古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第483話

 ノウズバリィ・フォン・キンドルフ男爵家の次男、ヤーディ殿が乗馬の訓練中に落馬し亡くなった。

 彼には年の離れた兄であるゴース殿と僕と同い年の姉が居る、僕の右腕に抱き付いて泣いている令嬢が姉殿だ。名前は未だ知らない。

 ヤーディ殿は次男ながら将来を嘱望される程に利発で有能だったらしい、この事故死は事件の可能性が有ると周囲は噂をしている。

 

 僕は正直に言えば他家の相続争いになんて首を突っ込みたくはない、それは残された親族と貴族院の仕事で調べるのは騎士団か王都の警備兵達だ。

 キンドルフ男爵はバーナム伯爵の派閥では古参の一人、新貴族男爵だが現当主はバーナム伯爵と共に最前線で戦っていた程の武人。

 そのキンドルフ男爵が憔悴し六十歳前だというのに、十歳は老け込んで見える。キンドルフ男爵夫人も同じだ、ヤーディ殿は両親に深く愛されていたんだな。

 

「悲しみが深いのは理解出来ました。ですがモアの神は亡くなった者の家族の深い悲しみは、死者の魂を現世に強く残す行為だと諫めています。

悲しい事には違い有りませんが、彼の魂がモアの神の祝福を得られる様に送り出してあげましょう。それも残された者の大切な役目だと思います」

 

 建て前は大切だ、そしてモアの神は正しく同じ事を教義として二クラス司祭が広めている。こんなに人の死が身近な世界だから、悲しみを引き摺るなって事だな。

 右腕に縋り付く令嬢の手を丁寧にゆっくりと引き離す、払ったりはしない。悲しい筈が顔や手までも真っ赤に染まる令嬢でもだ。

 妙に潤んだ瞳で見詰められているが、全部無視して……いや、気付かない振りをすれば良い。葬儀の最中に色恋沙汰など有り得ない、お互いの真意を疑われる愚行だ。

 彼女的にも有能な弟が亡くなり頼りない兄が後継者となるならば、実家の為にも僕と縁を結びたい親孝行的な考えだとは思うが……

 

 チラリと周囲に視線を送れば何人かが此方を伺っている、同じ派閥の連中だから誤解するなと言えば良いだろう。

 

「エアリス、弟が死んだと言うのに色恋沙汰とは恐れ入る!」

 

 周囲がざわついた、悲しみにくれる妹に対する暴言を兄が吐いたのだ。その相手だと思われた僕も同じ扱いをされた訳だから大問題だぞ。

 結構な大声で姉殿を非難したが、彼が長男のゴース殿か。僕を見てビクッとしたのは、エアリス嬢の縋った相手が僕だとは分からなかったのか?

 暴言を吐く相手を事前に確認しないとか、やはり能力的に問題の有る後継者ってのは当たりか?

 

「エアリス殿はヤーディ殿が亡くなった悲しみを自分の中で昇華出来ていないのです、決して疚しい気持ちなどでは有りませんよ」

 

 彼女を貶したつもりでも相手も一緒に貶す事になる、ゴース殿では僕の相手にはならない。そして聞き耳を立てている周囲にも言わねばならない、僕とエアリス嬢は無関係だとね。

 ジロリと睨めば慌てて一歩下がった、これが長男とすれば周囲がヤーディ殿に期待を寄せた気持ちも分かる。

 どうもゴース殿は、自分に対する周囲の思惑が分からない典型的なボンボンだ。自己顕示欲が高そうで我が儘、噂話も全く根拠が無い訳でもないのか……

 

 火の無い所に煙は立たず、東方に伝わる諺(ことわざ)らしいが説得力が有る。

 

「こ、これは失礼致しました。まさかリーンハルト卿が、エアリスのお相手だったとは驚きましたぞ」

 

 素直に謝罪し頭を下げてきた、この場は騒ぎを大きくせずに収めるのが正解だ。葬儀の場で残された遺族に鞭を打つ事はしたくない、謝罪を受け入れて水に流せば良い。

 愛想笑いをする貴方を苦々しく見詰める両親と妹の存在と気持ちに気付いていますか、次期当主のゴース殿?

