古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

482 / 999
第481話

 近衛騎士団との模擬戦で、思わぬ恥ずかしい告白をしてしまった。まさか王宮に勤める女官や侍女達が大騒ぎをして、彼女達を統括するレジスラル女官長に叱られるとは思わなかった。

 まぁ説教ってよりは苦言を呈された感じだろうか?だがユーフィン殿やラナリアータは完全に説教を受けて涙目になっていた。

 捨てられた子犬みたいな目で見られたが擁護は出来ず、そそくさと自分の執務室に逃げ帰った。僕じゃレジスラル女官長を説得出来ない、諦めてくれ!

 

 だが近衛騎士団のゲルバルド副団長が率いる一団が、宮廷魔術師第二席の僕と模擬戦を行い引き分けた事は少なからず影響が出る。

 結果だけ見れば一勝一敗の五分の戦績だが、内容で見れば僕の方が勝ったと言えるだろう。

 最初は四対一で圧勝、二回目は四十二対三だが僕は無傷で十三人を倒したが時間切れで自ら負けを宣言した。撃破率で考えれば僕の勝ちだよな。

 

 宮廷魔術師第二席の僕や近衛騎士団副団長のゲルバルド殿に直接異議申し立ては出来ない、だから有耶無耶に引き分けで終わらせる。

 王族の護衛の要である近衛騎士団が、立場上対立する宮廷魔術師に負けた事実は不要。だが親睦を深める事が出来た、特に部隊長の三人とは同じ中間管理の苦労人として仲良く出来るだろう。

 実務を司る者を押さえれば後は何とでもなる、向こうも僕に話を通せば宮廷魔術師関連では融通出来る。

 

「これが持ちつ持たれつの関係、結果的には悩み多い模擬戦はプラスに働いたな」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 妙に熱い視線を受けながら執務室に戻る、貰いっぱなしで放置していたニーレンス公爵からの親書を読むのを忘れていた。

 アーシャ襲撃とか近衛騎士団との模擬戦とか色々と濃い出来事が有ったからだ、反省はするが仕方無いと情けなく考える自分も居る。

 

「今戻ったよ」

 

 自分に割り当てられた部屋なので、ノックはせずに扉を開ける。控えの間に居た、オリビアが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ああ、悪いが熱い紅茶を濃い目で頼むよ」

 

 甘い言葉を吐いた後だからか、余計に渋味が欲しい。割と切実に、今直ぐに!

 

 絶対にジゼル嬢かアーシャに言ったんだろうとか邪推されている、まぁ事実だけど公(おおやけ)の場で惚気た事実は大きい。

 取り敢えず執務机に座り、ニーレンス公爵からの親書を取り出す。四季の花々を型押しした最高級の便箋、蝋封に百合の家紋を押した正式なモノだ。

 丁寧にペーパーナイフで封を切る、中の便箋を取り出して読み始める……

 

「ゼロリックスの森に住むエルフ族、メディア嬢の護衛役のファティ殿から正式な模擬戦の申し込み?」

 

 おぃおぃ、またかよ。模擬戦ばかり申し込まれるな。

 

 レティシアが鍛錬してやれって伝言したんだっけか、ファティ殿も乗り気だったな。しかしだな、この時期に模擬戦か……

 更に読み進めると色々な条件が書かれている、余人に邪魔をされない人目の無い場所をニーレンス公爵が用意した。

 立会人は、ニーレンス公爵にメディア嬢。それにリザレスクの婆様と、レティシアまで呼ぶのか?

 

「おぃおぃ、断れる訳がないだろ」

 

 手紙を机の上に投げ出して頭を抱える、ゲルバルド副団長達との模擬戦とは意味が違う。ファティ殿やレティシアが相手なら手加減は侮辱と同じ、そもそも手加減したら速攻で負ける。

 だが、今の僕の全力をニーレンス公爵達にも見られる。水属性魔法は使用しないが、ゴーレムキングは使わないと勝負にすらならない。

 同じ土俵で大火力の固定砲台として戦えば、地力で劣る僕は直ぐに追い込まれて負ける。機動力で攪乱して、ゴーレム達と土属性魔法を駆使すれば……

 

「有る程度の魅せる戦いをして負ける、勝てる確率は微塵も無く足掻く事しか出来ない。だが相当の経験は積める、断る意味は無いな」

 

 手紙にも余人を交えずと書いてあるから防諜には気を遣った場所を用意する筈だ、ゴーレムキングの事は口止めすれば良い。

 不安そうに佇むオリビアに気付いた、ニーレンス公爵の親書を読んで頭を抱えていれば心配するだろう。身分上位者から無理強いされているとか思っている?

