古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第484話

 爽快な目覚めだ!

 

 昨夜は四人で添い寝をした、素晴らしい魔香を十分に堪能した為か全知全能感と多幸感が凄い事になっている。

 未だ夜明け前なのだろう、寝室は隅に点された常夜灯のお陰で薄ぼんやりと見える。寝相が悪かったのだろうか?

 何時もと位置が違う、アーシャが僕の腰に抱き付いて頭の位置が危険だ。健康な男子は毎朝特定部位が元気になる、その暴れん棒と近い。

 

 イルメラが右腕を抱いて頬を摺り寄せている、サラサラの肌の感じが気持ち良い。

 ウィンディア、君は僕の左腕を自分の股に挟むな!それは危険な行為だと言っておこう、僅かな動きが多大な誤解を生むんだぞ。

 全員が胸部装甲の薄い夜着だから幸せ感は倍増しだ、欲望に負けない強い意志が必要だな。

 

「むぅ、微動だに出来ない。だがそれも良い、それが良い。幸せ百倍だ!」

 

 それなりに鍛えた身体は寝返りが出来なくても耐えられる、問題は理性だけだが全知全能感を感じる今なら耐えられるから問題無い。

 今の僕なら何でも出来る、あの子供達からの陳情はモア教のニクラス司祭とライラック商会を動かせば良い。

 

 そうだよ、資産の有る商会なら割引価格でエリクサーを売れば良い。貧乏ならばモア教の教会を頼らせれば、福祉として手伝いをしてくれる。

 寄付という形で、ニクラス司祭に援助をすれば良いだろう。関係者や子供達には口止めをする、そして唆した連中を見付けて処理すれば完了だ。

 

 完璧な様で穴だらけっぽい、だけど気分的には何とかなりそうな楽観的になる。この魔香の効果は自分で分かっていても止められない、不思議な気持ちだが悪くはない。

 そう割り切って考えれば色々と手立てや方法は有る、ニクラス司祭やライラックさん、それにジゼル嬢と相談すれば大丈夫だ!

 偽善的と言われても、慈善事業の他に僕の失脚を狙う敵対派閥からの謀略だって言えば協力してくれそうだ。

 細かい話は素面になった時にして、方針だけ決めれば良い。考え過ぎる僕には得難い魔香の効果かも知れない、慎重派の僕に勢いが付くって凄いよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから二度寝して起きたら誰も居なかった、イルメラとウィンディアは自主的に屋敷の仕事もしている。

 メイド長のサラと執事のタイラントと相談して、使用人達を監督する立場になっている。使用人の数も増えたし、バルバドス師からナルサさんも預かるから責任者が増えるのは歓迎する事らしい。

 風呂付きのメイドも二人雇った、これで自分の屋敷に客人を泊める事も舞踏会を開く事も出来る。

 

 流石に楽団は囲えないので舞踏会の時にだけ雇う事になる、個人で楽団を抱えられるのは公爵か侯爵、または裕福な領地持ちの伯爵以上だろう。

 指揮者を含めて二十人前後だ、年間金額三万枚以上は必要になる。短期で雇うなら一回金額二百枚から三百枚で済む、資金の無駄遣いは出来ない。

 専属の楽団を持つ事は貴族としてのステータスだと言われているが、他に予算を使いたい僕からすれば贅沢以外の何物でもないけどね……

 

 僕しか居ないベッドに大の字になって寝転び天井を見上げる、思い浮かべるのは最後に読んだ親書だがユリエル殿からだ。

 ウェラー嬢とは定期的に手紙の遣り取りをしていたらしく、サリアリス様への弟子入りの件やマテリアル商会とのトラブルの件を知って僕に苦情を言って来た。

 サリアリス様の件は基本的には了承したが、黒い噂の有る宮廷魔術師筆頭殿とは距離を置きたかったみたいだ。

 だが結果はウェラー嬢はサリアリス様に懐いた、孫娘みたいな扱いになっているから今更引き離せない。

 師弟関係を結んだ魔術師同士の絆は強固だ、僕とバルバドス師との師弟関係も同様。僕は魔術関連では正当な後継者として、正式に貴族院も認めている。

 