 

「気にしてはいません、ですがエアリス殿のお相手は僕では有りません。そこは誤解しないで下さいね、双方の為にもです」

 

 周囲にも聞こえる様に話す、余計な噂を広めない為の牽制だ。僕はキンドルフ男爵家の相続争いに絡むつもりは無い、相続問題のドロドロさは身に染みているから。

 キンドルフ男爵一家に軽く頭を下げて軽食の用意されたホールに向かう、知り合いや顔見知りが居たら挨拶はしなければならない。

 貴族として面倒臭いからと避けては通れないんだ、特に同じ派閥だから余計に慎重になる必要がある。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ホールは三十人も入れば一杯になる広さだ、キンドルフ男爵家は領地が無いが中規模の商会と親戚関係に有る。だから同じ新貴族男爵よりも資産は豊かだ、僕の実家よりも広いかな?

 派閥上位のバーナム伯爵とデオドラ男爵は明日の埋葬に出席するみたいだな、ライル団長は政務の関係で代理人を立てたみたいだ。

 僕はキンドルフ男爵とは親しい訳でもないので、代理人を立てずに前日に参加した。これで派閥のNo.4として最低限の義務は果たした。

 

 殆どが顔見知り程度の知り合いだが挨拶を交わし少し雑談して別れる、流石に葬儀中だから露骨な摺り寄りは無い。

 粗方の連中と挨拶を交わしたので、マーリカ嬢に近付く。彼女は違う派閥に属しているし、旦那と死別した出戻りでも有る。

 このホールに居る連中の中では身分は下の方だから、優先して言葉を掛ければ迷惑を掛ける事になるんだ。

 

「マーリカ殿もいらしてたんですね?」

 

 若い令嬢と話していた彼女に声を掛ける、当然だが視界に入る正面から近付いたので気付いて会話を止めて待っていた。

 真っ黒なドレスが妙に似合っている、未亡人だから喪服を着慣れているのか?

 

「ご無沙汰しております、リーンハルト様」

 

 淑やかに微笑んだ後に一礼してくれたが、やはり彼女は喪服が似合っている。妙な色気が有って苦手なタイプだな、再婚の話は聞かないが後妻や側室にと望む男も居るだろう。

 現にチラチラと彼女を盗み見る連中が居る、だが本人は再婚する気はなさそうだ……

 

 改めて考えれば、確かにご無沙汰だな。ドラゴン狩りや旧クリストハルト領の潅漑事業が忙しくて、魔術師ギルド本部に顔を出してないから。

 

「仕事が忙しくて申し訳無い、近い内に魔術師ギルド本部に顔を出します。レジストストーンの錬金は順調ですか?」

 

「はい、既に聖騎士団に納品する分は出来ております。今は各自が回避率upの為の試行錯誤の最中ですわ」

 

 ほぅ?既に納品分は錬金済みか、早めにライル団長に引き渡した方が良いな。セラス王女から次の研究テーマも頂いたし、魔力付加の魔導書を書いて渡すか……

 

「リーンハルト様、彼女はターメルス子爵の次女のレムリアさんです。今夜は彼女の付き添いで来ましたわ」

 

 マーリカ嬢の後ろで無言で控えていた淑女を紹介された、少し緊張気味なのは親族のエスコート無く派閥上位者に会うからかな?

