古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第465話

 思い掛けない過去の配下の痕跡と子孫達との遭遇、不意打ち的な事に頭の中が真っ白になってしまった。

 メラニウス様にも心配させてしまい、話し合いは後日に改めてとなり夕食に招待されてしまった。

 だが彼女は僕の過去の秘密の一端が、先程の話の中に含まれている事に薄々気付いただろう。それほど無様に動揺してしまったのだから。

 

 僕は未だ過去に囚われている、転生しようが第二の人生を歩もうが基本的な性格や生き方は変わらないんだ。

 僕は、僕は同じ過ちを繰り返さずに今を生きると誓った筈なのに、守るべき者を間違えるなと決めた筈なのに……

 

 早々に考え方が揺らぐなんて、本当に情けない男なんだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「今日のリーンハルト様は少し変でしたわ、あの自信の塊みたいな少年が何かに怯えていましたわ」

 

「そうだな、心此処に在らず。何に対してか分からぬが、確かに酷く動揺していた」

 

 今までリーンハルト殿が座っていたソファーを見ながら考える、何に対して動揺したのだ?

 あの難攻不落と言われたハイゼルン砦をたった一人で攻略し、ウルム王国のジウ大将軍に同じく一人で挑み二度も勝った男が弱々しい少年に見えた。

 解せぬ、あの大人顔負けの少年が弱気になる原因は何だ?

 

「ユーフィンの事ではないな、俺とレオニード公爵家の関係でもない。サルカフィー殿など問題外だな、そうなれば……」

 

「ログフィールド伯爵家とレオニード公爵家の関係、ひいてはオランベルド王国の事か……ルトライン帝国の事かしら?」

 

 稀代の土属性魔術師、最年少宮廷魔術師第二席の二つ名は師匠であるバルバドス殿が名付け親の『ゴーレムマスター』だ。

 そしてリーンハルト殿は過去の偉大なる土属性魔術師、ルトライン帝国宮廷魔術師筆頭、ツアイツ卿の多用したと言われる魔法を再現し使いこなしている。

 噂では現代に蘇ったツアイツ卿の再来、確かに彼が多用するゴーレムはポーン・ナイト・ルーク・ビショップと同じ名前だ。

 あの複数のゴーレムで運用する円殺陣も、元々はツアイツ卿が考案したと言われる多対一の陣だ。殆どオリジナルと同じと言われても否定出来ない完成度で運用している。

 だがそれは長寿種のエルフ族とドワーフ族と懇意にしているからだ。あのドワーフのグリモア王が内々で面会を求めた程、リーンハルト殿の錬金する鎧兜の精度は高い。

 ニーレンス公爵が契約する、ゼロリックスの森のエルフ族のレティシア殿が名前を呼ぶ程に気を許している。

 彼の魔法はもしかしたらエルフ族やドワーフ族から教えて貰った、本当にツアイツ卿が使用していた魔法なのかも知れないな……

 

「関連性から言えば、ルトライン帝国絡みだな。奴の二つ名は過去の偉大な魔術師であるツアイツ卿と同じ、そして同じ魔法を使いこなしている」

 

 僅かに噂では残された口伝と文献を頼りに再現したと聞く、もしかしたら全くの別物かもしれないしレティシア殿に教えて貰ったかも知れない。

 だが確かめる術は無いし確かめる意味も薄い、仮に本当に同じ魔法でも流石はリーンハルト殿と言われて名声が上がるだけだ。いや教えを乞う奴らが殺到するのか?

 俺は魔術師じゃないからな、仮に真実がどうであれ興味は薄い。

 

「ユーフィンの祖先がツアイツ卿に仕えていた事を知って動揺したのでしょうか?」

 

「理由としては弱いな、逆にツアイツ卿に繋がる手掛かりが出来たと喜ぶべき事だろう?」

 

 リーンハルト殿はユーフィンを見捨てるつもりは無い、任務を達成するのに必要な駒だからな。見捨てる予定の相手が自分の求める者の子孫だったなら分かるが、それは違う。

 

「夕食に招いた時に、あのルトライン帝国魔道師団の鎧兜を見せてはどうでしょうか?」

 

「ログフィールド伯爵家に伝わるルトライン帝国魔導師団の正式鎧兜をか?確かに興味を引くには最適だろうな、バセットも同じ鎧兜を褒美に贈ったらしいぞ」

 

