古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

435 / 996
第434話

 ウーノの案内により王族の方々が住まわれる王宮の中心区画を進む、上級侍女のウーノの更に上位の女官達を良く見るな。

 

「珍しいな、王族専属の女官達が多いが何か催しでも有るのかな?」

 

 彼女達が忙しそうに動き回っているのを初めて見た、何か有るならばリズリット王妃達に面会するのを控えた方が良いか?

 

「そうですわね、特別な催しは無かった筈ですが……」

 

 ウーノも不思議そうだが、王族専属の女官とは王宮で働く女性の最上位だ。侍女見習いから侍女、上級侍女を経て適性が認められて試験に合格しなければなれない。

 王族の直接的なお世話をするとなれば身元保証として伯爵以上の推薦人が二人必要、貴族令嬢の花嫁修行として最も憧れる職業だ。

 女官は待遇は子爵と同等であり上級貴族との接点も多い、そして結婚しても引き続き働く事が殆どだ。

 段階を経てしかなれないので年齢は若くても二十代前半、過去の最若年は二十一歳だったかな?

 実際は貴族令嬢の結婚適齢期を過ぎないと無理だから、花嫁修行としては無理が有る。

 ウーノが最も女官に近いが、未だ王族の生活面迄のお世話は出来ない。

 

 イーリンやセシリア達みたいな上級侍女が、本当の意味での花嫁修行だろう。そして有能な旦那を捕まえて結婚し、引き続き働いて女官を目指す。

 因みに女官は後宮の世話もするし、女官長は伯爵待遇だが王宮と後宮で相当の権限を持っているので侯爵クラスでも無理強いは出来ない。

 配下の女官達も下手な貴族よりも権力も立場も上なんだ、その数少ない女官達の多数が忙しい姿を見るのって珍しいな……

 

 ウーノの案内で廊下を進む、この方向だと最初に案内された庭園かベランダかな?陽気も良いし外でのお茶会になるのかな?

 

「リーンハルト様、レジスラル女官長様です」

 

 ウーノが小声で教えてくれた、二人の女官を従えた五十代前後の女性がレジスラル女官長か。

 首元まで有るシンプルで真っ黒なロングドレスを着こなすキツい感じの御婦人だ、若い頃は相当の美人だったのだろう事が伺える。

 きっちりと髪を結わいて頭の後ろで纏めている、少し痩せ気味でお腹の上で両手を握って姿勢良く颯爽と歩いて来る。

 十歩ほど手前で廊下の脇に寄り先方に道を譲る、立場的には僕の方が上だが此処は彼女のテリトリーだ。

 

「これはリーンハルト卿、私に道を譲る必要は有りません」

 

 見事な一礼の後に強めに言われてしまった。女官長だけに、しきたりや序列に拘るタイプだろうか?

 

「此処は貴女のテリトリーで、僕は客人に過ぎません」

 

 此方も貴族的礼節に則り一礼してから丁寧に返答する、多分だが彼女は僕を見極め様としている。

 そして王族達に害悪になると感じれば排除に動くだろう、彼女の役職とは王族達を守り世話をする事だ。ポッと出の僕は実績は有れども警戒されるだろうな。

 

「貴方は宮廷魔術師第二席の侯爵待遇です、御自分のお立場を理解して下さい」

 

「ご指導有り難う御座います、以後気を付けます」

 

 やはり役職や立場に厳格なタイプだな、転生前に知り合った女官長達も同じタイプが多かった。

 下手に出ても駄目、持ち上げても駄目、偉ぶるのは最も駄目。適切な対応をしないと叱られる、最もマナーに厳しいんだ。

 キツい目線で見られると転生前のマナーの教師を思い出す、五歳から厳しく躾られたんだ。辛くて毎晩ベッドの中で泣いたのは恥ずかしい思い出だが、今は役に立って助かっている。

 

「リーンハルト卿、来月にバーリンゲン王国にて行われる結婚式に招待されてますね。王族の結婚式についての、しきたりやマナーを知っていますか?」

 

 現代のか?転生前は王族として結婚式を挙げた側だが現代のは知らない、リズリット王妃に相談する予定だったんだ。

 少し考えるが立ち話で時間を掛けるのは良くないので正直に答えるか……

 

「お恥ずかしい話ですが分かりません、後で学ぼうと考えてはいました」

 

 腕を組んで考え始めたぞ、エムデン王国の恥にならない様にしろって叱られそうだな。後ろの二人も僅かに微笑んで僕を見詰めているのも粗探しの為の観察だろうか?