 マテリアル商会については酷い事になっている、愛娘が詐欺紛いに高額の魔導書を買わされたんだ。

 僕が同行し、もう一冊ブン取った程度では怒りが収まらなかったみたいだ。更なる追撃をしろって強要されたが、御自分でして下さい。

 マテリアル商会にとっては僕が距離を置く事が、彼等に一番ダメージが大きい筈だ。僕は敵対者に容赦が無いのは周知の事実、その僕が距離を置けば周囲は想像するだろう。

 結果的に距離を置かれる事になる、それは商人としてはキツい対応だろう。適当な時期に和解したと思わせる必要が有るかな、メノウさんの件も有るから迂闊な事は出来ないんだ。

 

 メノウさんは復縁の事は断ってくれたが、過去には妾として囲われ世話になっている。エレさん達が無事に暮らせていたのは、マテリアル商会の会長のお陰でもある。

 余りに無下な対応も出来ない、人の縁とは深く絡み合う物だから簡単に切り捨てられないんだ。

 メノウさんも僕に遠慮しているのだろうが、長年情を交わした相手だから突き放す事には躊躇が有るのが分かる。

 

「まぁ男女の心の機微なんてモノは、当人同士にしか分からないだろう」

 

 僕が悩んで考えても分かる訳もない、メノウさんから頼まれたら対応すれば良いか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一家の大黒柱として最低限必要な事、言うは簡単だが実行するのは難しい。生活費を稼ぐ事、家族の安全を守り幸せにする事。

 世の中の父親が日々苦労する事は内容は違えどヤル事は同じだ、つまり働いてお金を稼ぐ。

 宮廷魔術師第二席として伯爵で領地持ちでも、決して財政に余裕が有る訳じゃない。貴族の付き合いは兎に角金が掛かる、年間を通じて慶事に冠婚葬祭だけでも相当な額になる。

 舞踏会で三百人も呼べば一晩で金貨五千枚は軽く飛ぶ、それでも年に数回は開催しなければならない。

 

 留守番のアーシャの護衛はメルカッツ殿に頼んだ、本人もアーシャが気に入ったのか喜んで頼まれてくれた。

 ジゼル嬢にはニールが居るが、早い内にツヴァイとドライを専属護衛として譲渡した方が安心だな。守りは多ければ多い程良い、そしてゴーレムはプライベート空間でも同席出来る。

 バーレイ伯爵家の家紋の付いた馬車で、魔法迷宮バンクに向かう。元々整備された石畳の道だが、僕が錬金した極力振動を抑えるサスペンションを装備した馬車だから車内は静かだ。

 襲撃に備えて固定化の魔法も重ね掛けしてある、動く要塞と言っても過言ではない。

 

「折角の休みなのに、魔法迷宮バンク攻略に付き合わせて悪いね」

 

 手っ取り早く資金を稼ぐには魔法迷宮バンクを攻略しドロップアイテムを売るのが効果的だ、序でにレベルアップもして強くなれるので一石二鳥。

 

「私達は、リーンハルト様となら何処までも一緒です」

 

「今だって嬉しいよ、馬車の中でリーンハルト君を独占してるもん!」

 

 狭くはないが並んで三人座るには少し狭い座席に座り両側から、イルメラとウィンディアが腕に抱き付いている。

 

 うむ、幸せだ!

