古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

437 / 996
第436話

 メルメスク公国からアウレール王に嫁いだパミュラス様が産んだ御子の後見人になる事になった、表向きは短期間で力を付けた事に対して財政負担を強いられる事。

 裏は急激な出世に対する悪感情の緩和、それと後宮でのリズリット王妃派のパミュラス様への援助だ。

 どうせ負担を強いられるのならアウレール王やリズリット王妃の益となる方が良い、その方が互いに見返りが望める。

 そして明日の御子誕生の発表を前に、パミュラス様への面会を求めた。

 

 リズリット王妃が同席してくれるので変な噂話は立たないだろう、アウレール王の寵姫との密会など問題が多過ぎてお断りだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれからベルメルというレジスラル女官長の側近が僕の執務室に訪ねて来た、三十代半ばだろうか落ち着いて品の有る女性だ。右目下に縦に二連の黒子(ほくろ)が特徴的な優しそうな御婦人だ。

 御子を産んだ後のパミュラス様の体調は良く、後見人となる御子との面会も許された。それとパミュラス様の側近である三人の侍女も同席する、当然だが男子禁制の後宮に男は居ない。

 用意された応接室には既にパミュラス様と御子が居て、今はアウレール王とリズリット王妃と面会しているらしい。

 リズリット王妃同席で側室が産んだ御子と共に会うって、アウレール王もパミュラス様も変なプレッシャーを感じないのかな?

 後宮の責任者として、レジスラル女官長も側に控えているらしく、何か不都合が有れば訂正してくれるだろう。

 

 暫く待たされたが呼ばれたのでベルメル殿の案内で謁見に望む、お祝いの言葉と挨拶を交わし後は側近との打合せの流れだろう。

 頭の中で祝いの言葉を考える、程よく距離を置いて下心無しの挨拶を心掛ける。同時に何でも援助します的な話は避けるべきだろうな。

 

 豪華な部屋に通された、部屋の中央には大きな天蓋付きのベッドが有り産後のパミュラス様が枕を背もたれにして座って我が子を抱いている。

 アウレール王とリズリット王妃が脇に設えられたソファーセットでお茶を飲んでいる、ベッドの脇に控える三人の侍女がパミュラス様の側近達か……

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、謁見の誉(ほまれ)に預かり光栄です」

 

 先ずは自己紹介と考えていた御子誕生への祝いの言葉を贈る、失礼の無い程度にパミュラス様を観察した。南洋国家に共通した黒髪に褐色の肌、瞳はアイスブルーの華奢な美女だ。

 儚い感じが見ただけで伝わって来る、御子の方は正直父親似なのか母親似なのか分からないが肌の色は母親似だな。

 これからは御子を産んで後宮での順位は上がったが面倒事も増えた筈だ、対応出来るのだろうか?いや、その為に僕を後見人に指名したのか。

 

「パミュラス、リーンハルト卿が祝い金として金貨五万枚、月々金貨五千枚を援助してくれます」

 

「リーンハルト様、感謝しますわ。我が子共々宜しくお願いします」

 

 敢えてだろう、リズリット王妃が具体的な援助金額を提示した。パミュラス様や側近達も笑顔になったのは、もしかしたら財政難だった?

 後宮内の側室の方々ってさ、美しさを競うから装飾品やドレスとかで結構散財するんだよな。お洒落に気を使い始めたら金など幾ら有っても足りないだろう。

 それでもアウレール王の寵愛を受ける為に常に美しさを競わなければならない、周囲は全員ライバルだからね。

 

 僕だって転生前には自前の後宮に近いモノが有った、側室だけでも二十人以上いたから何となく分かる……

 

「勿体無いお言葉です、何か有りましたら遠慮無く相談して下さい」

 

 お願い(命令)じゃなくて相談、そして御子の後見人だからといってパミュラス様本人の希望の全ては叶えられないだろう。

 それに直接会って話をする事は今回で最後にしたい。僕は後宮に入れないし親族以外が、アウレール王の寵姫に何度も面会する事は憚(はばか)られる。

 

