古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第452話

 ウェラー嬢を警戒するザスキア公爵の独り言が怖い、何故に未だ幼い少女を警戒する?彼女に悪意が有るとは思えない、問題児には間違いはないが性悪ではないぞ。

 僕的には彼女との交流は悪くない、年の近い有能な魔術師と魔法談義が出来る事は喜ばしい事だ。

 それは置いて今日はレジスラル女官長から、バーリンゲン王国のしきたり等を教えて貰う約束だ。

 

 約束の時間少し前にレジスラル女官長の側近である、ベルメル殿が僕の執務室に訪ねて来た。

 三十代半ばの落ち着いて品の有る、右目下に縦に二連の黒子(ほくろ)が特徴的な優しそうな御婦人だが王族直属の有能な女官だ。

 

「リーンハルト様、お迎えに上がりました。あら、ザスキア公爵も居らしたのですか?」

 

 優雅に一礼した後で、ザスキア公爵に気付いた風を装い声を掛けてきた。

 

「ええ、私とリーンハルト様とはお互いの執務室を行き交う仲ですから当然ですわ」

 

 此方も一呼吸置いてから妖艶に微笑んだ、年上の美女の含みを持った会話は無性に居辛い。

 

 ホホホホッて笑い合うのも怖い、公爵とも渡り合えるベルメル殿も凄い。やはり女官達は王宮内では別格の地位と権力を持っているんだ。

 女官とは王宮内の裏を取り仕切る連中だ、ここでは武力や魔力なんて関係無い理不尽な力関係が働いている。

 

「ザスキア公爵、僕はレジスラル女官長からバーリンゲン王国関連のマナーやしきたりを学んで来ますので……」

 

「分かったわ、後は私に任せてしっかり学んで来なさいな」

 

 いえ、自分の執務室に帰って欲しかったのですが無理っぽいな。

 

 ベルメル殿も苦笑いをしてるが呆れや蔑みは無さそうだ、現役公爵が宮廷魔術師の執務室に入り浸る。

 多分だが王宮内では結構な噂になっている筈だろう、それを踏まえての苦笑と考えれば許容範囲内かな?

 

「そうですか、ではお願いします」

 

 こうなっては何を言っても無駄だ、素直に任せるしかない。

 最近はエムデン王国の領主達から灌漑事業の依頼が多い、全て断ってはいるが税収アップが期待出来るから中々諦めずに粘って帰らないから困るんだ。

 ザスキア公爵なら問題無く断ってくれる、少し頼り過ぎだが二つのブレスレットの御礼だそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ベルメル殿に案内されたのは、王宮内の応接室の中でも最上級グレード。国賓対応用の紅水晶の間なのに、僕の教育の場所として使用しても良いのか?

 部屋の隅に宮廷楽団も待機してるんだけど、もしかしてダンスの特訓も込みかな?

 

「レジスラル女官長、多忙なのに僕の為に時間を割いて頂き有り難う御座います」

 

「構いません、これはエムデン王国にとっても必要な事なのです」

 

 貴族的礼節に則り一礼した後で、マナー教育の御礼を言う。上級貴族の子弟は親が雇った家庭教師に教わる事が多い、一般的な私室などは使わずに応接室で行う事が殆どだ。

 ソファーに座るだけでもマナーが有り全て観察され採点される、咳払い一つにもマナーが有るんだよな。

 

「日常的な行動の所作も問題無さそうですね、バーレイ男爵家の教育は素晴らしいの一言です」

 

「有り難う御座います、両親も喜ぶ事でしょう」

 

 両親、今は亡き実母と義母の両方の意味に取れる言い回しにした。実母は平民だからマナー教育は無理、アルノルト子爵家令嬢のエルナ嬢でも今の僕のレベルの教育は厳しいだろう。

 僕は転生前にルトライン帝国の王族として、五歳から厳しい教育を受けてきたんだ。その辺の王族よりは厳しく扱かれていた……

 

「謙遜ですね、リーンハルト殿のマナーは王族の方々と比べても遜色が有りません」

 

「爵位を叙されてから必死に学びました、主にモリテスティ侯爵夫人からです」

 

 やはりレジスラル女官長は僕を疑っていた、当然だから予想していた。だから万が一を考えて、モリテスティ侯爵夫人にお願いしてある。

 彼女は侯爵夫人の教養を持ち、自らのサロンを構える文化人でもある。ハイゼルン砦攻略の協力者だったのは公然の秘密で知り渡っている。

 それに問い合わせがいってもギフトで使者は言いなりになるからな、あの『神の御言葉』は恐ろしい威力だ。

 

