オリビアから正式に夕食会の招待状を手渡された、申し訳ないが二回招待したいと言われたので快諾したが他の侍女達の前だったので拗ねられた。
結果、王宮侍女達とのお茶会に強制参加となり……今に至る。
「リーンハルト様、このアーモンド風味のバニラキプフェルは私が焼きましたの」
「そんなバニラキプフェルよりも私のフロレンティナをお召し上がり下さい」
淑女の嗜みであるお菓子作り、プロ顔負けの出来映えのクッキーが乗せられた皿を差し出された。
どちらもナッツ系のクッキーだが、自分の好みはフロレンティナかな。チョコでコーキングされたクッキーは食感もサクサクで美味しい。
「リーンハルト様、このハーブティーは王宮で育てたカレンデュラで作りました。すっきりとした飲み口は、甘いお菓子に合いますし政務でお疲れのリーンハルト様の気分がリフレッシュしますわ」
「あら、リーンハルト様はエムデン王国一番の酒豪なのですから。私が漬け込みました果実酒をどうぞ、珍しいナツハゼの実を漬けました、ブルーベリーに似た酸味の強い果実ですわ」
なに、この接待攻勢?全然落ち着けないし、絶対お茶会じゃないよね?それに昼間っから王宮内の部屋を借りて、王宮侍女達が三十人以上も集まって大丈夫なの?
「その……お茶会だし、昼間だし、未だ仕事残ってるので飲酒は控えるから。悪いが、ハーブティーを頂くよ」
ナツハゼという初めて聞いた果実が気になるが、流石に昼間から酒は不味い。
出仕中の昼間から侍女を侍らし酒を飲んでいたとか噂になれば結構な醜聞だぞ、悪意は無さそうだが困るんだ。しかも距離が近い、淑女なんだから無闇に異性の身体に触れるのは駄目だ。
「はい、任せて下さい!美味しいカレンデュラティーを……」
「カレンデュラティーよりローズペタルティーよ、楽しい気分になります。リーンハルト様、私が御用意致しますわ」
また知らないハーブティーの名前だ、僕はそれほどハーブティーは飲んだ事が無いんだ。だからハーブの名前を言われても分からない。
それに、僕は一人だから何杯も飲めないぞ。何で複数人が一斉にティーポットにお湯を入れるの、何杯飲ませるの?
お茶会なのに三十人以上が座れる長机、その真ん中に座らされ全方位から話し掛けられるが全員の相手は出来ないよ。
そもそもコレってお茶会なのか?お茶会って多対一の接待攻勢だったか?
「落ち着いて、お茶会だよね?先ずは全員にハーブティーを配って、僕だけじゃなく全員だよ。落ち着いて座ってお茶を楽しもう」
このお茶会を企画したイーリンとセシリアを睨む、三十人以上を相手に僕一人でお茶会とか無理だ!
やんわりと指摘すれば元々は礼儀正しい王宮侍女達だけあり、優雅にハーブティーを淹れて配り始めた。
少し心に余裕が出来たので、参加したメンバーを見回す。年齢は十代後半から二十代後半、全員が王宮の上級侍女達だ。
王族の専属上級侍女のウーノも参加しているが、他の参加者の態度に苦笑いを浮かべて一歩引いた余裕の態度だな。
「あの、何故カップが二つも有るのかな?」
色と香りからカレンデュラティーとローズペタルティーだと思うが笑顔で僕の前に置いてくれた、どちらかを選べとか言わないよね?