 

「分かりました、リーンハルト卿はエムデン王国にとって重要な殿方です。私が教えて差し上げますので、後で使いを送ります」

 

 え?女官長が直々に僕にマナーを教えてくれるって?それは変だ、絶対におかしいぞ。

 

 彼女達が仕えるのはエムデン王国の王族の中でも直系だけ、傍系や伴侶達は別扱いなんだ。

 極論を言えばリズリット王妃にも正式には仕えていない、王の伴侶としての扱いだ。僕の場合は役職的には重職に就いているが彼女の仕事の範疇外だぞ、王族でない僕に直接教える事は絶対に無い。

 僅かに可能性が有るとすれば、婚姻による王族の一員になる予定が有る場合だが……

 

「貴女のお手間を取らせる訳にはいきません」

 

「ロンメール殿下に恥を掻かせる事は許しません、リーンハルト卿の失敗はエムデン王国の恥となるのです」

 

 国家の為にか……理由としては少し弱いが断るのも相手の面子を潰す事になる、ここは一旦引いて様子見だな。

 女官長の思惑が分からないが、どちらにせよマナーは学ばねばならない。ある意味では最高の教師役だな、僕にデメリットは少ないから受けるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 未だ未成年ながら短期間でアウレール王の信頼を勝ち取った若き宮廷魔術師、リーンハルト卿と接触をした。

 

 直接話したのは初めてだが王宮内での行動は逐一報告させていたし、時間が許す限り自分の目でも観察していた。

 お茶会に舞踏会、晩餐会に花見の会、凱旋や謁見の間での行動と全て遠目で見ていたが文句無しの完璧さだった。

 教本でもマナーは学べる、だが実践でしか学べないモノ迄も完璧だった。

 余裕すら感じる態度は私が厳しく教えた殿下達に勝るとも劣らない、何処に出しても恥ずかしくない出来映え。

 いえ、五歳から二十年以上も厳しく教えているヘルカンプ殿下よりもマナーに関して言えば上でしょう。余談ですが彼は王族の資質としては及第点以下ですが血筋は確か、貴い血筋の姫を娶れば子供達は期待出来る。

 

 そこから導き出した結果は信用出来ない、怪し過ぎる、訳が分からないが正直な感想だ。エムデン王国と王族の方々に害が有るかと言われれば……現段階では無い。

 あの問題の多いヘルカンプ殿下への対応や、ミュレージュ殿下とロンメール殿下に聞いた話を総合しても王族に対する対応は悪くない。

 無いのだが怪し過ぎる、この少年は出来が良過ぎるのだ。そして教わらなければ分からない事を知り過ぎている、暗黙の了解を教えられずに理解している?

 

 それを疑わないなど狂気の沙汰だ。

 

 先ず王宮内での私の地位と権力を理解している、廊下で道を譲った事でも分かる。爵位が上なのは自分なのに、此処は私のテリトリーだからと譲ったのだ。

 案内人のウーノも驚いていたから教えていない、彼女も私よりもリーンハルト卿が優先されるべきと思っていた。

 

 しかし此処の実質の支配者は私なのだ。

 

 王族の生活区と後宮の事は私に最大の決裁権が与えられているが、実際に知る者は少ない。

 だがリーンハルト卿は自然に私に道を譲った、知らなければ王宮に仕える女官に道を譲ったりしない。

 いくら私が伯爵待遇でも、侯爵待遇のリーンハルト卿は本来ならば気を使わない身分差なのだ。

 

