古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第454話

 

 ウェラー嬢から『自在槍』を使える様になったので見て欲しいと頼まれた。魔導の研鑽に協力する事は吝かではない、特に彼女は僕の下位互換みたいな魔術師だ。

 そして怠惰と無能を嫌うサリアリス様にも引き合わせる事にした、ユリエル殿ではサリアリス様に我が子を頼む事は出来なかったみたいだ。

 エムデン王国の生きた伝説、数多(あまた)の戦場を敵兵ごと凍らせる大規模凍結魔法の使い手。

 ウェラー嬢と同じく水属性を持つ魔術師の頂点、ラミュール様も水属性魔術師だが彼女の方が攻撃面に重きを置いている。

 『永久凍土』の二つ名を持つ我が国最強の水属性と風属性を持つ魔術師、宮廷魔術師筆頭殿は機嫌が良かった。

 

「そうか!リーンハルトが認める程のやんちゃ小娘か、それは楽しみだぞ」

 

 久し振りにサリアリス様の執務室に遊びに来ている、上機嫌なサリアリス様の様子に壁際に控える侍女達も喜んでいるみたいだ。

 妙に感激した感じでいる、一人はハンカチで目元を押さえているけど嬉し泣きか?そんなにサリアリス様の所に弟子が遊びに来るのが嬉しいのか?

 

「マグネグロ殿を倒した時に、自分の獲物を奪われたからと襲われた程です。彼女は魔導の深淵を追求する事を是とするタイプですよ」

 

 王宮勤めでない貴族を呼ぶ方法は同行させるか招待状を送るかだ、今回は僕の名前で招待状を送った。

 勿論だが下級官吏達は信用してない、オリビアの父親に直接渡したので即日許可が下りた。

 反発していた下級官吏達への対応は成功しつつある、派閥の末端とはいえ頂点は公爵五家。

 バニシード公爵の派閥の連中は仕方無いが、残りの四家は友好的と中立。派閥トップの意向に末端構成員が逆らえるか?無理だな。

 

 僕がオリビアの父親との二回の食事会で同席した中級官吏は五十七人、全体の約三割だ。

 問題の下級官吏達は四百人以上居るが、ザスキア公爵のリストに載っていたのは百五十七人。

 四割前後の連中が僕に対して隔意が有った訳だが、半数以上は抑えた。もう少しで表面的な不満は沈静化する、後は完全に敵対化しても味方を増やせば問題は無い。

 

 下級官吏への対応は順調だな、中級官吏の取り込みも順調だ。オリビアの父親が無所属派閥の連中を押さえているし、僕と友好的なニーレンス公爵の派閥構成員は同じく僕に友好的で助かる。

 

「ふむ、下級官吏共も大分慌てているみたいだの。エムデン王国の英雄に表立って敵対出来ず、影から嫌がらせしか出来ない小物の末路は悲惨じゃの」

 

「オリビアの父親のお陰で中級官吏達と懇親を兼ねた食事会を何度か開きまして、順調に対処しています」

 

 ウムウムと頷き久し振りに頭を撫でられた、これは嬉しいのだが控える侍女達の生暖かい視線が恥ずかしい。

 宮廷魔術師第二席が頭を撫でられて目を細めて喜ぶ、年相応だが立場的には不味いのかも知れない。だが本心は撫でられて嬉しいんだ。

 

 下級官吏達の噂の事はザスキア公爵のお陰で王都だけでなく王宮にも広まっている、彼等の嫌がらせは公(おおやけ)になってしまった。

 この噂話を覆したり跳ね除ける事は彼等では力不足、和解を申し込もうにも身分上位者である僕とは直接的な接点が無い。

 直談判は無理、手紙は未開封で返却、派閥の直属上位者に泣きつこうにも巻き添えを恐れて無視らしい。

 

「下らぬ嫉妬心からの嫌がらせにしては高くついたな、確かに奴等が居なければ王宮の仕事は滞るが同程度の代わりなど沢山居るからの。自分達が切られないと慢心したのが失敗じゃな」

 

 サリアリス様も下級官吏達に圧力を掛けてくれたらしい、ローラン公爵やニーレンス公爵、勿論ザスキア公爵も派閥の末端の連中に釘を刺したそうだ。

 この恩に報いる事は早急に必要だ、皆が協力的だが当然対価は必要。甘えて終わりは有り得ない愚行、気を使わねばならない。

 幸いにして功績を上げる機会には恵まれているので、そう遅くない内に何とかなるだろう。いや、何とかする。

 

