古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

447 / 999
第446話

 全知全能感と多幸感に包まれてバーナム伯爵との模擬戦に挑む、全身が興奮して熱い。

 空を見上げれば大粒の雨が顔を濡らす、この冷たさが気持ち良く右手で額から後ろに髪を撫で上げる。

 まさか僕が模擬戦を望む様になるとはね、嫌々とは言わないが出来れば勘弁して欲しかったんだよな。でも今は……

 

「楽しいですね、バーナム伯爵。くはは、全力で逝きますから壊れないで下さい」

 

 練兵場の中心で向かい合って立つ距離は約20m、バーナム伯爵の剣の間合いだ。達人は一瞬でこの距離を詰めて来る、油断は出来ない。

 

「お前、変な物でも食べたか?やっぱり変だぞ」

 

 抜き身の大剣を肩に担いで構えを取らない、まぁ隙なんて無いから構えは関係無いのだろう。

 

「僕は大丈夫ですよ、気分は最高です。くはは、どうしてか全く負ける気がしませんね。では……逝きます、纏え魔力の蔦よ!自在槍変形、自在鞭」

 

 掌に魔力を貯めて槍を伸ばす自在槍の変形、山嵐の株を両手に纏い鋼鉄の蔦を両手にグルグルと丸めて絡めてから伸ばす。

 山嵐は地中からの攻撃だが自在鞭は自分の両手が攻撃の起点となる、右手を振り下ろし十本の鋼鉄の蔦を伸ばす。放射線状に延びるから投網みたいだな……

 

「新しい魔法か?」

 

 肩に担いだ大剣を真横に振り抜く、刀身に当たった瞬間に絡み付く事で切られるのを防ぐ。

 大剣から腕の方に蔦を絡ませながら浸食する、だが力比べなら100%負ける。だから右手を振り下ろし纏った魔力の蔦を大地に固定し地中深く伸ばす。

 魔力の蔦を根にして編み目の様に張り巡らせた、アンカー状に固定したから引き抜くには時間が掛かるだろう。

 

「あっ?お前、武器拘束とか性悪な事すんな!」

 

 大剣から手を離し手刀を一閃、衝撃波が飛んで来る。魔力障壁で受けると動きが止まるから接近される、この武人に接近されたら負ける。

 左手の鋼鉄の蔦を自分の身体に巻き付けて上空に引っ張り上げる、自分の体重位なら苦も無く地上30mまで持ち上げられる。

 放たれた衝撃波は雨を切り裂き通り抜ける、同時に僕の居た場所にバーナム伯爵が移動してきた。

 

「大地の槌よ、巨人の一撃!」

 

 両手を広げて左右に二つの巨石を錬金し、バーナム伯爵に向けて振り下ろす。

 そのまま自在槍を伸ばして庭木に絡ませ自分の身体を後方に引っ張る、バーナム伯爵と20mの距離を稼いだから最初の立ち位置と逆だな。

 

「人間が飛んだ?いや引っ張られたのか、なんじゃそりゃ?」

 

「10ton程度じゃ潰れませんか?流石はバーナム伯爵ですね、ならば……曲刀乱舞!」

 

 過去に見せた事のある弓なりの形をした刀を飛ばす、回転しながら弧を描き五十本の刃がバーナム伯爵を襲う。

 前回は防御力を高めて全部受けたんだよな、絶対防御『硬身変化(こうしんへんげ)』だっけ?信じられないが着ていた鎧に突き刺さったが身体は無事だった。

 

「舐めるな、一度見た攻撃は俺には効かないぜ!」

 

「ははは、化け物ですね。貴方は本当に人外ですよ、素晴らしい!」

 

 落とした巨岩を殴り砕いたと思ったら、大きな破片を投げて曲刀乱舞を叩き落とした。普通は自分の身体位の大きさの岩を正確に連続で蹴り飛ばせるか?

 

「お前に言われたくはねぇ!今度は逃がさねぇぞ」

 

 真っ直ぐ走り込んで来る、凄いスピードだが自分もバーナム伯爵に向かって走り出す。

 

「迎撃、巨人の腕(かいな)。破壊の拳、連撃!」

 

 自分の両肩に錬金したゴーレムルークの腕だけを生やして殴り付ける、握った拳は1mは有る。それで連打するが全てを拳で受けるとは……

 

「くはっ、くはは。魔術師なのに接近格闘を仕掛けてくるとは驚いたぞ」

 

「乱戦時に手札が無い魔術師など使い物になりませんよ、まだ逝けますよね?」

 

「おうよ!未だこれからだろ」

 