「パミュラス様、今後の遣り取りを行う信用の置ける者を紹介して下さい。

本来の後見人は親族の方々がなられるものです、僕はアウレール王の臣下故にパミュラス様に直接お会いする事で発生する余計な誤解は避けたいのです」

 

 僕がパミュラス様と直接会う意味は薄い、だが伝言役も信用出来る特定の人物じゃないと駄目だ。最悪の場合は要求を水増しして伝えて来る可能性も有る、そして差額は着服とかね。

 

「信用出来る、ですか?」

 

 パミュラス様が困った顔をした、信用出来る人材が少ないか全員信用出来るから選び辛いのか……どっちかな?

 

「リーンハルト卿!それは失礼です、私達が信用出来ないのでしょうか?」

 

 側近の侍女達から不満の声が上がった、忠誠心を疑われたからか疚しい考えが有ったのかは分からない。

 だがアウレール王とリズリット王妃の顔に不満が浮かんだ、国王の寵姫に不敬とかなら困ったな。

 

「リーンハルト卿、その役目は私が行いましょう。身の潔白の為に、アウレール王の寵姫に会う機会を全て放棄する。素晴らしい忠誠心です、後宮内での調整なら私が適任でしょう」

 

「後見人をお願いした本来の意味は有象無象からの嫉妬の緩和ですから、パミュラスと直接会う意味は薄いですわね。勿論ですが貴女と御子にとって、リーンハルト卿の庇護下に入る事は安全の為に必要なのですよ」

 

 レジスラル女官長とリズリット王妃が援護してくれた、ぶっちゃけた本音を話して大丈夫なのかな?見返りもなく僕に余り負担を掛けるなって牽制かな?

 だが好意に甘えるのも問題だぞ、女官長の干渉はパミュラス様の面子を潰す事になる。それはそれで問題だよな……

 

「レジスラル女官長、大変嬉しい申し入れですが」

 

「ゴーレムマスターよ、構わんぞ。パミュラスよ、何か頼み事が有るならレジスラルを通せ。あくまでも産まれた子の後見人だ、余計な負担は掛けるな」

 

 アウレール王に言葉を遮られた、口を開けたまま止まってしまったが困った事になったぞ。もう少し寵姫と我が子の為に気を使っても良くないかな?

 三人の侍女も黙り込んでしまった、国王と王妃と女官長に言われたなら覆すのは不可能だよな。でも悔し涙を浮かべる程に、レジスラル女官長に仲介役を頼むのはそんなに嫌なのか?

 パミュラス様も悲しそうにしている、アウレール王の言葉は重い。寵愛を受けた側室に掛ける言葉としても冷たいからな。

 

「レジスラル、後は任せたぞ。リーンハルト、無理はしなくて構わない」

 

 そう言ってアウレール王は部屋を出て行った、我が子に構わずに言葉すら掛けず愛情は薄そうだ。

 

 アウレール王は僕に金銭的負担を強いるのが嫌みたいだ、その気遣いは嬉しいが本来なら祝われる筈の寵姫と御子を放置は結構な問題だぞ。

 だがアウレール王は国王として国のトップとして特定の側室や御子に配慮はしないのだろう、本来なら王位継承権第一位の後継者を大切にするべきだから。

 

「何か困っている事や不足な物は有りますか?」

 

 叶えられる事ならお祝いとして叶えてあげよう、流石に僕もパミュラス様が可哀想になってきた。

 大切な我が子を無事に産んだのに、その夫から冷遇されるのは辛い。だが王族とは時に情を全て省いた判断をする必要が有る、国家の存続の為には個人の感情は考慮しない。

 

