古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第487話

 アンヌマリー嬢から丁寧な招待状を貰ったので、演目の変わったオペラを観に王立オペラ劇場に来たのだが……

 バセット公爵の三女のラーナ嬢と、バニシード公爵の七女のルイン嬢の争いに巻き込まれた。原因は僕の特別室の隣を予約していたルイン嬢に、ラーナ嬢が場所を代われと迫った事だ。

 僕にとっては、バセット公爵は中立、バニシード公爵は敵対関係。双方の関係とは適度な距離を置きたいのだが、今回はラーナ嬢を自分の特別室に招く事でトラブルを回避した。

 

 実際に公演時間が間近だったので、上級貴族の専用馬車停めで公爵令嬢が騒ぎを起こし続けるのは不味い。

 アドー支配人も、彼女達に分からない様に僕に礼を言ってくれた。いくら王立オペラ劇場の支配人でも、公爵令嬢の我が儘に文句は言えない。

 ルイン嬢を先に三番目の特別室に案内させる事で、彼女の立場も守った。僕から離れる時に恥ずかしそうに頭を下げてくれたし、敵対関係とは言えども節度有る態度が出来るんだな。

 

 彼女の評価を一段階上げた、普通なら敵対関係の相手に敵意を向けるのに理性的な対応が出来るのは自分の感情を抑えられるから。

 我が儘一杯育てられた令嬢では無理だ、そして我が儘を押し通したラーナ嬢だが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お恥ずかしい所を見せてしまい、申し訳御座いませんでした」

 

 特別室に入るなり高飛車な態度がなりを潜め、ラーナ嬢は深々と頭を下げて謝罪した。

 彼女は凄く恐縮もしている、高飛車な我が儘令嬢かと思えば二人は複雑な関係だったみたいだ。具体的に言えば母親同士が従姉妹関係らしく、親戚で六歳下のルイン嬢の事は妹みたいに思っている。

 だが互いの公爵家が争う中、周囲の者達も次第に親戚とはいえ距離を置くべきだと進言して来た。

 周囲の雰囲気に逆らえず、本当ならば一緒に特別室でオペラを観ようと誘いたかったのだが……

 

 肩を落として悲しむラーナ嬢に同情してしまう、原因を作ったのは彼女なので同情する自分に呆れてしまうけどね。

 貴族とは自分の家と一族を繁栄させる事が重要だ、それは共通認識だからこそ彼女は僕に恨み事は言わない。それが当たり前の行動だからだ、親戚といえども庇う事は出来ないし攻める時は攻める。

 精々出来るのは失脚した後に保護する事だろう、バニシード公爵は他の公爵四家から総攻撃中だ。巻き返しは難しい、僕も敵対関係だから甘い対応は出来ない。

 此処で情に流されて妥協すれば、共闘している他の公爵四家から自分が責められるだろう。

 

 因みに彼女の同行していた友人は、過去に政略結婚を滲ませた恋文と言う名の親書をくれた女性だ。

 自慢にすらならないが、僕の所には同様の実家の思惑が満載の恋文が毎週大量に来ている。誰が何時、どんな内容で送ってくれたかは大体記憶している。

 自分の執務室には捨てられない恋文の山と、記録を纏めた帳簿も有る。これを見れば誰がどんな思惑で僕に送らせたのかが、朧気ながら分かる。

 

 なりふり構わない連中は年の近い娘が駄目なら次は姉妹、それでも駄目なら親戚筋から新しい娘を探して手紙を送らせている。

 所属の派閥を調べても分かる、敵対派閥からは引き抜きか罠だろう。貴族令嬢達も実家の為にと僕に恋文を送る、貴族の婚姻の殆どは実家の都合だ。

 その候補者の中で自分が気に入った相手を探して交際を申し込む、選べる選択肢が有るだけ幸せだろう。

 

 だから貴族の淑女達は結婚し子供を産んで世継ぎが出来たら浮気に走る事も有る、義務を果たしたのだから自由恋愛させろって事だ。

 貴族に叙された時に貰った教本にも浮気の項目が多く載っていた、確かに意に添わぬ相手に嫁いで世継ぎを産めば義務は果たした。

 後は問題にならない程度に好きにさせてくれって事だ、貴族に仮面夫婦が多い理由の一端だ。その中で父上とエルナ嬢みたいに相思相愛の夫婦も居る。

 

