古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第438話

 セシリアに頼んでいた三通の報告書を読んだ、王立錬金術研究所の所員の纏め役と期待したマーリカ嬢に疑惑が生まれた。

 母上を蔑(ないがし)ろにしていた、お祖父様について色々と考えさせられた。私的な恨みの所為で判断が曇っていた。

 お祖父様の立場に立って考えれば、平民の母上と強引に結婚し家を飛び出した父上にも責任が有ったんだ。

 経済状況が悪い領地も元は農作物の不作や疫病の対応で借金が膨らんだだけだ、私利私欲で領民を虐げてはいない。

 その点もセシリアの報告書には添え書きがしてあった、領主として然るべき対応だったと……

 

 だが経済状況の回復の為の手段が裏目に出ている気がする、借金も何とか肩代わり出来る。

 親族間の不和は敵対勢力から突け込まれる原因となるし改善は出来る。

 

 だが……アルノルト子爵家は駄目だな、駄目駄目だな。

 

「典型的な破滅型の貴族だな、領地経営は代官任せ。税率は四割、借金が総額金貨二十一万枚?」

 

 アルノルト子爵は領地経営に興味が無く全て代官任せ、年間金貨七万枚を納めさせてはいる。

 足りない分は単純に臨時増税だ、事業に力を入れるとかはしない。

 アルノルト子爵の領地で商売をするにも商品に高い関税を掛けるから商人が集まらない、人や物の流通が鈍るから経済が回らない。

 主な産業は農業と鉱山からの鉄鉱石の輸出、だが採掘費用を安く抑える為に領民を低賃金で強制的に働かせている。

 クリストハルト侯爵よりはマシだが、かなり領民に負担を掛ける酷い状況だ。

 三つ有った鉄鉱石の鉱脈も掘り尽くして今は一つしか残っていない、小規模とはいえ戦略物資の鉄鉱石の鉱山を任されているのに酷い。

 借金も累積だ、収入以上に支出が多い。主に豪遊費だな、見栄を張る為なのか色々と散財している。

 グレース嬢の浪費癖も凄いな、毎月金貨五百枚以上もマテリアル商会から買っているが全額は払ってない。

 ドレスや貴金属に化粧品等と、婚約者が居ないので結婚相手を探す為に多くの舞踏会に出ている。

 その為のお洒落で散財か、だが僕と不仲の噂が広まっているので中々相手が居ないし見付からない。彼女と婚約する事は自動的に僕と敵対すると思われているから。

 

 そして色々と足りない分をマテリアル商会から毎年借りているが、借金返済は当然だが滞りがちだ。

 ここもマテリアル商会から借金をしている、クリストハルト侯爵の時もだが経済状態の悪い貴族ばかりで大丈夫なのか?

 御家取り潰しの場合は借金は踏み倒される、誰も肩代わりはしてくれないし支払い能力なんてない。

 領地は没収、手元に残されるのは屋敷位だが売った金を持って逃げるだろうな……

 

「アルノルト子爵は今迄通り距離を置いて無視だな、酷い状態だし巻き込まれるのを防ぐしかない」

 

「バニシード公爵の派閥に引き込まれつつ有ります、敵対貴族の派閥構成員となれば切り捨てで良いと思いますわ」

 

 つまりグレース嬢のお相手はバニシード公爵の縁者って事だな、フレデリック殿の婚約者も同じだが。実子が二人も血縁関係を結べば、確実に派閥に取り込まれる。

 

 セシリアの一言で腹を括った、父上とエルナ嬢には親書で伝えておこう。家族だからと頼って来ても突き放す様に頼むしかない、肉親の情に縋られても困る。

 セシリアに礼を言って何か希望が有れば(常識の範囲で)叶えると言ったが、少し考えますと答えを濁された。

 

 少しだけ希望を聞くのが怖くなったのは内緒だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 気分転換に練兵場に向かう、配下の宮廷魔導師団員は未だニーレンス公爵領に留まって居ない。

 気紛れと言うかユリエル殿に頼まれた、カーム殿達の鍛錬でも確認しようと思った行動だった。

 だがカーム殿達は居なかった……行動予定を確認しなかった、後悔は先に立たないと言う諺(ことわざ)が身に染みる。

 

「流石はリーンハルト殿ですね、常に鍛錬を欠かさないとは感心します!」

 

 練兵場に入って直ぐに背後から声を掛けられた、途中で気配に気付いたが逃げる訳にもいかない。

 

「近衛騎士団のミュレージュ様が、此方の練兵場に来ているとは驚きです」

 

 煌びやかな服から近衛騎士団員の正式鎧に身を包み、満面の笑みを浮かべて槍を担いで完全装備だぞ。

 近衛騎士団の専用練兵場は別に有るので、本当に偶然なのか疑わしいが諦めるしかない。だが話の流れと格好を見て模擬戦は避けられない。

 

