古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第432話

 リーンハルト様と実家との食事会の予定が決まらず、相談してしまった。参加希望者が多過ぎて調整が出来ない、二百人なんて実家の屋敷には入りきらないから。

 どうしても人数を絞らないと駄目なのだけど、お父様は調整関係が苦手なので中々決まらない。元々派閥調整云々(うんぬん)が嫌いなので無所属なのですが……

 時間が過ぎると更に参加希望者が増える悪循環、でも早めにリーンハルト様には申し入れなければ失礼に当たる。

 なので思わず相談してしまったのだけれど、破格の条件を提示されてしまった。定期的な食事会にリーンハルト様のお屋敷にも招かれる、私が知る限り公爵様方よりも厚遇で恐縮してしまうわ。

 

 私はリーンハルト様に強引に専属侍女になりたいとお願いしたので、他の専属侍女達と違い後ろ盾が弱い。他の四人は公爵様達の縁者、私のお父様は従来貴族の男爵でしかない。

 

 そんな私のお父様にも食事会のお誘いをしてくれた、理由はお父様の所属する無所属派閥の人達との繋がりを得る為に……

 王宮内でも急速に力を付けているリーンハルト様には、正直不要とも思えるのですが下級官吏の方々から嫌われているので仲介役としてお父様達無所属派閥を取り込みたいそうです。

 まだ未成年なのに、既に王宮内での工作や調整に慣れすら感じるリーンハルト様って何者なのでしょう?

 

 でもリーンハルト様を嫌う方々って急な出世に対する嫉妬が原因だと聞いている、逆恨みでしかない殿方として恥ずかしい行為よね。

 王宮の侍女仲間達にも話して、リーンハルト様に対して嫉妬による不当な事をしない様に話を広めましょう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一人で夕食を終えて入浴も済ませて私室で待つ間に、自分宛の手紙を確認するが妙に多い。普通なら友人達から半月に三通程度なのに二十七通なんて誕生日のお祝いと同じくらい……

 

「しかも、なんで恋文ばかり?」

 

 その全てが恋文?

 

 何度読み返しても恋文だわ?私にもリーンハルト様みたいに異性から恋心を向けられるモテ期が到来したのね!

 

「なんて事は無いわね、全てリーンハルト様と繋がりを持ちたい人達。つまり私個人を見ていない、恋愛結婚は諦めていたけど現実になると酷い扱いだわ」

 

 お会いした事もない方々からの美辞麗句に正直呆れます、それとさり気なくリーンハルト様の事が話題に盛り込まれている。

 これが恋文を見て深く溜め息を吐いたリーンハルト様の気持ちなのね……自分に向けられて漸く理解したわ、厄介な事でしかない。

 ですが返事を遅らせる事は出来ないのでレターセットを用意して返信の文面を考える、中々思い浮かばないのは今迄は恋文を貰った事が……

 

「私って見た目も悪くないし性格は控え目だしスタイルだって普通だし家庭的なのに、殿方からのお誘いを受けた事が一度も無いわ」

 

 驚愕の事実に落ち込む、十二歳から王宮に見習い侍女として奉公して五年。私も花の十七歳、考えたら社交界にデビューして直ぐに王宮で働いているので舞踏会にも数回しか出席していない。

 いえ王宮での舞踏会には多数参加しているけど、侍女としてもてなす側でしか参加していないわ。

 お父様も舞踏会や食事会、その他の催しも積極的に行わないから殿方と知り合えるチャンスも無いのよね。

 

「今考えれば最悪な環境だわ。そんなにガツガツしないつもりだけど行き遅れるか、お父様が決めた相手と結婚させられるか……」

 

 私に言い寄る殿方は、パルナス子爵だけ。でも一回りも年上で、しかも側室として望まれている。正直に言えば良い噂も聞かないし親戚付き合いをしても良いとは思えない、政略結婚は受け入れているが実家に利する場合だけよ。

