたいんだな、花壇とか結構土が流されてるし排水の溝とか掘ってるのか?

 

「ふむ、雨は大分弱まったな。これは夕方には止むかな?」

 

 分厚く真っ黒だった雨雲が薄い灰色に変わった、雨粒も小さくなった。窓から見える遙か先は空が明るくなっている、この異常気象も収束に向かっている。

 

「リーンハルト様、紅茶の用意が出来ました」

 

「うん、有り難うって……」

 

 何故、オリビアの他にセシリアとイーリンまで居るんだ?空気を読めば全員で紅茶を楽しもうだろうな、無言で並ばれても困るんだぞ。

 

「皆も一緒に紅茶を飲むかい?」

 

「「「はい!リーンハルト様」」」

 

 元気良く返事をされてしまった、ソファーは広く大きいから侍女が三人並んでも平気だ。

 全員に紅茶が行き渡ったのを確認して一口飲む、さて我が儘を言ってまで一緒に紅茶を飲む理由を教えてくれるかな?

 

「オリビア達は定期的に実家に帰るのかい?昨夜に行った女官や侍女達の住む棟に部屋は有るんだろ?」

 

「はい、私は月に二日位しか帰りません。お休みは七日間に一日頂きますが、大抵は与えられた部屋に居ます。外出は手続きが大変なのです」

 

「ハンナさんやロッテさんも半分は自宅に帰ってないですわ、馬車の手配とかタイミングが合わないと自費になりますから……」

 

 結構渋いんだな、専用の馬車を持たないと自由に使えないのか。確かに淑女が王宮から徒歩で帰るとか有り得ない、だが侍女が馬車を使うには申請が必要だし優先度は低い。

 自分の屋敷から毎日馬車を王宮に送る事は可能だが、何かしらの問題が有るのだろう。

 

「折角の休日でも、する事が無くて暇なんです。外出は厳しいし商人を呼び寄せる訳にもいかないのです、流行に乗り遅れてしまいます」

 

「ああ、お洒落事情だね。確かに御用商人でも王宮内に呼ぶのは大変だよね……」

 

 僕だって御用商人のライラックさんを呼ぶのに申請が必要だ、一介の侍女が自分の買い物の為に呼び出すのは不可能だな。

 もしかして、パミュラス様も着飾るドレスや身に付ける装飾品の購入に苦労しているとか?

 基本的にはアウレール王の寵姫に会える異性は親族位だ、直接商人が会って交渉など不可能。希望を聞いて候補の品々を渡して見て貰う流れか?

 

「最近はリーンハルト様が装飾品を贈って下さるので、問題は無いのですが……」

 

「私達の仲良しグループ以外の方々から文句を言われてしまいます」

 

 いや、対価として渡しているので贈ってないし!それに文句を言われて困ってますの顔じゃない、淑女がドヤ顔なんてするな!

 

「商人の真似事は出来ないよ、確かに装飾品は売るほど持ってるし作れるけどさ……因みに後宮の寵姫の方々って、どうしてるのかな?」

 

 彼女達の思惑が見えてきた気がする、自分が欲しいんじゃない。多分だが、パミュラス様のお付きの侍女あたりが騒いでいるんだな。

 パミュラス様の為に、ドレスや装飾品を献上しろって。それをレジスラル女官長が断り、周囲に愚痴でも漏らしているのだろう。

 寵姫と後見人の不仲説とか流れてみろ、困るのはそっちの方だぞ。僕は支援を止めても構わない、リズリット王妃に配慮してる事と嫉妬の緩和でしかない。

 

 最悪嫉妬の緩和なんて自分で何とかすれば良い、どうにも出来ない訳じゃなくて手間を惜しんだだけなんだ。

 理由なんて集られたからとか、要求が酷いとか何とでもなる。厳密に言えばパミュラス様は王族でない、御子様が大切なんだ。

 パミュラス様との関係と距離は再度検討する必要が有る、極力接点を無くしてもコレでは……

 

「親族の方々が献上と言う形で持ち込みます」

 

 やはりな、パミュラス様の親族はエムデン王国には居ない。定期的な使者が来て、ドレスや装飾品を持ち込むのだろう。

 そんな状況で後見人の僕が、他の侍女達に大量の装飾品を渡せばパミュラス様を優先しろって騒ぎ出す。

 彼女達の中では仕えし女主が一番大切で最優先されるから、僕など財布位にしか考えてないだろう。

 

「パミュラス様の御意志じゃないよね?」

 

 何を?とは言わずに質問する、多分だが此処からが本番だ。

 

「はい、あの取り巻き達が私達王宮付の侍女達に囁いてくるのです。リーンハルト様とは話が付いているから、パミュラス様の手紙を内緒で渡して欲しいと……」

 

「人気者のリーンハルト様と直接会う事も出来るし、お礼を言われるでしょう。そう囁くのです」

 

 馬鹿野郎がっ!

 

 いや、女性だから女郎(めろう)か?そんな秘密の手紙なんか受け取れば、不義密通の疑惑が掛かるだろ!

 

「頭の足りない女達です。レジスラル女官長が不要な要求は弾いていますが、直接手紙で要求されれば断れないと考えたのでしょう」

 

「そして不義密通の疑惑を秘密にする為に言いなりになると考えたのでしょう、仕えし主の危険が分からない愚か者ですわね」

 

「パミュラス様の所に頻繁に、コッペリス新男爵が訪ねています。元々御友人ですから、変では無いのでしょう」

 

 む、パミュラス様の侍女だけでなく、コッペリス新男爵……エリアル男爵まで出て来たか。しかし呼び名が定まらないな、正式なら家名を名乗りグンター男爵だし領地名ならエリアル男爵。

 名前だとコッペリス男爵だが、皆さんコッペリス男爵と呼んでいる。公の場ではグンター男爵だと思うが、分かり難いからエリアル男爵と呼ぶか。

 

「彼女達は増長しています、後宮は整理され二十人以上の寵姫がお里下がりの名目で実家に帰されましたわ」

 

「残っている寵姫の中でも、御子を生んだ方々は少ないのです。後宮序列が上がりましたから……」

 

 今までは下の方だったが、今回で上位に食い込んだから浮かれているのか。その心の驕りにエリアル男爵が付け込んだ、あの女は全然反省していない。

 勿論だが証拠は残してない、だが確実に僕を追い込んで来る。大したダメージだぞ、少なくとも僕とパミュラス様の進退に関係する程の大問題だ。

 

「お馬鹿な侍女達を唆して、友人を失脚に追いやっても復讐したいのか?」

 

 昨日と今日は女難の相でも出ているのか?放置は不可能だ、全く面倒事ばかり降り懸かって嫌になる。

 

「有難う、有用な情報だったよ。悪いが王宮の女官と侍女達は真実を伝えてくれると助かる、僕とパミュラス様は上手く行ってないってね」

 

 早速だが、レジスラル女官長に相談する事が出来た。後はリズリット王妃にもか、ザスキア公爵とも話したいな。

 

「あの、リーンハルト様?凄く笑顔が怖いのですが……」

 

 失礼だな、そんなにドン引きされても困ります。だか彼女達には御礼が必要だな、流行に乗り遅れるのが嫌か……何か考えるかな。

 


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