 今僕に表立って敵対しているのは、バニシード公爵の派閥の連中だけだ。公爵五家争いも関係してるから、他の四家はバニシード公爵の派閥連中に熾烈な攻撃を加えている。

 バニシード公爵の勢力は急激に下降している、後は馬鹿な暴発をさせないだけの監視が必要だ。その辺はザスキア公爵頼りだが問題は無い。

 クリストハルト侯爵は没落し、グンター侯爵とカルステン侯爵は敵対寄りだが現状は様子見状態で直接的な敵対行為は無い。

 

 もうバニシード公爵は以前の力を取り戻すのは不可能だ、勢力的には公爵五家の最下位まで落ちた。

 巻き返しは厳しい、だから恨みの殆どを僕に向けて来ている。当然だ、強力な協力者のマグネグロ殿を殺したのもハイゼルン砦攻略でビアレス殿共々、彼等を蹴落としたのも全て僕だ。

 

「リーンハルト様、どうぞお食べ下さい。珍しい南国の氷菓子です」

 

「これは珍しい氷菓子ですね、メロンですか?」

 

 侍女が涼しげなガラス製の器に盛られた水菓子を用意してくれた、何故か侍女達は僕の事をサリアリス様の弟子じゃなくて孫として扱うんだよな。

 

「果肉を摺り潰して魔法で凍らせたのじゃ、リーンハルトはバルバドスの奴の影響で甘党らしいな?」

 

 オレンジ色の氷菓子をスプーンで一口掬い食べる、糖度の高い酸味の強いメロンの味が口一杯に広がる。

 果物を凍らせて食べる事は珍しくない、だが魔術師が手間を掛ける為に贅沢品で有り庶民では中々手が出ない。

 果物や飲み物を凍らせる事が出来る水属性魔術師は中級以上だからな。アイスランスとか攻撃魔法で氷を作る事は出来るが、有る物を冷やすのは制御が難しい。

 

「エムデン王国一番の酒豪と言われてますが、本来は酒より紅茶や果実水が好きなのです。僕は未だ未成年なのに、贈り物の三割は酒なんですよ。しかもアルコール度数の強い物が多くて……」

 

 飲み比べは負け無しの全戦全勝、しかも王家主催の舞踏会でも自称酒豪達を複数負かせた所を大勢の連中に見られている。

 対外的にはドワーフ族の至宝である『火竜酒』を飲んだ事による体質変化だと言っているが、本当は水属性魔法による体内のアルコール分を無効化してるだけだ。

 だが水分はある程度しか飛ばせないのでお腹がタプタプになり、トイレが凄く近くなるんだ。

 

「ふむ、体調管理には気を付けるんじゃぞ。酒は度を超せば毒であり麻薬でも有る。リーンハルトは立場上ストレスが溜まるだろうが、酒で解消するのは控えるべきじゃ」

 

「勿論です、僕のストレス解消は魔導書を読み耽る事と攻撃魔法の実験です」

 

 魔力砲の実験はストレス解消に持って来いなのだが、音が凄いので場所が限られるんだよな。でもマジックアイテムの錬金でもストレス解消は出来る、要は好きな事をするからだ。

 

「そう言えば操作する蔦に絡み付かせて空を飛んだそうじゃな、驚くべき事じゃぞ」

 

「それも山嵐の可能性の一つです、魔法を自分流にアレンジしてこその魔術師ですから」

 

 出来れば仕事を放り出して研究室に籠もりたいですねと笑い合う、サリアリス様の水属性魔法の継承は中々進んでいない。

 お互いに忙しいし僕には雑用も多い、少しずつ教えて貰っているが半年は掛かりそうだ。

 

 暫く魔法談義に花を咲かせていると、ウェラー嬢が王宮に到着したと連絡が入ったので僕の執務室に移動する。

 サリアリス様の執務室は王宮内でも、王族の方々の居住スペースの近くに有るので招待は出来ないんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「良く来たね、ウェラー嬢」

 