 権力・財宝・女に興味が薄い奴が、唯一興味を示すのがマジックアイテムだ。だが自分でも錬金出来るので、相当珍しい物や古代の品にしか興味は無い。

 セラス王女が立ち上げた『王立錬金術研究所』の所長として、自らエルフ謹製レベルのマジックアイテムを錬金するらしい。

 ザスキアが自慢する四属性レジストストーンを見たが、四属性全てを回避率35%とか信じられないほど高性能だ。

 数は流通させない、自分が錬金した物は特定の相手にしか渡さず他の流通用の廉価版を配下の連中に大量に作らせている。

 高品質なマジックアイテムはリーンハルト殿の協力的な立場の者にしか渡さない、レジスト系のマジックアイテムは暗殺の心配の有る連中ならば喉から手が出る程欲しいだろう……

 

「長々と考えてしまったが、今此処で悩んでも意味は無いな。お前の言う通りに、あの鎧兜をリーンハルト殿に見て貰うか」

 

 元を辿れば俺とも血の繋がりが有るログフィールド伯爵家の……いや、ローラン公爵一族の家宝だが、最悪は譲っても構わない。その価値に値する見返りが有ればな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 未だ精神的に未熟だ、若い身体に引きずられているだけじゃなく元々の精神面も弱かった。

 転生して半年程度じゃ改善などしないか、覚悟と努力が足りないだけだな。今後も精進が必要だろう、だがどうやって鍛えれば良いのだろうか?

 ローラン公爵の執務室から自分の執務室に帰る、セシリアが心配そうに僕の様子をチラチラと窺うが相当酷い状態か?

 

「僕は大丈夫だよ、心配させて済まない」

 

 先導するセシリアに声を掛ける、専属侍女に心配を掛けるとは情けない。

 

「でも、お顔の色が真っ青でしたわ」

 

 立ち止まり振り返って言われた言葉の意味を考える、頭の中が真っ白になったが顔は真っ青だったのか……人体の神秘とは不思議なモノだな。

 

「少しだけ気が動転したんだよ、調べていたルトライン帝国の子孫が身近に居た事に慌ててしまった。あの過去に滅びたルトライン帝国の事を知る数少ない手掛かりなのにね」

 

 少しオーバーアクション気味に両手を振って答える、だが諜報を得意とするセシリアは騙せないだろうな。

 

「でも、それにしては少し驚き過ぎた気がします」

 

 む、セシリアが一歩も引かない感じで質問してきた。これは僕の事を心配してくれているが、同時に理由を調べてローラン公爵に報告するつもりだ。

 

 仕方無い、半分だけ真実を話すか……

 

「正直に言えば怖かった……それが一番近い感情かな?今迄は独学で調べて研究し模倣してきた事に対して、正解を聞ける可能性が出て来た事が怖かった。

今迄の苦労の全てが間違っていたかも知れない、そんな僕の魔法技術の根底を揺るがす事実を突き付けられたら?

それが怖かったんだろう、魔導の深遠を探求すると公言しながら……僕は真実を恐れたんだ」

 

 セシリアの目を見て話す、怖くなったのは嘘じゃない。だが転生前のツアイツ卿が使っていた魔法を知る事が怖かったなど真っ赤な嘘だ。

 本人が過去に使っていた魔法だぞ、100%同じに決まっている。

 

 怖かったのは、転生前に僕の配下だったログフィールドの後年を知る事だ。未だ怖い、両手を握り締めて耐える。

 

「リーンハルト様……年上の女性としては抱き締めるべきなのでしょうが、淑女としては廊下ではしたない事は出来ずに悩んでしまいます。

リーンハルト様は母性を擽る術(すべ)を会得しているのですね、ザスキア公爵様の気持ちが少しだけ分かりますわ」

 

「いや、僕は全く分からない。分かりたくない、セシリアが両手をワキワキと閉じたり開いたりしている意味など全く知りたくない!」

 

 それは母性愛じゃない!何故にギラギラとした欲望にまみれた目で僕を見るんだ、絶対に良からぬ思いを胸に秘めてるだろ!