 

 馬車の窓にはレースのカーテンを閉めているから外から中は分からない、だから安心して二人と触れ合える。

 

「私だけ向かい側、一人で座るのは寂しい」

 

「ごめんね、エレさん」

 

 世の中の男性が知れば嫉妬する状況だ。狭い馬車内に美少女三人と一緒だからな、テンションが上がるのは仕方ないだろう。

 

 アーシャやジゼル嬢は魔法迷宮バンクには同行させられない、明後日に全員でオペラを観に行く約束をしている。

 演目が切り替わるので丁度良かった、流石に同じ演目は観たくない。

 だが貴族とオペラは切っても切れない関係らしく、猛者は同じ演目を何度も見るらしい。僕は一回観れば満足だし勿体無い、二回目を見るなら数週間は開けたい。

 

「申し訳有りませんが、エレさんは駄目です」

 

「そうだよ、悪いとは思うけど駄目だもん!」

 

 そう言ってギュッと抱き付いて来たので、腕に至福の感触がだな……思わずニヤけてしまう表情筋を引き締める、しかしウィンディアの『もん!』は何度聞いても良いな。

 

 む、今回も歓迎と言うか出迎えが凄い、事前に通達しているから準備万端なのだろうか?

 窓から見える範囲でも警備兵と聖騎士団員達が見学人の整理をしている、多分だが他の冒険者達は魔法迷宮バンクの攻略を控えているんじゃないかな?

 

「前回と同様に凄いね」

 

「一目でもリーンハルト様を見たいのでしょう、今回も魔法迷宮バンクに縁の無い一般の人達が多く集まってます」

 

 イルメラに言われてカーテンの隙間から外を見れば、確かに普通の母子や職人達が多く見える。アレか?もしかして手を振る位のサービスをしろと?

 民衆の支持を煽ったからこその人気、だが継続的に支持を受けるのには多大な労力と苦労が必要だ。人気など不義理な事をすれば、直ぐに落ち込む。

 だからこそ、政敵達が民衆を唆して僕に陳情させた。無視や適当な対応をすれば、直ぐに民衆の支持は無くなるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 前回よりも更に豪華になった僕専用の施設で、冒険者ギルドのパウエルさんに手続きを頼んだ。

 今日魔法迷宮バンクを攻略している冒険者は二十八組のパーティで百四十三人、Cランク迄らしく第七階層より下ならば出会う事は無い。

 事前に通達された僕が来る時間より大分早く来ているそうだ、リストには『ザルツの銀狐』や『ハンマーガイズ』それに『スターズ』の名前を見付けた。

 驚いた事にフレイナさん率いる『春風』の連中も来ている、流石に寄生はしないだろう。

 

 聖騎士団員達が入口前で整列している、軽く手を上げて労をねぎらい通過するが慣れずに恥ずかしい。

 順調にエレベーターを使い第八階層まで降りた、黒御影石で構成された通路は真っ黒で艶やかだ。魔法の灯りが反射して独特の雰囲気が有る、短い通路の先には扉が三つ有る。

 

「エレさん正面の扉の開錠宜しくね」

 

「ん、分かった」

 

 右側の扉は武器庫と宝物庫に繋がり、左側の扉は安全地帯に繋がっている。僕等はボス狩り専門なので、他には興味が無い。それと僕は宝箱と相性が悪くて、大抵はダガーだ。

 魔法迷宮バンクの第八階層の宝箱から見付かる物はそれ程珍しくは無い、だから無視しても問題は無いと割り切る。

 

「開いた」

 

「有り難う、エレさん。では気を引き締めて行こう」

 

 鋼鉄製の重たい扉を開く、ひんやり冷たい風が頬に触れる。周囲に浮かべた魔法の灯りを数個前方に飛ばすと、15m程先に魔素の集まる光が見えた!

 

「モンスターがポップする、先ずは僕に任せてくれ」

 

 黒縄(こくじょう)の扱いが未熟なので、モンスター相手に練習したい。イルメラ達の護衛にゴーレムナイトを六体残して前に出る、ポップしたのはマーダーグリズリーが三体だ。

 4m以上の巨大な肉食獣が二本足で立ち上がる迫力は中々だな、捕食者は巨大な口を開けて威嚇してくる。

 噛み付かれたら僕の腕など容易く食い千切られる、牙の長さは15㎝は有るな……

 

 三体並んで立ち上がり威嚇するが、狭い通路の幅一杯に広がるのは先に進ませない為か?

