『リーンハルト卿、大変名誉な事ですな。産まれてきた王女の後見人など中々出来る事では有りませんぞ!』
笑える、本気で名誉な事とか思ってないだろう?笑顔の下の優越感が隠し切れてないですよ。
『素晴らしい功績を讃えて、アウレール王が後見人にと見込んでくれたのですな。いやはや羨ましい限りですぞ』
なら何故嬉しそうに笑っている、本当に羨ましいのなら他の側室の後見人に推薦してあげましょうか?
『いくらアウレール王から後見人へと言われたからと言って、パミュラス様に不埒な真似は許しませんぞ!』
許す許さない以前に、貴方は許せる立場なのですか?全く無関係なのに、上から目線で僕が不埒な真似をする事が前提で話し掛けないで下さい。
『全くアウレール王にも困ったものですな、リーンハルト卿も言いなりでは駄目ですぞ!』
疑心暗鬼を植え付けるにしては稚拙ですよ。言いなりとか事前の打合せ通りなんです、感謝してるんですよ。
困ったな、そろそろ笑いが抑えられない。道化が多過ぎるぞ、僕は官吏達からは本当に嫌われているんだな。
『リーンハルト卿からパミュラス様に取りなしをお願い出来ないでしょうか?』
おぃおぃ、僕がパミュラス様に取り入る前提で話を進めないで下さい。そうやって事実をねじ曲げる噂を広めるつもりですか?
僕はパミュラス様とは直接会う事も無いし、自分から何かを頼む事は何も無いんです。
駄目だ、無言で無表情を続ける事が出来ない。そろそろ限界だ、もう無理……
◇◇◇◇◇◇
「くっくっく、全くもって呆れてしまう。あはは、あはははっ!もう駄目だ、初めて話す官吏達の殆どが……呆れて、もう……あはははっ!」
何とか無表情を貫き通して自分の執務室まで到着、心配し過ぎなオリビア達との会話もそこそこに執務室の奥にある寝室のベッドに飛び込んで、枕に顔を押し付けて笑い出す。
「やばい、呼吸困難になりそう。分かっていたけど酷過ぎる、そんなに僕が苦労するのが嬉しいのか?あの優越感に浸った顔は忘れられない、無表情なのは悔しさを耐えてるとか誤解したよな?したよな?」
意地の悪い笑いは久し振りだが、人間って腹の底から笑う事はストレス解消に効果的だと聞いた。最近は家族と親戚関係で悩みがちだったので、良い気分転換になったな。
「くっくっく、あははは!」
駄目だ、思い出すと笑いが込み上げてきて止まらない。腹筋が痛くなってきた。
『あの、リーンハルト様。大丈夫でしょうか?』
控え目なノックと心配してくれているのが分かる言葉、先程の連中とは天と地程の差が有る。
オリビア達もアウレール王の発表を知っているんだ、知っていて僕が無表情で言葉少なく寝室に籠もれば心配もするか……
呼吸を整えて身嗜みをチェックしてから扉を開ける、心配そうなオリビアが両手を祈る様にして立っている。
不謹慎だが本気で心配された事が嬉しくて堪らない、先程の連中と差が有り過ぎるんだ。
「リーンハルト様、泣いていらしたのですね。悔しかったのですね、悲しかったのですね。ぐすっ……」
しまった、笑い過ぎると涙が出るんだよ。嬉し泣き?いや違うだろ、じゃあ何だ?