 ヤバいな、殴り合いが楽しくて仕方無いぞ!僕ってこんなに好戦的だったかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ねぇ、ルーシュ?」

 

「何かしら、ソレッタ」

 

 目の前で行われている模擬戦の内容に頭が着いていけないわ、きっと歴史的瞬間って奴に遭遇してるはずよ。

 

「人間って飛べるのね、鋼鉄の蔦に引き上げられたけど30m位は空を舞ったわよ」

 

「うん、見たわ。リーンハルト様は大地の上に立つ限り負ける事は無い、勝ちたければ空でも飛ぶ事だって言ったらしいけど……」

 

 凄い台詞だと思っていた、空を飛ぶワイバーンでさえリーンハルト様には勝てないのに、飛べない人間に勝ち目なんて本当に有るのでしょうか?

 

「「自分が飛んでどうするのよ!」」

 

 これが人外の当主様と規格外の土属性魔術師様の戦いなのね、ジウ大将軍率いる正規兵五千人と渡り合える力。

 そのリーンハルト様と互角以上に戦うバーナム伯爵様も同じ事が出来るのかしら?

 

「魔術師が格闘戦をしているわ、巨大な腕を生やして殴り合っている。他の人に話したら信じてくれるかしら?」

 

「無理ね、実際に見ている私達が信じられないのよ。見てない連中が信じるものですか!」

 

 何も無い所から一瞬で巨石を錬金して投擲する、複数の鋼鉄の蔦を操り自身も地上30mまで持ち上げられる。

 巨大な腕を錬金しバーナム伯爵様と殴り合う、吟遊詩人達が謳(うた)う古代の英雄よね。

 気になるのは、リーンハルト様が妙にテンションが高い事。魔術師は常に冷静たれ、と言っていた筈なのにノリノリよね。

 

「そろそろ決着がつくかしら?」

 

「そうね、練兵場が壊れる前に終わって欲しいわね」

 

 観客全員がずぶ濡れになりながら目が離せない模擬戦、だが終わる前に練兵場だけでなく屋敷まで壊れそうよね。

 

「お前等、ずるいぞ!審判役も居ないで十分以上も戦いやがって!俺も参加するぜ」

 

「はーっはっは!ライル団長よ、構わぬから掛かって来いや!」

 

「一人増えても同じ事です、二人掛かりでも僕は構いませんよ!」

 

 ああ、駄目よ。駄目なのよ、ライル団長まで目を爛々と輝かせて挑んで行ったけど……

 バーナム伯爵様とリーンハルト様に殴られて吹っ飛ばされたわ、庭木を五本くらい薙ぎ倒して止まったけど無事かしら?

 

「くはっ、くはは。楽しいじゃねぇか!コッチも遠慮は無しだ、吹き飛べ剣撃突破!」

 

 突進系の大技で戦線に復活したライル団長を巨大な盾を即座に錬金して防ぐリーンハルト様。

 その様子を大笑いをしながら眺めるバーナム伯爵様、そして自らも拳を振り上げて笑いながら突っ込んで行った。

 

 駄目だ、コイツ等は全員狂ってるわ!

 

「ルーシュ、逃げるわよ」

 

「違うわ、戦略的撤退よ。私も武力には自信が有ったけど、たった今粉々に砕けたわ。あんな連中に挑んだらお嫁に行けない身体にされちゃう」

 

 人外三人が放出系や突進系の大技を繰り出し始めた、逃げないと只では済まないわ。流れ弾に当たったら即死コースよ、本当に手加減してるのかしら?絶対してないわよね?

 

「皆さん、距離を置きますわよ!」

 

「安全な距離まで離脱します、急いで!」

 

 全力で屋敷に向かって走り出す、高笑いと共に衝撃音や破壊音が聞こえる。彼等が満足する頃には周辺は穴だらけの荒野になっているだろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あれ?何か全知全能感と多幸感が薄れて来たな、それとこの惨状って僕の所為かな?」

 

「む、もう終わりか?まぁ満足したから良いか、しかし暴れたな」

 

「いや爽快だ、久々にストレス発散が出来たぜ」

 

 どしゃ降りの雨の中、服は上着は弾け飛んで下着はズボンだけ。靴も機能を果たさない程ボロボロな派閥の上位者が二人、満足げに肩を叩き合っている。

 僕は服も装備したライトプレートメイルも泥で汚れているが無傷だ、だが全身ずぶ濡れで寒気がしてきた。

 

「取り敢えず模擬戦は引き分けにしましょう、派手に壊しましたね」

 

「お前がボコボコ巨岩をブン投げるからだな、百個近く有るぞ」

 

