古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

481 / 1000
第480話

 近衛騎士団と模擬戦を行う事になった、最初は式典専門の見目良く血筋の良い連中とだけの筈が……

 完全装備でヤル気満々の精鋭部隊と二度目の模擬戦だ、正直嵌められた感が拭えない。宮廷魔術師と近衛騎士団の関係性にも絡むので、模擬戦のタイミングと勝ち負けの内容は考えて欲しかった。

 お互いに負けられない背景が有る、だから落とし所が難しい。

 

 声援に気付いて観客席を見れば見物人が増えている、ユーフィン殿と女官達。ラナリアータと侍女達、それにザスキア公爵とイーリンにセシリア。ハンナにロッテまで居るよ、オリビアが居ないのは執務室で留守番だな。

 専属侍女の中で彼女は一番貴族的な序列が低く、一番の新参者だからな。後で何かフォローしておくか……

 そして他にも多くの観客が僕等の模擬戦を楽しみにしている、軽く手を振ってサービスしておく。

 これも地味だが人気稼ぎだ、僕も王宮の中では新参者だから微妙な立場なんだ。味方は多い方が良いが、女官や侍女に警備兵にしか人気が無い。下級官吏達との関係も改善中だ。

 

 だから宮廷魔術師第二席として常に力を示さねばならない、無様に負ける事は出来ないんだ!

 

 整列した近衛騎士団と向かい合う、先頭は血走った目を向けるゲルバルド副団長だ。その後ろに三人の部隊長が居て更に後ろに三十八人の近衛騎士団員が並ぶ。

 僕は左右にアインとツヴァイを侍らせている、彼女達もヤル気満々だ。僕の護衛としてだろう、一歩前に居る。

 

「さて、模擬戦のルールを決めましょう。今回はバーナム伯爵ルールの適用だけでは難しいです」

 

 多対一の乱戦では周囲も納得しない、それは数の暴力をゲルバルド副団長が僕に押し付けた事になる。だが四十二人全員と順次模擬戦をしても一緒だ、僕の方が先に疲労困憊で負ける。

 

「難しいのは嫌だぞ、戦闘不能か参ったを言った方が負けでよいだろ?」

 

「馬鹿ですな、この副団長は!」

 

「全く馬鹿だ、俺達のどちらかが戦闘不能に追い込まれたり参ったと言わせる?大問題だぞ!」

 

「全く馬鹿だな、だから武力だけで騎士団内の順位を決めるのは嫌なんだ。済まぬな、リーンハルト殿。この馬鹿が迷惑を掛ける」

 

 ゲルバルド副団長の困った指摘に三人が突っ込んだ、そして馬鹿馬鹿言うのは止めないんだ。

 しかも厳つい中年が凹んでるよ、拗ねても誰にも需要は有りません。それは淑女がするから男共の琴線に触れるらしい、兄弟戦士から教わっている。

 ああ、彼等も友人枠だな。僕は同世代の友人が本当に少ない、嫌になる位に相手の平均年齢が高い。

 

「ですが全員と個別で模擬戦を行うのは体力的に無理です、なので条件を設けて全員一度にお相手します。

先ずは僕はゴーレムは彼女達しか使いません、貴方達は自己申告で一撃食らったら下がって下さい。十分で全員を倒せなければ僕の負けです」

 

 試合に負けて勝負に勝つ、これしか互いの面子を守る事は出来ない。ゲルバルド副団長を含む全員に短期間で勝つ事は不可能、だが近衛騎士団員は何人か倒せる。

 多対一の戦いに挑み複数人を倒すも最終的には時間切れで負ける、事実を知れば引き分けか痛み分けだと分かる内容にする。

 随分と上から目線で彼等を貶める発言だが、真意は肉体言語で語れば良い。

 

「俺の息子と同い年のリーンハルト殿に気を遣わせるとは、ウチの副団長は馬鹿だから困る」

 

「全くだ、負けて当たり前。そして何人か倒して面子は保つ、そんな不利な条件に追い込む馬鹿がウチの副団長で済まんな」

 

「だが戦うならば全力で挑ませて貰う、気遣いには感謝する。出来ればウチに引き抜きたい、副団長をやるから来ないか?」

 

「お、お前等なぁ!」

 

 この部隊長三人は毒舌だぞ、もう厳ついゲルバルド副団長がお馬鹿さんに思えて怖くなくなったよ。

 それに肉体言語で語る前に僕の真意を理解してくれた、お互いに中間管理の苦労人って事だ。

 

「出来れば貴方達三人を此方に迎え入れたいです、サリアリス様と条件を相談してみます」

 

 肩を叩き合い握手を交わす、現実的には不可能だがお互いの気持ちは理解し合えた。お互いの屋敷に遊びに行く約束を交わす、僕の友人は中年ばかりだよ……

 