チラリと二人の侍女を見るが真剣な表情で置かれたカップを見詰めている、どちらか飲む迄は引かないぞって気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
だがこの選択に正解は無い、どちらを選んでも問題になり優先する相手でもない。
笑顔で僕の前に並ぶ二人の侍女は、僕がどちらかを選ばないと納得しないのだろう。女として張り合っているのか、元からライバルなのかは分からない。
優柔不断は嫌なのだが、覚悟を決めてカレンデュラティーの入ったカップを取り一気に飲む。
「あっ!」
次にローズペタルティーの入ったカップを取り、同じ様に一気に飲む。
「あの?」
熱い、上顎と舌がヒリヒリと痛むが我慢して周囲に気付かれない様にヒールを掛けて治療する。
「諍(いさか)いは嫌なんだ、競争するなら次回からは参加しない」
貴族令嬢達の政略結婚目的の絡みではなく、王宮内で話題の絶えない僕に絡もうってだけだとは思うが侍女同士での不和の原因にはなりたくない。
「申し訳有りませんでした、リーンハルト様」
「浮かれ過ぎて恥ずかしい姿を見せてしまいました、謝罪致します」
深々と頭を下げてくれた、少し落ち着けば自分の行動を恥じてくれるんだよな。基本的に悪い娘達じゃない、多分だが王宮内には娯楽が少ないのだろう。
「三杯目はミルクと砂糖を多目にしたミルクティーが飲みたいな、淹れてくれるかい?」
その後は和やかに賑やかに淑女達のお喋りが始まった……
やはり年頃の女性らしく他人の恋の話が多い、何処の家の次男と何処の家の四女が婚約をしたとか複数いる婚約者の本命は誰だとか。
もう一歩踏み込めば、何処の夫婦は家庭円満だが何処の夫婦は仮面夫婦で旦那が誰と浮気しているとか、妙に具体的で細かいな。
他には華やかな催しについての事、例えば誰の主催の舞踏会に誰が参加して誰が辞退した、今回は誰が呼ばれて誰が呼ばれなかった。
お茶会に音楽会、見事な庭に植えられたら花々を愛でる等々。よくも色々と話を仕込んで来るものだ、楽しそうに話す様子を微笑みを浮かべて聞いて……聞いて?
待てよ、この話って良く聞いて意味を考えれば、エムデン王国内の派閥絡みの事が分かるぞ。
婚姻はそのまま政略結婚だ、誰と誰が強く結ばれたのかが分かる。
舞踏会等の呼ばれた呼ばれないは派閥の変動だ、より親密になったり疎遠となったりが予測出来る。
極めつけはアルノルト子爵家の話題だ、バニシード公爵の派閥絡みの催しに呼ばれている事と七男のフレデリックの恋の模様は婚姻による繋がりを強める思惑が透けて見える。
やはり僕の血の繋がらない親戚にまで敵対派閥の手が延びている、アルノルト子爵家はエルナ嬢絡みで潰せない。
納得は全然出来ないが、自分の側に引き込んで釘を刺すしかない。敵対派閥に利用されるのは面倒だ、最悪の場合はエルナ嬢にまで被害が及ぶ。
話を笑顔で聞きながら色々と考えを巡らせていると瞬く間に二時間のお茶会は終了、王宮で働く侍女達の噂話は色々と役に立つ事が多い。
いや各派閥や家の件にまで食い込んだ情報が多い、使用人として近くに居るからこそ分かるリアルタイムな情報か……
コレってお茶会にかこつけた情報交換会だぞ!
更に小さな情報だと誰々が起こした不祥事や問題行動、息子や娘の情報だと有能・無能・好き嫌い・性格や性癖等と多岐に渡る。
誰と誰が浮気をしている、誰から賄賂を貰った、誰が誰に嫌がらせをしているとか秘密にしたい事もバレバレだし。
情報が多過ぎて軽く頭が混乱する、正しいのか間違いなのか裏を取る必要が有るが、これが噂に聞く貴族女性達だけのネットワークってやつだな。
次回開催はバーリンゲン王国から呼ばれている結婚式から帰ってきた後となった。
このお茶会(情報交換会)って定期的に開催されるんだけど、男である僕も毎回参加して良いのかな?
