古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第492話

 連続三人の女性の対応に追われた、クリスにユーフィン殿にコッペリス男爵だ。華やかだとか全く思わないし嬉しくもない、だがクリスを配下に出来た事は良かった。

 敵に回せば厄介だが、味方ならば頼もしい。だがバーリンゲン王国との戦争の時には連れていかねばならない、ジゼル嬢達の守りには使えないのが残念だ……

 

 元々分厚い雨雲の為に薄暗かったのだが、完全に日が落ちたら真っ暗だ。窓から見下ろす王宮の中庭の街灯の光が心許ないな、この天候でも警備兵が巡回している。

 

「そう言えば王都の魔術師ギルド本部にライティングの魔法を教えてないな、有耶無耶の内にギルドに所属したから……」

 

 教えても良いから対価を示してくれって言ったままだった、他にも色々教えたからライティングまで要求されなかったんだ。

 夜間警備の為の照明として簡易版の術式を考えて魔導書を書くか、夜間照明の充実は防衛力を高める。

 野戦で運用すれば、夜間攻撃が激変するぞ。野戦用の大規模夜間照明か、難しくはないな。

 

「色々とアイデアが浮かぶ、だが今はお腹が空いた。夕食だが……」

 

 何故か僕が王宮に泊まる事が広まっている、夕食を一緒にとお誘いが三通。執務机の上に置かれている、誰かの誘いを受けるべきか?それとも全員断るか?

 

「グンター侯爵はコッペリス新男爵と一緒だろう、ローラン公爵はユーフィン殿と一緒。最後はレジスラル女官長だが、クリスと一緒か?」

 

 貴族的常識から言えば身分上位者である、ローラン公爵の誘いを受けるべきだ。他の二者に断りを入れる理由としても問題無い、だがユーフィン殿も居るだろう。

 僕の執務室に客人として招き入れ、ローラン公爵と共に夕食まで一緒となれば……

 どちらにしても婚約者として公言するから問題は無い、無いが婚約を解消する時に少々不味い事になりそうな予感がする。

 戦争の原因の一因である、サルカフィー殿とユーフィン殿を取り合った事実。そして日頃から友好的だった事、バーリンゲン王国に勝った功績と合わせれば責任を取る為にと簡単に解消出来るか?

 

 グンター侯爵とコッペリス男爵だが、敵対寄りの関係だ。コッペリス男爵も謝罪に来たのか煽りに来たのか分からない態度だった、プライドとか面子とかが邪魔して素直に謝罪出来なかったな。

 これを可愛いと受け取るか、愚かな行動と取るか……向こうもリズリット王妃の庇護と実家の影響力が有るからな、素直にはなれないか。

 

 レジスラル女官長とクリスだが、少し脅かし過ぎたか?一族全て極刑は、厳格なレジスラル女官長の意志を曲げさせてしまった。

 本来の彼女ならば、自身とクリスの死をもって責任を取る位はした。それを一族の命を盾にして、僕が罪を不問にして有耶無耶にした。

 ケアとフォローをするならば、レジスラル女官長の誘いを受けるべきだ。パミュラス様の対応を一任して貰ってるし、僕自身も彼女から学ぶ事は多い。

 

「レジスラル女官長の誘いを受けるかって……何だよ、このタイミングで雷が鳴るとは縁起が悪いな」

 

 真っ暗な雨雲から稲光が見える、ゴロゴロと波乱万丈な選択を後押ししたか非難したのか?

 だが決めたからには急がなければならない、直ぐにレターセットを取り出してローラン公爵とグンター侯爵に詫び状を書く。

 使いを送り口頭での詫びよりも書面を認(したた)めた方が丁寧だ。身分上位者と同格には配慮が必要、これも処世術か……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 雷が強くなってきた、王都の外の平野部に幾筋もの落雷が見える。風属性魔法の最上級には雷を操る魔法が有ったな、現代の風属性魔術師は誰も使えないそうだが……

 

「砦一つを崩壊させる程の使い手が居たな、ルーツィアと呼ばれた人外の魔術師。彼の『収束轟雷撃』と『拡散百筋落雷』には僕も逃げるしかなかった」

 

 夕食に招待されたので指定の場所に向かう、レジスラル女官長のテリトリーは女官と侍女達の生活するエリアだ。

 僕等が居る棟とは中庭を横切る渡り廊下と繋がっている、多分だが外部に繋がる出入口の数を絞り監視し易くしている。

 エムデン王国に仕える淑女達の巣窟、そのトップなのがレジスラル女官長だ。その彼女に譲歩を引き出せたのだから、クリスには感謝しなければ駄目なのかな?

