古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第474話

 アウレール王が公爵五家、侯爵七家、更には宮廷魔術師まで謁見室に召集した。これは昨日の襲撃事件関連としか思えない、何故か事態が急速に進んで行く。

 出来ればニーレンス公爵とローラン公爵には下打合せをしておきたかった、彼等には火属性魔術師達の引き抜きを頼んでいたんだ。

 その引き抜いた元マグネグロ殿の配下の連中に襲撃犯の疑惑が掛かっている、配下の責任は上にも及ぶ。

 

 友好関係を結んでいるニーレンス公爵とローラン公爵に詫びを入れさせる訳にはいかない、マグネグロ殿の影響を薄める為に引き抜きを頼んだのは僕だからだ。

 最初から裏切る可能性は見込んでいた、こうも簡単に僕への恨みで行動するとは思わなかった。見通しが甘かったな、憎しみは盲目になる、恋と同じ?

 上級貴族を殺害しようとして失敗すれば、その責任は一族全員に向かう。ハイリスクなのに五人の火属性魔術師が動いた、つまり危険を犯すだけの保険とメリットが有った。

 

 そこで旧コトプス帝国の残党共の謀略だ、奴等との開戦は避けられない。そして色々と仕掛けて来る、これは国内に戦力を残しておかないと駄目じゃないか?

 戦争中に国内が不安になると勝てる戦いも怪しくなる、奴等の謀略は侮れない。国力で劣っているなら謀略で差を詰めてくる、バーリンゲン王国との婚姻外交にエムデン王国の内部混乱を仕掛ける。

 もしかしたら、バニシード公爵やクリストハルト侯爵みたいな上級貴族も裏切る可能性が有る。落ち目の連中なら戦後の地位を確約すれば内応する。

 

 特にクリストハルト侯爵は侯爵七家の最下位に落ちて領地は全て没収されて王都で飼い殺しだ、裏切る理由は十分だな。

 まぁ僕が考えられる程度の事は、アウレール王もサリアリス様も当然考えている。僕は彼等が暴発して襲って来た時の準備をするだけだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 予定の時間よりも早めに謁見室に向かう、出来ればニーレンス公爵やローラン公爵と事前にしておきたい。

 無用な責任を求める気は無い、そこには僕等の不和を煽る悪意が込められている。リーマ卿は恐るべき策謀家だと認めよう、武力では勝てない戦いを仕掛けて来る嫌な相手だ。

 

 二十分前に謁見室に向かう、召集命令後に各々の執務室を訪ねるのは不味い。痛くない腹の探り合いになり、事前に口裏を合わせたとか言い掛かりを付けられる。

 出来れば周囲に他の連中が居る時に立ち話程度が良い、その方が密談にならず要らぬ警戒を抱かせない。

 ザスキア公爵と事前に話せただけでも良かった、そう思いながら向かえば全員が同じつもりだったのか殆ど同時に集まった。

 

 クリストハルト侯爵は顔面蒼白だ、これは誰が見ても自分が襲撃犯と繋がってますと言ってるのと同じだ。

 チラチラとバニシード公爵に視線を送るが、バニシード公爵は無視しながらも余裕綽々だな。

 これはジゼル嬢の予想通りに話を持ち掛けかれたが、言質を取られずに引き伸ばして……奴等の情報を売ったかな?

 

 一度だけ僕に視線を送りニヤリと笑った、僕の為に情報を売ったから感謝しろとか思ってるのか?

 イラッとしたが今はその時ではない、だから此方も笑い返したが秘めたる感情が隠し切れていなかったのか酷く歪(いびつ)な笑い方になった。

 クリストハルト侯爵は怯えて、バニシード公爵は目を逸らした。失礼だな、ちゃんと温和に笑った筈だろ?

 

「大変な事になったな、側室殿は大丈夫だったのか?」

 

「まさか宮廷魔術師団員が実行犯とはな、俺も驚いている」

 

「リーンハルト様、笑顔が恫喝の笑みになってるわよ。落ち着きなさい、未だ噛みつくのは早いわ」

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵が話し掛けてくれた、ザスキア公爵は少し変だぞ。そして周囲の視線が僕等四人に集まる、国王が来る前に勝手に話し合うなって牽制だろう。

 だが僕も応えねばならない。勿論だが建前を前面に押し出してだ。折角ニーレンス公爵が話題を振ってくれたんだ、思惑に乗ろう。

 

「ご心配して頂き、有り難う御座います。今回の様な襲撃は予想の範囲内でしたので、準備が間に合い大事には至りませんでした。

勿論ですが敵対した相手には一切の慈悲も妥協もしません、死ぬ方が良かったと殺してくれと言わせる迄はね……」

 

 酷く感情が歪んでいる、あの賊共はアーシャとヒルデガードを陵辱しろと命令されていたと聞いたから……嗚呼、駄目だ。早く敵を殺したい、僕はこんなにも粗暴で我慢弱かったかな?

