古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第445話

 

 今日から三日間は休養日、王宮に出仕しないが予定は詰まっている。

 先ずはバーナム伯爵とライル団長に挨拶だ、イルメラとウィンディアを伴い養子縁組を進めなければならない。

 その後はザスキア公爵とオペラに行って、魔術師ギルド本部でシルギ嬢に王立錬金術研究所の所員の取り纏めの根回し。

 時間が有れば魔法迷宮バンクの攻略をして『治癒の指輪』を集めたい、あれは交渉に有効なアイテムだ。

 女性は勿論、男性だって意中の淑女を口説き落とす時に有効なアイテムだ、貴族ならば誰だって若く美しくいたいだろう。

 

「やる事が多い、だが一ヶ月も王宮に出仕してないから休めないんだよな。仕事は山積みだ、手伝える側近とか探した方が良いのかな?」

 

 結婚式の件、戦争の為の準備の件、王宮図書館の禁書を読んで新しい魔法も探したい。

 それと、素材が揃ったので『ゴーレムクィーン』の錬金だ。彼女を作ればゴーレムシリーズは完了、後は性能向上だけだ。

 

「うにゅ、旦那様」

 

「すうすう、リーンハルトさまぁ」

 

「うーん、リーンハルト君」

 

 どうしてこうなった?

 

 帰宅し全員で夕食を食べた、紅茶を楽しみながら食後のお茶を楽しみ一時間ほど歓談した。

 明日は休みだし何時もより遅くまで寝ていようと九時に起きる事にして一人で風呂に入った、此処までは覚えているし普段と同じだ。

 

 だが疲れたので先にベッドで寝ていたら夜着で枕を抱えた三人が寝室に入って来たんだ。

 アーシャ曰わく、イルメラとウィンディアに寂しい思いをさせてしまった。同じ男性を好きになったが二人の方が先だった、来年側室になるが我慢させるのは忍びない。

 

『故に三人で話し合いまして、添い寝の時は三人一緒にしました』

 

「なんでさ!先に僕に相談してよ」

 

 そう笑顔で告げられた時の僕は、さぞ間抜け面だったろう。

 彼女達はシンプルで真っ白だが肌触りの良い夜着を着ていたが各所の装甲値は最低値だ、風呂上がりなのか良い匂いなのも駄目だ。

 これでは戦場?で敵に位置を知られてしまう、圧倒的に不利な戦力なのに戦場では不敗の僕は即時白旗を上げて完敗した。

 

「何て贅沢、圧倒的じゃないか。僕はアウレール王のハーレムに勝った、世界を手中に収めた気分だ……」

 

 左側にアーシャ、所謂奥様ポジションのこの位置は譲れないらしい。

 右側にイルメラとウィンディアが寝ているのだが腕に抱き付くイルメラと腰に抱き付くウィンディアと密着度が凄い、実際どうなってるんだ?組んず解れつか?

 温かく柔らかく良い匂いが身体を包む、幸せだ……

 

「三人の匂いが混ざると、凶悪な麻薬成分が有るんじゃないか?」

 

 疲れていた筈なのに元気が溢れて、いや溢れ出している。今ならゴーレム軍団を率いて単独でウルム王国を落とせる、転生前みたいに魔導師団が無くても大丈夫だ。

 

 この全知全能感と多幸感って何だろう?今なら何でも出来る気がする。

 

 初めての感覚、麻薬中毒者の多幸感とも違う。自信が満ち溢れている、ウルム王国との戦いに勝つ道筋が何通りも見える。

 

「僕はバーリンゲン王国に対処する筈だ、バーリンゲン王国を単独で占領しちゃって良いのか?いや駄目か、占領政策には人員が足りない」

 

 ウルム王国と開戦しても、バーリンゲン王国はエムデン王国に宣戦布告はせずに国境に軍を展開し圧力を掛けて来るだけだと思っている。

 小国故に戦力の補充が難しいんだ、だから勝てると思わなければ宣戦布告はしないだろう。

 エムデン王国側から宣戦布告をするのは理由が弱い、国境付近とはいえ自国内で軍を展開させただけでは開戦の理由には弱い。

 

「でも勝てる、思考がヤバい位にグルグル回っている。本当に麻薬じゃないよな?」

 

 深く深く匂いを吸い込む、控え目でミルクと柑橘系の匂いで、僕を狂わす魔香を嗅ぎ続ける。

 

「嗚呼、幸せだ……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 爽やかな目覚めだ、身体の芯からスッキリと目覚めた。だが頭の奥の方がジンジンしている、未だ全知全能感と多幸感は継続してるみたいだ?

