古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第486話

 新しい防御陣用の魔法を開発し運用実験をしている、黒縄(こくじょう)を応用し球体に防御陣を組む黒繭(くろまゆ)だ。

 全方位360度からの攻撃に対応する為に感知魔法と連動させて黒縄を動かすのだが、これが非常に難しい。高速で動き回る対象の位置を予測し攻撃する、有視界なら直ぐに対応可能だが感知魔法に連動させると難易度が跳ね上がる。

 攻撃範囲を広げたりして対応し一応の形は整ったが、精密攻撃は無理だ。これは倒すよりも牽制として割り切って運用するレベルだな……

 蒼烏(あおがらす)程度なら問題ないが、デオドラ男爵クラスが相手だと簡単に避けられて接近を許してしまう。

 

 現実的には、デオドラ男爵クラスの敵を相手に自分の視界外に居させる事自体が自殺行為だ。一瞬で距離を詰められて殺される、僕だって防御を固めて挑むから何とか防げるんだぞ。

 あんな人外共は全神経を集中して対応しなければ簡単に負ける、だが並みの連中による全方位波状攻撃には有る程度は対応出来る。

 

 防御の手札が増えた位で良いだろう、僕は最前線での肉弾戦は極力避けるから万が一の保険的な意味合いの魔法だ。

 最終的には黒繭は直径6m、黒縄の感知迎撃範囲は直径30mが限界だ。自身を中心に15mまで接近した相手を自動的に攻撃する、黒繭の迎撃範囲を抜けても魔法障壁と浮遊盾の防御が有る。

 魔法障壁も最大で三枚張れるから実質五段階の防御陣が有ると思えば良いか、これにゴーレム達を加えればバーリンゲン王国に単騎で喧嘩を売っても何とかなるかな?

 

 この二日間の魔法迷宮バンクの攻略は得るものが多かった、黒繭の習熟にドロップアイテムの売却益が約金貨四万五千枚。春雷(しゅんらい)は八振り手に入れたので半数は王家に売り、半数は手元に残す。

 売値は一本金貨三万枚、四本売って金貨十二万枚。合計で利益は金貨十六万五千枚と凄い、二日間の稼ぎとしては上等だろう。

 何気に半月拘束された、ニーレンス公爵からの依頼の旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業と同じ位の利益だよ。

 

 ゴーレムクィーンの四女と五女のフィアとフンフも錬金し、アインとツヴァイそれにドライを合わせ五姉妹となった。

 因みにデオドラ男爵に認められたアインが王宮内を動き回る事をアウレール王が認めてくれた、それで護衛に譲って欲しいと問合わせが来ている。

 完全自律行動の女性型のゴーレムの人気は高いのは嬉しいが、彼女達は王家にも献上はしない。大事な女性達の護衛の切り札だからだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 休暇三日目、今日は全員で演目の変わったオペラを観に行く事になっている。主演女優のアンヌマリー嬢から丁寧な親書も貰っているので、開催初期に行かねば失礼に当たる。

 それに貴族としてオペラは必須らしく、王都にある王立オペラ劇場で公演中のものを観てないのは駄目らしい。

 朝から女性陣は着飾り準備に余念がない、相当楽しみなのだろうか?

 

 僕は基本的に現代オペラには興味が薄い、いやオペラ全般に興味が無いのだがジゼル嬢やアーシャが恥を掻かない為にも一緒に見る必要が有る。

 後はモリエスティ侯爵夫人のサロンにも定期的に同行させている、貴族として文化人として必須らしいし彼女のサロンに招かれる事は名誉な事だ。

 貴族とは社交ダンス・楽器演奏・オペラ鑑賞は必須だし、文化的素養を磨く事も推奨される面倒臭い生き物なのだ。

 

 まぁ同行させるのは二回に一回で、僕だけ行く時は延々と愚痴を聞かされるだけなんだよね。自身がハーフエルフだと言う秘密を守る為に、相当のストレスを溜めているからな。

 秘密を知っていて、素の彼女の愚痴を聞ける相手は僕しか居ないから……

 

 此処で問題が発生した、王立オペラ劇場には王族専用の特別室の他に公爵と侯爵が使える特別室が各一部屋、それに貴族なら誰でも金を払えば使える特別室が六部屋有る。

 特別室は個室だ、ゆっくりオペラを鑑賞するなら個室が良い。観客席では周囲の貴族達と近いので色々と絡み易く困るんだ。

 そして特別室の数には限りが有り、演目を変えた時期なので混む訳だ。だから僕は事前に使いを送り、二番目に高い特別室を予約した。

 

