古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第440話

 お祖父様を無事に自分の派閥に迎える事が出来た、これでインゴの事を含めて親族絡みは一段落だ。

 ミュレージュ様との模擬戦は五十点だな、王族に気を使われての勝利など後味が悪い。此方は詫び状という親書を書いて送る事にする、フォローは必要だろう。

 この一ヶ月を利用して地盤固めを進める。

 

 一つ目は王立錬金術研究所に行ってシルギ嬢を所員の中核に据える根回し。僕が上から命令するよりは、自然に人望を集めて纏まって欲しい。

 

 二つ目はイルメラとウィンディアの養子縁組の件。下話は付いているとはいえ、バーナム伯爵とライル団長に直接会って頭を下げて頼む必要が有る。

 

 三つ目以降は受け身だな、レジスラル女官長のマナー教育。舞踏会やお茶会に参加しての人脈作り、オリビアの実家の食事会を通じての下級官吏の取り込み。

 

 戦争の準備もそうだし、やる事が一杯有るんだよ!

 

「それで?僕の執務室に突撃してきた理由は何ですか?」

 

 休日を返上して王宮に出仕していた僕の執務室に突撃して来た、予想外の二人組を見る。

 壁際に控える、ロッテとハンナが苦笑いを浮かべている。お茶を出しても良いか判断に困るのだろう、僕も百パーセント面倒事だと分かるから困る。

 

「いや、そのだな……」

 

 貴方はハイゼルン砦に居る筈だぞ、何故に王宮に居る?

 

「血迷って、ウェラー嬢との交際を認めて欲しいのなら相談する相手が違いますよ。今なら半殺しで許してあげます、それがユリエル殿との約束ですから」

 

 ジロリと不審者を見上げる、散々苛められていたフレイナル殿が不機嫌なウェラー嬢を伴い訪ねて来た。

 容赦の無い罵詈雑言を浴びせられているのに彼女を選ぶとか血迷ったのか?この幼女愛好者の変態性欲者め!

 

 それと本来ならハイゼルン砦に居なきゃ駄目だろ、勝手に王都に戻って来るな!

 

「違う!違うぞ、酷い誤解だぞ。ウェラー嬢だけでは、王宮に居るリーンハルト殿に会えないから同伴したんだ。俺だってユリエル様に殺されたくない!」

 

 む、どうやら誤解だったのか?だがフレイナル殿のローブの端を摘まんで不機嫌そうに並んで立たれても判断に困る。

 どう見ても不甲斐ないフレイナル殿の態度に不機嫌さを表している感じだぞ。ユリエル殿とアンドレアル殿なら家格は釣り合うな、属性違いも何とかなるか?

 

「僕も忙しいのですが、訪問の理由を教えて下さい」

 

 机の上に日々溜まる手紙の返事を書かないと駄目なんだ、エルナ嬢に頼んだアルノルト子爵の催しへの参加の返事の親書は何とか止めた。

 後は僕からお断りの返事を早急に送る事が重要なんだ!

 

「ほら、ウェラー。頼みが有るんだろ?」

 

 後ろに隠れていた彼女の両肩に手を添えて押し出した、本当に結婚を認めてくれじゃないんだよね?ウェラー嬢の顔は真っ赤で、涙を溜めてプルプルしている。

 

「お……おね……おね、その……ああ、もう!」

 

「おねその?何ですか?」

 

 何かを言おうとしてるのは分かる、だが何を言いたいのかは分からない?彼女に絡まれる事はしてないぞ。

 

「もう!リーンハルトさまの、ばかぁ!」

 

 おお、年下の女の子に罵倒されたのは初めてだ。これが御褒美なセイン殿とは、感性が合わないな……

 

「お、おい!ウェラー……行っちまったな」

 

 思いっきり叫んでから部屋から飛び出して行った、無闇に王宮内を走り回ると大変だぞ。

 宮廷魔術師の実子でも機密溢れる王宮内を勝手に動き回れば捕まる。僕を罵倒して飛び出して行ったが、探すのはフレイナル殿だよな?