「気にしなくても良いですよ。ですが次は周囲に気を配って下さい、待たされていた連中の中には伯爵の縁者や子爵本人も居ました。いくら公爵家の縁者でも許容出来る範囲が有ります、実家に不利益な行動は慎むべきでしょう」

 

 当人達も理解はしているが、状況と感情の関係で言い合いになってしまったんだ。今回は僕が仲裁したから他の連中は文句を言えない、現場に居た身分最上位の僕の決定に異を唱えるから。

 勿論だが双方に配慮したから文句が言い辛いだけで、片方を贔屓すれば別だ。追従したり反発したりするだろう。今回の対処は及第点だと自分では思う、淑女二人もまともだしね。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様!それに……」

 

 アンヌマリー嬢が特別室に挨拶に来てくれた、アド―支配人の配慮だな。主演女優を開演直前に接待させる事で、先程の御礼としたいのだろう。

 最初が僕、次に僕の同伴者のアーシャとジゼル嬢。その次がラーナ嬢と同行した友人の順番で、アンヌマリー嬢は挨拶をしてくれた。

 

「招待状、有り難う御座いました。今日は楽しみにしていますよ」

 

 説教中の重たい雰囲気を吹き飛ばす様に、明るく主演女優のアンヌマリー嬢が話題を振り、簡単な近状報告と本日のオペラに対する期待を伝える。

 この好待遇にはラーナ嬢も驚いている、因みにだが貴族的な順位は僕の次が伯爵夫人のアーシャ、公爵令嬢のルイン嬢、男爵令嬢のジゼル嬢と同じ男爵令嬢の友人となる。

 だがアンヌマリー嬢は僕の同伴者をラーナ嬢より優先した、この気遣いは嬉しいが重い。

 アーシャは側室で伯爵夫人だが、僕が侯爵待遇の宮廷魔術師第二席だから公式な場では侯爵夫人と同じ扱いだ。だが婚約者のジゼル嬢は未だ男爵令嬢……

 

 だから僕の側室になりたい、娘を送り込みたい連中は居る。お爺様の借金を全額肩代わりした事も、財力の有る婿が欲しい連中からすれば余計にだな。

 

「似合ってはいますが、今日のドレスは少し地味ですね。素材の輝きのアピールですか?」

 

 時間もすくなくなったので一回お世辞を言って相手を持ち上げる、これから本番の相手には気持ち良く仕事をしてほしい。

 しかし本来の主演女優の舞台衣装は煌びやかなものだが、今着ているドレスは茶系の地味目なものだ。装飾品も少ない、金のネックレスに小さなエメラルドの嵌まった銀の指輪だけ。

 

「はい、今日の私は没落貴族の令嬢役です。そして素敵な殿方に見初められ、恋愛し幸せになるのですわ。ああ、女の幸せは好きな殿方と愛し愛される事ですから……」

 

 芝居がかった物言いだが似合っている、流石は看板主演女優だ。しかし今回は甘い恋愛物語か、女性陣には受けが良さそうだな。

 

「それは珍しいですね、悲劇的に終わる事が多いのに最後は幸せな終わり方ですか?」

 

 この問いにアンヌマリー嬢は曖昧な笑みを浮かべるだけだ、何か含む感じが有るが何だろうか?

 転生前に観たオペラもだが、基本的に全てがバッドエンドだ。ハッピーエンドだと見終わった時に観客の気持ちが昇華されて終わる、だがバッドエンドだと見終わった後も色々と考えて心に残るから……

 そんな作り手側の気持ちが入ってると聞いた事が有る、だが今回はハッピーエンドなら楽しめるか?

 

「それは……リーンハルト様が見終わってから決めて下さい。では今回の演目、をお楽しみ下さい」

 

 媚びを少し含んだ見事な笑顔を見せてから一礼し、特別室から去って行った。残された女性陣は少し不機嫌そうだ、僕が誉めて彼女が媚びを含んだ笑顔を見せたから?

