古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

451 / 999
第450話

 転生後、三回目のオペラを見ている。演劇と音楽で構成される舞台芸術といわれるだけ有り観客を魅了する、既に開始十分で女性陣は舞台上に熱い視線を向けているな。

 昨日と主演女優は同じだが、その他はザスキア公爵の私設の楽団が本来の出演者達に変わっている。だがレベルは勝るとも劣らない、演技力により微妙に違うが誤差の内かな?

 

 僕は現代のオペラは余り好きではない、演劇の内容が支離滅裂で破綻している部分が多いし何より全てが悲劇で終わる。

 これはハッピーエンドだと観客の感情が、その場で昇華して余韻を味わって終わり後に残らないかららしい。

 悲劇で終わる場合はオペラを見終わった後でも色々と考えるし、良い意味でも悪い意味でも心に深く残るからだそうだ。

 それは演出者の事情であり、僕としてはハッピーエンドで終わって欲しい。その方が見終わった後の解放感が有るから、暗い話は嫌なんだよな。

 

 舞台上に視線を送る、今は主演歌手のアンヌマリー嬢がソロ(独唱)でアリア(詠唱)の最中だ。

 宮廷楽団規模の編成の演奏に合わせてヒロインの心情を高らかに歌い上げる、透き通って力強い歌声に観客が魅了される。

 

 今は二人の貴族青年と幼なじみだが、没落し平民となった青年の三人の間で気持ちが揺らいでいるヒロインの切ない感情を吐露するシーンだ。

 彼女は過去に没落し平民となった青年と婚約し将来を誓い合った、貴族青年の一人は彼女の家に政略結婚を仕掛けて来た。

 両親は乗り気で彼自身も政略結婚とはいえ、心の中では彼女の事を愛し始めている。

 

 もう一人は没落した青年とは親友だが、婚約者だった彼女に横恋慕をしていた。表面では破局した二人の仲を憂いているが、実は没落したのは彼の所為であり冤罪だ。

 彼女は家の為に政略結婚を受け入れるか?真実の愛を貫き没落青年と駆け落ちするか?偽りの同情と優しくしてくれる青年に流されるのか?

 思いを寄せられる三人の男性の誰を選ぶかを思い悩んでいる。三股進行中なのに、演技力と歌声の魅力で観客の注目を一身に浴びている。本当に三股だぞ?

 

「嗚呼、アルフレード様。何故、汚職などしたのですか。私は信じられない、正義感の強かった貴方が……」

 

 切々と気持ちを募り、一番好きだが今の立場では一番選んではいけない相手の名前を呼ぶ。いや、それは色々と不味いだろう。改善する努力も無い相手を愛だけで選ぶのか?

 

 そして最後には僕に向かって右手を差し出し涙する。

 

 演出とはいえ客席の男性客から恨みの籠もった視線が突き刺さる、演技とはいえ差し出された先には美少女を四人も侍らす男が居るからだよな。

 だが観客の中で一番爵位も権力も上な僕以外に手を差し伸べる事はしない、いや特別室を使う相手にしか手を差し伸べない。

 それが身分上位者へのサービスだ、なので軽く微笑んで応える。

 

 緞帳(どんちょう)が下りて三十分程の休憩となる、舞台上ではセットの入れ替えが慌ただしく行われているのだろう。

 特別室にはトイレも有るし飲み物や食事も楽しめる、だが昼間から酒を飲む事は躊躇われるので果実水を頼んだ。

 部屋付きの世話係が二人も居るので対応は早い、直ぐに桃の果実水が運ばれる。イルメラとウィンディアの分も頼んだ、使用人にも優しいと思われるから大丈夫だよな?

 

「愛を取るか家の繁栄を取るかの二択ですわね、現実的には後者ですわ。もしも元婚約者を選べば実家の手の者達が二人を害しますわ。悲しい事ですが、それが貴族という生き物ですわ」

 

 アーシャが夢見る笑顔で紡いだ言葉は、正しく現実を見据えていた。

 彼女は紆余曲折を経て僕の側室になったが、他の男に嫁ぐ可能性が有り実際に実家の為に政略結婚を受け入れる覚悟が有った。

 政略結婚の相手を振って冤罪とはいえ汚職に走った平民を選ぶなど狂気の沙汰だ、実家の存続にも関わるし最悪は二人共に死罪だな。

 

「一人バッサリ切り捨てていますわね、でも下心満載の相手の行動を見透かせないほど愚かでしょうか?」

 