 ボケッとしながら彼女が飛び出して行った扉を見詰めている、悪いが発破を掛けよう。

 

「ボケッとしてないで追いなさい!早く捕まえないと、王宮内で鬼ごっこでもするつもりですか?」

 

「うぇ?いや、怒鳴られたのは俺じゃないぞ」

 

 お互いに責任逃れをしたがったが、悪いが僕は上司だ。視線で勝手に王宮に連れて来たフレイナル殿が責任を持って探し出して下さいと伝える。

 情けない顔を見せた後で追い掛けて行った、全くお互いに何をしてるんだか……

 

「宜しかったのですか?」

 

「ウェラー様は『土石流』の二つ名を持つ幼いながらも凄腕の魔術師と聞いています、フレイナル様で捕まえられるのでしょうか?」

 

 最下位とはいえ現役宮廷魔術師のフレイナル殿の信用度が低い、色んな意味で有名とはいえ少女に負けると思われているぞ。

 だが余程の事が無ければ大丈夫だろ?仮にも現役宮廷魔術師の第十二席だぞ、未成年の少女に負ける事は無いよな?

 

「僕よりも長い付き合いだし大丈夫だと思うよ、ああ見えて二人の絆は僕より強いんだ」

 

 今日で会うのが三回目の僕なんかより、幼少の頃から付き合いが有るフレイナル殿の方が彼女を理解している。

 その彼がわざわざ王宮に連れて来たって事は、僕にしか出来ない事を頼みに来たんだ。

 

「だから戻って来る前に急ぎの仕事を終わらせないとね」

 

 開いたままの扉から賑やかな声(男の悲鳴)が聞こえて来る、どうやらフレイナル殿は返り討ちに合ったみたいだな。何をやっているんだか……

 

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

 

「多分ね、少女に負ける宮廷魔術師など居ない……と思うんだ。本気になればフレイナル殿はやれる男だよ?」

 

 ハンナの心配そうな言葉に手紙を書く手が止まる、多分大丈夫だよな?僕等は魔術師の頂点たる宮廷魔術師だぞ、負ければ大恥だし最悪は降格?

 席次は最下位だから、これ以上の降格は無いか。

 

「年下の女の子に負けるなよ、フレイナル殿。いや本当に頼むから……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王宮内の鬼ごっこは一時間に及んだ、流石に心配になって来た頃に漸く捕まったみたいだ。

 現役宮廷魔術師本人と、その令嬢が起こした騒ぎは練兵場での勝負にまで縺(もつ)れ込んだ。

 今回はフレイナル殿が勝利し、無事にウェラー嬢を捕まえた訳だな。苦情は僕には来てないが、二人の保護者には行っただろう。

 

「リーンハルト殿、待たせた」

 

「いやよ、放してよ。痴漢、強姦魔、女の敵!」

 

 ああ、両頬の引っ掻き傷が生々しいな。後ろからお腹に手を回して抱き締めて確保しているが、バタバタしている足が容赦無くフレイナル殿の足を蹴る。

 だが事情を知らない者が見れば幼気(いたいけ)な少女を誘拐する性犯罪者にしか見えない。

 

「ウェラー嬢?話が有るのなら聞くが、僕も忙しい身なので早く話して欲しい」

 

 招待された結婚式の出席だって何もせずに出掛けられる訳じゃない、一応対等な付き合いをしている国だって準備は必要なんだ。

 ロンメール様とキュラリス様も同行するのだから、身の回りの世話をする女官長と護衛の担当責任者から計画書の案が提出されている。

 同行する臣下の最上位は僕だから、警備の責任者は僕になる。その下に護衛部隊・女官達が入り上級官吏達は大臣の担当になる。

 