 殺気を抑えろ、警備の近衛騎士団員が剣の柄に手を置いた。だが表情は責める感じじゃなくて、凄く嬉しそうで好戦的だ。

 もしかして模擬戦感覚で僕と戦いたいとか思ってないか?近衛騎士団員から正式に模擬戦の申し込みが来ている事を思い出したら、膨らんだ戦意が急激に萎んだ……

 

 おい、お前!残念そうに舌打ちしたな。

 

「失礼しました、感情が抑えられないとは未だ未熟ですね」

 

 知らぬ間に近衛騎士団員が八人に増えていた、全員が残念そうなのは僕を討ち取るチャンスを逃したからか?

 視線を送れば笑顔で頷きやがった、貴方達とは後で模擬戦をしましょう。戦いで語れる事も有るのは知ってます、肉体言語は最近覚えました。

 

「全く少しは我慢しなさいな、貴方は五千人の正規兵に単身で挑める程の力が有るのよ。此処に居る私達は地位も権力も有るけど武力は無いの、まぁ心当たりが有る人以外は平気でしょうけどね」

 

 えっと、一応ですが単体最強戦力たる宮廷魔術師達も居ます。彼等も単体で多数と戦える強者なのです、リッパー殿が不満そうに僕を睨んでいる。

 彼からは周囲に警戒しろと助言を貰ったので軽く頭を下げて謝意を伝えるも、逆に顔をしかめて舌打ちされたよ!

 

「そうだな、だが引き抜いた火属性魔術師の何人かが拘束された。我等にも管理責任が有る」

 

 ニーレンス公爵から僕が欲しがっていた言葉を貰えた、それを事前に話したかったのです。

 バニシード公爵は表情が固まり、クリストハルト侯爵は震えて下を向いている。実は殺気って有る程度は対象を絞って相手に当てる事が出来る、デオドラ男爵クラスにもなれば殺気だけで牽制になるんだ。

 有り得ないよな、戦闘中に殺気を飛ばすと格下だと相手が硬直するんだぞ。どんな麻痺効果だよ!

 

「その件については責任を追求するつもりは有りません、最初から彼等は僕に敵意が有りました。それに引き抜いた雇い主の意向よりも自分の復讐心を優先しただけです」

 

 これでニーレンス公爵やローラン公爵、序でにバセット公爵には敵意無しと伝わった筈だ。そして未だ旧コトプス帝国の謀略だとは言わない、今の段階はマグネグロ殿やビアレス殿の復讐の為にで良い。

 それを踏まえて噛み付く連中は敵として認定しよう、グンター侯爵やカルステン侯爵辺りが怪しいと思う。

 

 その後は特に会話も無く、アウレール王が来るまで待つ事となった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りの謁見室、各々が自分の席の前に立ちアウレール王を待つ。先には座れない、王と臣下には歴然とした身分差が有るんだ。

 

「よぅ!集まっているな」

 

 気楽な声を掛けて謁見室に入ってきたアウレール王だが、その表情は言葉とは違い怒気が滲んでいる。後ろに控えるサリアリス様も同様だ、既に冷たい魔力を感知出来る位に……

 

 呼び出された宮廷魔術師達の額から冷や汗が流れる、今の僕でも不可能な濃密な殺気を練り込んだ冷気を含む魔力。

 攻撃系水属性魔術師の最高峰、身に纏う魔力だけで周囲を圧倒し始めた。ラミュール殿やアンドレアル殿、リッパー殿までもが額に冷や汗を滲ませている。

 優れた魔術師だからこそ感知出来る、極めて濃密で攻撃的な魔力。

 

 だが、フッと殺気を放つのを止めると僕に近付いて頭を撫でてくれた。

 

「報告は聞いておるぞ。要塞並みの強度の馬車に強力な単騎自律行動型ゴーレムのお陰で、側室殿は無傷だったみたいじゃの」

 

 宮廷魔術師団員クラス五人の全力ファイヤーボールの直撃に耐える馬車だ、窓ガラスに罅すら入らない自慢の逸品。内々に自分の所有している馬車にも固定化の魔法を施して欲しいと数人の貴族達から申し込みが来ている。