 ジゼル嬢なら青年の親友の悪行など見抜いて、相手を没落になどさせなかっただろう。

 だが一般的な貴族の深窓の令嬢では無理だな、しかも貴族として大切に育てられた淑女が平民に混じって生活出来るかも疑問だ。現実的には無理だ、良い様に周囲に弄ばれて終わり……

 物語として見るには楽しいのだろうが、現実に置き換えると滑稽なんだよね。

 

「リーンハルト様なら、どうしますか?」

 

 む、ジゼル嬢の質問に会話に参加していない、イルメラとウィンディアまで僕の返事に注目している。世話係の女性二人も、さり気無く僕の言葉に注目している?

 さて、どうするかと言えば冤罪を暴き出す為に奔走するのだが……彼女達は劇中のシチュエーションでならどうだと聞いているよな?

 

「うーん、劇中の没落青年の立場と能力なら黙って彼女の前から姿を消すだろうね。

没落し平民となっても変わらぬ愛を与えてくれる相手の為になる事をするべきだ、だがフェードアウトは演劇が成り立たないから不毛な仮定だよね?」

 

 はっきり言って没落青年は女々(めめ)しい、自分の立場を改善しようとせずに不幸な境遇を嘆(なげ)くだけだ。同情は集まるが、長い目で見れば無気力で無能だ。

 そんな没落青年を慰めて見捨てないヒロインは、実家を巻き込む破滅型の令嬢だよ。援助するとか冤罪を晴らす努力とかが全く無い!

 

 だがこの回答は女性陣の中では不評みたいだ、僅かにだが失望した感が滲んでいるのは何故だ?もっと違う役者っぽい反応を期待されていたのかな?

 

「女は常に殿方に愛を与えたい、与えられたい生き物なのですわ」

 

「夢も希望も粉砕されましたわ、でも確かに現実的ですわね」

 

 身を引く事が女性の為になると考えたのだが失敗らしい、だが劇中の青年の能力は高くないし他に方法は無いのだが……

 

「あくまでも他人に置き換えてどうするかだろ?僕が冤罪を着せられて恋人と引き離されそうになったら、全力で相手を潰す。

そこには同情も慈悲も無い、僕は最低の粘着質で未練たらしい男なんだ。もう自重も遠慮もしない、劇中で考えるならばヒロインを攫って逃げて冤罪を被せた奴を罪を暴いて抹殺する。

それなら彼女は悪くなく被害者だし、名誉挽回と汚名返上のチャンスも有る。嘆き悲しみ悲劇の主人公気分に浸り、何もしないなど有り得ないね」

 

 自由の為に好きな人の為に、揺るぎない地位と権力を求めた自己中心的な僕だからこそ絶対に泣き寝入りなど有り得ない。

 敵対するなら潰すだけだ、そこには同情も慈悲も無い。

 

「流石はリーンハルト様ですな、感動致しました。是非とも当劇場にて、リーンハルト様を題材にした英雄譚を上演させて下さい」

 

「なんて情熱的なお話でしょう、王都の女性達はアーシャ様とジゼル様に嫉妬致しますわ」

 

 む、アドー殿とアンヌマリー嬢が挨拶に来てくれた、上演途中で主演女優が訪ねて来るとは凄いサービスだな。

 しかし何故、部屋付きの世話係の女性達までハンカチで目元を押さえるんだ?そんな感動話じゃないだろ、最低の粘着質未練男だと自白したのだが……

 

「僕の話が英雄譚など大袈裟ですよ」

 

 やんわりと拒否する、死後に脚色された物語ならまだしも、生きてる内に題材になどされたくない。

 既に転生前の僕、ツアイツ・フォン・ハーナウの事を吟遊詩人達は見当違いな詩(うた)にしている。本人としては凄く恥ずかしいんだ、正直止めて欲しい。

 

「是非ともお願いします!リーンハルト様は新貴族男爵の長子から瞬く間に宮廷魔術師第二席の侯爵待遇に出世されたのです、立身出世物語としても最高です」

 

「ハイゼルン砦の攻略も軍記物語として人気を博しますわ、そしてアーシャ様とジゼル様との恋物語……

侯爵待遇にまで出世なされたリーンハルト様が、男爵令嬢のお二人に変わらぬ愛を誓う。身分違いの恋をアウレール王にまで認めさせた事実に、王都中の女性達は憧れました。私も憧れましたわ」

 

 何その恥ずかしい創作話は?そして歌い上げる様に話す様は流石に人気オペラ歌手だ、既に特別室が舞台に思えてきたよ。

 

 だが絶対に嫌だぞ、来年は平民だったイルメラとウィンディアも娶るんだ。

 更に酷い話になるのは目に見えている、グイグイと押してくる二人には悪いが絶対に嫌だ!