 本来女官達の監督は別なのだが、王族の護衛に彼女達の協力と調整は必須。命令系統を一本化しないと問題になるので、レジスラル女官長に計画書の提出をお願いした。

 要は王族達のお世話を担う彼女達の予定に合わせて警備する必要が有るので、其方の計画行動に合わせて警備計画をするとお願いしたんだ。

 大臣と上級官吏達からは逐次指示すると計画書の提出は拒否られた、なので全体的な警備の他に彼等専属の警備を用意して後はお任せにした。

 

 この辺は時代が変われど同じだ、武官と文官の仲は悪くて何時の時代もどちらが上かで揉めるんだ。

 結局好き勝手やられて警備に支障が出ると、責任を擦り付けてくる。

 だから事前に合同協議をレジスラル女官長と担当の大臣と上級官吏に申し入れている、言質と責任区分は話しておく。

 何か被害が有れば結局は警備側の責任だが、リスクは減らしておきたい。

 

 ゴーレム使いの僕には不要だが、ロンメール様夫妻の他に上級官吏達も同行するので大所帯になるな……

 下級官吏達の懐柔が未だなので妨害されても良い様に早めに行動する必要が有る。

 

「その、伸び悩んでいますの」

 

 あざとい、左右の人差し指を胸の前でツンツンしながら頬を赤くしている。少し横を向くのも、目が潤んでいるのも計算尽くか?

 

「それほど低い身長ではないと思いますよ、小魚や乳製品を多く食べると背が伸び易いと聞いています。あとは適度な運動かな?」

 

 低い身長にコンプレックスを持つ僕への嫌みか?確かに162㎝は同世代では低いが、僕は未だ成長期だ。逆転の可能性だって……

 

「違います!魔法です、ま・ほ・う。そんな事では有りません!」

 

 うん、全力で否定された。自分のコンプレックスをそんな事って言われたが、身長が低いのって結構悲しいんだぞ。

 舞踏会のダンスの時は踵(かかと)を3㎝程高くして165㎝にしてるんだ!

 ダンスパートナーより低いのは、お互いに気まずいんだぞ!

 フレイナル殿は身長170㎝以上有るから余裕の笑みだ、微笑ましいとか思ってるのか?

 

「魔法ですか、僕の所に来たのなら土属性魔法を覚えたいのですか?」

 

 水属性メインで土属性も持つウェラー嬢だ、未だ十二歳だが宮廷魔術師団員の上位と同等の力が有る。

 少し黙り込んだタイミングを見計らい、ハンナが紅茶を配る。ウェラー嬢みたいなタイプは急かしても中々話さない、自分から話し出すのを待つ方が一番良いのだが……

 

「ほら、言っちまえよ。山嵐とその派生系の魔法を教えて欲しいってさ、早く話して楽になれよ」

 

「この、おばかぁ!」

 

 急かした上に相談内容まで言ってしまったフレイナル殿の右頬に、見事な麻痺毒付加のパンチが決まる。

 哀れフレイナル殿はソファーの背もたれに仰け反る形で麻痺した、時々だがビクビク動いて気持ち悪い。

 流石は毒特化魔術師、彼女の能力は僕の下位互換の魔術師だよな。山嵐を覚えたいのは直接的な攻撃力の強化か?

 いや、伸び悩んでいると言ったのは基礎の向上か技術の習熟か?

 

「山嵐は牽制用の中級魔法、派生系は魔術構成を理解した上でのオリジナルな部分が多いので……」

 

 前に誰かから聞いたが、山嵐は土属性魔術師の切り札的な上級魔法だと言っていた。今の時代の山嵐って、どんな風に伝わっているのだろう?