「何だ、あの騒ぎは?淑女が二人、入り口前で揉めているぞ。配下でなく自らが言い争うって問題だぞ」

 

 身なりから上級貴族の令嬢には間違いないだろう、遠目でも身に付ける装飾品は見事だ。その淑女が扇子で口元を隠しているが、険しい表情から言い争っているのは間違いない。

 遠巻きに眺める他の貴族達の御者が集まっている、ウチの御者も情報収集に向かったか……

 

「バニシード公爵家とバセット公爵家が鉢合わせして、特別室の順番で揉めている?」

 

 暫く待って情報を聞けば、公爵二家の関係者だった。これは周囲の連中も迂闊に仲裁出来ない、飛び火すれば火傷じゃ済まないぞ。

 上級貴族専用の馬車停めが混雑し始めた、開演までに時間も少ないが公爵家の縁者に近付く事は躊躇われるのだろう。

 最上級の特別室は王族専用、公爵と侯爵の専用の特別室は一部屋だけ。侯爵待遇の僕は、その二番目に高い部屋を予約する為に事前に連絡している。

 その時点で僕より上位者が居れば無理だと連絡が入る、彼女達は公爵五家の第三位のバセット公爵と第五位のバニシード公爵の縁者で争えば三番目か四番目の部屋で揉めているのか?

 

「はい、バセット公爵様の方は第三女のラーナ様。バニシード公爵様の方は第七女のルイン様、それぞれ御友人を連れております。

リーンハルト様が来る事を知り、ラーナ様がルイン様に隣の特別室を譲れと迫っています」

 

「おぃおぃ、それは……」

 

 原因は僕かよ、全く巻き込まれた感が酷いのだが傍観の道は閉ざされたと思って良いだろう。

 馬車停めの入口近くに停めて先方には気付かれ難い、御者の配慮が今は嬉しい。少しでも相手に気付かれずに考える事が出来るから……

 さて状況だが無理強いとはいえバセット公爵が有利だな、共に実子とはいえ三女と七女だ。

 序列からも血筋からもラーナ嬢が上だろう、友人達の爵位や序列は考慮しないでだが……

 

「ふむ、バセット公爵家の方が有利だが割り込みは非常識な行動だな。バニシード公爵と僕は敵対関係だから隣の部屋は嫌だろう、だが強要されての移動は面子の問題で飲めないだろうね」

 

 絶賛没落中でも未だバニシード公爵家は絶大な力を持っている、その実子が同じ公爵家の縁者に強要されて要求を飲むのは受け入れ難い。

 困ったな……僕が出て行けば中立だが、バセット公爵家に協力するのが普通の対応だ。

 敵対しているバニシード公爵の縁者を優遇する意味は薄い、だが悪いのはバセット公爵の三女のラーナ嬢の方だよな。

 ラーナ嬢を諫めればバセット公爵との関係に影響する、公爵二家と僅かながらも遺恨を残すかな?

 

 多分だが、アドー支配人は貴族的序列ならルイン嬢を三番目の部屋に、ラーナ嬢を四番目の部屋に割り振った筈だ。

 だが言い合う二人の公爵令嬢達は、自分こそ三番目の特別室に相応しいと思っている。いや、ルイン嬢は本心は僕から離れた四番目だが面子の関係で引けない。

 お互い公爵令嬢だから大抵の我が儘は通して来たんだ、友人達も居るし双方引くに引けない面子絡みの話だ。これは迂闊に絡めば火傷じゃ済まないぞ……

 

「ラーナ様は側室の娘で、ルイン様は正妻の娘で御座います」

 

 僕の考えを見透かした様に追加情報を貰った、それはルイン嬢も引くに引けないだろう。正妻と側室の子供には歴然とした差が有る、僅差と思ったが確実にルイン嬢の方が上だな。

 

「どうしたら良いと思う?」

 

 困った時のジゼル嬢頼み、困惑して結果が出せない僕の代わりに名案を下さい。

 

「どうしたらと言われても……本来ならラーナ様を支持するのでしょう、ですが肩入れすれば縁が出来たと摺り寄って来ますわ」

 

「心情的にはルイン様に力を貸したいですわ、ラーナ様は我が儘が過ぎます」

 

 心優しいアーシャが、ルイン嬢に同情してしまったか。確かに十代半ばのルイン嬢に詰め寄る二十代のラーナ嬢は我が儘にも見える。

 だが僕とバニシード公爵との和解は周囲が許さない、それは前回の話し合いの時に理解した。だが悪戯にルイン嬢を責めるのも悪手、でも彼女達を止められる貴族は立場上僕だけだよな。

