古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第453話

 三百年後の世界に転生したが、当時より人間以外の種族との距離が近付いている気がする。

 前は基本的にお互い不可侵だった、交流は僅かしかなく住んでいる場所も離れていた。これは人間の生活範囲が広がり、彼等のテリトリーと近付いた為か?

 それとも各種族の意識が変わったのだろうか?僕はエルフ族やドワーフ族とは交渉した事が有るし、『海魔族』セイレーンや『妖鳥族』ハーピー等の人間と同等以上の知性を持つ連中とも会話した事も有る。

 友好的とは程遠い外交の延長みたいなものだった、要は不可侵条約だった。彼等との接触はお互い控える事を公式に決めたんだ。

 強い力を持つ連中だし部族間の結束も強かった、少数とはいえ争う事は不利益だったんだ。当時は人間との争いが多かったし、他種族に構ってる暇は無かった。

 

 それにお互いの種族の間には越えられない壁が有った筈だ、人間社会で適用出来る身分など不要だと思っていたが違うのか?

 前にレティシアがフレイナル殿に亜人と蔑まれて本気で怒っていたよな、獣人とは人間に近しい存在なのだろうか?

 貴族として扱われて子爵待遇ともなれば、人間と思想や生活習慣は近しいのだろう。だがイメージが全く湧かない、『妖狼族』と『魔牛族』とはどんな連中だろう。

 

 前情報では『妖狼族』は好戦的で『魔牛族』は理知的な感じだ、野生の狼と牛のイメージで良いのだろうか?

 実は少し楽しみでもある、総じて異種族とは人間よりも優れている場合が多い。彼等は戦闘特化種族だと思われる、特殊な能力なら模倣したいんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 執務室に戻ると困った顔のザスキア公爵が居た、彼女が対処出来ない事が有るとは珍しい。

 何時も側に居るイーリンが居ない、珍しくハンナとロッテが傍に控えているが若干苦手意識が有るのだろう。因みにオリビアは本日は休みだ。

 

「顔色が優れませんね、何か有りましたか?」

 

 自分の執務机に座る、親書らしき落ち着いた薄紫の封筒が一通だけ置いてあるが送り主は誰だ?手に取ると仄かに香水の香りがして、裏側を見れば知らない名前だ、いや記憶に有る名前だぞ……

 

「コッペリス?誰かと思えば、グンター侯爵の四女だったかな?」

 

 リズリット王妃絡みで後宮の側室達のリストを見たので記憶に残っている、確かパミュラス様と同時期に側室になった筈だ。良い噂も悪い噂も無かった無所属派閥だった筈だが?

 半分敵対しているグンター侯爵の令嬢が僕に親書を送る意味って何だろう?丁寧にペーパーナイフで封筒を開けて中の便箋を取り出す。

 読み進めれば綺麗で丁寧な文字で挨拶から入り季節の話題の後で漸く本題に入る。さて本題は実家との橋渡しか、それとも和解か?

 

「お里下がり?引き取れ?意味不明だが彼女の頭は大丈夫か?アウレール王の元寵姫の扱いは危険なんだぞ、それを自分から売り込んで来るのか?」

 

 困った顔のザスキア公爵を困った顔で見詰める、何故にアウレール王の寵姫を引き取らないと駄目なんだ?それにザスキア公爵はこの親書の内容を知っていたのか?

 僕はパミュラス様の後見人としての発表が有ったばかりだぞ、このタイミングでアウレール王の寵愛を受けていた側室を娶れと?

 

「嫌な女なのよ、でも有能なのよね。私も何度か煮え湯を飲まされたわ、悔しいから後宮に押し込んで清々してたのに……」

 

 おお、敵対していた相手をアウレール王の側室として厄介払いしたのか?だけど仮にもアウレール王の寵愛を受けるのなら、余計に厄介な相手にならないか?

 いや俗世と隔絶した後宮に押し込まれたから、他に影響を与える事が出来なかった。そんな女が後宮から解き放たれるのか。

 

「ザスキア公爵が、煮え湯を飲まされる程の相手ですか?」

 

 いくらザスキア公爵の言葉でも俄かには信じられない、侯爵令嬢とはいえ公爵本人よりは遥かに格下だぞ。それが煮え湯を飲まされる程に能力が高いだと?

