古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第431話

 実家に泊まる事はインゴに無用なプレッシャーを与えるので帰る事にした、今は両親に任せて適度な距離を置くべきだ。勿論だが、インゴの行動や周囲の連中の監視は行う。

 父上の馬車を使わせて貰い屋敷に帰る事にする、久し振りに乗った馬車はガタゴトと振動が尻に伝わる乗り心地の悪さに懐かしくなり苦笑してしまう。

 

「僅かな期間で偉くなったな、実家の馬車の乗り心地が悪いと感じるとは……」

 

 貴族として親族の扱い方、接し方を改めて考え直す事になった。疎遠になりたいと思っていたバーレイ男爵本家と、恨んでいたアルノルト子爵家との関係改善が必要になるとは……

 母上を平民と罵って冷遇したバーレイ男爵本家、その母上を家督争いで暗殺したアルノルト子爵家。だが彼等は僕の親戚であり片方とは血族でも有る、親族を重要視する貴族にとって彼等は僕に対する失脚の理由となり得る。

 

 それに気付かされたのだが、正直頭では納得しても心が納得しない。

 

 何故、母上を害した連中に便宜を図る必要が有るんだ?何故、嫌いな連中を助けなければならないんだ?考えれば考える程、腸(はらわた)が煮えくり返りドス黒い感情が湧き上がるが、膝に置いた手を握り締めて耐える。

 それは彼等に縁の有る人達が大切だから、彼等を放置する事は自分や自分の家族の失脚の理由に仕立て上げられるから。

 

 この心配の種を何とかしろとザスキア公爵が教えてくれたんだ、今の僕ならば早急に没落に追い込んで排除する事も出来る。

 だが二家の一族全てを没落に追い込むのはリスクも高く、情け容赦の無い人物とレッテルを貼られてしまう。大したダメージは無いが、不利な状況になれば切り捨てられると思われるのはマイナスだ。

 バーレイ伯爵として新しい一族を作り上げるにはイメージは重要だ、もっと早く潰しておけば良かったが悔しいが手遅れだな……

 

 酷い考え事をしていたら自分の屋敷に到着した、窓から警備兵に顔を見せて開門して貰う。今日も警備は万全で、やはり軍隊式の敬礼と機敏な動作だな。

 新貴族街の父上の屋敷から貴族街の僕の屋敷までは三十分も掛からない、物理的な距離は近いが精神的には遠いのが辛いな。

 握り締めていた手を開く、爪が食い込んで血が滲んでいたのでポーションを飲んで直す、バレたら騒ぎになるから……

 

「リーンハルト様、お屋敷に到着致しました」

 

「有り難う、世話になった」

 

 幼少の頃から知っている御者が眩しいモノを見るみたいに僕を見てから深々と頭を下げた、純粋に仕えし主人の息子の栄達が嬉しいそうだ。

 英雄様のお世話が出来て嬉しい、そう言って嬉しそうに何度も頭を下げて帰って行った。困った事に僕はエムデン王国に必要不可欠な英雄らしい、アウレール王のお気に入りの忠臣とは過ぎた呼び名だな。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。ご実家にお泊まりになると思いましたが……」

 

 正面玄関で出迎えのサラの悪気無い言葉にチクリと胸が痛む、僕は彼等から逃げ出した臆病者だから。

 

「話し合いが早めに終わったからね」

 

 脱いだ魔術師のローブをサラに渡す、丁寧に受け取ると一礼して後ろに下がった。理由は玄関ホールにアーシャが出迎えに来たからだ、サラは側室であるアーシャに気を利かせたんだな。

 

「お帰りなさいませ、旦那様。今夜は実家にお泊まりになると聞いていましたが、何か有りましたか?」

 

 笑顔で出迎えてくれたアーシャを抱いて背中を軽く叩く、首筋に鼻を押し付けて彼女の匂いを胸一杯に吸い込む。

 家族の絆が拗れて落ち込んだ事を知られる訳にはいかない、無用な心配をさせたくない。

 

「父上とエルナ様の仲の良さに胸焼けしそうだから帰って来た、明日も王宮に出仕するからね。それに弟もニルギと仲が良さそうだったな、正直居辛いから逃げ出したよ」

 

 少し冗談混じりに話して苦笑する、面の皮が厚くなり感情と表情を意図的に変える事が上手くなったな。これも権謀術数が渦巻く王宮に慣れたって事か、順応したって事か……

 

「まぁ?バーレイ男爵とエルナ様の相思相愛は有名ですから、それにインゴ様とニルギ様もですか?それは良い事ですわね」

 

 自然に笑えているか疑問だが、アーシャの腰を抱いて応接室に向かう。未だ夕食には少し早いし時間が有る、紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせないと駄目だ。

 側に控える者達も微笑ましそうにしている、仕えし主の家族関係が良好な事が嬉しいのだろうな……

 