「ミュレージュ様、久し振りに手合わせをお願いします」

 

 下手に王族にお願いされるよりは此方から願い出た方が良い、これも王族の気持ちを酌むって事だ。本当に嬉しそうに笑った、大分ストレスが溜まってるな。

 

「望むところです!遠慮は無用、バーナム伯爵ルールで逝きましょう」

 

 『いく』の発音が変じゃなかったか?バーナム伯爵ルールとは制限時間十分、互いに致命傷を負わす攻撃は不可って奴だ。

 後は何をしても無制限、武人達には単純で分かり易い事が受けて定着したらしい……

 

「観客席が騒がしい、未だ模擬戦を始めるって決めて数分だぞ」

 

 練兵場の中央に移動して10mの距離を離れて向かい合う、お互い準備は整い気持ちを高めている。

 

 だが忙しい筈の女官や侍女達が集まって来たのが気になる、華やかだけど何故に模擬戦をヤルと知った?

 ウーノ、君もか?何故にセシリアやイーリンも居るんだ?ラナリアータまで壺を抱えて居るが、それは何処かに運ぶ途中じゃないのか?

 取り敢えず手を振って人気取りだけはしておく、王宮内で彼女達を敵に回す事は出来ない。

 

「盛り上がるし華やかですし、良いではないですか。それに二ヶ月と少しで、どれだけ差が付いたのか確認したいのです!」

 

 槍を両手で持ち、腰の高さで水平に構える。前回はお互い接戦で互角だったが、アウレール王が引き分けと判断して終わったんだ。

 あれから僕はレベル30からレベル50に上がって八割の力を取り戻しているが、ミュレージュ様はどうかな?

 

 アウレール王の八男だが王妃の実子の為に王位継承権は第六位、一歳年上の十五歳にして難関の近衛騎士団に入団した逸材。

 国王の血を引きながら、リズリット王妃の祖国であるマゼンダ王国側の名前を使っている。

 

 ミュレージュ・ド・ガルバンとは、自分は王位継承権争いには参加しないという意志表明なのだ。

 

「ほぅ?楽しそうな事をしているな。よし、俺が審判をしてやろう!」

 

 背後から声を掛けられた、野太く力強い声だ。何とか気配は察知していたが10m以内で漸くだ、実戦なら確実に初撃は食らったな。

 

「ゲルバルド副団長?何時の間に?」

 

 あれ?ミュレージュ様が驚いたのは気配を察知出来なかったのか?

 

 ゲルバルド・カッペル・フォン・フェンダー殿、近衛騎士団副団長にして同じ団員のスカルフィー殿とボームレム殿二人の実父。

 

 親子三人が近衛騎士団員という、超エリート一家だ。そして背後に近付かれたのに10m迄は全く気配が無かった、毎回そうだが凄い隠密性能だ。

 これだけの技術を持ちながら突撃大好きな超脳筋戦闘民族だ、バーナム伯爵やデオドラ男爵と同類だな。

 

「バーナム伯爵ルールで逝くぞ、始めろ!」

 

 早い、そして行くじゃなく逝くって言ったな!

 

 不意打ち気味な開始の合図だが、僕もミュレージュ様も準備万端で反応した。

 

「先手必勝、啄木鳥(きつつき)」

 

 槍を回転させて刃の無い方で連続の突きを放ってくる、10mの間合いも一瞬で詰めて来た。

 

「魔法障壁全開!」

 

 常時展開型魔法障壁を右斜めに傾けて展開する、点の攻撃を正面から受ければ障壁へのダメージは大きい。

 だが斜めにした障壁に点の攻撃をしても力は流される、障壁に接触した槍先が魔素を撒き散らし幾筋もの魔素の火花が右後方に流れる。

 ミュレージュ様の身体が、バランスを崩して右側に流れた隙を狙う。

 左側に走り出して擦れ違い、反転してミュレージュ様のガラ空きの背中に刃先を丸めたアイアンランスを六本撃ち込む。

 

「アイアンランス!」

 

 そのままバックステップで距離を取り、アイアンランスを体捌きで避けて更にバランスの崩れた所を追撃!

 

「大地より生えろ、拘束する鋼の蔦よ。山嵐!」

 

 ミュレージュ様の直下から八本の鋼の蔦を生やし両手両足を拘束する。うねりながら四方八方から迫る鋼の蔦をどう捌く?

 

「爆心!」

 

 槍を手放し腰のロングソードを抜いて真下に振り下ろす、衝撃波が足元を直接して山嵐の蔦が千切れ飛ぶ!