 彼女は動き易さに重点を置いた、それでも淑女として恥ずかしくはないドレスを着て腰にロッドを差している。

 着飾る事には興味が薄そうだな、一つも装飾品を身に付けていない。これは少々問題だ、ユリエル殿の家の常識を疑う奴も出てくる。

 魔術師に自分達貴族の常識を当て填めても無駄なのだが、僕等は貴族でもある。

 僕が適当な装飾品を贈ると問題になりそうだ、この辺は変な誤解を受けない為にもユリエル殿と相談だ。下手になにかすると親馬鹿なユリエル殿が爆発しそうだし……

 

「御招待状有り難う御座いました、リーンハルト兄様。その、其方の方はもしかして?」

 

 緊張気味のウェラー嬢だが、サリアリス様の事を知っているのだろう。または身に纏う魔力を見て予想したか、サリアリス様もある程度は魔力を隠蔽しているが魔術師なら分かる。

 だが萎縮どころか、グイグイと迫ってくるのは流石は僕に喧嘩を売っただけの事は有る。

 

「宮廷魔術師筆頭、『永久凍土』のサリアリス様だ。攻撃系水属性魔術師の最高峰、毒特化魔術師として歴代最強だよ」

 

「これ、そんなに煽てても何も出ないぞ。始めましてかな、ユリエルの御息女よ」

 

 む、サリアリス様が最初から優しい対応だぞ。彼女の年齢で既に宮廷魔術師団員クラスの魔力制御だし、才能と努力を認めてくれた?

 

「はい!ウェラーです、よろしくお願いします」

 

 元気良く頭を下げた、凄く嬉しそうで本当に良かった。実は少し心配だったんだ、サリアリス様は濡れ衣だが王族殺しの黒い噂が有る。

 ユリエル殿は否定的だったが、ウェラー嬢がどう思っているかは分からなかった。

 だが彼女の尊敬の籠もった目を見れば不安は解消した、僕はサリアリス様の為にウェラー嬢を引き合わせたんだ。

 

 他人を拒絶する傾向が有るサリアリス様に、少しで良いから他の誰かと交流を持って欲しかった。

 だが無能と怠惰を嫌う彼女の眼鏡に叶う候補は少ない、ウェラー嬢はその少ない可能性の一人だった……

 初対面なのに会話が弾んでいる、だが毒方面に偏った内容に思わず苦笑してしまう。僕も最初はそうだった、此処まで同じだとは思わなかった。

 

「何じゃ、リーンハルトよ。ニヤニヤと笑いおって、気持ち悪いぞ」

 

「そうです、リーンハルト兄様!サリアリス様の事を黙っていたなんて酷いですわ」

 

 おお、連携して責められたぞ!

 

「申し訳有りません。初対面なのに祖母と孫娘みたいな光景だったのですが、会話の内容のギャップに思わず笑いが込み上げて来まして……」

 

 少しだけ本当に少しだけ、サリアリス様の周囲に彼女を色眼鏡で見ない人を見付けられた。

 これが僕の贖罪だ、王族殺しの濡れ衣を着せてしまったが真実を話しても信用されないだろう。

 狂人扱いされるか、仮に信じられても古代の魔法知識を知りたい連中が形振り構わず拘束し拷問してでも話させるだろう。

 それは僕の為にも認められない、自己中心的と言われ様が二回目の人生は幸せに生きたいんだ。

 

「オリビア、紅茶と何かお菓子を用意してくれ。直ぐに練兵場に行かずに少し歓談しましょうか?」

 

 折角の機会だし、もう少し会話しても良いよね?僕との会話と同じ位に弾んでいるのを見ると嬉しくなる。

 馬が合ったのかな、会話の内容も段々専門的な方向にいってるし凄く楽しそうだ。

 

「そうじゃな、リーンハルトとの馴れ初めを聞こうかの」

 

「え?リーンハルト兄様とのですか?」

 

 何故に真っ赤になって俯くんだ?返り討ちに有った事が恥ずかしいんだよな、そうだよな?

 

 変な方向に話が行ってないか?僕はサリアリス様にウェラー嬢を引き合わせたのは、自分の側室候補だからじゃないぞ。それは酷い誤解だ。

 ウェラー嬢も苦笑しているが、嫌がってはいない。

 

 下手をすれば、ユリエル殿と全面戦争になるので嫌なんですがっ!

 


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