 それが出来るのが立派な王様なんだ、私利私欲に走り身内贔屓な王様を頂いた国など簡単に滅ぶ。

 それは疑心暗鬼に捕らわれた実の父王に濡れ衣を着せられ処刑された身だから分かる、古代の魔法大国ルトライン帝国が滅びたのが良い例だよ。

 

「何故、リーンハルト様は私達の後見人になって下さいましたの?」

 

 質問に質問で返された、しかも一番困るタイプの質問だ。建前を言うか本音を言うか、だがリズリット王妃も説明したので正直に本音を話す事にする。

 

「王命だからです、僕はパミュラス様に何かして欲しくて後見人になった訳では有りません。何かして欲しい事も有りません」

 

「つまり下心は無いと言うのですね?」

 

 下心?そうか、縁(えん)も縁(ゆかり)も無い相手がリズリット王妃に言われたからって無償奉仕は無いと考えていたのか。

 自分達に近付くならば理由が有ると考えたんだな、それが王命だから見返りなど求めていないと言われて驚いた。

 側近の侍女達は微妙な表情だ、自分の主の事は眼中に無いと言われたからだな。僕の援助は必要で対価も無し、だが相手にされていないのはプライドが納得出来ない。

 レジスラル女官長とベルメル殿は満足そうに頷いている、後宮に居る側室に親族以外が援助するなら下心が有って当然だ。

 それが無いと分かって安心したのだろう、序でに僕の事を信用してくれると嬉しいです。

 

「そうですね、私も会った事すらないリーンハルト様が援助して下さると聞いた時に、何かを求められるかと思っていました。

悲しい事に母国は遠く身寄りも少なく心細かったのです、何も見返りを渡せないと悩んでいました」

 

 見た目も儚く、幸薄い美女が嘆くと良心に結構なダメージを受ける。普通なら慰めて援助も増やすパターンかな?

 

「おいたわしや、パミュラス様……」

 

「リーンハルト様、酷い言葉ですわ」

 

「御子様も御母上が悲しまれれば、同じく悲しみますわ」

 

 ああ、これは駄目なパターンだ。同情が全てパミュラス様に向かうだろう、僕はアウレール王の寵姫を悲しませた不敬者だ。困ったな、演技なら大したモノだし素なら困ったモノだ。

 やはり完全に切り離して接触を断ち、資金援助だけに徹底するか……

 

「パミュラス様はアウレール王の側室、他の男性に縋るなど恥と思いなさい」

 

「レジスラル女官長、それは酷い言い方ですわ!パミュラス様はアウレール王の御子を産んだのですよ、言葉が過ぎます」

 

 胃が痛い、もう帰りたい。何故、僕が女性の諍(いさか)いに混じらないと駄目なんだよ!対応が悪かったのか、国王の側室に優しく絡めば良かったのか?

 そんな事は無い、ここで下心有りとか思われる方がマイナス評価だ。あくまでも僕に負担を強いて困ってると見せるのが目的だ、だからこの状況は目的に添っているのか?

 レジスラル女官長に小言を言われて涙を浮かべているパミュラス様を見て思う、この女性は素でやってる。本来の深窓の令嬢って、多分だがこんな感じだよな……

 

「パミュラス様、何か有りましたらレジスラル女官長を通して下さい。レジスラル女官長、お手間を掛けさせて申し訳有りません」

 

 もう早目に纏めた方が良いだろう、これ以上は僕の精神が保たない。リズリット王妃に視線を向けて退出して良いか判断を仰ぐ、頷いてくれたので後はレジスラル女官長に任せよう。

 

「アウレール王の寵姫との長時間の面会は控えるべきでしょう。パミュラス様、何か有りましたらレジスラル女官長に伝えて下さい、では失礼します」

 

 再度念を押してから貴族的礼節に則り一礼してから退出する、精神がガリガリと削られて疲れた。

 