 

「パルナス子爵様に嫁いでも良い事は無いわ、そんな人からしか求められない私って魅力が無いのかしら?」

 

 リーンハルト様も私にイヤらしい目を向けた事が無い、いや専属侍女五人全員同じだったわ。恋文は全て断り、王宮内で側に居るのを許すのはザスキア公爵様だけ……

 

「駄目、参考にすらならない。リーンハルト様は一般的な殿方とは全く違うわ、でも他の殿方との接点が全く無いのよね」

 

 明日になったら、イーリンとセシリアに相談しましょう。ハンナさんとロッテさんは既婚者だから相談出来ない、さり気なく惚気(のろけ)を聞かされた事があるから素敵な旦那様が欲しいですとかプライドの関係で相談出来ないわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜の十時を過ぎてお客様方は漸く帰ったそうだ。私の部屋にまで声が聞こえる事も有ったのは、大声で話し合ったから……

 暫くしてお父様の書斎に呼ばれたので身支度を整えてから向かう、実の父親でも礼儀は必要だから、淑女として夜着で異性には会えない。

 

「お父様、オリビアです」

 

「うむ、入れ」

 

 扉を四回ノックして声を掛ければ、疲れた感じのお父様の返事が聞こえたわ。昼は仕事で疲れて夜は同僚の人達からの嘆願を聞いて疲れてしまう、悪循環よね。

 

「失礼します」

 

 返事を返してから室内に入ると着替えもしていないお父様が疲れた顔でソファーに座り酔い覚ましの水を飲んでいる、向かい側に座り様子を見ても相当にお疲れみたい。

 

「今夜はベルリオ様にチュアート様。それにパルナス子爵様が、いらしてたそうですわね」

 

 先ずは話を振って様子を見る、ただ疲れ切っている様にしか見えないわ。

 

「まぁな、誰もがリーンハルト卿との食事会に参加したがる。だが我が家では三十人が限度だ、調整は難しい」

 

 王宮序列順とか申し込み順番にとかブツブツ独り言を言い始めた、酔いも有るし危険な兆候かしら?

 

 向かい側に座り話す内容を考える、私の実家との食事会を行うリーンハルト様の目的は王宮の官吏達との不和の解消。

 酷い嫉妬による逆恨みだから仲直りをするって表現は合わない、無駄な嫉妬は止める様に警告と何か仕出かさない様に監視する事を望んでいる。

 対価はリーンハルト様と懇意になる事による色々な恩恵、公爵四家と友好的な関係を築いているリーンハルト様には表立って敵対する方は居ない。

 バニシード公爵様を筆頭に元宮廷魔術師第二席マグネグロ様、元第十一席のビアレス様と敵対した方々を軒並み失脚させている。

 

 今のリーンハルト様に堂々と正面から敵対など出来ない、公爵家にも正面から戦いを挑めるのだから……

 だから裏からコソコソ嫌がらせをする程度。そして裏からコソコソ嫌がらせ出来るのが、王宮の下級官吏の方々なのよね。

 

「お父様、僭越ながら言わせて頂きます。リーンハルト様が求める方は王宮の無所属の中級官吏の方々です、影でコソコソと嫌がらせをする下級官吏の人達を止められる人を求めています」

 

 頷いているのは理解しているのね、それでも参加者を決めかねている。何か他に問題が有るのでしょうか?

 

「知っている、いや最近気付いた。リーンハルト卿絡みの申請書の回りが妙に遅いのだ、不思議に思い調べて解ったが奴等は故意に最優先で処理しなければならない申請書を遅らせていた。

彼等の役職の権限内だから悪くは言えないから質(たち)が悪い。だが王命による緊急案件を故意に遅らせた事は事実、中間管理者の我々にも責任の一端は有る」

 

「それは……幾ら嫉妬とはいえ、王命の仕事の協力を妨害するなど酷い事ですわ!」

 

 まさかお父様達にまで責任の影響が及ぶなんて!

