強制実地訓練二回目、表はタクラマカン平原でのゴブリン討伐、裏はビックビー対策かと思えば夜営訓練だった。
冒険者として日帰り依頼とかは少ないから必ず野宿をする、その時の為の訓練なのだが……
僕等パーティは表の試験は合格なのでノルマが達成出来ない連中の為の居残り夜営は微妙に納得出来ない。
とはいえ団体行動も大切と言われては学生として我慢するしかないのか?
◇◇◇◇◇◇
「野宿かよ……リーダーどうする?」
全員がテーブルに座り今後の事を話し合う、パーティの雰囲気は良い。
だが出発時の彼等の装備から見て泊まり掛けは想定していない。
水場とかの最低限の事はタクラマカン平原到着時に先生から教えて貰っている、人間水さえ有れば一日位は食べなくても大丈夫だがそれは嫌だ。
「食事の準備、寝床の確保、周囲への警戒。
食事は不味くても良いなら全員分用意出来る、寝床は錬金で小屋でも造る、周囲への警戒は交代で見張れば良い。
エレさんによる警戒は強力だけど負担が酷い。緊急時の為に無理はさせられない、優先的に休ませるべきだ。
後は団体行動って言うんだから他のパーティとも連携しないと減点ですか、先生?」
思い付く事を話していたが前回も他のパーティとの協力を指摘されたのを思い出して付け加えた。
皆が先生を見るがニヤリと笑うだけで何も言わない、つまり他のパーティと連携してもしなくても良いのか悪いのか分からない。
「皆の意見は有るかい?」
リーダーと言っても独断と偏見では事は進まない、皆の意見を聞いて纏めた方が良いだろう。
「他のパーティと連携すれば見張りは強化出来るよね?」
一番地味なバックスは他のパーティとの連携を提案してきた、多分だが大多数はこの意見だろう。
「人数が多ければ楽は出来るぜ、でも飯はどうする?
俺は手持ちは食べ尽くしたし連携するなら全員分を皆で用意か分け合うかだが……リーダーの手持ちだって流石に30人分は無いだろ?」
エストック使いのジャミはもう少し踏み込んで来た、全員を平等にするのは損得が発生するからな。
食料自体は山ほど有るから大丈夫なんだけど軍用の食事だから正直不味い。
「食事はパーティー毎で見張りだけ分担とか?俺等はノルマを達成してるんだ、他の奴等の為に連帯で居残りなんだぜ」
男性陣の最後はランス使いカシーだが、上から目線は他のパーティの反感を買うよ。
連携が難しくなるだろ、それに大人数だと権利と義務が大変なんだよね、纏められるリーダーシップの有る奴が居れば調整が楽だけど……養成学校に通う連中に求めるのは酷かな?
「私達だけで大丈夫だと思う」
僕の横が定位置になった彼女が呟いた。でもエレさん、人見知りなのは分かる。分かるけどバッサリ連携を切るのは……
皆の意見を最初から思い出して考える……僕等はノルマを達成している。
団体行動の為に滞在するだけで良いのだ、皆も無理はしたくないのが本音かな。
「僕も最低限の連携だけで良いと思う。パーティ制度は悪い言い方をすれば自分達が如何に安全で確実に依頼を達成出来るかが大切だからね。
既にノルマを達成した僕等は他の連中が達成するのを待つだけだから、今は見張りの当番制以外にメリットを感じない、どうかな?」
「身も蓋もない意見だな。だが冒険者としてパーティを率いるリーダーなら正解だ。
仲良しゴッコの善人は早死にするぜ。だが先生の立場としては協力して欲しい訳よ、分かるか?」
含みが有る言い方だ……だが協力って言ってもゴブリン討伐は手伝えない、他人のノルマを奪っては駄目だ。他の協力って、まさか……
「ビックビーの討伐ですか?元凶の排除を僕等にやれと?」
「んな無茶苦茶な!あんな群れを倒せるかよ!」
「少なくとも100匹以上は居るだろ?勝てる訳がない!」
「他人の為に命張れるかよ!お断りだ」
む、自分で言ったのだが推測に反発されても凹むな……
