古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第490話

 先程まで歩いていた通路を引き返す、レジスラル女官長にクリステル殿の事を相談する為にだ。

 この娘は、レジスラル女官長から僕に仕えろと命令されたらしいが弱い相手は嫌だと確認の為に襲って来た。

 本来の護衛とは護衛対象より強いのが当たり前だが、何故護衛される筈の僕が勝たないと駄目なんだ?その判断基準は何だ?

 

「もし誰かに見られていたら大騒ぎだったよ」

 

 君の親族が三親等まで極刑確実、上級貴族への危害は容赦の無い罰が待っている。僕は侯爵待遇で宮廷魔術師第二席、誰かに知られたら罪を問わずは無理だったぞ。

 

「問題無い、人払いの幻術を掛けていたし警備兵の巡回時間とコースは確認済み。多少の音や痕跡は雨が消してくれるわ」

 

 無表情で隣を歩く同い年位の少女は、只の脳筋じゃなく計画性の有る戦闘狂かよ。全く気配を感じず足音もしない、自分が暗殺者とかもう隠そうともしない。

 本来の影の護衛とは、護衛と分からせずに保護対象者の近くに潜む者じゃないのかな?この子は単一戦力として扱った方が良いかな。

 

「それで僕は合格かい?不合格かい?」

 

「悔しいけど文句無く合格、まさか私の幻術が効かないとは驚いたわ」

 

 特に不満そうではないが嬉しそうでもない、感情の表現を訓練で削ぎ落とされたのかも知れないな。

 転生前も王族の影の護衛達は、不要な感情を無くして任務に徹する訓練を施された奴等も居た。死を恐れずに任務を遂行する、死兵と呼ばれていた連中だ。

 このクリステルという娘はどうだろうか?中途半端に感情が残り、変な所で素直だ。レジスラル女官長の命令を自分の感情を優先し無視した、死兵としては失格だよな?

 

 しかし幻術か……噂では風属性と水属性の複合魔法らしいが、実際はどうなんだろう?

 精神系の魔法でなく視覚を誤魔化すから、光の屈折率とか操作するので空気と水の両方を操る必要が有るらしい。

 興味は有るが戦場での決定的な効果は薄い、暗殺者向けの魔法だよな。

 

「いや幻術は効いてたよ、だから物理的に周囲丸ごと攻撃したんだ。僕の黒繭(くろまゆ)は直径6m、感知迎撃範囲は直径30m。

自身を中心に15mまで接近した相手を自動的に攻撃する、黒繭の迎撃範囲を抜けても魔法障壁と浮遊盾の防御が有るから攻撃は通じない」

 

 不思議な魔法だった、レジストしてた筈なのに視界に入る情報は偽りのモノだった。雨に濡れれば周囲と同化しようが分かるのに、雨粒はクリステルに当たる事なく地面の水溜まりに波紋を浮かべていた。

 いや、そう見せられていたのだろう。

 

「何それ、呆れた高性能ね。私の幻術に嵌まりながら力ずくで食い破るとか、失礼過ぎて眩暈がしたわ」

 

 僕も君の自由奔放さに呆れ過ぎて眩暈がするよ、これから君の祖母と今回の件について交渉なのに全然慌ててない。

 下手をしなくても親族丸ごと極刑なんだが、僕は罪を問う気持ちは無い。彼女は有能で、出来れば仲間に引き込みたい。

 でもレジスラル女官長の紐付きだと少し困る、出来れば柵(しがらみ)無しで雇いたい。つまり縁を切らせてから雇いたいんだ、勿論だが厚遇する。

 

 目的の執務室に着いたがアポ無しだから、クリステル殿に先に断りを入れて貰う。出来れば人払いもお願いしたい、側近達にも聞かれたら不味い内容だ。

 ノックをして来訪を伝え入室の許可を貰う、三十分もしないで戻って来た僕等を不審がりながらも受け入れてくれた。

 さて第一段階の執務室に誰にも見られず入る事は成功、第二段階の交渉はこれからだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僅かな時間しか経ってないのに、リーンハルト殿がクリステルを伴い戻って来た。リーンハルト殿は困った様子だが、クリステルは普段と同じ表面的には変わらない。

 女性関係の事に厳格なリーンハルト殿の事ですし、配下に女性であるクリステルは要らないとかでしょう。どうやって説得するべきか……

 取り敢えずソファーを勧める、紅茶は出したばかりだから用意はしない。

 

「何か急用でしょうか?」

 

 言い辛いでしょうから話題を振って様子を見るが、やはりリーンハルト殿は緊張している。

 何でしょう、クリステルに視線を向けたけど本人は普段通りに我関せず。戦いでの精神的動揺を抑える為に感情を排した弊害が出ている。

 

「先程、クリステル殿より勝負を挑まれました。彼女の技術の粋を用いての襲撃です」

 

 何を言われたのか分からず、目の前が真っ白になった。もう一度言われた事を反芻(はんすう)して漸く理解した……

 

「は、はぁ?」

 

 この馬鹿孫娘!何を満足そうに頷いているのですかっ!