 インゴに絡む奴等の処理は、早急に明日から始めよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、なるべく普段通りの行動を心掛ける。気持ちが急くのだが疑われない様に注意しながら普段通りに行動し王宮に出仕する、アーシャ達には疑われた様子が無いので安心する。

 特にイルメラは僕の心情の変化に聡いから、何か有ったのかと心配するんだよな……

 

「おはようございます、リーンハルト卿」

 

「おはようございます、リーンハルト様」

 

 擦れ違う警備兵や王宮侍女達の挨拶に軽く手を上げる事で応える、上級貴族は基本的に挨拶されても無視らしいが流石に良心が痛むから最低限の礼は返す。

 普通は通路の脇に寄り頭を下げて通り過ぎるのを待つのだが、僕には声を掛けてくれるので少し嬉しい。

 

 前方から両手で抱える様に硝子の水差しを持った見慣れた侍女を見付けた、此方に気付いたのか慌てて立ち止まり通路の端に寄る。

 

「お、おはようございます。リーンハルト様!」

 

「ああ、ラナリアータ。おはよう、持っている水差しに注意しような」

 

 言葉は詰まるのだが元気良く頭を下げる彼女の持っている物は硝子の水差し、揺れて中身が零れそうだ。

 

「だだだ、大丈夫です!」

 

 脅かすつもりは無いのだが、僕の言葉に過剰に反応するから危なっかしい。もう少し慎重さと言うか落ち着きを学んで欲しい、割と切実に本気で……

 

「慌てるな、落ち着け。不安定な物を持っている時は緩やかに動くんだよ」

 

 まぁまぁと両手を前に突き出し上下に動かして落ち着かせる、普通は動物や子供をあやす動作だぞ。

 水差しの中身を零す位なら問題は少ないが、落として割ったら大問題だ。水差し自体も高価だが、それを持って来いと頼んだ者を待たせる事になる。

 オリビアも心配していたが、慌てん坊の彼女は王宮の侍女として大丈夫なのだろうか?何時か取り返しのつかない失敗をしそうで怖い、必ずヤルって予感がするよ。

 幸い近くに誰も居ないので僕等の遣り取りは第三者には知られていない、余り特定の侍女と話し込むのも問題なので別れて自分の執務室に向かう。

 

「「「「「おはようございます、リーンハルト様」」」」」

 

「おはよう、今日の予定は何か有るかな?」

 

 自分の執務室に入れば五人全員が一列に並び一糸乱れぬ行動で挨拶をしてくれるが、毎回思うが彼女達は練習しているのだろうか?

 

「本日は面会の申し込みは有りません」

 

「王命達成への祝いの品々が多数届いております、祝い品は目録に纏めて有ります」

 

「ん、有り難う。助かるよ」

 

 そう言って執務机の上を見る、今回はニーレンス公爵絡みなので彼の派閥の貴族達から祝い品が殺到している。

 派閥トップの依頼を達成したのだから無視は出来ない、多分だが殆どの派閥を構成する貴族から来てるのだろう……

 

 机の上の三つのトレイには親書・恋文・目録が綺麗に並んでいる。

 屋敷に届いたのも合わせれば合計三百以上だ、親書の遣り取りだけで実際に会ってない相手が百人以上居るんだ。親書のトレイの隅に置かれた祝い事リストに目を通す。

 

「今日の冠婚葬祭や慶事は二件、結婚と出産か……」

 

 貴族としての付き合いが広がれば自分だけ祝いの品を貰う訳にはいかない、当然だが他に祝い事等が有れば贈らなければ駄目だ。

 品物の遣り取りをした貴族達の一覧は纏めてある、当然だが嫌がらせをしてきた連中もだ。

 今回はバーナム伯爵の派閥構成員である、バルディノウズ子爵に待望の男子が生まれたのか。あそこは本妻と側室に生ませた女の子だけが三人居たが男の子は初めてだ、待望の男の子で後継者が生まれたので喜びも大きいだろう……

 結婚はバセット公爵の派閥のストルク男爵の次男とゼルビア男爵の四女か、面識は無いし結婚式にも呼ばれていないが贈り物はしよう。

 

 確認中にオリビアが紅茶を用意してくれた、アールグレイに食用花の砂糖漬けだ。彼女は食べ物関係に強く王宮の料理人達にも交流が有るので、色々な食べ物を調達し出してくれる。

 む、普段なら用意を終えたら直ぐに下がるが珍しく立ち止まっている。何か話でも有るのかな?

 言い出し辛そうだし僕から話を振るか……

 

「何か有りますか?」

 

「その、私の実家との食事会の件なのですが……」

 

 ああ、王命続きで忘れていたが彼女の父親は王宮で働いている中級官吏で無所属派閥の中心人物だった。僕の事を嫌っている下級官吏達への牽制の為に親睦を深めたい相手だ。

 オリビアは申し訳なさそうな態度だが、まさか断られるのだろうか?