 バルバドス師は使わなかったし、所蔵している魔導書にも書かれていなかった。

 だがオリジナルな部分を教えて欲しいとは少し強欲だぞ、魔術師は自分の知識は財産だから簡単に他人には教えない。

 

「ち、違います!オリジナルの派生系を教えて欲しいなど、私は恥知らずでは有りません!私の教わった山嵐との違いが知りたかったのです」

 

 慌てて否定した、血縁でも子弟関係でも無いのに教えるって思われるのは酷い誤解だし魔術師の常識を疑われる。

 フレイナル殿は何をもって僕に魔法を教えろと言ったんだろうか?

 

「違い、ですか?」

 

 ウェラー嬢は現代版の山嵐を使えるのか、実際に見せて貰えば違いが分かるな。僕も高位の土属性魔術師はバルバドス師しか知らないし、お互いに利益が有るし協力するか。

 

「悔しいですが今の私では、リーンハルト様には敵わない事は理解しました。でも同じ魔法で全然効果が違う事に納得出来ないのです!」

 

 本心からの叫びか、僕の山嵐は古代の魔術師達が使用していた物だ。劣化した現代版との違いに、僕と自分との能力差を思い知らされたのかな?

 

「いいでしょう、練兵場に行きましょう。ハンナ、フレイナル殿は少し此処で休ませておいて下さい」

 

 ウェラー嬢が解毒しないのは自分が教えを請う場面を見られたくないのだろう、フレイナル殿には悪いが少し寝てて下さい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 練兵場にやって来た、隅の方で数人の宮廷魔術師団員が鍛錬をしている。直径2mの水球を浮かべて制御と持続力を鍛えているみたいだ。

 今日はラミュール殿が指導をしているな、彼女は治癒系に重きを置いているが攻撃用の魔法が苦手な訳じゃない。

 だが回復魔法が得意なだけあり、毒とかは使わないみたいだ。性格的にもウェラー嬢とは合わないから教えは請えないか……

 

 此方に気付いたので軽く手を振って挨拶する、一時期ハイゼルン砦で一緒だったので一応は信用された。

 

「ウェラー嬢の山嵐を使って見せて下さい」

 

「私の?変な言い回しですわね、習熟度が段違いだけど同じでしょ?」

 

 言い回しが変だったのか首を傾げられた、三百年の違いは山嵐をどう進化させたのか気になる。

 ウェラー嬢が腰に差していた金属製のロッドを抜いた、先端に青い魔石が嵌め込まれているな。

 

「大地より生えろ、断罪の剣……山嵐!」

 

 詠唱は近いかな、まぁアレンジの自由な部分だから違っていても問題無いか……

 

 ロッドを振り上げるタイミングに合わせて槍が生える、練兵場の地面に働き掛けて表層の土を槍に錬金して生やした。

 範囲は5m四方、生やした槍は二十本で五列四本と並びは均等だ。

 

 だがコレって、この魔法って……

 

「どう?全力で行ったのよ、どうかな?」

 

 ウェラー嬢が探る様に聞いて来たのは、僕が模擬戦で見せた山嵐と大分違うからだ。

 確かに山嵐は槍を大地から生やすだけ、そこから先はオリジナルの派生系だ。触手みたいに動かしたり纏めて強度を増したりと、色々と使い道が有る。

 

「うーん、その魔法は山嵐じゃないよ。山嵐は地中に株を作り其処から生やすんだ、大地の表層を錬金して槍を生やすのとは違う。それは『剣山』とか『針千本』とか呼ばれる魔法だね」

 

 一見同じに見えるけど、地面の表層を錬金して槍に作り替えただけだから派生系は生まれない。

 あくまでも地中に作った株の魔力を使い伸ばしたり数を増やしたりするんだ、これは単発の下級攻撃呪文でしかない。

 

「え?違うの?違う魔法なの?だって、馬鹿高い魔導書を買って漸く覚えた魔法なのに、お小遣いを全部注ぎ込んだのに……」

 

 え?泣きながら膝を付いたけど、僕が泣かせたみたいになってる。誤解を生むから泣き止んで下さい、お願いしますから!

 

 


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