 

「む、そのアレだ。何でも無くは無いが、僕に模擬戦を申し込むのが最近の流れっぽくてね。頭が痛くなっただけさ」

 

「無理はなさらないで下さい。いくら王国の守護者で最強の剣、アウレール王の懐刀と言われても無理をすれば身体を壊します」

 

 心配そうな顔で紅茶を淹れたカップを置いてくれたが、アウレール王の懐刀って何だろうか?新しい呼び方が増えたみたいだ、王国の守護者も最強の剣も恥ずかしいだけなのに……

 

「なんか呼び名が増えてないかな?」

 

「他にも有りますわ、狂喜の魔導騎士とか……」

 

「何故それを知ってるの?」

 

 人差し指を頬に当てて少し上向きで考える仕草が似合ってはいる、だが狂喜の魔導騎士って嫌な呼び方が広まってるのは何故だ!

 僕関連の事は相当なレベルで情報収集されている、その内容をオリビアまで知っているとなれば情報源は女性達だな。

 専門の諜報員に集めさせた情報なら秘匿される、それが広まるとなればメイド達が聞いた事を広めたのだろう。

 

「まぁ良いか……オリビアも変な呼び方を広めないでくれ」

 

 引き出しからレターセットを取り出す、当たり障りの無い挨拶から入り次に本題のファティ殿との模擬戦の了承の旨を書いて終了。

 日程については幾つか候補日を書いておいた、僕は身ひとつで出向けば良いが向こうの方が調整する事が多いから。

 

 暫く他の親書を書く、困った事にザスキア公爵が居ないと効率が悪い。一人で黙々と手紙を書くより、適度に無駄話をしながらの方が捗るのか?

 何とか七通を書き終えた所で、結婚式に同行する警備兵の副官二人が訪ねて来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ハンナに案内されて来た二人の副官を見る、僕が希望を出したのはローラン公爵とニーレンス公爵の派閥の構成員にする事だけだ。

 ソファーを勧めて向かい合う形で座る、直ぐにハンナが紅茶を用意するが勤務中だからと遠慮する。どうやら真面目でお堅い連中かな?

 

「アドム・フォン・グリーグです」

 

「ワーバッド・フォン・ボルツと申します」

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、宜しく頼みます」

 

 二人共に爵位は無いが貴族だ、実家を継げない三男以降の連中は自分で働いて稼がないと結婚も出来ない。

 実家の財政が豊かなら別だが、普通は次男は長男の予備として実家に括られる。長男に世継ぎが生まれれば解放されるが自立は難しく、殆どがそのまま長男のサポートをする事が多い。

 僕の場合は特殊だ、早々に相続権を放棄し魔術師として自立出来た事。本来ならばバーレイ男爵家を継ぐ、インゴを支える事になっただろう。

 

「詳細は聞いていると思いますが、この警備計画書を読んで下さい。先ずは僕の副官として、参加者を自ら選んで下さい。派閥と能力の両方を考えてです、自分の使い易い連中を選ぶんですよ」

 

 パラパラと警備計画書を流し読みする二人に説明する、横槍を入れられてバセット公爵やバニシード公爵の関係者が入るのは嫌だ。

 自分の使い易い連中とは、自分の所属する派閥連中の中で能力の高い奴を選べって事だよ。

 

「メンバー選抜の他に備品リスト外で必要な物が有れば手配します、警備計画書の内容で不備が有れば修正します」

 

 二人並んでいる所を見ると、グリーグ殿が父親でボルツ殿が息子に見える年齢差だな。

 グリーグ殿は四十代半ば、ボルツ殿は二十歳過ぎ位か。共に金髪を短く刈り上げで、日焼けをした逞しい肉体の持ち主だな……

 

「この警備計画書は、リーンハルト様が作られたのでしょうか?」

 

 早いな、二人共に読み終えたぞ。何ヶ所かページの端を折っているのが質問の場所かな?