 

「お断りします、自分の恋愛経験を人に知らせるのは恥ずかしいから嫌なのです。それにハイゼルン砦の攻略は王命です、脚色し演劇の題材にする事は許せません」

 

「流石はアウレール王が認めた忠臣、興奮してしまい申し訳有りませんでした」

 

「しかし残念ですわ、リーンハルト様の物語ならば大評判間違い無いのです。エムデン王国の国民は、リーンハルト様の事が大好きなのですから……」

 

 褒め殺しか?そんなに煽(おだ)てても何も出ないし許可しないぞ。その後はアーシャとジゼル嬢と短い会話を交わし、お茶会に誘う約束をして出て行った。

 この後、五分ほどで本番の始まりなのに時間ギリギリまで居て大丈夫だったのだろうか?

 

「こんなに厚遇された事は初めてですわ、まさか主演オペラ歌手が訪ねて来るなんて……」

 

 アーシャは凄く嬉しそうだな、結果的には良かった。家族サービスとしては成功だろう。嬉しそうに僕の袖口を掴んでいる、出世した旦那様のお蔭で恩恵が受けられますと言ってくれた。

 

「リーンハルト様の立場を考えれば当然の待遇ですわ、しかも連日観に来たとなれば訪ねて来ない方が不敬です」

 

 アーシャは純粋な喜びをジゼル嬢は昨日の事を絡めて来た、まさかザスキア公爵の屋敷の私設劇場で観たとは言えないよな。

 固まる笑顔を何とか解す、浮気じゃないのに罪悪感が凄い。いま彼女のギフトを使われたら嘘がバレて大変な事になるだろう、最近は信用されているので使わないが心苦しくもある。

 

「そろそろ後半の公演が始まるよ、舞台に集中しようか?」

 

 自然な風を装い二人の背中を軽く押して舞台の方に向ける。

 

 誤魔化せたとは思えないが緞帳(どんちょう)が上がり楽団が演奏を始めた、先ずは没落青年のソロ(独唱)か……

 元婚約者の恋人を思う気持ち、没落した今の自分では幸せに出来ない諦めの気持ち。

 歌詞の内容は女々しく情けないのだが、観客の女性達からは同情が集まるらしい。何故だ、同情の余地は有るが打開せずに流されているだけだぞ。

 彼では彼女を絶対に幸せに出来ない、共に不幸になるだけなのに何故か女性陣はうっとりと聞き入っているのが理解出来ない。僕の感性が可笑しいのか?

 

「解せぬ、何故アレが好意的に思えるんだ?」

 

 その後は政略結婚を仕掛けた貴族の青年が、初めは家の為と割り切っていたが徐々に彼女に愛情を感じ始めた事を切々と歌い上げる。

 うん、納得出来るし共感出来る。思わず歌い終わった時に拍手してしまった、他の観客達が一瞬僕を見てから追従し盛大に拍手をする。

 嬉しそうに僕に向かって左手を胸に当てて一礼すると更に拍手が大きくなる、軽く手を上げて応えるのだが……

 

「リーンハルト様が認めた事により、あの青年が本日の最優秀男優ですわね」

 

「少し迂闊だった、でも共感してしまったんだよ」

 

 自分と比較して共感してしまった、政略結婚の為の偽物の婚約者から本当の恋人へ。それは僕とジゼル嬢との関係そのままだ、だから思わず共感し拍手してしまった。

 

「最後の方は可哀想ですね、元々悪役ですが拍手喝采の後のプレッシャーは凄いでしょう……でも、私も共感してしまいましたわ。だって私達の馴れ初めと同じですから」

 

「ああ、そうだね」

 

 そう言って微笑んだ彼女の笑顔は、今まで見た中で一番輝いていた。だが他の三人の笑顔は怖かった、目が笑ってないんだよ。何故に世話係の女性陣まで非難の目を向けるんだ?

 そんな彼女達の為に、帰りにライラック商会に寄ってドレスを数着買う事にした。物で御機嫌伺いをする訳ではない、男の甲斐性って事だぞ!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。