 

 技術の粋をと言ったならば、幻術を用いての襲撃。クリステルに襲われて無傷で防いだと言うのですか、この娘は我が一族の問題児で最高傑作なのに傷一つ負わずに……

 

「王宮内で昼間から堂々と、僕を殺しに来る胆力。感動すら覚えました」

 

「手も足も出ずに速攻で負けたわ、貴方の方が信じられない」

 

 呑気に話し合うな、この……

 

「この、馬鹿孫娘がっ!」

 

 思わず平手で馬鹿孫娘の頬を叩こうとするも、リーンハルト殿に止められた。だが私の言い付けを守らず、リーンハルト殿に襲撃するとは何事だ!

 

「リーンハルト殿、お許し下さい。今回の事は私とクリステルの命で償わせて下さい」

 

 深々と頭を下げる、これは私の失態。この馬鹿孫娘の性格を理解していた筈なのに言葉だけで止めてしまった。

 中々仕えし主が決まらないのは、クリステルが納得出来る人物が居なかったからだ。

 リーンハルト殿を見て勝てないと思ったならば、実際に戦う事位は予想出来た。この馬鹿孫娘の戦闘狂の部分を甘く見ていた、戦う事しか考えないのだから。

 

「それは認められません。レジスラル女官長はエムデン王国に必要な人材、それを失う事は国家的損失です。幸いですが、今回の件は当事者だけしか知りません」

 

「法は守るからこそ機能するのです、クリステルは愚かにも最も禁忌とされる事をしました。主殺しは貴族として最低の行為、私とクリステルの命をもって終わらせます」

 

 侯爵待遇のリーンハルト殿を害したとなれば、一族全て同罪で極刑。それだけは慈悲を乞うしかない、ならば我が命で……

 

「クリステル、私を殺し自害なさい」

 

 私とクリステルが死ねば、リーンハルト殿はそれ以上の追求はしない。それは甘さでなく我が一族を追い詰めるメリットが無いからだ、彼は無益な殺生はしない。

 

「はい、御婆様。不出来な孫で申し訳有りませんでした」

 

 最強の暗殺者に仕立て上げる為に感情を排したが、戦う部分は無くさなかった。それが戦闘狂となり、自分より弱い者を認めない歪な子供に育ってしまった。

 全ては私の責任、いくらリーンハルト殿が事を荒立てないと言われても甘えられない。

 

「クリステル、止めろ。お前は僕の配下になった、無用な殺生も自害も認めない」

 

「はい、我が主様」

 

 感情の籠もらない冷たい声、これは支配者の命令。平坦な声に短い言葉、凄いプレッシャーが私にのし掛かる。

 リーンハルト殿は支配する側の人間だ、これは他人に命令し慣れないと無理だ。無意識に従いたくなるのをグッと堪える。

 見上げた時に目が合った、言葉とは裏腹に柔和な笑みを浮かべる。飴と鞭、この言葉が頭を過ぎる。

 

 私が心配し疑った通りだ、この少年は支配者の素養を持って実際に振る舞う事も出来る。荒唐無稽な話だが、今なら彼がアウレール王の隠し子だと言われても信じられる。

 

「順番は食い違いましたが訓練です、お互いに相手の能力を知りたかったので結果的には良かった。ですが、レジスラル女官長が言う通りに処罰は必要かも知れません」

 

 ああ、相手の過失を最大限に利用して来る。だが私の立場で必要以上にリーンハルト殿を優遇は出来ない。そして命惜しさに情けに縋る事は出来ない。

 

「責任を有耶無耶には出来ません、私が死んで責任を取る必要が有ります」

 

「クリステル、マディルイズの姓を捨てるんだ。君は貴族じゃない、平民として僕に仕えるんだ。報酬は年間金貨五千枚、それとバーナム伯爵達との模擬戦を許可する」

 

「あの三大戦馬鹿(いくさばか)と模擬戦!お金は最低限で構いません、戦う事が出来れば文句は有りません。どうか主様に仕えさせて下さい」

 

 私の覚悟を聞いて溜め息を吐かれた、そして私を無視してクリステルと雇用条件を話している。

 そしてこれは罰じゃない、最もクリステルが望む事。この条件ならば裏切らない、リーンハルト殿はクリステルを必要と感じている。

 同時に私とマディルイズ家の影響力を嫌った、必要とする人材の実家には配慮が必要。だから縁を切らせて影響力を削いだ、その見返りが罪を問わずか……

 

 甘い、甘過ぎる。敵対こそしていない偶然が重なった襲撃だが、もっと譲歩を引き出せるのに最低限に抑えた。

 一族抹殺の危機だった。大抵の無理なら叶えるのに、クリステルの身柄一つで満足するなんて……

 

「レジスラル女官長、決して善意の提案では無いのです。貴女が死ぬと僕の負担が増える、だから貴女は生きて貰わねばならない。嫌なら一族全員に責任を負わせます」

 

 ぐ、私だけでなく一族全員だと。なんて言う嫌らしい脅しを掛けてくるのですか!