 

「そうです、関係各所とも協議済みです」

 

「む、適正です。この警備計画書をマニュアル化して、他の馬鹿連中に配りたいくらいです」

 

 今日は馬鹿って良く聞く、ゲルバルド副団長も終始部隊長三人から馬鹿馬鹿言われてたし……

 

「レジスラル女官長の協力のお陰です、問題は同行する大臣連中の方ですね。此方の言う事を聞かない事も考えられますが、最悪はブン殴って大人しくさせますから」

 

 脳筋達の喜びそうな冗談を交える、ニヤリと笑う二人の迫力は中々だな。王宮所属の警備兵だから強さは折り紙付きだ、騎士と比べても戦闘力に差は無いだろう。あるのは実家の爵位と宮廷序列くらいか……

 

「リストは一週間後に提出して下さい、僕の承認は不要です。選ばれた者達は直ぐに準備を始める事、後は再度警備計画書を読んで不備が無いか確認する事」

 

「ハッ!了解致しました」

 

「直ぐに仕事に取り掛かります!」

 

 ソファーから立ち上がり、見事な敬礼してから退室していった。今回の副官二人は当たりだな、性格も能力も良さそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「今度の上司殿は中々有能みたいだな」

 

 未だ未成年ながら宮廷魔術師第二席になった、歴代最強のドラゴンスレイヤー殿。単独で二千人の敵兵の籠もるハイゼルン砦を奪還した強者は、見た目は未成年の優男だった。

 

「勿論だが強さは認めていたさ、だが政務能力が高いのは嬉しい誤算だな」

 

 バーリンゲン王国に向かうロンメール様一行の護衛の警備責任者の副官に任命された時、女官や近衛騎士団、それと同行する役人達も一緒に守ることになる。

 他部署との連携調整が一番悩ましいのだ、面子や利権が絡む調整事は中間管理職である我等の仕事だ。

 いや本来は責任者の仕事だが、大抵の場合は押し付けられる。身分差は厳しい現実なのだ、面倒事は下に押し付けるのが普通だ。

 

「大抵の場合は副官に任命されたら警備計画書の作成と、それに絡む調整事までやらされるのだがな」

 

「流し読みだけど問題無いな、最初からレジスラル女官長が協力するって凄い事だぜ」

 

 王宮所属の女官は最も気を遣わねば駄目な相手だ、それを事前に済ませてくれただけでも助かる。

 

「関係各所への要望書と指令書、必要な資機材の調達リスト。立ち寄り先の領主への要望書、全てを一人で作成はしてないだろうが……」

 

「自分で羽根ペンを動かして書かなくても良いんだ、誰かに命令して書かせて纏めるだけでも有能だぜ。それに派閥の柵(しがらみ)にも理解が有る、俺達は所属派閥の連中だけを集められる」

 

 ニーレンス公爵もローラン公爵も、リーンハルト様には最大限の配慮と協力をしろと厳命してきた。

 だが他の派閥の連中が混じれば難しい、だが配下は好きに選べと言われた。責任は重い、自分が選んだのだから無様な真似は出来ない。

 だが選抜には頭を悩ませていたんだ、一任されたから自由に出来る。他から横槍を入れられても断れる、これで気苦労の三割は無くなったな。

 

「何よりアレだよな」

 

「ああ、アレだ。一番面倒な大臣連中は、リーンハルト様が責任を持ってくれると言った。あのいけ好かない連中は俺達の事を見下しているから、言う事に一々反発しやがる」

 

 奴等をブン殴って大人しくさせますとか中々言えない台詞だぞ、大抵の場合は我が儘ばかり言って責任を押し付けて来る嫌な奴等だ。

 

「実はさ、妹からリーンハルト様に会いたいってお願いされてるんだ。妹も王宮で働いてるから、不可能じゃないよな?」

 

「俺もだ、娘と親戚から頼まれている。俺達が一時的にだが、リーンハルト様の配下になる事は周知の事実だからな。だが無理だろ?」

 

 リーンハルト様の執務室に連れては行けない、打合せにも参加させられない。屋敷にも招かれないし家にも呼べない、会わせる機会など全く無い。

 

「そうだよな、まさか妹や娘に会って欲しいとか無理だな。言える訳が無い」

 

「だが、可愛い我が子の願いだ。カサレリアは未だ十歳だし、重たい話にはならない」

 

「妹は十六歳だ、そう言う意味に取られるよな。憧れとか言っても無理だよな」

 

 共に新貴族男爵の縁者だ、伯爵で侯爵待遇のリーンハルト様に手紙など送れない。身分違いも甚だしい、周囲からも色々と言われるだろう。

 更に練兵場での告白を聞いた後だからな、尚更だが側室とか妾とか押し付けるのは嫌がるのは火を見るより明らかだ。

 

 だが会うだけで、会って話をするだけで満足なのだ。何とかならないだろうか……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。