「礼儀正しい若者ですわね、好感が持てますわ」

 

「本当に……アウレール王やリズリット王妃が重用するのも分かりますわね。今一番話題の殿方ですが、若い娘達がはしたなく騒ぐのも分かります」

 

 馬鹿者が!何故、あれだけのマナーを身に付けている事を不思議に思わない。あの者は新貴族男爵の長子だったのだぞ、その教育など大した物ではない。

 私が五歳から厳しく教えた殿下達も同じレベルに達するには十年は掛かった、つまり現段階で王族の教育と同じ成果を身に付けている。

 

 これを不思議に思わずに、何が好感が持てますだ!

 

「ロンメール殿下と同行し他国の結婚式に出席するのです、王族の結婚式には多くのしきたりやタブーが有ります。

ロンメール殿下に恥を掻かせない様に教育は必要です、リーンハルト卿の生い立ちを考えれば学ぶ機会は無かった筈です」

 

 これだけ言っても立ち去るリーンハルト卿の背中を見詰める事を止めないとは、私は貴女達の指導を間違えたのか?

 

 確かに嫁ぎ先として栄達を約束されたリーンハルト卿は好物件、有力な親族も少ないので嫁げれば実家も権力を握れる。

 簒奪も可能な位置にいるのに男爵の娘を本妻に固執するのは……下手な親族を作り王家に不信感を与えない為と考えるのは穿ち過ぎだろうか?

 アウレール王はリーンハルト卿には野心が全く無い信頼出来る忠臣だと言った、確かに全ての行動はエムデン王国とアウレール王の為だ。その忠誠心に疑う余地は微塵も無い、警戒するのは考え過ぎだろうか?

 

「ベルメル、来週リーンハルト卿の教育を行うので調整を頼みます。場所は紅水晶の間を使います、基礎的な座学の後に昼食のマナーの確認。午後からはダンスの鍛錬も行うので楽団も準備なさい、それと貴女達も参加しなさい」

 

「有り難う御座います」

 

「早速手配致します」

 

 全く、何故嬉しそうに感謝の言葉を言うのですか!貴女達までリーンハルト卿に熱を上げてどうするのですか?リーンハルト卿を見極める為に同席を許すのですよ、仲を取り持つ訳では有りません。

 

「貴女達には再教育が必要みたいね」

 

 だが調べた結果が潔白ならば我が孫娘達と引き合わせるのも良いだろう、エムデン王国の為に拘束する必要が有るし私の孫娘ならば簒奪を考える事など有り得ない。

 もしも簒奪などを考えれば我が孫娘ならば速やかにリーンハルト卿を殺す、如何に優れた魔術師でも男女の営みの最中は警戒心が薄れる。相討ち覚悟ならば確実に滅する事が出来るし、出来る様に教育もしている。

 首輪を嵌める意味でも有効だ、政略結婚を嫌うと言うが固執する本妻を娶った後ならば幾らでも手段は有る。

 

 ふむ、悪くない考えだ。問題が無ければ王家にとって必要不可欠な逸材、不穏な貴族や他国に引き抜かれるよりマシだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト様、どうかなされましたか?」

 

 身体が震えてしまい立ち止まる、何故か背中に氷を入れられたみたいに感じた。悪寒にしても酷い寒気だった、風邪でもひいたかな?

 

「いや、大丈夫だ。少し寒気がしたのだが気のせいだと思う、思いたい」

 

 熱も無く喉も痛くない、鼻も詰まってないし風邪の前兆は全く無い。この手の悪寒は誰かが僕に対して良からぬ企みや噂話をしている時に感じると聞く……

 心配そうに此方を伺うウーノに微笑みかけて問題無いと伝える、相手は王族だし待たせる訳にはいかない。

 今回の場所は中庭に面した応接室だった、既にリズリット王妃とセラス王女にミュレージュ様も居るそうだ。

 そのままウーノが先に入り僕の到着を伝える、身嗜みをチェックし呼ばれるのを待つ。

 

「お待たせして申し訳有りません」

 

 ウーノが扉を開けてくれたので詫びてから一礼し室内に入る、リズリット王妃を中心に右にミュレージュ殿下、左にセラス王女が座っている。

 リズリット王妃は今日も黒いドレスを着ている、末の子供を亡くしているので喪服なのだろう。

 ミュレージュ殿下は珍しく金糸銀糸を多用した派手な貴族服だ、これは近衛騎士団員じゃなく王族として此処に居るという意味だ。

 もしかして今日は模擬戦は無しで後日に予定しましょうって事かな?