「大きく出たな!面白い、ビックビーを討伐出来たら……そうだな。もう1ポイントやるぜ」
「ビックビーの群れの討伐はDランク以上の依頼。1ポイントじゃ割りに合わない」
男性陣は反対、エレさんは条件次第か……出来るか出来ないかなら出来る、ゴーレムポーンを大量に召喚すればゴリ押しでも巣を襲い女王を倒せるだろう。
だがパーティメンバーを守りながらは無理だ。
「無理ですね、僕だけなら可能だけどパーティメンバーを守りながらだと難しい」
「おぃおぃ、マジかよ!一人で出来るのか?」
ビックビー自体は強くない、数の暴力の関係でDランクになってるだけだ。まぁ飛ぶ事と毒も問題だけどね。
「ああ、巣の特定には時間が掛かるかもしれないけど逃げる奴を追えば良い。巣さえ見付ければ女王を倒してお終いだね」
ビックビーは女王を倒すと残りは散々(ちりぢり)に逃げ出す性質が有る、勿論護衛は居るけど難しくはない。
「私なら巣を探せる、でも巣は探索圏内に無いから移動は必要。でも二人なら確実」
「エレさん一人なら守って移動も出来るけど、全然団体行動してませんよね?他の連中も納得しないですよ」
先生の真意が分からない、団体行動の大切さを学ぶ為に居残るのに単独でビックビーを倒せとか発言がブレ捲っている。
全員を集めて決死隊を選抜して挑むのが本来の正しい団体行動だと思う。
これは完全な抜け駆けじゃないか……男性陣をゆっくりと見回す、特に目を逸らしたり睨んだりは無いから自分達は参加しないが文句は無いって事か?
「やろう、チャンスを逃すのは勿体ない。ビックビーの巣蜜は高値で取引される」
ビックビーは普通の蜂と違い花から蜜を集めないが子育て用に蜜を分泌する。加工しないと食べれた物じゃないけど、これが栄養満点で好事家に高値で取引されているのだ。
「どうする?他の連中の意見も纏まったぞ。二人でやるなら文句は無いってさ」
先生が煽るが……授業で聞いたビックビーの生態を思い出せ。奴等は主に日中に動き夜は巣に籠もる、だから追うなら日が沈む前だ。
夜になり奇襲を掛ければ夜目の効かない奴等は素早く飛べない、倒すのは格段に楽になる。
奴等の針は討伐の確認部位であり買取品でもある、確か一本で銀貨二枚だったかな?
でも全滅させてFからEに上がる為の1ポイントじゃ少なくないか?本来ならDからCに上がる為の物だから難易度が段違いだと思う。
「何かハードルが高い割にポイントが少なくないですか?ビックビー討伐依頼はDランク、でも僕はFランクですよ。
それに他の連中からの僻(ひがみ)みとかを考えると無理したくないですね」
エレさんは不満そうだが只でさえ学校じゃ浮いてるんだ、自分から無理に反感を買う必要は無い。
「倒したビックビーは好きにして良いぜ。討伐部位を冒険者ギルドに持っていけば20本で1ポイント貰えるだろ?」
「それは……」
先生はどうしても僕にビックビーを討伐させたいみたいだ……結局押し切られる形で依頼を請けた。
◇◇◇◇◇◇
「先生、何故無理矢理行かせたんですか?」
「何か特別扱いみたいでムカついたぞ」
まぁそうだろうな、自分達のノルマ達成に貢献した相手であってもムカつくだろう。
錬金で小屋を造りパーティ全員分の食事まで用意してからビックビー討伐に行きやがった……
「奴が特別だからだよ……正直俺もムカついている、生徒の方が強いとかさ、教師のプライドがズタズタだ!
周りの連中もそうだろう、レベル21の魔術師が初心者向けの養成学校に来るなってんだ。
だから上から早く卒業させろってお達しが出てるんだよ。嗚呼、他の連中にゃ秘密だぞ」
世間知らずの貴族のボンボンが冒険者として生きる為に真面目に養成学校に通う、間違いじゃない。
座学の教師連中にゃ相当評判が良い。当然だ、真面目に授業を聞いて質問迄してくれる。性格も悪くない理想的な生徒だ……だからだ!