 

「あれ?僕一人だな」

 

 イルメラ達が居ない、シーツを嗅ぐと仄かに残る匂いと僅かな温もりが居なくなって間もないと分かる。

 ベッドから降りて閉じられたカーテンを開く、気分は高揚しているが逆に天気は雨だった。まぁそんな事も有るよな、天気まで気分で替えられたら神様だよ。

 

「結構強く降ってるな、熟睡していたからなのか分からなかった」

 

 見下ろす庭に設えた噴水には大粒の雨が落ちて波紋を広げている、風が無いので雨音に気付かなかった。

 今日はライル団長と共にバーナム伯爵に昼食に誘われている、面倒事は一緒に済ますって意味だ。

 故にイルメラ達を連れて紹介するのは二回目の実務の打合せの時になる、貴族院への根回しも同時に進行だな。

 戦争が終わって勝利した後ならば、誰にも文句は言わせずに二人を娶る事が出来る。

 アーシャもジゼル嬢も了承済みだから家庭内の問題も無い、悪いがニールは最後になるだろう。彼女の騎士への叙勲は結婚式から帰ったら行う事にする。

 

「雨だからって模擬戦は中止にならないか、頼む側だし仕方無いよな。でもそんなに嫌な気持ちでもないのが不思議だ、逆に模擬戦がしたい」

 

 雨天順延は無い、あの戦闘狂共が雨が降った程度で戦いを諦める事は絶対に無いな。

 

 悪天候の中での戦いか、それも面白いな。足元が泥濘(ぬかるみ)視界も悪い、重量の有るゴーレムの動きには制限が掛かる。

 今回はゴーレムは補助として魔法攻撃をメインに攻撃を組み立てるか、あの伸縮する『自在槍』を使ってみるかな……

 

「失礼します、リーンハルト様。起きていらしたのですね?」

 

 控え目なノックの後にイルメラが部屋に入って来た、もうメイド服は着せられないので装飾は少ないが仕立ての良いドレスを着ている。

 

「おはよう、イルメラ。昨夜は素晴らしい一時だった、爽快な目覚めだよ。今なら何でも出来そうだ、空だって飛べそうだよ」

 

 柔らかい笑みを浮かべている彼女を軽く抱き締める、やはり彼女の匂いは素晴らしい。やる気が百倍だ!

 

「そ、それは良かったです」

 

「ああ、良かったよ。いや今も良いよ、本当に良い」

 

 余りスンスン嗅いでも悪いから身体を離す、本当に良い気分だ。

 

「朝食の用意が出来ております」

 

 真っ赤になって一歩下がったみたいだが、嬉しそうなので気にしない。

 

「ああ、食べて少し休んだらバーナム伯爵の屋敷に出掛けてくるよ」

 

 イルメラに身支度を整えるのを手伝って貰い食堂へと急ぐ、早く用事を済ませてまた匂いを嗅がなければ駄目だから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 馬車の窓に叩き付けられる雨粒の勢いが激しい、本格的に降り始めたか……

 

 流石に出歩く人々や馬車も少ないが、御者は安全運転の為にスピードを落としている。時間に余裕を持って屋敷を出たので遅刻はしない。

 元々同じ貴族街に屋敷が有るので移動時間は少ない、直ぐに到着する。御者と遣り取りをする警備兵は完全装備の上から防水加工をしたマントを羽織っている、だが濡れない訳にはいかず全身ずぶ濡れだ……

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿」

 

「警備ご苦労様です」

 

「はっ!開門、リーンハルト卿をお通ししろ」

 

 窓を開けて声を掛けて労をねぎらう、右手を握り胸に拳を当てて軍隊式敬礼をしてくれた。正門の警備兵でさえレベル20超えの強さを持っている、武の重鎮の屋敷は戦士の集まりだな。

 正門を潜り抜け玄関前に馬車を横付けする、庇が有るので此処で降りれば濡れない。既に連絡が行っていたのだろう、出迎えの使用人が並んでいる。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

「バーナム伯爵が待ち切れずに準備万端ですわ、応接室にてお待ちになっております」

 

「ルーシュ、ソレッタ。それは君達もだな、まるで天上に住まわれるワルキューレだよ」

 

 ドレスの上からライトプレートメイルの上半身部分、それにガントレットにアイアンブーツを装着している。

 

「あ、有り難う御座います」

 

「はしたないと普通は言われるのですが、ワルキューレに例えられるとは思いませんでしたわ」

 

「む、そうかい?似合ってはいるが少しアンバランスだな、ドレスアーマーなら錬金出来るから後で用意しよう」

 

 今日は気分が良い、この幸せ感を周囲にもお裾分けしたい気持ちに溢れている。

 ドレスアーマーはゴーレムクィーンの為に試行錯誤したんだ、強く美しく魅せなければクィーンを名乗れないから造形と装飾には拘ったんだ。

 

「あ、有り難う御座います。凄く嬉しいですわ!」

 

「まさかリーンハルト様謹製の鎧を錬金して頂けるとは感激ですわ、ドレスアーマーとは聞かない名前ですが……」

 

 流石は武器大好き防具大好きなバーナム伯爵一族だな、食い付き方が違う。しかしドレスアーマーは一般的じゃないのか三百年で廃れたのか?