 クリストハルト侯爵が没落し、侯爵七家で敵対してるのはグンター侯爵とカルステン侯爵の二家だ。

 その片方に有能な女性がお里下がりで戻って来る、だが僕に引き取れと無茶な願いを頼んで来た。何故に僕なんだ?実家の為?いや違うな、もっと別の思惑が有りそうだ。

 

「まぁね、あの女は稀代の謀略家よ。本人は気分が乗らないと何もやらないけど、敵対すると厄介なのよね」

 

 深い溜め息を吐いた、しかも眉間に皺を寄せているし何かを思い出しているみたいだ。過去にしてやられた事が思い浮かんだのだろう。

 有能だけど気分屋、それは飽きっぽいとか我慢弱いとかが原因かな。徹底出来ない謀略家なら付け込む隙は多いと思うぞ。

 

「仮に僕とザスキア公爵が組んで全力で敵対したら、彼女に勝てますか?」

 

 思惑の分からない相手を娶る事など出来ない、相手の希望を拒否するなら敵対するのと同じだ。そこに妥協点を模索する必要は薄い、いや僕の立場が悪くなるから嫌だ!

 

「その考え方は駄目よ、私の為に彼女と敵対するのはリスクが高過ぎるわ。これは私の問題で、リーンハルト様が敵対する相手ではないのよ」

 

 優しい笑顔で諭す様に言われた、だが僕等は協力者だから強力な敵に対して様子見などしない。

 

「いえ違います、ザスキア公爵と敵対するなら自動的に僕とも敵対します。僕等は協力者ですよ、水臭い話は無しです」

 

 それに素直に受けてもメリットが無い、パミュラス様も良い感情を抱かない筈だ。故に断るしか選択肢が無い、曖昧な対応は政敵に付け込まれる理由になる。

 逆に断られるしか選択肢が無い親書を出した意味が不明だ、馬鹿じゃないらしいが何故だ?

 

「それに最初から断る事は決めてました、彼女を娶る事は僕にとってはデメリットしかない。

もしかしたら断られるのが前提かも知れません、実父のグンター侯爵は僕と敵対してますから立場を明確にするとか?」

 

 自分で言ってアレだが違うと思う、父親の為に僕を嵌めるつもりにしても悪手だ。現状の情報では全く相手の思惑が分からないのが辛い。

 ハンナとロッテも真剣に聞いている、彼女達の黒幕の連中も知りたい情報だろう。僕の対応によっては大きく動く可能性が高い、迂闊な事は言えない。

 彼女達の黒幕のニーレンス公爵は僕等と同調するかもしれない、だがバセット公爵は違う。良くて不干渉、悪ければ組んで敵対。

 有能って言われる相手だし、バセット公爵とバニシード公爵を絡めて来るだろう。僕等に敵対出来る相手は少ない、だから敵対者は絞れる。

 

「それは無いと思うわ、彼女はリーンハルト様を使った新しい遊びがしたいのよ。そして周囲を引っ掻き回して、結果的には自分が一番得をする状況に持ち込むのよね」

 

「遊びですか、それは退屈で窮屈な後宮から解き放たれた喜びからなら不敬ですね。

多分ですが、この親書は此方の様子見ですよ。僕の出方を見る為のね、ムキになって反発すれば良い玩具扱いだな」

 

 百パーセント断られるのを承知で手紙を書いたのなら、予想外の返事を贈ろう。親書の返事を書く為にレターセットを取り出す、勿論だが最高級品だ。

 

「先ずは礼儀に則った挨拶からですね、次に時事ネタだけどパミュラス様と御子様の誕生の祝いについて少し触れましょう。

そして最後に自分には素敵な女性達が周囲に居て協力してくれる、そういう惚気話を延々と書きます」

 

 要ははっきりとした文章にはしないが、貴女のお誘いは嬉しいけど僕の周囲には素敵な女性が多いのでお腹一杯なんですご免なさいって意味だ。

 プライドが高ければ、自分に自信が有れば余計に馬鹿にされたと思うだろう。

 非常識な手紙には相手の思惑からズレた手紙で返す、この返事で相手の真意を見極める。

 

 サラッと流すか粘着するか、貴女ならどうします?