 

「無駄に待っていても解決しない、丁度アドー支配人が現れたし良いタイミングかな」

 

 視線の先には若干慌てているが冷静に二人の淑女に話し掛け始めたアドー支配人が見える、だが一言二言交わしただけで渋い顔になった。

 これはラーナ嬢は相当の癇癪持ちだぞ、アドー支配人とルイン嬢が引いている。

 馬車を降りてゆっくりと近付く、アドー支配人が僕に気付いたが縋る様な顔をした。こんな癇癪持ちな公爵令嬢の相手は嫌だって事だ、僕も嫌だよ。

 

「これはこれは、リーンハルト様。当劇場にようこそ、歓迎致します」

 

「アンヌマリー嬢から丁寧な招待状を貰ったからね、何か問題事でしょうか?」

 

 知ってても敢えて聞く、僕とアドー支配人の会話には割り込めない二人の令嬢が、ここぞとばかりに競って状況の説明を始める。

 僕は二人の令嬢とは面識が無いのだが、向こうは事前に知っていたみたいだ。どこかの舞踏会か何かで見られていたかな、少なくともバセット公爵と挨拶を交わした時は違う淑女だった筈だ。

 

「私はバニシード公爵の七女、ルインと申します。この状況は、ラーナ様が割り込みを強要して来たのです」

 

「リーンハルト様、私はバセット公爵の三女のラーナと申します。それは悪意有る戯れ言です、私はルイン様の為に場所を変わって差し上げ様としただけですわ」

 

 ふむ、二人共に優雅に淑女の礼をしてくれたが言葉は辛辣だ。少し前の痴態が嘘の様な優雅さは流石は公爵令嬢と思えば良いのかな?だが視線で相手を牽制し合ってるのは分かるよ。

 彼女達は原因の僕が仲裁者だと理解している、僕の言葉には嫌々でも従うだろう。だが納得しなければ双方の親に報告するな、そして両公爵が出て来る。

 我が子を蔑(ないがし)ろに扱われれば、面子の関係でも何かしらの行動をしないと周囲から舐められる。特に派閥を束ねる盟主ならば……

 

 これは穏便に済ませる為には、僕が苦労を背負い込むしかないな。立場上はラーナ嬢を持ち上げて、ルイン嬢には配慮する。

 

「詳細については既に伺ってます。とは言え、ルイン様を移動させる訳にはいかないでしょう」

 

「ですがっ!」

 

「ふふん!」

 

 あれ?彼女達って前から知り合いっぽいぞ。ラーナ嬢が異議を唱えて、ルイン嬢はドヤ顔だ。以前のメディア嬢とジゼル嬢の関係みたいな?

 年齢は少し離れているが、何となくだが友人の様な気安さが滲み出ている。本当に相手を蔑むだけとは違う雰囲気だ。

 

「なのでラーナ様が嫌でなければ、僕の特別室に招待しますよ」

 

「なっ?」

 

「ふふん!」

 

 立場が逆転したみたいだな、今度はラーナ嬢がドヤ顔だよ。やはり前からの知り合いか喧嘩友達だろうか?いや、友達みたいに本当に嫌い合ってはいないみたいだ。

 

「アドー支配人、先にルイン様を案内して下さい。僕は連れを呼んで来ます、ラーナ様は少し待って下さい。ではルイン様、失礼します」

 

 この二人は早く引き離した方が良い、そして先に案内させる事で気を遣った事にする。ルイン嬢も実家と敵対関係の僕の配慮に少し驚いたのか、小さく笑って頭を下げてくれた。

 この娘は上級貴族の令嬢として比較的良い部類なのだろう、此方の配慮を理解している。逆に何故こんな奴に的な独り言を僕に聞こえる様に呟くラーナ嬢は、典型的な我が儘な上級貴族令嬢だな。

 此処で僕に不満を知られる愚を犯すとか、仮にも中立関係を維持したいなら最も愚かな行動だぞ。

 

 折角の家族団欒も余計なお客様の為に散々だった、救いなのはラーナ嬢は僕に興味は有れども男としては見ていなかった。

 最近出て来た有能な魔術師、利用する為に縁を繋ごう程度だが是が非でもって事もない。

 変にアーシャやジゼル嬢にライバル意識も無いし助かった、これで摺り寄られでもしたら最悪だったからな。

 


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