古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第430話

 僕から逃げたし、また僕も逃げていた異母兄弟との関係に決着を付ける為に逃げ出したインゴをゴーレムで拘束した。

 

 窓から飛び出し漸く庭を抜けて塀により取り付いたが、登る前に左右からゴーレムで腕を掴んで捕獲する。

 

「離せ、離せよ!」

 

 外聞が悪いので早々に屋敷内に運び込む、応接室に連行し両親を残し他は暫くは近付くなと厳命する。

 この状況でも僕や両親の顔を見ずに下を向いている、関係改善は無理でも今の危うい立場を理解させて安全だけでも確保させたい。

 

 人払いを済ませた応接室に押し込む、僕と両親とインゴしか居ないので本音で話し合っても外部に漏れる事は無い。

 ソファーセットの向かい側にインゴだけが座り、僕の両脇に父上とエルナ嬢が座るが家族間でも悲しい事だが身分差が有るので喋るのは僕になる。

 

「インゴ、僕は話が有ると使いを出してまで屋敷に居る様に頼んだ。なのに何故、お祖父様の屋敷にニルギと行ったんだい?」

 

 答えの分かっている問いだが、インゴは下を向いて言葉を発しない。だが膝に置かれた手を力強く握っている、悔しさを耐えているのか……

 

「お前のコンプレックスの原因である僕が何を話しても、薄っぺらくて心には届かないだろう。だから事実だけを伝える、それを聞いてどうするかはインゴ次第だぞ」

 

 既に僕はインゴの兄ではあるが憎むべき対象であり庇護者としての位置付けだろう、悲しいけど兄弟仲良くはもう無理だろうな。

 父上もエルナ嬢も黙って聞いている、親子でも身分差は強い力を持つから僕が話し終わる迄は割り込めずに待つしかないんだ。話したい事が有るだろうが割り込む事を控えているのだろう、横目で見たエルナ嬢は真剣だが悲しい顔をしている。

 

 インゴよ、分かっているのか?僕等兄弟が彼女を悲しませているんだぞ。

 

「先ずは自分と僕を比べるのを止めるんだ、僕は魔術師でインゴは騎士を目指している。方向性が別物だし差は歴然だぞ、魔術師とは千人単位の敵を殺せる連中だ。既に僕も三千人近い人間を殺している、インゴとは全く別物の人種だ」

 

 大量殺人が正当化される戦争、日常生活でも千人単位の殺人者など居ないだろう。僕は特殊な立ち位置に居るのだが、インゴはイマイチ理解していない。

 

「だって、だって他の連中は僕と兄さんを比較するんだよ!出来の悪い弟、偉大な兄を見習え、何でお前は平凡なんだってね」

 

 漸く顔を上げたが、表情は怒りしか読み取れない。相当追い詰められていたのか、そんな連中が急に下手に出れば増長もするよな。

 

「僕は宮廷魔術師としてエムデン王国の戦争絡みでは最前線で戦う事になる、危険が一杯だから何時死ぬか分からない。お前を庇う者は居なくなる可能性も有る」

 

 先ずは僕が死ぬ可能性を示す、死なずとも政敵との争いに負ければ没落し力を失う事だってある。そうならない様に努力はしてるが対処し切れない事だってあるだろう。

 その危険性を指摘してもインゴの態度は変わらない、きっと僕が死ぬ事を現実的じゃないと捉えたか……死んでくれても悲しくは無いと感じているのか?

 

「もう一つの可能性の方が厳しく現実に成りえる事だぞ、良く聞いてくれ。自慢ではないが僕は既にエムデン王国に必要不可欠な駒として国家の中心近くに位置している、いや位置してしまった。

大きな権力も使える立場にいるが拘束も厳しいんだ、僕が失脚しそうな原因の処理にはエムデン王国が排除に動く可能性が高い。もう家族の問題とか言える段階は超えたかもしれない」

 

 漸く顔を上げたが何を言っているか理解出来てない顔だぞ、少し不満気味なのは巨大な自慢話くらいに感じているのかもしれない。

 

「分からないかい?僕の弱点となる存在の排除には、僕の意思など関係無くエムデン王国が動く可能性が高いんだ。今は周辺諸国との、ウルム王国との緊張が高まっているし遅くない時期に戦争になるだろう。

その時に戦力の要となる宮廷魔術師達の、他国から謀略として付け込まれる原因は速やかに排除される、今のインゴの態度は自分的にどうだと思う?」

 

 依存する自分を客観的に見た場合、僕の邪魔だと感じたのだろう。涙を浮かべながら複雑な顔をしたのは、漸く危険な立場を理解し始めたな。

 

「そんな……僕を切り捨てるの?血の繋がった弟の僕を見捨てるの?」

 