 

 渡り廊下を通る時には横殴りの雨に晒されたが、魔法障壁を張って防いだ。物理的なモノには干渉出来るからな、雨具の代わり位にはなる。

 王宮内は入り組んでいて僕でも幾つかの目的地に行く順路しかしらない。自分の執務室や練兵場、謁見の間や謁見室とかだ。

 

 女官達が住まうエリアの入口に、レジスラル女官長のお付きの二人の片割れであるベルメルというレジスラル女官長の側近。

 三十代半ばだろうか落ち着いて品の有る女性だ、右目下に縦に二連の黒子(ほくろ)が特徴的な優しそうな御婦人。

 偶に僕に流し目を送って来るが、どう解釈すれば良いのか悩む。まさかとは思うが誘惑されている訳じゃない、じゃあ何だって事になる。

 

「お迎えに上がりました、リーンハルト様」

 

「ベルメル殿、助かります」

 

 この女官と侍女達のエリアへの立ち入りだが、僕ならば立場上は無許可でも問題無い。だが淑女達の生活空間に男の僕が出入りするのは醜聞のネタになる、実際に恋人関係になった紳士達が侵入し叩き出されている。

 馬鹿みたいな話だが、このスリルが恋愛の醍醐味だと言うらしい。馬鹿過ぎて頭が痛い、此処に居る淑女達は全員が上級貴族やそれに準ずる貴族の令嬢だ。

 そこに夜這い紛いに不法に侵入する、生半可な爵位だと物理的に首が飛ぶ。実際に逢い引きは個人の執務室が無ければ、使用してない部屋とかを使うらしい。

 

 流石は女性しか居ない区画だからか、他よりも照明が多い。ベルメル殿の後ろを歩いているのだが、妙に擦れ違う淑女達が多いな。

 

「ふむ、観察されている訳かな?」

 

「リーンハルト様は私達の人気者、一目でも近くで見たいのですわ」

 

 独り言だった呟きに、ベルメル殿が律儀に答えてくれた。確かに僕は王宮の女官や侍女、警備兵達から人気が有る。淑女達は僕に見初められれば、実家が大きい利益を得る。

 貴族の子女にとっての結婚相手は、実家に利する相手の事だ。僕は派閥に捕らわれず親族も少ないから人気が有る、モテモテとか馬鹿な考えはしない。

 逆に貴族令嬢は大変だと思う、僕も男爵に叙された時に貰った必読本の女性用をイルメラとウィンディアに読ませるべきか?

 

「む、ラナリアータ。久し振りだね、プラムのジャムは美味しく頂いてるよ」

 

 小柄なラナリアータが頑張って他の侍女達の間から顔を出していた、彼女には二つの恩が有る。だが構い過ぎると嫉妬の対象になるから、逆に迷惑かな?

 

「ははは、はい!今はナツメヤシの果実の加工がですね」

 

 両手を振り回すのは癖なのか?今日は壺を持ってないが、両隣の同僚に当たってるけど大丈夫か?

 

「また差し入れしてくれると嬉しい」

 

 この子を見ていると和む、自然と笑みが浮かぶ。この恋愛感情の全く無い好意的感情ってなんだ?

 

「もももも、勿論です!」

 

 妹ってこんな感じなのかな?ウェラー嬢とは感じが違う、見守りたくなる相手か?これって父性って奴かな?

 転生前には子宝には恵まれなかった、転生しアーシャと子作りに励んでも妊娠の兆候が無い。もしかして僕は、転生後も種無しなのか?

 

「ベルメル殿、お待たせして申し訳ないです」

 

 思わず話し込んでしまった、笑顔で待っていたベルメル殿に詫びる。時間が迫ってる、ベルメル殿も不安そうにしているし……

 

「ラナリアータは、リーンハルト様と……その、お知り合いなのですね?」

 

「はい、前に王宮内の果実園でプラムを収穫してるのを見まして。ジャムにすると聞いたので、少し貰いました。僕は酒豪と言われてますが、甘い物も大好きなんですよ」

 

 まだ未成年ですからと笑いを取る、周囲の淑女達も微笑んでいるが少しあざとかったか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 案内された部屋は結構広い、来客用の食堂だろうか?既に普段と同じ服装のレジスラル女官長と、妙に着飾ったクリスが居た。

 純白をベースに青の縁取りを施したデザイン、胸を強調しウエストをキュッと細くしてふんわりと広がるスカート。広く開いた胸元には大きなサファイアのネックレス。

 髪型も高く結い上げているし、薄く化粧まで施している。

 

 ああ、そうか。貴族令嬢として、クリステルとして最後の晩餐か。彼女的には平民になる事を問題にしていないが、祖母として孫娘の為の最後の手向け。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

「ようこそ、いらっしゃいました、主様」

 

 固い表情のレジスラル女官長、無表情なクリス。だが今夜はクリステルとして扱おう、それがレジスラル女官長の望みであろう。

 