 

「強く美しく魅せなければ駄目なんだよ、僕のクィーンはね」

 

「く、クィーンですか?」

 

「リーンハルト様のクィーン?それはつまり第一夫人の事では……」

 

「遅い、遅いぞ。玄関から入る迄に何をやっているんだ?」

 

 ルーシュとソレッタが挙動不審でブツブツ何か言っている所に、バーナム伯爵が乱入して来た。この武人は辛抱とか我慢が出来ない、応接室での待てが出来ないんだ。

 今ならば気持ちは分かる、楽しい事が待てないんだ。そんなバーナム伯爵の気持ちに応えよう、今日は幸せを誰かと分かち合いたいんだ。

 

「これはバーナム伯爵、本日はお招き頂き有り難う御座います」

 

 貴族的礼節に則り一礼する、笑顔を添えるのを忘れない。後ろに並ぶメイド達が真っ赤になったり目を逸らされたりした、あのメイド服は良いな。

 デザインも落ち着いていて慎み深い、是非イルメラとウィンディアに着せたい、着せて見たい。

 

「お、おう。雨の中訪ねて貰い悪かったな」

 

 模擬戦に勝ったらメイド服を二着貰おう。くふふ、楽しみだ。内緒で着て貰って一緒にお茶を飲もう、ばれなければ大丈夫、たしか兄弟戦士曰くコスチュームプレイ?

 

 もう待てないし早く模擬戦を始めよう。

 

「構いませんよ、悪天候での模擬戦は初めてですが得る物も多い筈です。ささ、練兵場に行きましょう!」

 

「お前、大丈夫か?その怖い笑みを止めろ、あと何か良からぬ雰囲気を垂れ流しているぞ」

 

 そのドン引きな顔は何ですか?エムデン王国の武の重鎮なのに未成年者相手に腰が引けては大問題ですよ?

 

「ウルム王国との戦争に備えて悪天候での戦闘の練習をしたいのです、エムデン王国最狂のバーナム伯爵ならば相手にとって不足無し。

彼等は僕の幸せの為に沈んで貰います、邪魔者は悉(ことごと)く滅べば良いんですよ」

 

 流石に現段階でバーリンゲン王国と戦うとは言えない、未だ秘密だ。今は友好国だし王族の結婚式にも呼ばれている、丁度良いから潜入捜査をしよう。

 

「やる気が有るのは嬉しいのだが未だライル団長が来ていないぞ、少し待つか?」

 

 戦闘狂なのに待つだって?待てが出来る訳ないでしょ?

 

「ライル団長とも模擬戦をしますから大丈夫ですよ、早く練兵場に行きましょう。ルーシュ、ソレッタ、案内を頼む」

 

 脇に控える彼女達に案内を頼む、武装してるからには彼女達も戦いたいのだろう。

 

「おいおい、今日のリーンハルト殿は少しばかり変だぞ。そんなに戦闘狂じゃなかった筈だが、妙に積極的だな」

 

「ふふふ、変ですか?普段と同じだと思いますよ、ただ昨夜から機嫌が良かっただけです」

 

 彼女達の案内で見事な庭を潰して作った練兵場に向かう、雨は更に強くなり風も出て来たか……

 実戦を想定した模擬戦だから悪天候なほど良い訓練が出来る、悪くない。

 

「くはは、天が荒れ狂うか!楽しくなりそうですね、バーナム伯爵」

 

「いや、俺はお前が怖いぞ。不安で胸が一杯なんだが……」

 

 羽織っていた魔術師のローブを脱ぎ捨てる、歩きながらハーフプレートメイルを錬金し空間創造からカッカラを取り出す。

 雨粒が顔に当たり髪が濡れるのが気持ち良い、高揚した身体を冷やしてくれるみたいだ。

 だが身体の奥から湧き上がる情熱は消せないぜ!

 

「では模擬戦を始めましょう、ルールは何時もと同じ。手加減無しの配慮有り、僕はゴーレムは使いません。今回は魔法攻撃にてお相手します!」

 

「いや、やっぱり変だぞ。少し休もうぜ、エロールを呼ぶから体調を診てもらえよ」

 

 僕は正常ですよ、何を四の五の言ってるんだか……

 

「問答無用、逝きます!」

 

「聞け、俺の話を!」

 

 バーナム伯爵、悪いが考えている新しい魔法の実験台をお願いします!

 


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