 悲しい現実を理解したみたいだ、今の自分の態度は目に余ると判断出来るだけの思慮は残っている事に安心した。現状のぬるま湯に浸っては危険だと理解した、後は落とし所を考えるだけだ。

 

「エムデン王国は間違い無くインゴを切り捨てる、国家の存続に関わる問題だからね。そして僕も父上も止められないよ、貴族として国家と王家の命令は絶対だから……」

 

 ソファーから立ち上がり座っているインゴの背後に回る、そして震える両肩に手を添えた。

 

「勿論、僕も父上もそんな事は望んでいない。だけど今のインゴを見た他の連中は分からない、密告されたらお終いだぞ」

 

 震える肩に力を入れて掴む、ここまで言いたくはなかった。自分で気付いてくれれば良かったと思うのはエゴだな、僕の気持ちを軽くする為の言い訳だ。

 

「先ずは騎士としての鍛錬に励むんだ、それから貴族としての常識や振る舞いも覚えなくては駄目だぞ。インゴはバーレイ男爵家を継ぐのだから、最低限のマナーも学ぼう。後はニルギ嬢の事も大切にしなければならない、紳士として大事な事だ」

 

 次々と言われる課題に顔が固まってしまったが、男爵家の後継者だから他よりも少ない。これで弱音を吐くなど言語道断だろう、伯爵家の教育の半分以下だ。

 

「金銭的な事や多少の無理難題なら僕に頼って構わない、だが父上の後継者としての最低限の事は早急に身に付けるんだ。父上もエルナ様もインゴの教育については宜しいですね?」

 

 無言で聞いていた両親にインゴの教育を頼む、上手くいかなければ本当に排除対象になる確率が高いから何としてでも更正させないと駄目なんだ。

 そして僕では絶対に無理な事、インゴは僕に物を教わる事を嫌がるだろう。当然だ、コンプレックスの元凶に教えを請うなど僕だって抵抗を感じる。

 

「ああ、構わない。俺が騎士として心身共に鍛えて、エルナが貴族としてのマナー全般を教え込む。インゴよ、分かったな?」

 

「そうですわね、私だって厳しく教えられます。インゴさんもリーンハルトさんの半分位は女性の扱いを覚えなくては、社交界デビューも出来ませんよ」

 

「父上、母上……僕は、僕は……」

 

 震えながら両親に抱き付くインゴを見て思う、僕はこの三人の輪の中には入れない異物だ。だが納得はしている、僕の立場は異常だし僕を特別視する彼等の気持ちも痛い程に理解出来る。

 

 何より、何より彼等に拒否される前に自分から適度な距離を保つ方が辛くないから。両親や実の弟からの拒絶は、結構キツイものが有るんだ。

 

「その、社交界デビューは成人してからですよね?女性の扱いとか、僕だって未だ不慣れで四苦八苦していますよ」

 

「半分、いえ二割で良いです。インゴさんはニルギさんと、私が厳選した本妻を娶ってもらいますから!それと女性は大切にするのです、ニルギさんの扱い方が酷いですから矯正しますわ」

 

 ああ、エルナ嬢が厳選した側室候補を一人も迎えずに自分だけでアーシャやジゼル嬢を選んだ事を根に持っているんだな。

 あとはニルギ嬢に対する態度を改めさせるのか、確かに今は性欲全開らしいし改善は急務だな。

 だがイルメラやウィンディアの養子縁組の件も秘密にしているから、バレた時は一悶着有るのを覚悟しておこう。この件は機密事項だから何処から漏れるか分からないので、エルナ嬢にも教えられないんだ。

 

「インゴの事を頼みます、僕も自分の所為で彼がエムデン王国に排除されるなんて事は耐えられません。インゴ、お前には本当に悪いと思っている。恨んでくれても嫌いになってくれても構わない、だが危険な行動だけはしないでくれ」

 

 頼むからと頭を下げる、本来なら伯爵が新貴族男爵の次男に頭を下げるなどしてはならない事らしい。だが家族として兄として、自己満足と言われてもケジメだけは示したかったんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 インゴの素行の悪さを正す教育を両親に頼む事、それとインゴ本人に危険な状態で有る事を理解させる事が出来た……と思う。

 あの後、四人で細かい教育方針やインゴに絡んで来る連中の事も詳しく聞いた。中々正直に話さないので殆ど尋問みたいになってしまったが、彼に取り入ろうと近付く連中は全て邪(よこしま)だった。

 未成年で対した力の無い貴族子弟に擦り寄る連中だ、まともにインゴの為にと近付く奴は少ないとは思っていたが皆無とは……

 