 僕には後宮とか築くのは無理だ、無理無理だ。アウレール王の凄さを実感した、だがレジスラル女官長が協力的なのが少し不安になる。

 今迄の行動からパミュラス様を利用しようとする疚しい気持ちが無い事は理解してくれた筈だ、後はマナー教育の時に真意を探ってみよう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お姉様、噂通りにリーンハルト様はアウレール王のお気に入りなのですね。我が子よりも優先するとは驚きましたわ」

 

「全くです、無理はしなくて構わないなど後見人ならばパミュラス様を全力で援助するものなのに……」

 

「レジスラル女官長もです、仲介役に名乗り出るなどと越権行為です。私達を信用していないのです」

 

「おいたわしや、パミュラス様」

 

 リズリットお姉様が手配してくれた後見人は、今一番話題の最年少宮廷魔術師の少年。

 

 レジスラル女官長と側近と共に退出したけど、本当に私達の後見人になってくれるのか不安だわ。

 アウレール王から絶大な信頼を寄せられ、公式の場で我が忠臣と言われた少年は私達に対して事務的だった。

 正直に言えば何か見返りを求められると思ったわ、ですが私には見返りとして渡せるモノなど無い。身体一つでエムデン王国に嫁いで来たから……

 

 祖国の援助は年間金貨二万枚、エムデン王国から金貨一万枚で合計で金貨三万枚。これで侍女や護衛兵、身の回りの物を全て賄わないとならない。

 御子を産んだにもかかわらず増えない予算に、リーンハルト様が年間金額六万枚を援助してくれると聞いて喜んだのも事実よ。

 有力な後見人が居る側室達は常に新しいドレスに装飾品を身に付けて、優雅にお茶会等を催しているのを見て羨ましかった……

 

 確かに私はアウレール王の寵愛を受けて御子を授かった、でも女の子だから駄目だったのかしら?

 

「パミュラス、それにお前達も落ち着きなさい。忠臣たるリーンハルト卿なら当然でしょう、君主の寵姫との接点は全て潰す。

それは貴女を含めて身の潔白を示しているのです、逆に詰め寄られたらどうするのですか?」

 

 真面目な顔で想像のつかない質問をされたけど、お姉様は何を考えているのかしら?

 

「どうする?ですか、勿論拒否します。この身体はアウレール王の物です、誰にも触らせませんわ!」

 

 分かり切った答えを言う、私は不貞を働かない。祖国の為にも産まれた我が子の為にも絶対にしないわ。

 

「普通は援助をするのは他に目的が有るのです、国王の寵姫とはそれだけ影響力が有ります。ですがリーンハルト卿は援助する事が目的なのです、彼に財政負担を掛られるなら誰でも良かったのですよ」

 

 周囲の不満を解消する為に、無駄な資金を使い援助をさせられるって事なのね。

 それだけ早い出世には恨みを買う相手も多かった、でも敵対したバニシード公爵を没落に追い込んだ手腕は見事よね。後見人として最上級の人物には間違いないわ。

 

「リーンハルト卿に色々と要求をして、資金援助を増やせば良いのですね?」

 

「それは妙案ですわ、互いに利の有る行動なのですわね!それならば、私も欲しい物が有ります」

 

 何を馬鹿な事を言い出すの!

 

 アウレール王もリーンハルト卿に迷惑を掛けるなと言われたのよ、それを無理に負担を強いるのは駄目よ。我が子よりも優遇する相手を陥れるのは危険だわ!

 

「駄目よ、無駄な要求はレジスラル女官長も受け付けないわ。あくまでも必要な経費が足りなくなった場合だけよ」

 

 初めて出来た親族以外の後見人は、私個人を全く見ていない失礼な人でしたわ。でも大切な御子を守る為にも今は耐えなければならない。

 

「未だ産まれた御子の名前も決めて頂いてないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」

 

 不安ばかりが増えるけど、リズリットお姉様が微笑んでいるので大丈夫だと思いたい。泣き出した我が子をあやす、匂いからして粗相をしたみたいね。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。