「お招き有り難う御座います、レジスラル女官長」

 

 レジスラル女官長相手には、型通りの挨拶を交わす。その後にクリステルの前で片膝を付いて右手を取る。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイと申します」

 

 右手の甲に軽く唇を寄せる、僕が手の甲にキスをしたのはセラス王女とメディア嬢だけだ。これにはレジスラル女官長も固まった、淑女に対して最大級の対応だからだ。

 侯爵待遇の宮廷魔術師第二席に跪いて貰える淑女が、エムデン王国内で何人居るのか?王族以外ならば両手両足で足りる人数しか居ない。

 

「有り難う御座います、リーンハルト様。その、照れという感情を初めて感じました」

 

 クリステルも僕を主様と呼ばずに、リーンハルト様と呼んだ。照れの感情か、無表情な彼女の頬に僅かながらも赤みが差した。

 

「クリステル殿に良く似合ったドレスです。いや、衣装の方が負けていますね」

 

 歯の浮く台詞を羅列する、レジスラル女官長は完全に固まっている。僕には似合わないか?それとも無表情から真っ赤になって照れる孫娘が信じられないのか?

 夕食の後に、お茶とデザートを楽しんだ。給仕してくれた侍女達も驚いただろう、だがクリステルは明日には王宮から実家に戻り表向きは病死する事になる。

 僕が親しくしていたクリステルは、噂が広まる前に病死する。だからこそ此処まで恥ずかしい対応が出来た、亡くなった相手との浮いた噂など意味が無い。

 だがレジスラル女官長とクリステルの実家とは、僕は懇意にしていると思うだろう。

 

 クリステルは、最後の晩餐が出来た事を祖母であるレジスラル女官長に感謝したそうだ。感情を強制的に排除された少女は、一晩限りだが照れと幸せを感じる事が出来た。

 今はそれだけで良い、何れ感情の回復について本格的に調べる必要が有るだろう。

 

 自分の執務室には奥に寝室が有る、主には仮眠用だが泊まる時も有るので助かる。

 流石に風呂は無いが、上級貴族用の浴室は解放されているので入浴も可能だが今夜は身体を拭くだけで済ませた。

 寝間着に着替えてベッドに潜り込む、時刻は十一時を過ぎた位だ。未だ雨風は強い、雷鳴こそ聞こえないが明日までは荒れた天候だろうな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

  王宮に泊まった翌日も天候は荒れている、大粒の雨が容赦なく大地に降り続ける。風が弱まったのが救いだが、予測通りに明日は晴れるのだろうか?

 王宮に仕える女官や侍女達は王宮内に部屋が有る、結婚している者は自分の屋敷から通いの場合も有る。

 朝食はオリビアが用意してくれた、頼めば国費で朝からフルコースも食べれる。僕は軽めにと頼んだが、それでも量が多い。

 

 高貴なる我等貴族はって奴だ、無駄な贅沢だが貴族の義務だとか何とか馬鹿げていると思う。贅沢を贅沢と思わない、奉仕されるのが当然だと考える。

 アーシャ襲撃で貴族の資格こそ剥奪されなかったが、領地も資産も没収されたグレース嬢は、姉妹の伝手でバーレイ男爵家に身を寄せた。

 父上もエルナ嬢の頼みを断らなかった、だが彼女を嫁にと望む貴族は居ないだろう。貴族令嬢が急に平民階級に落とされれば、悲惨な最後しかない。

 アルノルト子爵と息子のフレデリック殿は幽閉、その他の親族も他の親族を頼り離散した。グレース嬢だけ引き取り先が無かった、金使いが荒いのと性格に難有りが原因だ。

 

「やれやれ、エルナ嬢も妹には甘かったか。確かに見捨てれば騙されて場末の娼館に売られたかも知れない、優しい彼女が突き放すのは無理か……」

 

 金銭的な援助をするか、流石にグレース嬢も我が儘は言わないだろう。エルナ嬢に見捨てられれば、もう後が無いのだから。

 それでも我が儘を言うなら、エルナ嬢も見捨てるしかない。エルナ嬢から丁寧な詫び状を貰っている、頼られても突き放せと言われていたが無理だったと……

 その優しさが彼女の魅力であり側室の息子である僕に愛情を注いでくれる理由だ、だから気にしないで欲しいと返事を返した。

 

 ニルギ嬢と合わせて年頃の淑女二人の面倒をみるのだから、父上の負担は大きい。だが独立した息子に援助を頼むのも、親としての面目が立たない。

 それとなくエルナ嬢に援助をする事にした、彼女も僕が気にしてないと確認出来る。月額金貨百枚を送る、実家の援助は悪くないし大丈夫な筈だから。

 


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