「そうですか、リーンハルト殿はザスキア公爵といい高貴な御婦人方に人気が有りますわね」

 

 嫌みかな?いや違うか、何かの確認だな。

 

「得難い協力者だと感謝しております、彼女達の力無くハイゼルン砦の攻略は出来ませんでした」

 

 ここは笑顔の仮面を貼り付けて言い張る場面だな、腹芸くらい出来なければ元王族じゃない。

 浮気や不貞の疑惑を国家の為の協力者だと言う事で回避した、これに異を唱える事は相当の覚悟が居る。

 

「自分の功績を他人に与える行動は良く有りませんよ」

 

「他人の功績を自分の物にする不忠者など不要です、アウレール王は公明正大な名君です。臣下として恥ずかしい行いは出来ません」

 

 少しあざといが僕はアウレール王の忠臣である事を誓っている、自分の幸せに最大の恩恵を与えてくれる限りは敵対国家くらい単独で落としてみせる。

 そしてアウレール王は僕の幸せの意味を理解している、だからジゼル嬢との結婚を公式に認めてくれた得難い君主だ。

 

「ふぅ、二心無き忠臣。アウレール王が重用するだけの事は有ります、試す様な言動をした事を謝罪します」

 

 真摯な顔で謝罪され頭まで下げられた、やはり疑われていたみたいだ。だが最悪の疑いは晴れたと思って良いかな?

 レジスラル女官長の後ろに控える側近二人は目をウルウルさせて感動しているが、僕の言動に感動したなら少し純粋過ぎるぞ。

 

「レジスラル女官長の立場なら当然の疑惑です、逆に正面から問われて感謝しています。弁解の余地まで与えて頂けたのです、此方こそ御礼を述べるべきでしょう。

疑いは今後の行動でも晴らしていきますので、もう暫くの猶予を頂きたい」

 

 そう言って深く頭を下げる、元々が胡散臭いんだから仕方無い。

 逆に今まで疑われたのがジゼル嬢位しか居ない方が異常だったんだ。流石はジゼル嬢と喜ぶべきか、逆に恐れるべきなのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 座学としてのマナー教育は厳しいが分かり易くもあった、三百年前と殆ど変わらないので助かる。

 特別に気を付ける事は、結婚式に参加する場合は魚を連想する物は身に付けない。これはバーリンゲン王国独特のタブーだ、僕は土属性魔術師だから大丈夫だと思う。

 バーリンゲン王国の祖は遊牧民族だったので、魚を代表とする水生生物は食材として考えられてなかった。その名残が王族に伝わっているらしい。

 だが、魚は水からも連想出来るので青色系統は駄目だし結構な制限が入る。後は特筆すべき事は無い。

 

 他には同伴の女性の衣裳は細かい決まりがあるが、僕はパートナーを同伴しないので問題は無い。女性の場合は大変だ、昼間・夜間・室内・室外と衣裳を変える必要が有る。

 今回はモア教の大聖堂での挙式、王宮での披露宴から夜の舞踏会の流れだ。大聖堂から王宮までの移動は馬車を利用するので着替えは必要無いが、披露宴と舞踏会は衣裳を変える必要が有る。

 

 結婚式後の舞踏会について、これはダンスパートナーについて少し特殊だ。

 先ずは通常連続で二回同じパートナーと踊る事は、相手と親密な関係だと周囲に知らせる意味を持つ。

 だがバーリンゲン王国内でのルールは違う、申し込んでも申し込まれても一回踊った相手は特別らしい。

 これは結婚式の後の舞踏会でのみ適用される、要は祝福された二人の前で恋の駆け引きはするな。ちゃんとしたパートナーとしか踊るなって意味らしい。

 

 本来なら結婚して幸せな二人に続けって意味でも恋の駆け引きは推奨されると思うのだが、国によって考え方は違うんだな。

 つまりパートナーを同行しない僕は、舞踏会には参加するがダンスは厳禁って事だ。このローカルルールを知らずに誰かと踊った場合、家族ぐるみの付き合いに発展する訳だ。

 我が娘と思い出の為に踊ってくれとか言われて安請け合いするのは危険だ、ダンス自体もパートナーチェンジの無い曲だけだろう。

 

 僅かな休憩時間にマナー教育の内容を思い浮かべる、出された紅茶の飲み方さえ採点項目だ。

 気の緩みによる失敗はしない、この応接室を出る迄が採点対象だぞ。

 

「ふむ、流石はリーンハルト殿ですね。休憩中とはいえ、気の緩みが全く有りません」

 

「そろそろ限界です、付け焼き刃のマナーが綻びそうでヒヤヒヤしています」

 

 レジスラル女官長が僅かに口元を緩めた、マナー教育としては合格かな?