 ジリジリと距離を詰めてくる、この僕が一歩だが後ろに下がってしまった。デオドラ男爵達の獣じみた好戦的なプレッシャーだって跳ね除けるのにだぞ。

 

「落ち着こう、セシリア。今なら未だ間に合う、不問にするから頼む」

 

「ふふふ、そんなに怯えなくても大丈夫ですわ。お姉さんに任せておけば幸せになれます、だから安心して身を任せて下さい」

 

「無理、安心出来ない。五千人の正規兵にだって欠片も恐怖心が沸かなかった僕が怯えている……セシリア、今の君は怖いよ」

 

 ジリジリと更に一歩後ろに下がる、物理的にも魔法的にも負ける事など無い相手なのに勝てる気がしない。これが女性特有の不条理な力か……

 

 む、後ろから人が近付いて来る気配がする!

 

 セシリアの視界には入っていたのだろう、直ぐに普段の真面目な顔に切り替えやがった。

 

「リーンハルト様、執務室に戻りますわ」

 

 誰かは知らないが助かった、ありがとう。本当にありがとう!

 

 振り向いて確認すればラナリアータだった、君は本当に地味に僕に恩を売ってくるよね。そろそろ返さないと気持ち的に負ける、それにあの子は遠からず問題を起こしそうだし……

 

 イーリンやセシリアとの距離が近付いた気がする、だが一応僕は仕えし主だから敬って欲しいのは贅沢な願いなのか?

 ロッテとハンナは一定の距離があるのだが、やはり未婚と既婚では異性との距離感が違うのだろうか?

 

 執務室に戻り、オリビアの用意してくれた紅茶を飲んで一息つく。色々有り過ぎて精神的に疲れた、肉体的には余裕が有るのにバランスが悪いよな。

 椅子の背もたれに身体を預けて仰け反る、背骨がゴキゴキいうのは少し鍛錬をサボっているからか?だが錬兵場で魔法以外の鍛錬をすると目立つし、肉体派の連中が集まってきそうだ。

 

 しかし女性とは怖いモノだな、僕は確かに絶対的弱者であるセシリアに恐怖心を抱いていた。

 多分だが男って基本的に敵対していない女性には勝てない生き物なのだろう、敵として現れたら容赦無く倒せるのだが……

 だがセシリアとの絡みで大分気持ちを切り替えられた、しかし精神的に未熟な部分を鍛えるにはどうすれば良いのだろう?

 

 半分ほど紅茶を飲んでカップに口を付けたままでボーッと考える、精神力を鍛えるにはどうする?

 

 不利な状況で戦う?精神的に追い込まれる?肉体的に極限状態になる?

 

 どれも正解で不正解な気がする、不利な状況での戦いなど多数有った。精神的に肉体的も極限に追い込まれた状況でも敵を打ち倒して来た、戦闘面でのメンタルは鍛えられている。

 ハイゼルン砦の攻略の時もジウ大将軍と戦った時も大した恐怖心は無かった、過去にもっと凄惨な戦いを経験してるからな。伊達に複数の国を滅ぼしていない、いや自慢にはならないか。

 だけど日常的な事や女性絡みでは全く効果が無い、故に鍛える方法も思い浮かばない、何故だ?

 

「修羅場を経験すれば良いのか?いや、不義理な事をして大切な女性を悲しませるなど本末転倒だ。それじゃ意味が無い、やらない方がマシだろう」

 

 そのまま残りの紅茶を一気に飲む、少し温くなり飲みやすいが悩み事を流してはくれないか……

 誰かに相談するにしても男女間の修羅場の鍛え方を知る人なんて思い浮かばない、そんなに女性絡みで充実してる人など知り合いに居ない。

 ヌボーとタップの兄弟戦士はモテないから相談出来ない、コレットには恋愛相談は無理っぽい、レディセンス殿は女運が悪そうだし修羅場るほど女性に慣れてはいないだろう。

 ミケランジェロ殿は……同世代に相談する事は僕のプライドの問題で厳しい、ミュレージュ殿下?駄目だ、王族に恋愛問題はタブーっぽい。

 ユリエル殿とフレイナル殿は不在、アンドレアル殿も微妙、セイン殿はカーム殿が好みだから趣味が合わないし僕はドエムじゃないから彼の恋愛観とは合わない。

 

 やはり僕の同性の友好関係って狭い、女性関係が華やかなガルネク伯爵も僕と同世代の幼妻のリンディ嬢を娶っている。駄目だ、幼女愛好家に恋愛相談をしてまともな回答がくるか?

 僕の周りでまともに恋愛している同性が居ない、これは由々しき問題だぞ!

 

「まぁ良いか、別に急ぐ訳でもないし女性絡みの失敗の経験が僕の人生で生きてくるとも思えないや……」

 

 今は少しずつでも出来る事をした方が良いよね?

 


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