 浮気じゃないぞ、社交辞令と付き合いを円滑にする方法だろう。アンヌマリー嬢は、ザスキア公爵の縁者でもあるから無碍には扱えないんだ。

 

「噂通りに純愛を貫き通しながら、女性慣れした殿方なのですね。お二人に同情致しますわ」

 

 ラーナ嬢の言葉に、アーシャやジゼル嬢の他にイルメラとウィンディアまで頷いた!何故だっ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ああ、私の心は春の日差しの暖かさから冬の明け方の冷たさに変わってしまいました。ジョルジュ様、貴方は私を愛していると言ってくれたのに……」

 

 舞台上では、アンヌマリー嬢のアリア(独唱)が続いている。膝をつき両手を広げ、自分が愛した男の不義を嘆く。

 伴奏はチェンバロ(鍵盤楽器)のみだ、これは現代のオペラではなく転生前の時代のオペラ形式だな。今は豪華なオーケストラが伴奏するから。

 

 これ絶対にハッピーエンドじゃない、ドロドロとした恋愛愛憎劇だ。だが一般的な貴族男性は本妻以外に側室と妾を囲う、つまり身に覚えが有る連中ばかりだ。

 そして僕もジゼル嬢を本妻として望みながら、アーシャを側室に迎えている。つまり本妻公認の二股関係、しかも実の異母姉妹を相手にだから強く言えない。

 

「私を凍てつく冬の季節から暖かい春の季節に引っ張り上げてくれた貴方の心は、今は違う女性を求めているのですね。私への愛は幻想だったのですか?束の間の春の妖精が見せた幻の夢だったのですか?」

 

 舞台中央で跪(ひざまず)いて嘆くアンヌマリー嬢、その仕草や表情が愛した男に捨てられた女の悲しみを観客に伝えてくる。

 観客の紳士達の何人かが、顔をしかめたり胸を押さえているのは思い当たる節が有るのだろう。側室や妾も厳密には浮気になるのだろうか?

 両脇に座る女性陣が涙ぐんでいる、ハンカチを差し出そうにも既に全員がハンカチで目元を押さえている。不義理な男性に憤りを感じ、哀れな女性に同情しているのか?

 

 む、舞台中央で嘆いていた彼女の雰囲気が一瞬で変わる。刺す様な視線を観客の何人かに向ける、彼等は胸を押さえていた連中だ。

 

「憎い、私は貴方と貴方を奪った女が憎い」

 

 ここでチェンバロのみの伴奏から、フルオーケストラ伴奏に切り替わった。

 迫真の演技、か弱く寵愛を失い嘆き悲しんでいた淑女に何かが宿り豹変した。この瞬間に彼女は裏切り者を断罪する復讐者となったんだ。

 そして浮気に心当たりが有る連中が挙動不審だ、同伴者の女性から何かを耳打ちされている。最悪だ、浮気がバレて嫌みを言われたらしいな……

 

 どこがハッピーエンドだ!もう愛憎渦巻く復讐劇に変わったよ、劇場内の男達が挙動不審で哀れだよ!

 こんな女性に恨まれたら、復讐の刃を防ぎ切れるのか?無理だろ、無理だよな?

 

「若く有能で魅力溢れる新進気鋭の伯爵、だが政略結婚で宛がわれた本妻との間には心の繋がりが無い。本妻を屋敷に閉じ込め、色漁家として身分の低い令嬢を何人も弄ぶ。

飽きたら躊躇無く捨てる非情さだが、有能故に周囲は口を出せない。男として紳士として最低だな……」

 

 ここは自分の身の潔白をアピールしつつ感想を言う、今回の男優には共感しない。共感は自分も浮気をしている自覚があるからで、僕は手順を踏んでいるから浮気じゃない。

 アーシャもジゼル嬢も、イルメラとウィンディアの事は納得済みだから恐れる事は何も無い。

 

「愛しい人の愛を失い実家は没落し始めました、両親を助ける為に資産家の年上の殿方達を翻弄していますわね」

 

「いえ、両親の為じゃなくて自分の復讐の為の協力者を募っていますわね。哀れな殿方達は復讐を誓ったヒロインの破滅的な魅力の虜……」

 

「一度は愛が冷めたと思ったのに、雰囲気が清楚可憐から妖艶に変わった途端に摺り寄り復縁を迫る。最低の浮気男に復讐を始めるのですわね」

 

 いや、妻を無くした独身中年や親族と疎遠となり独り寂しく余生を送る老人を籠絡してどうするんだ?

 身体こそ許してないが、これだって不貞と取られても仕方ない行動だぞ。男尊女卑が蔓延る貴族社会で、伯爵の爵位持ち相手に淑女の復讐って不味くないか?