 

 その様な卑劣な者達は全員クビで良い筈ですわ、自分の権限内でコソコソ妨害して責任逃れをするとは呆れますわね。

 私も興奮し過ぎて大声をあげてしまった事を恥じる、淑女のする事ではないわね。

 

「数が多い、全員クビにしたら政務が滞(とどこお)る。彼等はそれを知っているから、我々も強くは言えないのだ」

 

 罪を問われないと思い上がっているのね、逆に考えるとリーンハルト様を妨害している下級官吏達は数が多い?

 

「ですが連帯責任は、お父様も本意ではない筈です。それをリーンハルト様が心配していたのです、ザスキア公爵様も気付いてリーンハルト様に忠告しました、下手をすればザスキア公爵様からも敵視されますわ」

 

 ザスキア公爵様とは彼女の執務室に呼ばれて話をした事が有る、リーンハルト様の事を本当に大切に思っていらっしゃるのが怖い程に分かる。

 あの暗い瞳の中に燃え上がる炎は女の情念よ、リーンハルト様を害する者への報復は彼女独自のルールが適用されるから苛烈になる。だから私はザスキア公爵様には逆らえない、敵に回したくないもの……

 

「やはりな、諜報と謀略に長けたザスキア公爵なら納得だ。私の所に来る連中は追い詰められているのだ、多分だがザスキア公爵が噂を流した」

 

「噂話ですか?確かにザスキア公爵様の配下の方々は噂を流して煽動する事に長けていると聞いています。何度かリーンハルト様の為に噂を流して民衆の支持を煽った筈ですが……」

 

 お父様の疲れ切った顔が更に歪む、間違い無くザスキア公爵様が動いたのね。詳細はイーリンやセシリアに聞けば教えてくれるかしら?

 ザスキア公爵様はリーンハルト様に何とかする様に助言したわ、それ位ならリーンハルト様が対処出来ると思ったから。

 それなのにザスキア公爵様が動いたとなれば、下級官吏達の行動が目に余ったか我慢出来ないほど酷いのか……

 

 私は後者だと思うわ、リーンハルト様本人に対処を促したのに自ら動いたならば……ザスキア公爵様の許容範囲を超えたのね。

 

「最悪な噂だぞ、奴等はリーンハルト卿に対して色々な妨害工作を自分の職権を駆使して常に行っている。理由は急激な出世に対する嫉妬と……平民に媚びを売るのが、偽善過ぎて気に入らないとな」

 

 それは……リーンハルト様は今回の王命による灌漑事業で多数の農民を救った、アウレール王に嘆願し多額の報酬を国庫に納める事で生き残った反逆者の家族の罪を不問にしたのよ。

 その善意を平民に媚びを売るとか偽善的だとか酷過ぎるわ。ザスキア公爵様は本気でキレた筈、私だってキレたわ!

 

「酷過ぎます!リーンハルト様はエムデン王国の国民にとって必要な方なのです、それを醜い嫉妬だけでなく貶すなんて許される事では有りませんわ!」

 

 そんな卑劣な殿方など、ザスキア公爵様の怒りの裁きを受ければ良いのよ!

 

 水差しからコップに半分ほど注いで一口飲む、冷たい水が興奮して熱くなった身体を冷やしてくれる。今夜は淑女らしくない行動ばかりで反省が必要ね。

 

「国民達は許さないだろうな、彼等にとってリーンハルト卿は理想の貴族なのだ。慈悲深く誠実、誰よりもエムデン王国と国民を大切にしている英雄だ。

宮廷魔術師第二席、侯爵待遇の上級貴族が平民の為に国王にさえ嘆願する。貴族殺しの件、ハイゼルン砦攻略の件、ドラゴン討伐も徹底して平民達に配慮している。だからエムデン王国の国民は、殆どがリーンハルト卿の事が大好きなのだ。