 む、そう言えば遠慮無く投げ付けていた。冷静になった今考えれば普段の僕じゃない、自制心を失うほど凄い興奮状態だった。

 カッカラを一振りして巨岩を魔素に還す、穴だらけの地面を平らに均せば戦いの痕跡は消え……

 

「ない、折れた樹木は直せない。残りは庭師に頼むしかないな………くちゅん!」

 

 興奮状態が治まったら身体が冷えてきたぞ、早く暖めないと風邪をひくな。

 

「リーンハルト殿、風呂に入るぞ。風邪をひいたら大変だからな」

 

「バーナム伯爵の屋敷の風呂はデカい、一緒に入れるから行くぞ」

 

 戦いを終えてスッキリした二人がスタスタと先に屋敷に向かう、空を見上げれば真っ黒な雨雲が重なり合って見える。当分雨は止まないな、晴れたらもう少し錬金で直すか。

 

「はい、身体が冷えてきました。熱い風呂に入りたいです」

 

 練兵場に背中を向けて歩き出す、ライトプレートメイルを魔素に還して身軽になる。

 

 あの興奮状態だが原因はイルメラ達三人の混ざった匂いを嗅いだからだ、僕も隠してはいるが水属性魔術師だから麻薬成分が無いのは解る。

 イルメラとウィンディア、アーシャとジゼル嬢の二人の組合せでは大丈夫だったが三人混ざると僕の精神に干渉するのか?

 

 イルメラ×ウィンディア×アーシャで全知全能感と多幸感だった。

 

 他の組合せだと……

 

 イルメラ×ウィンディア×ジゼル嬢、アーシャ×ジゼル嬢×イルメラ、アーシャ×ジゼル嬢×ウィンディアも有るな。合計で四通りか、組合せで効果は変わるのだろうか?

 

 時間的なモノはどうだ?検証したいが、ジゼル嬢は複数の添い寝には抵抗が有るかな?アーシャと三人での添い寝はOKだった、ウィンディアは知らない仲じゃないがイルメラは……

 昨夜は三人で寝たのは十一時過ぎ、イルメラ達が起きたのは八時とすると添い寝時間は合計で九時間。

 今は昼前だから効果が有ったのは起きてから四時間もない、激しく動いたから効果が切れるのが早まったのか?

 

「謎だ、謎の効果だ。まさかミックスされた匂いを嗅いだら精神に干渉する付加効果が生まれたのか?」

 

 僕は彼女達と三人で添い寝すると短期間に能力アップするのか、それって変態じゃないのか?そんな能力も転生したら身に付けたのか?

 

「モアの神よ、これは敬虔な信徒たる僕に課した試練なのですか?まさか神の加護ですか?」

 

 能力アップは加護だろう、まさか他の女性と添い寝すれば違う効果が有るのだろうか?来年になれば、ニールも側室に迎え入れるから更なる組合せが望める。

 三人一緒が四人一緒に添い寝した場合はどうだ?組合せも多くなるし検証には時間が掛かる、プラスでなくマイナス効果も有るなら調べておかないと不味い。

 

 困ったな、人には相談できない内容だが、ジゼル嬢だけには教えておかないと駄目だろう。新しいギフトって事なのか、そうすると冒険者カードの更新時にバレるのか?

 

「リーンハルト様、風邪をひいたら大変です。早く屋敷の中に入って下さいませ」

 

「そうですわ、バーナム伯爵様が大浴場でお待ちになっております」

 

 ルーシュとソレッタが目の前に立っているのに気付かなかった……

 

 まただ、また熟考してしまった。この考え出すと周囲が見えなくなる癖を何とかしないと駄目だ、周囲への警戒が無くなる。

 

「すまない、魔術師故に考え事をしてしまう悪い癖なんだ」

 

 取り敢えず添い寝の組合せ検証は後回しだ、今は風呂に入って身体を温めよう。本当に風邪をひきそうだ、加護の効果が切れたからだろうか?

 

「あの、リーンハルト様。ドレスアーマーの件ですが……」

 

 ソレッタが遠慮がちに言ってきたが、そんな約束をしたな。ゴーレムクィーンを作る予定だし練習作品として作ってみるか。

 

「ああ、そうだね。後で時間を空けてくれ、二人分なら一時間も掛からないだろう」

 

「有り難う御座います。凄く嬉しいですわ」

 

 元気良く頭を下げる二人も雨に濡れてずぶ濡れだ、早く屋敷に行こう。何故かルーシュとソレッタを従えて屋敷に向かう形となってしまった、今は早く風呂に入る事が大事だよな?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。