 派閥間の葬儀の場合、そう親しくなければ代理で家族が出席する事も有る。亡くなったのが御子息だから当主自ら来ない場合もOKだ、多分だがキンドルフ男爵とターメルス子爵の仲は良くないかな。

 代理で付き添いを付けて娘を送り出す位だ、貴族としての義理だけの対応だな。まぁ当人を知らなくて参加している僕も同じ様な感じだけどね。

 

「ああ、派閥違いのマーリカ殿が居たのは付き添いですか」

 

 一応疑問に思っていた事は解消したが、貴族の血縁関係と派閥関係は複雑なんですよと言われた。マーリカ殿も薄いがキンドルフ男爵家と親戚関係に有るらしい、この辺が政略結婚の嫌らしい所だ。

 敵対派閥にも親族が居て、万が一の時に助け合おうって事だ。白か黒かで簡単に割り切れない、家を存続させるのが大変なのは理解した。

 

「初めてお目にかかります、レムリアと申します」

 

 深々と頭を下げたレムリア嬢だが、黒い噂の有るマーリカ嬢を付き添いに頼むとは豪気だな。彼女も自分に黒い噂が有るのは薄々気付いている筈だ、僕が調べた事は知らないだろうが……

 

「ああ、宜しく。マーリカ殿は僕が所長を務める錬金術研究所の所員なんだ、仲良くしてくれると嬉しいよ」

 

 腹黒さと怪しさを兼ね備えたマーリカ殿の友人としては、この純朴で優しそうな令嬢は似合っていると思う。同じ腹黒い系統の連中が集まったら、相乗効果で偉い事になるぞ。

 

「そんな、仲良くなんて。私なんて……」

 

「あれ?マーリカ殿とは年の離れた友人ですよね?」

 

 何か真っ赤になってクネクネしていたが、慌てて何かに思い至ったみたいな……ああ、僕の言い方が悪かったのか。

 

「勘違いさせてしまいましたか?それは申し訳なかったですね」

 

 会話が途切れた時を見計らい、断りを入れてマーリカ嬢とレムリア嬢と別れる。そのままホールを出て自宅に帰る事にする、別れ際のマーリカ殿の含みの有る視線と笑みが忘れられない。

 

 もしかしたら、ゴース殿はマーリカ嬢に弟殺しの件で粛正される。そんな気がしてならない。

 だが確証無く止めろと言うのも変だし調べてまで、ゴース殿を助ける義理も気持ちも無い。この件は様子見だな、仮にゴース殿が粛正されても困る事も無い。

 

 キンドルフ男爵家にとっても無能が跡継ぎよりは、有能な者を養子にするかエアリス嬢の婿として招き入れれば良い。

 多分だがキンドルフ男爵家にとっても、バーナム伯爵の派閥にとっても非情ではあるが最良だと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 キンドルフ男爵家から自分の屋敷に帰宅した、マーリカ嬢の動きが気になるが放置する事にする。

 彼女は僕が黒い噂の事を調べた事は知らない筈だ、だから不用心に止めろとかは言わない。仮に噂通りの行動をしても、僕にはデメリットは無い。

 仮にバレて捕縛されても王立錬金術研究所の雇われ所員だから、その所長の僕に罪が及ぶ事も殆んど無い。だから気にしない事にした、家族や家臣なら問題だが所員ならば精々が嫌みを言われる位だな。

 

 逆に彼女の実家は大変な事になる、同じ貴族殺しは内容によっては親族も同罪だ。僕は決闘という形でマグネグロ殿と公に生死を問わずの条件で戦った、貴族間の決闘で生死を問わずは普通に有る。

 それでも危険な賭けだった、アウレール王が不問にしたから平気だったんだ。立会人がサリアリス様だった事も良かった、影響力の有る人物の保証は重要だ。

 明日からの三連休、予定は入っていない。だが自宅に帰れば、お誘いの親書が何通か来ている。王宮内の執務室に送れない連中からの親書だが、気を付けないとヤバい物も有る。

 

 入浴後の寝る迄の間の時間に執務室で仕事をする、連休中の一日は仕事をしないと溜まる一方だ。出世して地位も権力も得たけど、同等の仕事と義務も増えた。

 納得しているから問題は無い、それでも自分の幸せと自由の為に今の地位を望んだのだから……

 

「困ったな、僕に陳情しても無理なのだが……」

 