 それでは断れない、貴族として家を一族を没落に追い込むなど許されない行為、私が泥を被り信念を曲げれば全てが丸く収まる。

 

「取り乱してしまい申し訳有りませんでした。その条件でお願いします、マディルイズ家には私から話を通しておきます」

 

 安心している自分が居る、これで済むとは思えないが最低限の筋は通した。だがこれからも負い目は感じるだろう……

 

「有り難う御座います、レジスラル女官長。貴女はアウレール王も必要としている人材です、僕との私的な問題で失うのは余りにも惜しい」

 

 リーンハルト殿が礼を言って深々と頭を下げた、悪いのは私とクリステルなのに一定以上の配慮をしてくれる。

 惜しい、クリステルはリーンハルト殿にとって必要な駒になりえた。襲撃など愚かな真似をしなければ、マディルイズ家はリーンハルト殿から相当の配慮をされたのに実際は罪を問われず借りが出来た。

 一族抹殺の危機を思えば甘い判断だが、私もマディルイズ家もリーンハルト殿に大きな借りを作ってしまった。

 

「寛大な措置、感謝します。クリステルの事を末永く宜しくお願いします」

 

 礼には礼を恩には恩を返す、本当に厳しく育てた殿下達より王族らしい。この少年は本当に何者なのだろうか?

 

「雇用です、見合った対価は払いますから重く考えないで下さい。彼女には僕の家族の護衛を頼む予定です」

 

「いやよ、最前線で戦うわ」

 

「クリステル、戦う場所と機会は僕が用意するから慌てるな。嫌と言うほど戦う機会は有るぞ」

 

 もう打ち解けている。いや、馬が合うのだろうか?バーリンゲン王国とは戦争になる、確かに戦う機会は多いだろう。

 

「それは楽しみ、夜襲とか自信有る」

 

「僕も有るよ、ジウ大将軍の夜営地を弓部隊で夜襲した事も有るからね」

 

「素敵ね、リーンハルト殿は理想の主様。望むならば閨の相手もする」

 

「悪いが遠慮する、僕は男の欲望を満たす為にクリステルを欲してない。僕の為に戦う事、大切な人を守る事。それが望みだよ」

 

「そう?残念、私って女としての魅力は無いのか……」

 

 この扱い辛い娘と既に馴染んでいるとは驚いた、良い主従になるだろう。私も孫娘が幸せになるなら問題は無い。

 

 結果としてクリステルは病死として貴族院に届ける事になった、クリステルはクリスと名前を変えてリーンハルト殿に仕える事になる。

 私やマディルイズ家との縁は切られた、クリスは孤児として育ちリーンハルト殿に見出されて雇われた。

 今回の件は不本意だが有耶無耶に終わった、一族全滅を回避出来たので自分の気持ちに折り合いを付けて飲み込むしか無い。

 

「本当に不思議な子供だ、アレは何者なのだろうか?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 胃の痛い交渉を終えて自分の執務室に戻って来た、クリステルはクリスとなり来週には我が屋敷に来る。

 その前にジゼル嬢とアーシャには説明が必要だ、そしてニールには同僚が増えたと教えなければ駄目だな。

 暗殺者のスキルが有れば屋敷の警備の死角も分かるだろう、僕が不在の時の守りに厚みが出来た。だがバーリンゲン王国との戦争には連れて行かないと勝手に付いて来るな、配慮が必要だ。

 

 レジスラル女官長の性格からして、今回の件は納得出来なかっただろう。彼女の厳格さから言えば、自分とクリスの死をもって償うと本気で考えていた。

 だが僕が一族の命と名誉を盾に彼女に妥協を迫った、死なれても全然嬉しく無い。逆にデメリットしか無かった、彼女の責任感を甘く見ていたんだ。

 本当なら僕とクリスの胸の中に収めていれば良かった、レジスラル女官長に話したのは単純に恩を着せる為だ。

 クリスは有能だが、マディルイズ家とレジスラル女官長の影響下に置かれているのが不満だった。

 だから恩着せがましく配慮した風を装った、クリスの柵(しがらみ)をバッサリ切る為に……

 

 ゴタゴタしていたので昼食を食べ損ねた、空腹のまま仕事を再開したがヤル気が出ない。

 少し思考が謀略寄りになっている、余り偏り過ぎると周囲の人達が離れて行くから注意が必要だな。

 


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