 

「うん、良い返事が聞けるかな?」

 

「その、参加希望人数が多くて私の実家では入りきらないのです。お父様が何とか調整をしようと頑張ってますが、中々進んでいません。リーンハルト様には内緒にしろと言われてますが……」

 

 予想外の言葉が返って来た、屋敷が狭いって事か?王宮の上級侍女として娘のオリビアを押し込めるんだ、それなりの屋敷を所有してる筈だぞ。

 僕の父上の屋敷だって新貴族男爵だが、何とか五十人前後の食事会が可能な庭に面した大部屋が有る。最悪は屋敷の中と庭を併用すれば、それなりのスペースは確保出来るから。

 舞踏会は無理でも食事会やお茶会は貴族の付き合いとして必須な設備なんだ、客を呼べない屋敷は貴族的に恥ずかしい。

 

「参加希望者が二百人近くいまして……流石に全員を一度に呼ぶ訳にもいかず、選別に苦労しています」

 

 四倍の二百人か、確かに二百人以上を一度に招く事は想定外だろうし無理が有るな。ホールや庭を併用して押し込めば場所的には可能だが世話をする人員が間に合わない、そんな大事になっているとは思わなかった。

 積極的に参加する無所属派閥の連中は二百人以上は居るんだな、伴侶や子供を同席させるから下級官吏自体は百人前後。参加様子見や敵対を入れると全体の何割位になるのか分からない。

 王宮で働く下級官吏は四百人から五百人位は居る、全体の二割は無所属か積極的に派閥に参加していないのか?

 だが申し訳無い事をしてしまった、オリビアも父親から口止めされているが余り返事が遅くなるのも拙いと思って教えてくれたんだな。

 実家の恥を正直に教えてくれたなら、フォローは必要だ。

 

「確かに二百人前後なんて領地持ちの伯爵以上の主催する舞踏会規模だね、無理をしないで何回かに分けても良いと伝えてくれ。

世話になっているオリビアの実家だし、定期的な食事会でも構わないし僕の屋敷に招待しても良いからね。遠慮無く言って欲しい」

 

 下級官吏の取り込みは急ぎたい、猶予は一ヶ月しかなく直ぐに結婚式に呼ばれているし戦争も視野に入れる必要が有る。未だ地盤が安定していない僕としては、後顧の憂いは早めに潰したいんだ。

 

「だ、駄目です!それではリーンハルト様に甘え過ぎです、逆に困ります」

 

「違うよ、僕にも利益が有るんだ。無所属派閥の下級と中級の官吏達とは仲良くしたい、だから気にしないでくれ。僕はオリビアの実家とは仲良くしたいからね」

 

 打算的な部分を匂わせて交渉を続ける様に頼む、ここで夕食会を断られるのは辛い。渋々というか遠慮がちに今晩実家に帰り父親と相談してくれると約束してくれた。

 王宮侍女達は普段は王宮内に部屋を与えられて泊まり込みらしく、実家に帰るのは稀らしい。住み込みで朝から晩まで働くのは大変だよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お父様が困っている事をリーンハルト様に相談してしまった、政治的派閥関係に疎いお父様は他の貴族の方々と違い調整業務が不慣れ。

 今迄に無い位に実家に職場の同僚の人達が押し掛けているので、対応に四苦八苦しているわ。

 王命を立て続けに達成し、アウレール王の一番の忠臣と自他共に認めるリーンハルト様との夕食会に参加出来るチャンスだから中には強引に迫る人も居る。

 今夜も何人かの同僚の人達が実家に押し掛けているみたい、知らない馬車を含めて三台停まっているわね。

 私はリーンハルト様が手配してくれた馬車で実家まで送って貰った、私達程度では王宮の専用馬車を使う予定を急には入れられないから。細かい配慮もしてくれる、仕えるに値する年下の宮廷魔術師の伯爵様。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。帰宅の予定はありませんが、何か有りましたか?」

 

「ただいま戻りました、ペテロ。お父様とお話が有るのですが、今夜もお客様でしょうか?」

 

 女性の身では、お父様達の話し合いには参加は出来ない。お客様達が帰るのを待つしかないけど、それがじれったいわ。

 

「はい、ベルリオ様にチュアート様。それとパルナス子爵様が……」

 

 ペテロが口を濁したのは、パルナス子爵は私を側室にと望んでいるから。でも彼は無所属ではなく、バセット公爵の派閥に入っている。

 残りの二人は貴族だけれども爵位は無い、お二方共に父親が男爵ですが次男以降なので爵位は継げない。

 

「そうですか、お客様がお帰りになりましたら教えて下さい」

 

 明日には今後の方針だけでもリーンハルト様にお伝えしたいから、お父様との話し合いは長くなりそうね。

 


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