「か、勘違いしないで下さい。この涙は笑い過ぎた所為です、悔しくも悲しくもないですから」
「笑い過ぎ、ですか?」
オリビアはイルメラに似ている、彼女は僕の為に本気で怒り悲しみ喜んでくれる。素直な感情表現が嬉しくて堪らないんだ。
取り敢えず両目に涙を溜めて見上げてくれる彼女にハンカチを渡す、涙を拭いてくれたらソファーに座らせて落ち着かせる事にした。
様子を窺っていたイーリンが紅茶を用意してくれたので、侍女全員を呼んで五人全員分を追加で頼んだ。これは簡単に事情を説明し口止めしないと駄目だな。
「落ち着いたかい?僕が寝室に籠もったのは悲しくてじゃないよ、可笑しいから笑い声を聞かせない為に籠もったんだ」
「可笑しい、ですか?でもリーンハルト様はアウレール王から無関係な方の後見人という負担を負わされたのですよね?」
イーリンとセシリアは気付いている、ロッテとハンナは微妙だな。オリビアだけが完全に裏に気付かずに、僕の事を心配してくれたんだ。
「そう、事前の打合せ通りにだ。連続して王命を達成する僕を良く思わない連中が居る、本来なら僕が手間隙惜しまず対処する問題だ。それには膨大な時間と金と労力が要る」
此処で言葉を止めて五人を順番に見る、イーリンとセシリアは悪い笑みを浮かべ、ロッテとハンナは理解して頷き、オリビアは信じられない顔をした。
「そうだよ、アウレール王とリズリット王妃と裏取引をしたんだ。僕の不遇に喜んだ連中が上から目線で同情してくれたよ、道化(どうけ)って言葉をわが身で理解した」
ニヤリと笑ってみせる、実際は裏取引じゃなくてリズリット王妃の提案だ、だが仕えし王と王妃に甘える訳にも泥を塗る訳にもいかない。
「手間隙掛けて自ら対処しなければならない事を金を払うだけで終わらせられた、しかもアウレール王の寵姫と御子に恩まで売れる。
年間金貨六万枚?煩わしさを考えれば安いものだ、これから戦争になるんだよ。派閥争いや出世争いみたいな馬鹿騒ぎに付き合ってられない」
どうせ戦争に勝ち続ければ排除出来る程度の連中だ、開戦まで大人しくしてくれるだけで良い。顔と名前は覚えたし、亡国の危機に味方の足を引っ張るなら蹴り飛ばせば良い。
「リーンハルト様も悪どくなりましたわ、魔法に対して純粋だった可愛らしい少年が王宮内の政争に余裕を持って挑める様になるなんて……」
可愛らしいって何だ?
「その愚かしい殿方の名前を教えて下さい、仲良しの友人達と情報を集めますわ。皆さん、リーンハルト様との二回目のお茶会を楽しみにしています」
「わ、私もお父様に働き掛けて無所属の官吏達の掌握を急がせます!」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
勢い良く迫って来たオリビアの勢いに負けて頷くしか出来なかった、それにセシリアの仲良しグループの件にロッテとハンナが顔をしかめた。
王宮内の二大仲良しグループ、僕は派閥に煩く拘る方だから両方と仲良くしないと思っている。
だからロッテとハンナは自分達の仲良しグループとのお茶会には呼べなくなった事を悔やんだ、ジロリと若手侍女を睨む。
「そういう理由だから心配しなくて大丈夫だ、パミュラス様には悪いが割り切った関係になる。だが後見人の義務は果たすよ、先ずは出産祝いだな」
祝いの言葉を認めた親書を添えた祝い金に、昨日の内にライラック商会に頼んだ御子様の服や玩具も山の様に一緒に贈る手配は済んでいる。
発表された後に待機させていた物を直ぐに贈った、事前に知らされていたので一番最初だろう。一番に贈る事、これも後見人の責務だ。
実はレジスラル女官長に相談して頼んでおいた、大量の贈り物など下心が満載だと思われたくないから……
◇◇◇◇◇◇
「パミュラス様、リーンハルト卿から祝いの親書と祝い金、それに大量の贈り物が届きましたわ」
「大量の玩具にお洋服ですわ、どれも素敵なデザインに素晴らしい手触りです」
アウレール王が我が子の事を発表し皆に祝福されて部屋に戻れば、部屋の半分を埋め尽くすお祝いの品々。
これが一人の後見人が贈ってくれた物、私を訪ねて祝いの言葉を贈る人達も驚くわ。私達は見栄を張らなければならない生き物だから、正直に嬉しい。
御子を産んでも祝いの品が少ないなど、私の見栄と面子に関わる問題だったから。
二番目にリズリットお姉様からも贈り物が届いた、その後に実家からも……
「パミュラス様、贈り物の置き場が足りなくなりますわ」
「どうしましょう?別室を用意させましょうか?」
嬉しい悲鳴を上げている侍女達を見ながら我が子を撫でる、リーンハルト卿は私達には無関心かと思ったのに最上級の気遣いをしてくれるわ。
これが我が子よりもアウレール王に大切にされる実力なのね、確かに彼の庇護下に居れば安心出来る。今迄が心細かった、不安だった。
でも今はエムデン王国でも有数の実力者が味方になってくれたわ、正確には味方ではないのかも知れないけど……
「パミュラス様、コッペリス様がお祝いにいらっしゃいました」
「まぁコッペリス様が?」
同じ時期に側室に迎えられた年上のコッペリス様は私の苦手とする女性、エムデン王国のグンター侯爵の四女。
エムデン王国の侯爵七家という確かな権力を後見人に持つ、私より遥かに恵まれた側室。私が身ごもってから暫く疎遠だったのに、今になってお祝い?