 逆恨みや利権絡み、人から恨みを買う事の多い連中ほど身の危険には聡い。今回の馬車の防御力は彼等からすれば垂涎の的だな。

 

「有り難う御座います、サリアリス様。用意は抜かり無く進めていました、ですが予想よりも少し早かったです。それよりも凄まじい殺気を含んだ魔力でした、流石は僕の目標であるサリアリス様です」

 

 僕の為に怒ってくれているのだろう、だが先程の殺気は今の僕ですら息をするのも辛かった。

 真正面からプレッシャーを受けたクリストハルト侯爵など失神一歩手前だぞ、ガタガタと歯が鳴ってるし……ああ、座り込んでしまったか。

 

「む、だがな。儂の愛弟子にして後継者のリーンハルトに対して、随分とふざけた事をしてくれた馬鹿が居るのじゃ。氷柱にして晒してやるぞ」

 

「まぁ待て、それは俺の仕事だぞ。色々と調べはついている、裏も取れた。まぁ全員座れ、話はこれからだ」

 

 あ?クリストハルト侯爵が後ろ向きに倒れた、口から泡を吹き出しているのは緊張のし過ぎだろう。

 今のアウレール王の言葉に逃げられないと観念したか、近衛騎士団員達が拘束してからクリストハルト侯爵を室外に運んだ。

 彼は首謀者の一人なのか、それとも捨て駒として使われた一人か?感じからして捨て駒だな、財無く権力も奪われた名前だけの侯爵殿は罪を問われてどうなるのだろうか?

 

「今回の件、皆も既に知っているだろう?」

 

 グルリと座っている連中に視線を送る、特に慌てた様子も無いのは心当たりが無いのか証拠が無いと安心しているのか。上級貴族ともなれば腹芸が出来て当たり前、表情だけでは真意は分からない。

 

「怨恨による犯行、全く王都を騒がすとか『王国の守護者』殿にも困りましたな」

 

「確かに、被害者と言えども元は無謀なる模擬戦から始まった事。仲間内での小競り合いにしては、周囲に迷惑を掛けてますな」

 

 グンター侯爵とカルステン侯爵から嫌みの言葉を貰った、僕にも責任が有るって事だな。やはり二人は敵として認定すべきか、意地の悪い笑みが嫌らしい。

 

「確かに反発する連中も多い、クリストハルト侯爵にマグネグロ殿やビアレス殿の縁者達。それにウィドゥ子爵やアルノルト子爵か、彼等が集まりリーンハルト卿に仕返しを企てたのだよ」

 

 全く困った事だと最後に付け足して、バニシード公爵が教えてくれた。今回の実行犯は予想通りだが、その上の黒幕については話は無しか。

 もしかしたら言質を取られないって事は、襲撃犯達も黒幕の存在を匂わしたが教えてはいない可能性も有る。迂闊に他国の謀略ですとは言えないからな。

 

「む、バニシードよ。貴殿が今回の首謀者をアウレール王に教えたとでも?」

 

 バセット公爵の言葉に、所謂ドヤ顔で頷きやがった。正直に言うとウザい、だがバニシード公爵にとっては名誉挽回のチャンスだから大袈裟でも構わずに話すだろう。

 

「しかり、俺はエムデン王国を愛しているからな。王都を騒がす連中は許せないのだ、奴等は俺にも話を持ってきたのだ。まぁ俺はそんな話は受けなかったがな」

 

 ガッハッハッて嬉しそうに笑うのは、今回の件の一番の功労者が自分だってアピールか。確かに今名前を呼ばれた連中が首謀者で主犯ならば、バニシード公爵の功績は高い。

 前回の失態の帳消し位は出来るだろう、奪われた領地は戻らずとも名誉挽回には十分だ。国民達も一応は人気の有る僕の危機を救った事になり、両者の和解も成立したと思う。

 悪くは無いが、アーシャが襲われる前に奴等を売るべきだったな。僕は貴方に恩義など欠片も抱いていない、彼女の襲撃を見逃したのは危機感を煽る事と意趣返しだろ?

 

 嗚呼、口元が歪むのが分かる。先程から思うのだが、僕も随分と好戦的になったものだ。これがバーナム伯爵達と付き合う弊害、朱に交われば赤くなるか?

 

 いまだに自分の功績を言い続けるバニシード公爵が道化に見える、そろそろ反撃して良いかな?

 


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