「いや、俺達は其処まで悪くは言ってないぞ」
「まぁ劣等感は感じるけどよ、初心者と一線級の魔術師じゃ仕方ない……」
「だから、だからだ!」
お前等が劣等感で駄目になる前に卒業(追い出す)させる、ギルド本部は奴を重要視してるが俺はお前等の方が大切なんだ。
◇◇◇◇◇◇
時刻は夕暮れ、そろそろ日が落ちる。ゴブリンの死体を肉団子にしているビックビー達も巣に帰り始めた……
「私、重くないかな?」
「別に大丈夫だよ」
体力の無いエレさんを飛んで行くビックビーに追い付く為にお姫様抱っこをして走っている……ゴーレムポーンがだ。
エレさんとは臨時パーティを組んでみた、ビックビーを100匹以上倒さなければならないがレベル21の僕には経験値は美味しくない。
ならばエレさんのレベルを底上げしようと思った処置だ。
「居た、150m向こう……反応多い、160匹以上」
150mか、エレさんの感知範囲ギリギリだな、走る速度を少し落とす。
「160匹以上か……正面から挑むのは少し厳しいかな?ならば策を弄するか……」
「リーンハルト君、笑みが怖い」
失礼な、僕の笑みが怖いって?イルメラにだって言われた事が無いぞ。暫く走れば……見付けた、ビックビーの巣だ。
デカい、土で出来た小山の様な巣、直径20m高さ10m位だろうか?
出入口用の穴が沢山開いている、コイツ等は女王と幼虫以外は外で寝るんだよな。
人間に例えるなら妻と子供は家に居て旦那は外?太陽は完全に沈んだが月明かりでボンヤリ見える……
「さて風上に行こうか、準備するよ」
奴等に気付かれない様に迂回しながら風上へ向かう、今回は獣と違い昆虫だから匂いを気にしないで大丈夫。
「悪巧み、黒い笑顔、何するの?」
「む、折角用意したモノを無駄にしないのさ」
わざわざ道具屋に行って買い占めて来たんだから使わせて貰うよ。
「エレさん、何故背中に乗ろうとするのかな?」
何故かゴーレムポーンにお姫様抱っこされていたエレさんが僕の背中によじ登ろうとしている。女の子特有の柔らかさと匂いに嫌でも意識してしまう。
「ゴーレム冷たい……」
「そだね……青銅だからね……冷たいよね」
空間創造から毛布を取り出して彼女を包んでゴーレムポーンに抱っこさせた。未だ僕は体力に自信が無いんです……
◇◇◇◇◇◇
「クリエイトゴーレム!」
魔素が渦巻き人型を形成していく、横一列に並ぶ十体のゴーレムポーン。
「作戦は簡単だ、先ずは巣の周りのビックビーを倒す。
ゴーレムポーンに風上から虫殺しの煙を焚かせる、これでビックビーを殺すまではいかないが動きは弱まる。後は……」
「私が煙の中の敵を鷹の目で見て教えて、貴方が魔法で倒す」
ゴーレムナイトを突撃させれば勝つのは簡単だ。だがエレさんには未だ僕の力の秘密を教える訳にはいかない。
仲間にするかは決めてないから、彼女の前では僕は青銅製のゴーレムポーン使いだ。
「そうだよ、右手の人差し指と中指を揃えてストーンブリットを打ち出す。方向・距離・数を教えてくれれば大丈夫だ」
「分かった、この方が指示しやすい」
そう言って僕の前に立って右腕に両手を添えた……小柄なエレさんを僕が後から抱き締めてるみたいで恥ずかしい。
「む、少し恥ずかしいのだが……じゃ始めるよ、蜂狩りだ!」
そう言ってゴーレムポーンに指示を出し毒草に火を点ける……白煙が風に流されてビックビーの巣へと流れて行く。
異変に気づいたビックビー達が慌てて動き出したが、直ぐに煙と暗さで見えなくなってしまった。
「コッチ、60m先……当たった。次はコッチ……当たり、次は……」
僕の腕を動かして狙いを定める彼女のタイミングに合わせてストーンブリットを打ち出す、手応えはバッチリだ!
「凄い一発で倒せてる、これならいける。次はコッチ……」
一方的な狙撃は続く……