◇◇◇◇◇◇
お茶会を終えて執務室に戻る、ウーノからの伝言で午後にミュレージュ様が会いたいとの事だ。
リズリット王妃とセラス王女も同席するそうなので、即模擬戦とはならないと思う。
だが僕との模擬戦を希望しているのは聞いている、暫く模擬戦をしていないし僕の戦果も大きい。
ミュレージュ様としては互いに前向きに努力しようと約束したから、自分との戦力差が気になるのだろう。
もしかしたら差が広がり過ぎたと焦っているのかも知れない、ならば関係が悪くなる前に全力でぶつかり合う事が必要だ。
嫉妬や競争心が悪感情に変わり易い事はインゴの件で学んだ、繰り返す事は学習能力が無いのと一緒だから……
お茶会で何杯も飲んだがヤバい情報が多過ぎて喉が乾いた、本当ならワインでも煽りたい気分だが果実水を用意して貰った。
コップ一杯を一気飲みして更にお代わりを貰う、仄かな柑橘系の酸味が美味い。
「今日のお茶会に参加した以外のメンバーは居るのかな?」
壁際に控えるイーリンとセシリアに話を振る、ロッテとハンナは休みでオリビアは控え室で待機している。今日急にお茶会を催したのは、多分だが先任侍女二人が居ないからだ。
「全員参加しています、王宮内の侍女にも仲良しの集まりと言う派閥が有ります」
「ハンナさんとロッテさんは他の仲良しの方々の集まりが有ります、二大仲良しグループですわ。オリビアは小規模な仲良しグループに属しています」
つまり王宮内の侍女にも派閥が有る訳だな。イーリンとセシリア、ロッテとハンナは二大仲良しグループという最大級派閥にそれぞれ属している。
オリビアは小規模なグループ、つまり無所属派閥に属しているのか……
今日のお茶会に参加した淑女は三十五人、殆どが上級侍女だと思う。彼女達は実家の派閥と思惑が絡んでいるのは確かだ。ザスキア公爵とローラン公爵、ニーレンス公爵とバセット公爵の二つに別れたんだな。
「有意義なお茶会だった、貴重な情報を華やかなお喋りを聞きながら教えて貰えるとは世の中の男性貴族から恨まれるね」
イーリンとセシリアの笑みがドヤ顔と言うかニヤリと笑ったと言うか、淑女が異性の前で浮かべる表情じゃないぞ。
「流石ですね、私はリーンハルト様が嫌々参加したから早く終わらせたいと思っていると考えてましたわ」
「私も最初の対応で面白く思っていないと考えてましたわ」
今思えば最初の接待攻勢も何か意味が有ったのかも知れないな、対処方法により教える会話の内容を変えるとか?
「正直に言えば華やか過ぎて気後れするよ、僕は多数の女性に囲まれても喜べない性格だからね。だが有り余る有力な情報は必要だったし嬉しく思う、何か御礼がしたいのだが……」
ギブ&テイク、有力な情報には対価が必要だ。今日のお茶会でアルノルト子爵家との関係改善と敵対派閥に取り込まれない様に釘を刺す事を急ぐ事を痛感した。
インゴの件で悩んでいたのに、更に親戚筋が悩みの種とは気が滅入る。アルノルト子爵に七男のフレデリック殿の扱いか、どうしようか悩む……
「私達の仲良しグループのお茶会に定期的に参加してくれる、それだけでも良いのです」
「今は御礼は思いつきませんが、何時かリーンハルト様のお力をお借りしたい時が来るかもしれませんから」
ふむ、縁を結んでおいて何か有れば助力を頼みたいか。権力者本人に直接頼める環境は重要だな、彼女達はザスキア公爵やローラン公爵に直談判は無理だろうし……
だが一方的に借りだけ作るのは紳士として心苦しい、見栄だけじゃなく小さな借りでも借りっぱなしは引け目に感じる。
「そうだね、長い付き合いになりそうだが淑女に借りっぱなしは紳士として資質を問われる。
折角多くの華と知り合えたのだから、何か贈り物をさせて貰おうかな。好きな物を選んで貰ってくれ」
空間創造から祝い物として貰った装飾品の内、意味深に取られかねない指輪を抜いた物を収納したジュエリーボックスを取り出す。
価値としては金貨二百枚前後の物が百個ほど納まっている、ネックレス・ブローチ・イヤリング・ブレスレットとデザインも悪くない物だ。
「あら?ジゼル様やアーシャ様が悲しみますわよ」
「異性に装飾品を贈る事には深い意味が有りますわ、今のリーンハルト様から装飾品を贈られたとなれば……」
楽しそうだな、僕を弄るのが楽しくて楽しくて仕方無いとかか?だがイーリンとセシリアの背後にはザスキア公爵が居る筈だ、今回の件は彼女の指示だと思う。
彼女の手の者は王宮内外に広く隠れている、だが今回は王宮内の侍女達だけの集まりだった。凄い情報量に頭がパンクしそうだが、おぼろげながらも色々分かった事が有る。
「問題無いよ、彼女達には自作の装飾品を贈る事にしているからね。これらは贈り物として確保している物だから、一応勘違いを招く指輪は抜いている」
大切な女性達に贈るには価値が低過ぎる、売るよりも何かの役に立つと思い残していた物だが御礼として考えれば金貨二百枚前後なら十分だろう。
理由が分かれば了承してくれたみたいだ、先ずは自分達からと楽しそうに選び始めた。
互いに装飾品を身に付けて見せ合う二人を見ながらボンヤリと考える……
これから王族達とのお茶会なのだがミュレージュ様の件は上手くガス抜きをしなければ駄目だな。
セラス王女は新しい錬金する物を考えて貰えば良い、リズリット王妃には二人の実子達の押さえに回って欲しい。そろそろ本格的に戦争の準備をしなければ間に合わないな。