「パミュラス、元気そうね。おめでとう、元気な子供みたいね?」
「有り難う御座いますわ、コッペリス様」
砕けた口調に奔放な態度、強気な性格に合ったキツめの美女。身体のメリハリがハッキリとした妖艶な美女、そしてバイオリンの腕が素晴らしい才女。
他の側室達を見た目だけの中身が空の張りぼてと言い切る彼女は、確かに有能なのでしょう。
ソファーを勧めて暫くは雑談に花を咲かせる、彼女はアウレール王に対しても興味が薄い。実家の為に側室になったと公言する無所属派の一人、私はリズリット王妃派。
苦手意識は有りますが友人の一人でも有ります、久し振りの会話は楽しかったのだけれど……
「貴女の後見人のリーンハルト卿だけど、紹介してくれない?ロンメール様が認める程のバイオリンの演奏を聞いてみたいのよ、駄目かしら?」
「それは……」
言葉に詰まる、言葉通りにバイオリンの演奏が聞きたいだけなのかしら?それとも他に目的が有るのかしら?
言葉が詰まっている時に部屋の隅を見ていた、大量の贈り物は多くの人達が私達を祝福してくれた証拠。実際は三人からだけど、言わなければ分からないわ。
「凄い贈り物よね、アウレール王が公表してから一時間も経ってないのよ。貴女と会ったのが昨日、そして半日で手配し実行出来る……あの男は貴女では持て余すわよ?」
やはり貴女が気に入ってしまったのね、アウレール王にすら自分には釣り合わないと思っている貴女に興味を持たれるなんて……
「コッペリス様、それは余りに失礼なお言葉ですわ!」
「リーンハルト卿はアウレール王から直々に、パミュラス様の後見人にと指名された殿方です!」
侍女達の抗議にも聞く耳を持たず、優雅に出された紅茶を飲んでいるわ。
「知ってるわよ、何故かの理由は大体分かるけどね。ギブ&テイクかしら?」
「その様な事実は有りませんわ。リズリットお姉様が、リーンハルト卿にお願いをしてくれたのです」
正確に事情を知られたわ、確かにギブ&テイクよ。ただ対象が私ではなくアウレール王とリーンハルト卿のだけれど……
「近々だけど大々的に後宮の整理が始まるわ、同期の貴女が子を産んだのに私は無理っぽいわ。
だからお里下がりを希望したのよ、実家に金銭付きで返されて誰かと再婚させられるわね。だからね、私をリーンハルト卿に引き取って貰いたいのよ。王の寵姫を下賜されるのは名誉な事よね?
実家もね、馬鹿やってリーンハルト卿とは敵対関係みたいなのよ。馬鹿過ぎて困ったわ」
あっけらかんと凄い事を言ったわ、確かに私達を臣下に下賜される事も有るわ。
名誉な事らしく王の寵愛が無くなったお下がりでも喜ぶ連中は多い、私は御子を産んだから問題は無いけど他の方は違うわ。
「リーンハルト卿は来年成人式を迎える十四歳よ、貴女とは一回りも違うのよ!幾ら何でも無理でしょう?」
一切の政略結婚を拒み今の立場には釣り合わない男爵令嬢を本妻にと固執するのよ、アウレール王すら彼の気持ちを汲んで婚姻を認めた相思相愛に割り込む事を勧めるのは不可能だと思うわ。
「適当な貴族の後妻や側室なんて嫌、一回は実家の為に結婚したのよ。二回目は自分の好きな所に嫁ぎたいじゃない、お願い」
アウレール王の側室になったのは自分の意志じゃないのは私も同じだけど、二回目は好きな人じゃなくて好きな所って……
そんなに拝まれて片目を瞑られても無理よ、実際に私からリーンハルト卿へのお願いはレジスラル女官長を通すのだから。
この苦手で強引な友人の願いをどうやって諦めさせたら良いのだろう?侍女達に視線を送るも困った顔しかしないし、私だって困りますわ。