だから……だから国民達は、リーンハルト卿に対して悪意有る彼等に牙を剥いた」

 

 お父様の話を纏めると、先ずはライラック商会を筆頭に王都の商人達が非協力的となり物資調達が滞り始めた。冒険者ギルド本部、魔術師ギルド本部も同じ、下級官吏からの依頼はのらりくらりと拒否し始めた。

 鍛冶師を筆頭に生産職の人達も彼等からの依頼を忙しいからと受ける事に難色を示す。更には彼等の仕事以外にも影響が出始めた、私的な生活物資の市場での買い物まで拒否されては生活すらままならない。

 実際に奥様の側から離縁を叩き付けられた者も居るそうだ、何とも恐ろしい状況に追い込まれたのね。自業自得だけど同情だけはしてあげます。

 

「ご丁寧にリーンハルト卿に妨害を働いた連中のリストまで出回っている、バニシード公爵の派閥に属する下級官吏は何人かは職を辞したり派閥換えを表明したよ」

 

「自業自得、ですが凄い影響力ですね。下級官吏の方々の生活は平民達と殆ど変わらないですから、周囲が全員敵になれば生きる事も困難でしょう」

 

 他の方々から聞いた噂話では、確かに平民達に優し過ぎると心配する声も有った。もっと貴族らしく振る舞わないと、政敵から付け込まれる隙になるから考えろと……

 私も少しだけ思っていた、でも理由は優しい方だからと思っていたわ。ハイゼルン砦攻略の時にアウレール王と同等に国民に誓ったのは、少し危険かなって思ったもの。

 でも結果的にはリーンハルト様が心配していた妨害工作をする下級官吏達を追い込んでいる。

 

 怖い、やる事全てに意味が有りそうで全てが繋がっているみたい。この一連の出来事を全てリーンハルト様が考えて行っていると思うと凄く怖い。

 でも参謀に才女と噂の高いジゼル様、常に助言をしてくれるザスキア公爵様が居るのだから当然なのよね。

 

 そうよ、当然なのよ。リーンハルト様は怖くなんてない、私達には優しい主様なのよ。

 

「追い詰められた奴等の起死回生の一発が、リーンハルト卿との夕食会だ。何もなくても何も話さなくても、リーンハルト卿と同席したと言えば疑いは晴れる」

 

 身の潔白?それとも保身?確かに夕食会に同席したと言えば、リーンハルト様と懇意にしているんだと思わせる事が出来るのかしら?

 

「リーンハルト様は定期的に夕食会に招いて貰っても良いし、逆にリーンハルト様の屋敷に招いても良いと言って下さいました」

 

「何という厚遇、公爵の方々でも舞踏会の誘いに中々応じてくれないと嘆くのに……まさか、まさかオリビアよ。お前、リーンハルト卿の寵愛を受けているのか?」

 

 なななな、何て危険な事を言うのですか!そんな危険な誤解を招く事は有りません、ザスキア公爵様に殺されます!

 

「そんな事は有りません!私は未だ恋愛をした事も無いのに、誤解でザスキア公爵様に殺されるのは嫌です!」

 

「ザスキア公爵か、リーンハルト卿に懸想しているのは事実なのだな。確かに王宮内で互いの執務室に遊びに行ける仲とは聞いていたが……まさか、そこまで進展していたとは驚いたぞ」

 

 あら?駄目な方に誤解をしちゃいましたか?

 

「お父様、無所属の中級官吏の方々を申し込み順に夕食会に招待致しましょう。あまりリーンハルト様を待たせるのは良く有りませんわ」

 

「そうだな、申し込み順でリーンハルト卿を悪く思っていない連中から選ぶ事にする。助かったぞ、我が娘よ。しかしリーンハルト卿とザスキア公爵がな……」

 

 お父様、それは誤解です!でも聞く耳を持たないとは、この事なのですね。

 

 


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