 しかも主演男優が演じる最低男だが、結構普通に身近に居そうで怖い。そこまで裏切れるのも凄いが、掌返しも酷い。

 本当に有能な新進気鋭の若手伯爵なのか、只の色狂いの下半身男にしか見えない。現実に居ても女性達からは相手にされない、家柄と血筋だけが良い男だぞ。

 

「愛憎劇だね、現実離れし過ぎてないかな?確かに貴族男性は多数の女性を囲うけど、此処まで酷い扱いは……いえ、何でもないです」

 

 僕は主演男優が演じる最低男の擁護はしていないのだが、女性達からは不満げに睨まれてしまった。理不尽な扱いに悲しくなってしまう、僕は酷い浮気はしないぞ!

 此処で一旦休憩、舞台に緞帳(どんちょう)が降りた。今の内に舞台セットを変えるのだろう、この間に場の雰囲気を変えないと駄目だよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大どんでん返しとでも言うのだろうか?休憩を挟んで始まった第二部は復讐を始める主演女優の話かと思えば、浮気者の伯爵を演じる主演男優のアリア(独唱)から始まった。

 

「ああ、君を思うと僕の心は張り裂けそうだ!僕が君に冷たく当たったのは、我が本妻殿が君を害すると感じたからだ!それに彼女は浮気相手じゃない、僕の実の妹なんだ……」

 

 いや嘘だろ?本妻は完璧な迄に軟禁しているし、彼女に接触出来る相手も限られている。そもそもが深窓の令嬢が、暗殺者の伝手など持っている訳がないだろう。

 それに実の妹に対する態度じゃない、どう見ても異性に対する男の態度だから浮気だろ!

 

「無いな、無い。限り無く黒に近い灰色だ」

 

 思わず呟いてしまう、誰が書いた脚本だ?もしかして原作とか有るのか?こんな内容を男尊女卑が残る貴族社会で大丈夫か?

 

「次々と送られて来る暗殺者や事故に見せ掛けた罠を見事なまでに回避しますわね」

 

「お芝居とはいえ、少し都合が良すぎる気もしますわ」

 

 主演男優のアリア(独唱)から他の男優や女優とアンサンブル(重唱)となり、ドラマ仕立てのアクションの比重が大きい劇に変わる。

 刺客の攻撃を躱す、その行動に女性の観客から黄色い声が漏れる。随分と娯楽性に傾いたオペラだな、脚本家が変わったのだろうか?

 

 両隣に座る女性陣の呟きからして、流石に芝居でも有り得ない展開だと感じた。数多の刺客や罠を跳ね除ける伯爵に声援が飛ぶが、格好良いのだろうか?

 小芝居は入るが基本的にはオペラは歌だ、だから伝わり方が微妙なんだけど……オペラ通はコレを理解しろと無理難題を振ってくる、僕には無理だな。理解の枠外に居るよ、もう無理だ。

 

「何だよ、浮気の復讐が愛の試練に変わってるぞ?」

 

「最後に一騎打ちで復讐に狂った女性がナイフ片手に襲って来るが返り討ち、瀕死の女性を抱きかかえて愛を伝えて終わり……まぁ荒唐無稽でオチの無い演目は結構有るからな、こんなモノか?」

 

 短剣を構えて浮気相手に突っ込むも、かわされて地面に倒れて自分の胸を突く。何たるご都合主義だ……

 

「結局、あの浮気相手も排除されて本妻と復縁して終わり……これなら主演男優の伯爵も、本妻も悪く扱われていない。貴族的にも許容範囲内か?」

 

「結局は爵位持ちと、その本妻の女性が生き残り喝采を浴びる訳ですね。浮気に心当たりの有る男性達が立ち上がり、盛大な拍手をしていますわね」

 

 なる程な、確かに居辛かった連中の喜び様が凄い。結果的に浮気は有耶無耶で疎遠な本妻と寄りを戻せた訳だ、現役伯爵としてなら面子は保たれた?

 だが気持ち的にはモヤモヤしている、浮気性な殿方に対して警告する内容だが似合って最後に爵位持ちを誉める展開だから大丈夫なんだな。

 

 今回のオペラは微妙だった、女性陣は楽しめたらしく総評に話が盛り上がっていたが内容は主役の酷評も兼ねている。

 最後に貴族的立場は守られたが、女性陣からの評価は微妙だ。現実に沿っていると言えば間違いではない、このオペラの含むテーマや意味は何だろう?

 

 浮気だめ、絶対かな?

 


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