「「「「さて、では模擬戦を始めましょう!」」」」

 

 四人でゲルバルド副団長を見ながら、声を揃えて話し掛ける。

 

「ぐぬぬ、お前等覚えてろよ!」

 

 ゲルバルド副団長を放置してお互いの距離を30m離れて向き合う、さて厳しくも楽しい模擬戦の開始だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 完全装備の近衛騎士団員が前線に整列し、部隊長三人が陣頭指揮をしている。

 ゲルバルド副団長は後ろに控えている、指揮官達が最前線に居るのも問題だ。先ずは近衛騎士団員が様子見で戦うのが定石。

 まぁゲルバルド副団長は最前線で戦いたがったが、部隊長達が有無を言わさず後ろに引っ張ってくれた。

 あの人が最前線にいて最初に突っ込んで来た時点で僕は何も出来ずに負け確定だ、部隊長達には感謝しなければならない。自分達が不利な状況になっても僕に猶予をくれたんだ。

 

「では模擬戦を始めましょう……アイアンランス!」

 

 模擬戦開始の宣言を行い両手を広げる、僕の周辺に先端を丸めた鉄製のランスが百本浮かび上がる。

 

「盾を構えて突撃、一歩も引くな!」

 

 素早く陣形を三列に組み換え、カイトシールドを前面に構えて走り込んで来る。30mの距離など十秒もせずに接近される、しかも三段構えの布陣だから先頭を倒しても二陣か三陣に接近されて負ける。

 

「大地より生まれし断罪の剣、山嵐!」

 

 正面にのみ注意を向けているから足元は疎かだ、無詠唱でも大丈夫だが恩を返す為に呪文を唱えた。これで足元からの攻撃だと分かっただろう、山嵐は僕が頻繁に使う魔法だから情報は知れ渡っている。

 

「不味いぞ、後列は足元にも注意しろ。前列はそのまま突っ込め!」

 

 的確な指示だ、後列が盾を真下に意識を向けて警戒する。前列が更に勢いを付けて突撃しプレッシャーを与えて来た、迫り来る脅威に対応すれば山嵐の制御が乱れると思ったな!

 

「アイン、ツヴァイ。斬撃波疾走だ!」

 

 アイアンランスはブラフだ、本命はゴーレムクィーンの剣撃による衝撃波を飛ばす事。

 不意打ちによる予想外の剣撃に前列が乱れ、後列は山嵐で攪乱。流石に殆どが避けたが、追撃のアイアンランスを撃ち込んで仕留める。

 

「貰ったぁ!」

 

「切り捨て御免!」

 

 部隊長二人が魔法による集中砲火を避けて突撃して来た、あの攻撃を全て避けるとは流石だが……

 

「魔法障壁全開!」

 

 鋭い斬撃に魔法障壁が軋んだが、魔力を解放して跳ね飛ばす。障壁を蹴って真後ろに飛ぶ事で衝撃を緩和したぞ、流石は近衛騎士団の部隊長ってか!

 

「アイン、ツヴァイ!部隊長達の相手をしてくれ。僕はゲルバルド副団長を……」

 

 僅かに意識を部隊長に向けた隙を突いてゲルバルド副団長の突きが目の前に迫る、一瞬で30mの距離を詰められた?

 

「くっ、魔法障壁が……押し負ける」

 

 硝子が砕けた音がして魔法障壁が砕け散る、浮遊盾の二枚が自動的に防御するが弾き飛ばされそうだ。

 

「巨人の腕(かいな)破壊の拳、連撃!」

 

 咄嗟に両肩に錬金による巨大な腕を生やし殴り合いに持ち込む、押され気味だが前に進んで押し返す。

 拳で殴り攻撃は浮遊盾で守る、半自動攻撃と自動防御で僅かに思考する余裕が生まれた。

 だが次の手を考えるが中々思い浮かばない、拳の修復が間に合わず右手の人差し指と小指が吹っ飛んだ。

 

「魔術師が接近格闘戦が出来るとはな、リーンハルト殿には常識が通じねぇな!」

 

「距離を問わず戦えて当然、中遠距離魔法しか使えない魔術師など二流以下ですよ!」

 

 虚勢を張るが接近戦は戦士職の方が一枚も二枚も上、徐々に押され始めた。これ以上は無理だ、一旦距離を置いて仕切り直さないと負ける。

 

「くっ、流石は近衛騎士団副団長ですね。だが未だ負けません!自在槍変形、黒縄(こくじょう)よ、敵を拘束しろ!」

 

 左右の腕に黒縄を巻き付ける、そのまま水平に振って鞭の要領で攻撃。ゲルバルド副団長に六十本の黒い触手が襲い掛かる、だが余裕で避けて引き千切るとか自信が無くなる。

 うねりながら全方位から襲う黒縄を避けて、掴まれても引き千切る。デオドラ男爵クラスの理不尽さだ、強度は鋼鉄製のワイヤー以上なんだぞ!