 セラス王女は深紅と黒を合わせたドレスに装飾品は黄金を多用し、キツめな美人である彼女に似合ってはいる。

 

「構いません、未だ約束の時間の前です。別件で話が有ったので先に集まっていました」

 

「先程ですが、お父様の側室のパミュラス様が無事に女の子を出産したのです。お父様の八女で王位継承権二十一位になります」

 

「パミュラス様はメルメスク公国から嫁いで来た方です、一応ですが後宮では母上の派閥に属しています」

 

 アウレール王の八女、他国から嫁いだ側室の子供か。女の子で王位継承権が二十位以下なら大した問題にはならないな、だが女官達が忙しかった意味も分かった。

 新たな王女の誕生と生母たるパミュラス様も、無事に御子を産んだ事により後宮での序列が上がる。それだけアウレール王の血を引いた御子を産む事には意味が有る、待遇も更に良くなるだろう。

 だがメルメスク公国は余り知らない、隣接していない貿易が主な関係だった筈だ。

 パミュラス様も王族でなくメルメスク公国の重鎮の親族で、エムデン王国からはローラン公爵の縁者が嫁いでいる。

 取り敢えず血縁関係を結んで縁を強くしようって程度だが、御子誕生によりメルメスク公国との関係にも変化が有るだろうな……

 

 祝いの言葉を述べてから席に座る、暫くは新しく生まれた御子の話をするが頭の中では執務室に帰ったら正式な発表を待ってから直ぐに祝いの品を贈れる様に段取りを考える。

 王族が生まれた場合は直ぐには発表されない、御子の健康状態の確認が済んだ後になる。後宮に住まわれる側室達は公式の場に現れる事は少ない、だから妊娠している事を国民は知らされてない。

 死産を発表するのは妊娠していた側室に対しての悪感情を煽る、国王の子供を不注意で殺した事になるから……

 

 先天的な疾病や奇形児の場合は発表されずに秘密裏に処理される、過去に近親婚が多い為に血が澱み生まれる御子が健康じゃない場合も多かった名残だ。

 今は王族の方々が臣下や他国から本妻を娶る事も普通だが、百年前には高貴なる王家の血を薄めない為にと近親婚も多かった。

 臣下から伴侶を娶る場合は、生まれる子供には最初から王位継承権が無かったそうだ。

 本人も王族から臣下へと降格になり王位継承権を剥奪される厳しい待遇だった、だが何人かは惚れた相手の為に王族の権利など要らないと結婚に踏み切った者も居たそうだ。

 

 まぁ側室や妾は普通に居て本妻だけに適用されたから、降格となった王族は少ない。

 側室や妾ではなく本妻にと拘るのは政略結婚が当たり前の王族には珍しい、穿った見方をすれば王族の義務を放棄した事になるので降格は当然だ。

 生まれた子供に王位継承権が有れば、臣下達にも王や後継者になれるチャンスが有り悪い事を考える奴も居たんだろうな。

 現在では他国や家臣からでも側室を迎えるし、生まれた子供にも王位継承権は有る。そしてエムデン王国は生まれた王位継承権所持者達の能力を選別するシステムを作り上げた。

 無能を弾き簒奪を考える者を炙り出す、上位三人の役割を今更思い出した。

 

 恐ろしきは王家の闇か……

 




一年振りに「榎本心霊調査事務所」の方も更新しました、良ければ其方も読んで下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。