 領地の潅漑事業や城壁の補強とかの錬金絡みの依頼、多額の報酬が提示されているが基本的には受けない。

 武器や装飾品の作成依頼も同様、僕は贈りたい人にしか錬金しない。この辺り迄なら先方に失礼の無い様に断れる、損得勘定が働く内容だからな。

 

「だが感情に訴えて来る陳情は違う、王都の陳情の相談相手は僕にじゃないんだぞ」

 

 自分の領地で領民からの陳情ならば、僕の裁量で何とかなる。領主にはそれを行うだけの権力をアウレール王から認めて頂いている、だが王都は違う。

 此処には正当に仕事を担当する役人が居る、彼等の管轄内で勝手な事は出来ない。それは越権行為であり既得権の侵害とか派閥間の争いとか、大変面倒な事に繋がるんだ。

 

「母親が難病で苦しんでいる、町医者から治らないと言われたけど何とかしたいのでお願いしますか……」

 

 僕は医者じゃない、対外的にも水属性魔術師じゃないから治癒魔法は使えない。送り主は中規模の商会の幼い子供らしい、だから使用人に頼んで僕に手紙を出したのか。

 エリクサーを渡せば治るだろう、だが無闇に高価なポーションを与えるのも今後を考えれば難しい。

 貴重品を簡単に与える奴だと思われたら、他にも病に苦しむ連中が一斉に縋り付いてくる。適正価格で売れば良いって訳でもない、気持ち的にはエリクサーをあげたいが対応としては偽善的で危機管理の出来ない馬鹿だ。

 

「商いの人手が足りない、店の経営が厳しくなって来たから苦しくて家族総出で頑張るが母親が過労で倒れたか」

 

 また幼い子供からの手紙だ、拙い文字で切々と訴えている。子供に弱いのは万国共通だと思う、子供相手に非情になれる奴は外道だ!

 だがこれも派閥絡みだから子供可愛さで了承は出来ない、重労働に苦しむ低所得層は同じ苦しみを抱える連中が多い。

 働いても働いても我が暮らしは一向に良くはならない、何故って事だな。

 

「おかしい、同じ様な内容の手紙が幼い子供達から来ている。偶然で片付けるには多過ぎるな、もしかして……」

 

 執務机の上に並べた陳情書をみて考える、素直に国民から慕われて力を貸して欲しいと頼まれたと喜ぶのは早計だぞ。

 これは平民に人気の僕に対して嫌がらせだな、この要望に応えなければ民の声を聞かない男だと言われる訳だ。

 叶えれば他の貴族達と無用な諍いが増える、どちらに対処してもダメージは来る。だから正解の無い問題なんだ、やってくれる。

 

「子供は共犯者じゃない、少し探せば幾らでも見付かるレベルの悩みだな。だから余計に面倒臭いんだよ、グルでやらせとは言わないけど唆されたか?」

 

 嫌な考え方だが、これも僕に対する妨害工作だな。国民に人気が有る事が気に入らないのか、他に考えが有るのか?

 この五通の陳情は色々と調べて対応する必要が有る、場合によっては……

 

「旦那様、お休みの準備が整いましたわ」

 

 控え目なノックの後に、真っ白な枕を胸元に抱いたアーシャが執務室に入って来た。簡素だが極上の肌触りの夜着を着た彼女は夜の妖精みたいに美しい。

 流れる様な黄金の髪に青緑色をした碧眼が真っ白な肌と真っ白な夜着に似合っている、後ろに控えるイルメラとウィンディアも同じく夜の妖精だ。

 いや、魔香で僕を惑わす小悪魔達だろうか?

 

「ああ、分かった。今行くよ」

 

 フラフラと誘蛾灯に引き寄せられる蛾みたいに仕事を止めて彼女達に近付く、僕は彼女達の紡ぐ蜘蛛の糸に捕まった虫なのかも知れない。

 今夜は四人での添い寝なのだ、明日の朝は変なテンションになっているが諦めよう。

 

 


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