 

「座学の最後ですが、バーリンゲン王国の周辺には幾つもの小規模な部族が居ます。その中でも気を付けなければならないのが……獣人族達です」

 

「獣人族、ですか?」

 

 レジスラル女官長の説明によれば、バーリンゲン王国は小国だ。前大戦時も旧コトプス帝国からの圧力に屈して、我がエムデン王国を内緒で裏切っていたのは公然の秘密。

 今回の婚姻も未だ旧コトプス帝国と繋がっている証拠だ、故に断固とした措置を講じる必要が有る。

 

 バーリンゲン王国はエムデン王国とも国土が接しているが、反対側は未開の地であり多くの小規模な部族が居る。

 広大な未開の森には強力な野生のモンスターも生息している、生きるには厳しい土地だ。

 そんな場所に生活する小規模な部族達は戦闘力が非常に高い、だからバーリンゲン王国は周辺の部族達を懐柔したり戦ったりしている。

 その軍事費は馬鹿にならないので、近隣諸国に対しての軍事の備えが弱い。国内が不安定だから、周辺諸国に強く出れないんだ。

 

 小規模な部族の中に獣人が居る、前にセイレーン(妖魔)を生きたまま捕縛しろとか呆れた指名依頼も有ったから獣人が居ても驚かない。

 転生前の三百年前にも居たが、直接会った事はなかった。当時はエルフ族やドワーフ族だって人間とは距離を置いていた時代だ、現代とは違う。

 確認された獣人族は『魔牛族』に『妖狼族』の二部族だ、全て千人前後の少数部族だが女子供でさえ人間より遥かに高い戦闘力を持つ。

 

 『魔牛族』は頭部に左右対称の角を持つ強靭な肉体を持つ種族で、女性は見目麗しい者が多く母性の象徴が凄く豊からしい。

 『妖狼族』は鋭い牙と爪を持つ俊敏な肉体を持つ種族で、男女共に銀髪に褐色の肌と金色の瞳が特徴らしい。

 前者は比較的穏やかな種族で後者は攻撃的な種族だ、この二つの種族の懐柔の為に貴族待遇としたらしい。らしいばかりだが自分で確認してないので先入観は持たない様に注意はする。

 

 彼等の文化レベルは人間と変わらない、族長は貴族扱いで子爵位と同等の待遇だ。彼等も厳しい状況から生き残る為に、バーリンゲン王国と共存している。

 共存しているが、隙あらば戦いを挑む関係でも有る。つまり純粋な味方ではなく、潜在的な敵なんだ。

 

「獣人族ですか、だがバーリンゲン王国内では貴族扱いで族長は子爵待遇ですね。つまり結婚式にも……」

 

「参加するでしょう、彼等を侮ってはなりません。特に人間の亜種として扱えば、敵対して来ます」

 

 人間至上主義者も多いのだが、彼等を侮る事は悪手だ。プライドの高い種族だから相当の被害を覚悟で攻めて来る、だから懐柔策としての貴族扱いだ。

 他の少数部族は人間だ、未開拓の地に住まうのでモラルは低い。略奪も普通に行う連中らしく、此方は懐柔するより常に戦争状態みたいだな。

 バーリンゲン王国を取り巻く状況は思った以上に悪い、だから旧コトプス帝国と手を組んでエムデン王国を狙っているのだろう。

 

 因みにだが獣人族達との交配は可能だが、両親のどちらかが人間でも生まれるのは獣人。これは人間より獣人の方が、種族を残す力が強いと考えられている。

 同族の中での出生率は低く中々増えない事が問題らしい、人間よりも長寿種故の共通の悩みだな。人間は爆発的に繁殖するが、エルフ族もドワーフ族も少子化問題を抱えている。

 彼らは緩やかな滅亡に向かっている、だが止める手段を講じていない。これは種族的な問題で我々がどうこう言えない問題だ、下手をすれば内政干渉と言われかねないし……

 

 


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