 

「もう、リーンハルト様は私を口説いてますよね?協力者と言いながら大切な愛しい人とか……」

 

 え?そんな話だったか?真っ赤になってクネクネ動くザスキア公爵を見て思う、この人は本当に嬉しそうだが僕の話を自分に都合良く変換しちゃってるぞ。

 

「その、何です。この手紙の反応で、彼女の僕に対する思いが分かる筈です。本当に僕に嫁ぎたいのか、実家や他の営利目的か。後は罠に嵌めたいのか、それとも玩具にしたいのか……

まぁ最悪の場合は、バセット公爵やバニシード公爵も巻き込んで敵対するでしょう。でも速攻でバーリンゲン王国を攻略して功績を持って相手を封殺しますから大丈夫かな」

 

 どんなに彼女が謀略を張り巡らそうが協力者を募ろうが、それを上回る功績をぶつければ負けない。そういう意味ではタイミングが良かったのかな?

 

「また怖い事を平気で言うわね、リーンハルト様に与えられる戦力は内々で決まっている私の私設軍千人と常備軍千人だけなのよ」

 

「後方支援が二千人、僕の私兵は百人、バーナム伯爵の派閥の連中に声を掛ければ更に五百人は集まります。

物資はライラック商会に頼れば良い、僕の空間創造には前回の支援物資が有りますから三千人が余裕で半年は軍事行動が出来ます」

 

 食料・医療品・生活物資・武器や防具に消耗品類、エムデン王国の半数近い貴族達がくれた物だ。

 敵対関係者からの支援品は叩き売りしたが、信頼出来る連中からの物は確保している。

 

「凄いわね、いくら空間創造が優れたレアギフトでも保管スペースが大き過ぎないかしら?」

 

「宮廷魔術師ですからね、屋敷一つ分位は収納出来ます。バーリンゲン王国で催される結婚式に何人か配下の諜報部隊を同行させて下さい、進軍路を調べたいです」

 

 良い機会だ、街道を堂々と進めるのだから色々と調べよう。転生前の大まかな地形は頭の中に有る、後は街や軍事施設を摺り合わせれば何とかなる。

 

「イーリンとミケランジェロを同行させるわ、でも敵に勝つだけでは戦争には勝てないわよ」

 

「勿論です、相手から降伏する様に追い込もうと考えてます」

 

 僕はニヤリと笑ったが、ザスキア公爵はニタリと笑った。ハンナとロッテはドン引きだ、笑顔が固まって変な顔になってるぞ。

 この情報を公爵三家だけで共有するのは問題だ、サリアリス様経由でローラン公爵にも教えよう。いや、サリアリス様にコッペリス様の話をするのは逆効果かな?

 アウレール王とリズリット王妃にも知られるだろう、これってコッペリス様的には詰みの状態じゃないか?

 

「あらあら、私と同じ考えかしら?」

 

「答え合わせは結婚式から戻って来た後で良いですか?」

 

 諜報部隊と歩兵が千人居れば可能な作戦、後は呼ばれた結婚式で仕込みが出来れば大丈夫だ。

 転生前も少ない戦力で一国相手に勝ち続けて来たんだ、方法は熟知している。それにバーリンゲン王国攻略は条件的にも良い、問題は少ない筈だ。

 

「くすくすくす、本当に貴方は私の理想の男の子よ。楽しい楽しい戦いになるわね」

 

「ザスキア公爵こそ僕にとっての理想的な協力者ですよ、僕は貴女が居ればバーリンゲン王国を倒す事が出来ます」

 

 ハンナとロッテの前では此処までしか言えない、だが報告を受けたニーレンス公爵とバセット公爵は考える筈だ。

 普通なら無理だと言うだろう、だが僕は難攻不落のハイゼルン砦を短時間で無傷で手に入れた実績が有る。

 これはコッペリス様への牽制でもある、果たしてバセット公爵はこの情報を聞いても彼女と手を組めるかな?

 

「くす、くすくすくすくす」

 

「あはっ、あははははは」

 

 品良く笑う二人を困った顔で見詰める専属侍女達、悪いが君達の黒幕に情報を伝えて貰うよ。

 勿論だが、偽情報じゃない。本当にバーリンゲン王国を休戦または降伏に追い込む手立ては有る、後はアウレール王とリズリット王妃にも説明して根回しを完璧にする。

 

「楽しみですね」

 

「本当にね、あの女の悔しがる顔が思い浮かびますわ!」

 


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