 名前を聞いて愕然とした、七割は同じ派閥の連中だが僕にも擦り寄る素行の良くない連中だった。

 バーナム伯爵の舞踏会で僕に絡んで来たが模擬戦を逃げ出した連中とか、当主でなく息子達が接触してきている。恥をかかされた相手の弟に擦り寄るんだ、碌な思惑は無いな。

 残りの三割が問題だ、敵対派閥の連中に評判の良くない商人達やマテリアル商会から融資を貰ったと聞いた時は目眩(めまい)すらした。

 我が弟ながら危機管理意識が皆無に近いのは大問題だぞ、金銭以外にも貰った物は全て持って来させて確認した。恐ろしかったのは秘薬として渡された精力剤に媚薬、それと症状は比較的に軽いが麻薬まで貰っていた。

 気弱なインゴは相手から強く押し付けられると断れない、だが貰っても使わずに保管していたので助かった。

 金銭と麻薬、この二つに魅入られたら後には引けなくなる。まだ子供だから賭博や娼婦との遊びには引き込まなかったのだろうが時間の問題だった筈だ、本当にギリギリだった。

 

 まだ未成年のインゴに危険な物を渡した連中は持てる権力の全てを使って潰す、世間に発覚する前に確認出来て良かった。

 未だ仕込みの段階で、インゴが取り返しのつかない失敗を犯した後で僕に交渉するつもりだった筈だが残念だったな。

 普通の貰い物は全て三倍の金銭を添えて返却する、そして丁寧な手紙(脅迫状)を添えて今後一切の手を切らせる。

 

 疲れたのかインゴは途中から呼ばれたニルギ嬢を伴い寝室に向かった、彼女にも話を聞かせてインゴの監視を頼んだ。もし悪の道に引き込まれたら、共に破滅しか道は残されていない。

 悪意も無くお祖父様に言われたままに、インゴの側室となった彼女には辛い事だろう。自分の旦那が破滅に真っ直ぐ向かっていたなんて、最初に話を聞いた時など貧血で真っ青になり倒れそうになったくらいだ……

 

「これで一安心だな。勿論、これからの監視と教育は厳しく行う」

 

「そうですね、私達は我が子の教育を間違う所でした。リーンハルトさん、ごめんなさいね」

 

 両親に頭を下げさせてしまった、悪いのは全て僕なのに……

 

 向かい側のソファーに座る父上は五歳は老けて見える、エルナ嬢も疲労の色が濃い。腫れ物の様に扱っていたインゴが、まさか僕を失脚させる為の道具として仕込まれ始めていたんだ。

 ショックも大きいだろう、だが親族とは最大の味方であり最大の弱点なのも理解した。今回は周りから見れば仲の良い異母兄弟だったが、疎遠な相手でも問題を起こせば連帯責任を問われる危険性も有るな。

 

「父上、エルナ様……申し訳有りません。僕の所為でインゴには辛い思いをさせてしまいました、ですが親族の絆の強さと脆さを再確認出来ました」

 

「ああ、そうだな。リーンハルト程の立場になれば、疎遠だからとは理由にならない。祖父との、バーレイ男爵本家との関係改善も必要だな。現状は財政状態が良くないと聞いている」

 

 祖父の実家が経営破綻する、まず責任は息子である父上にも降りかかるだろう。その次は僕だが流石に爵位がモノを言う貴族社会では難しいか、精々嫌味程度だが父上には厳しいだろう。

 

「私の実家のアルノルト子爵家の事は気にしないで下さい、私が離縁されれば責任追求はされないですわ」

 

 アルノルト子爵家……確かに割と近い親戚になる、だがエルナ嬢を切り捨てる訳にはいかない。それは父上とインゴを裏切る行為だ、最愛の妻と母親を切らせる息子や兄をどう思う?

 悔しいが和解は必要か、僕は敵に回しても被害は少ないがエルナ嬢や父上は違う。

 

「アルノルト子爵家のグレース様から何度かお誘いを受けていますが未だ返事をしてないのです、どれか一つ参加するのでエルナ様から話を通して下さい」

 

 僕が言うよりもエルナ嬢から話を通した方が良いだろう、彼女も実家から散々言われているのを僕の為に有耶無耶にしてくれたんだ。

 王都に居られる一か月の間で、親族関係の事を纏めておくか。ウルム王国と旧コトプス帝国と戦争になれば余裕がなくなるので足元を固めておかないと危険だ。

 エムデン王国の存続の危機でも自分の利益を優先する馬鹿共は居る、だから極力付け込まれる隙は無くしたい。

 

「リーンハルトさん、良いのですか?」

 

「ええ、構いません。親戚関係について少し見直す必要が有りそうです、ですが父上とエルナ様は一緒に参加をして下さい」

 

 エルナ嬢のホッとした表情を見れば、アルノルト子爵は相当エルナ嬢に対して僕との関係改善の仲介を頼んだのだろう。

 全く母上の敵(かたき)とも和解しなければならないとはな、だが落とし前はつけさせて貰うぞ。

 

 


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