 

 あれは『剣撃突破』と同じ衝撃波を生む攻撃だ、中距離突進系じゃなく近距離で放つとは驚いた。

 だがモーションが大きいし発動に僅かなタイムラグが有る、振り被って僅かに『溜めて』から振り下ろす。

 

「山嵐変形、籠の鳥!全方位からの八十本の鋼の蔦を捌けますか?」

 

 直下に衝撃波を叩き付ける事で360度に余波を飛ばして山嵐を跳ね飛ばした事は凄い。

 だが山嵐とは地中に作った株から蔦を生やす魔法、地中から真上に生やした後に反転させて全方位からミュレージュ様を襲う。

 安定感の有る剣捌きと体捌きで鋼の蔦をかわす、見事だが斬り損ねた蔦がロングソードに絡み付く。

 前回は二割だが今回は八割の力を取り戻している、互角から余裕を持って対処出来るぞ。

 

「な?武器破壊ならぬ武器拘束だと?」

 

 咄嗟にロングソードから手を放し、バックステップで山嵐の包囲から抜けた?

 そして手放した筈の槍を持っている、あの槍は最初に捨てた筈だぞ!

 

 確か前回の模擬戦の時も投げた槍が戻っていた、マジックウェポンの類(たぐい)か?ならば絡め取れば良い。

 

「山嵐変形、拘束の茨(いばら)!」

 

「投擲、螺旋の刃!」

 

 鋼の蔦を網状に組んで前面に展開する、目が細かいので貫通させるのは無理だ。

 そして飛び込んで来た槍を包み込んで地面に拘束する、回転する槍は網に余計に絡まる。大地から伸びる蔦に絡まれば押さえ付けられる、もう逃がさないぞ。

 本来なら投擲された速度に回転力が加わり貫通力が高まるのだろう、だが甘いんだ!

 

 鋼の蔦で編んだ網み絡め取られて槍が地面に引き寄せられる、もう槍を手元に引き戻す事は出来ないだろう。

 一方的な攻撃を続けた事で、ミュレージュ様は肩で息をしているが未だ余裕が有りそうだ。だが展開としては微妙だな、ミュレージュ様の見せ場が少なかった。

 

「そろそろ時間ですね?」

 

 審判役のゲルバルド副団長に確認の声を掛ける、練兵場には時計が有り確認していたので時間切れだ。

 興奮状態なのが分かるのは組んだ腕に力が入っているから、見ていて自分も戦いたいとか言わないで欲しい。

 

「む、勿体ないし続けろよ。不完全燃焼は良くないぞ、未だ本気じゃないだろ?」

 

「審判役は公平で有るべきです。ミュレージュ様、今回も引き分けですね」

 

 なるべく爽やかな表情を心掛けてフレンドリーに話し掛ける、王族相手の模擬戦だし引き分けか僅差の負けが順当だ。

 だが短期間でレベルアップし転生前の力の八割を取り戻した今では、ミュレージュ様には油断しなければ負けない。

 

「いえ、私の負けです。私のライバルは高く遠く羽ばたいて、私を置き去りにしてしまったのです。悔しいですが負けを認めます、今はです。必ず追い付いて、追い越して見せます!」

 

 え?ちょ、何これ少し怖い……

 

 ミュレージュ様が達観した感じで空を見上げて決意表明し、その意気に感じいったのかゲルバルド副団長が肩を叩いて頷いている。

 模擬戦の内容的には十分引き分けなのに、スッキリした顔で次は必ず勝ちますと言ってゲルバルド副団長と共に立ち去って行った……

 

「何だったんだ?手加減がバレたのは分かったが、力量差を自覚し負けを認めた。だけど鍛錬を積んで次は勝つ的な流れで良いのか?」

 

 王族を負かしたみたいになったが、本人が納得してるから問題は無いと考えよう。

 

 いや、違う。拘束を解いて渡した槍を持つ手に力が入り震えている。

 男の矜持が力量差を感じて不甲斐ない負けによる八つ当たりを避けたんだ、あのままミュレージュ様が不満を言えば互いに評価は下がる。

 模擬戦には勝てたが配慮では負けた、流石はミュレージュ様か……

 

 拍手で健闘を称えてくれる観客に手を振って応える、何人か感動したみたいに泣いてる。

 この感動の演出もミュレージュ様のお陰だ、僕は強くなった事で手加減するとか傲慢になっていた……反省しなきゃ駄目だし、後で詫び状も送ろう。

 

 ふと観客席を見れば興奮したラナリアータが大きく手を振ってくれているが、壺を大事に扱えって!漏れてる、中身が漏れてるって!

 

「ラナリアータ、お前壺を持ったまま手を振るな。何か零れて周囲に撒き散らかしてるぞ!」

 

 大声で聞こえる様に注意する。あの娘は何時か取り返しのつかない失敗をする、必ずするぞ!

 


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