 

「黒縄よ!」

 

 モンスターの思考を予想しても意味は無い、両手を水平に上げて黒縄を纏う。更に改良し強度はそのままで、太さを直径2㎝まで細くした。

 

 先ずは右手を突き出して真ん中のマーダーグリズリーを狙う、真っ直ぐに伸びた五本の黒縄が心臓周辺をまとめて貫く。

 ただ伸ばすだけでなく獲物が避けたり素早く移動しても、追尾誘導する事も出来る。

 

「グガァァァァッ!」

 

 重低音の断末魔の叫びが通路に木霊するが構わずに黒縄を引き戻す、直進攻撃は大体思った場所を狙えるな。

 左右のマーダーグリズリーが味方が倒された事に激怒し四つん這いで突進して来る、高々10m程の距離では直ぐに接近されて押し潰されるだろう。

 

「黒縄よ、捕縛網だ!」

 

 両手から十本ずつ黒縄を伸ばし格子状の網を形成、通路一杯に展開しマーダーグリズリーを包み込む。

 本来ならマーダーグリズリーの突進力に負けて押し込まれるが、天井や壁や床に黒縄をアンカー状に打ち込んで耐える。

 

「グガッ!」

 

「キシャー!」

 

 漁師の投網に掛かった魚の如く、僕の黒縄にガッチリと捕まったマーダーグリズリー。その鋭い牙や爪、怪力を持ってしても黒縄の捕縛網は破れない。

 

「ふむ、成功かな。縄は編めば色々なモノに応用出来る、だが編み込む速度は要練習だな」

 

 締め付けて圧死させれば魔素に還り二つのドロップアイテムを残した、編み込んだ時は魔力刃は接点が干渉して使えない。

 突いたり切ったりする時は単体で操作する時だけだが、同時に二十本は魔力刃を纏う事が出来るので使い勝手は悪くない。

 

「ノーマルドロップアイテムの『胆嚢』とレアドロップアイテムは筋力up中効果『狂戦士の腕輪』か……」

 

 イルメラが拾って手渡してくれた、拳大の黒い塊の『胆嚢』と鉄製で見た目も簡素な『狂戦士の腕輪』を受け取る。

 前者は上級ポーションの素材になり、後者は売れば金貨百枚と美味しい。

 

「うん、悪くない手応えだな」

 

 後は第八階層のボスである蒼烏(あおがらす)と戦い空中に居る敵の対処を学べば良い、広いボス部屋で高速で飛翔する蒼烏は対空中戦の経験を積むには理想的なモンスターだ。

 対人の戦争に対空中戦をする事は無いが、高低差の有る攻城戦とかに応用出来る。

 

「む、次はスライムか。初めて見る色だが、ピンク色だと何だか?」

 

「ピンク色は、ポイズンスライムです!触れると麻痺しますし、体内に取り込まれれば溶かされます」

 

 お椀をひっくり返した形をしているが、直径は1m以上有る。体重は1tonを超える巨体だ、だが弱点は分かり易い。

 

「ふむ、体内に有る核を破壊すれば倒せる。僕の黒縄とは相性が良いな、溶ける前に破壊する」

 

 ブヨブヨと身体を揺らしながら近付いて来るが遅い、普通なら腐食性の身体の中の核を壊す為に接近して武器を突き刺さねばならない。

 弓矢では核まで届かず、槍の投擲では5㎝程度の核に当てるのは難しい。

 

「だが黒縄なら問題無いよ」

 

 一本だけ操作しポイズンスライムの核を突き刺す、体液に浸った黒縄が白い煙を上げて溶けるが切り離して終わりだ。

 

「退治が難しいポイズンスライムを簡単に倒すとは……流石はリーンハルト様です!」

 

 うん、有り難う。でも少し落ち着こうね?興奮するイルメラをどうやって落ち着かせるか考える方が難しいよ。

 

 


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