 

「人外の怪物め!だが本命は距離を取ることだ」

 

 絡み付けた黒縄を伸ばして自身の身体を後ろに移動させる、追撃でアイアンランスを広範囲に撃ち込む。

 この攻防で部隊長一人と近衛騎士団員十二人に一撃を加えて戦線を離脱させる事に成功する、三割以下しか倒せなかったのか。

 仕切り直しで距離を取る、大体10m位かな?もう少し離れたかったが壁際に追い込まれて無理だった。アインとツヴァイも一旦引いて両隣に並ぶ、彼女達が無傷で一安心だ。

 

「五分で三割も倒されるとはな、俺等も未だ鍛錬不足かよ」

 

 ゲルバルド副団長を中心に左右に部隊長、その後方に残りの近衛騎士団が整列した。未だ時間は半分近く有る、だが状況は想定よりも厳しい。

 

「攻め切れないとは、僕の方こそ未熟です。でも未だこれからですよ」

 

 残り五分と少し、魔力は七割以上残っている。だが既に息が上がっている、精神的にも肉体的にも疲労しているな。深呼吸を繰り返し息を整える、人外クラスとの模擬戦は五分でも辛い。

 

「何故、接近戦を受けた?魔術師の本領は中遠距離だろ、魔法障壁に浮遊盾まで有って体捌きも鍛錬していると分かる。俺と殴り合っても目を逸らさない胆力、普通じゃ身に付かないぜ」

 

「そうだ、本来の魔術師とは盾役を用いて敵に接近し広範囲魔法を撃ち込むのだろ?」

 

「敵を間近にしても冷静に戦えるのは俺達騎士団員でも厳しい鍛錬を行わないと無理だ、武器を持って自分を殺そうとする相手が手の触れる距離に居る恐怖。悪いが魔術師には無理だろ」

 

 この状況で質問?時間も稼げるし息も整うから良いけど、僕に休憩時間をくれるのかな?

 

「必要だからです、僕等宮廷魔術師とはエムデン王国を守る為に存在するのです。どんな状況でも戦わなければならない、悪天候に狭い空間、魔力切れなど万全の状態で戦える事の方が稀でしょう。

今回みたいに多対一の場合も考えられます、不利だから無理?逃げ出す?有り得ないですね、どんな状況でも勝てる努力を怠らない事は最低条件ですよ。なにより」

 

 不味いな、熱く語り過ぎたかな。壁際に追い込まれたから観客席と近い、後ろから女性達の黄色い歓声が飛び交っている。最後に言おうとした言葉を飲み込む、これを言ってしまっては……

 

「なにより、何だ?」

 

「ふむ、本音を隠すのは良くないですぞ」

 

「騎士道精神に溢れている、本当にウチに欲しい人材だ。ゲルバルド副団長と息子二人も付けるからどうだ?」

 

 ぐぬぬ、からかいじゃなく純粋に聞いて来たか。ここで誤魔化したり内緒にするのは駄目なんだよな、此処まで大言壮語して締めが情け無いのも紳士として悪評になる。

 

「なにより、ですね……僕はこの国を守りたい、命を懸けても何をしてもです。ですが……そのですね、必ず生きて帰って来ると約束した人が居ます。この矛盾を無くす為に強くなる努力をしています」

 

 一瞬周囲の音が消えた、この壮大な惚気とも思われる告白に、ゲルバルド副団長達も口を開けたまま固まっている。

 だから言いたくなかったんだ、自業自得なのは理解しているが恥ずかしいったらないぞ!

 

「あーその、何だ。もう俺の負けで良いや、そんな見事な覚悟の後に惚気話を聞かされたら自棄酒でも呑みたい気分だ」

 

 もう呆れて戦意なんか無いって投げ遣りに言われたが、仮にも近衛騎士団副団長が言っては駄目な言葉だよ!

 

「いや駄目でしょうが!近衛騎士団が二連敗とか馬鹿なんですか!」

 

「馬鹿だと思ったけど極上の馬鹿だ!落とし所を模索して貰った模擬戦で、自分から負けを宣言してどうする」

 

「お前、本当に馬鹿だ!馬鹿だよ、大馬鹿め!」

 

 気持ちは分かるが二連敗は本当に駄目なんだ、近衛騎士団の立場や面子とか貴族の柵(しがらみ)とか考えて下さい!

 

「あーもう時間切れです!時間切れなので時間内に全員倒せなかった僕の負けです、一勝一敗の引き分けで良いですね?」

 

「む、しかしだな……」

 

「良いですよね?」

 

 この引き分け宣言の後で練兵場から歓声が響き渡り、僕等はレジスラル女官長からお叱りを受けた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。