古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第429話

 色事に狂った少年の籠もる部屋になど行きたくはない、宛がわれたニルギを可哀想には思う。

 出来ればリーンハルト様の元に嫁がせてあげたがったが、拒否されては仕方無い。

 実弟の寵愛を受ければ間接的にリーンハルト様の恩恵を受けられると思った、だが実弟は想像以上に愚かでスケベで周囲を見ていない。

 周囲が貴方をちやほやするのは、その背後に居るリーンハルト様を見ているからよ。

 家族愛が強いと知れ渡っているからこそ、普通の貴方にも恩恵が有るの。でもそれは兄弟の仲が良いからこそで、今の貴方は嫌われて見限られて当然の行動をしている。

 能力差に絶望し、周囲からの風当たりも強かったのは分かるわ。自分の出来は普通なのに比較対象が悪過ぎた、兄に向けた妬みや恨みは大きいでしょう。

 だけど気付いてしまった、貴方の悪口を言う連中は兄には何も言えない。告げ口すると言えば卑屈になって詫びて来る、さぞ優越感に浸れたでしょう。

 それを自分の力と勘違いするのは愚か者よ、その愚か者と一蓮托生は嫌なの。

 

「メイドは行かせられないわね、先に執事に部屋を見させに行かせましょう」

 

 祖父の家に遊びに来て爛(ただ)れた行動をする、盛りのついた犬以下だわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 執事を部屋に行かせた時は行為の真っ最中だったらしい、中断させた事に対して文句を言って来た。

 祖父の家で自由に振る舞えると勘違いしている、私達は貴方の家臣じゃないのよ。

 執事を伴い部屋に行けば着崩した服で乱れたベッドに不機嫌そうに座っている、ニルギは別室に着替えに行った。

 

「何か用なの?」

 

 此方を伺う様な嫌な目に自信が無さそうな小さな声、なのに我が儘に振る舞う。この子供は何を考えているのだろう?

 

「我が家に来る前に、リーンハルト様とお約束が有ったのではないのですか?」

 

 部屋に満ちる淫靡な臭いに気持ちが悪くなり、執事に窓を開けさせ換気をさせる。

 外の新鮮な空気を吸って少しは落ち着いた、不貞腐れて私を見上げる瞳には理不尽な怒りが浮かんでいる……

 

「会いたくなかったんだ、兄さんには僕に用事なんて無いだろうしね」

 

「わざわざ話が有ると使いを出されたと聞いてますわ」

 

 直ぐに分かる嘘を吐いて、バレたらまた不貞腐れた。やはり自分の危うい立場を理解していない、ニルギを与えたのは早まったわ。

 

「不貞腐れても駄目です、インゴさんは自分の置かれた立場を理解していますか?リーンハルト様と不仲になれば、誰も相手をしてくれないのですよ」

 

 自分で理解出来ないのなら直球で教えるしかない、それでも分からなければ付き合い方を考えねばならない。

 今なら私の方が『王立錬金術研究所』の所員として、リーンハルト様と友好的な関係を作れる筈だわ。

 

「何も言わずに下を向いても駄目です、インゴさんはリーンハルト様との関係を良好にする必要が有ります。今の立場を維持したいのなら、直ぐに家に帰ってリーンハルト様に詫びなさい!」

 

「嫌だ!」

 

 嫌だって……これだけ言っても分からないの?リーンハルト様が自分を見捨てないと安易に考えているのかしら?

 

「兄さんは僕に負い目が有るんだ!僕の言いなりなんだ、シルギさんが僕を苛めるなら言い付けるからね!」

 

 暗い笑みを貼り付けて見上げている、この性根がネジ曲がった子供を諭すのは難しい。子供特有の我が儘さと残酷さだ、今は何を話しても無理ね。聞く耳を持たないって言うか、本当に困ったわ。

 

「構いませんわ。言い付けてもインゴさんが困るだけです、私は正直にリーンハルト様に全てを話します。リーンハルト様との約束を破り我が家に来て、ニルギと部屋に籠もる不健全さを指摘したら不機嫌になり脅されたと言います」

 

 リーンハルト様は私達の事を良くは思っていないけど理不尽な事はしない、説明すれば身内贔屓はしない分別(ふんべつ)が有る。

 

 そこに付け込む事も出来るけど完全に敵対するから悪手よね、本気で来られたら絶対に勝てないわ。

 最大の攻撃(告げ口)が効かないのに驚いたのか、ポカンと口を開けて驚いている。

 

「ななな、何だって!本当に告げ口するぞ、兄さんが怒ると恐いんだぞ!」

 

 まだ分からないのね、確かに理不尽に貴方を害すればリーンハルト様は怒るだろう。だが正当な理由で叱るならば、リーンハルト様は叱った私達に迷惑を掛けたと思うわ。

 それはそれで有りだけど、付け込むには未だ弱い。インゴさんをしっかりと教育出来れば良いが、こんな状態では自信が全く無い。

 

「貴方が思うほど、リーンハルト様はインゴさんに優しくは有りませんわ。高い役職と爵位に見合った実力と分別を持っているのです、貴方に理不尽な事をした相手には厳しいでしょう。でも今回は違います」

 

 理屈では敵わないと理解して下を向いて黙ってしまった、でもこれ以上叱っても無意味ね。

 今日は同行して家に送り返して、リーンハルト様に状況を説明して詫びましょう。私達がインゴさんを呼んだのではない、勝手に来たけど理由を聞いて不味いと思い送り返したのです。

 

「さぁ、馬車を用意したので帰りますよ。私も同行しますから、悪い様には致しませんわ」

 

 そう言うと縋る様な目を向けて来た、散々利用してきた相手なのに苦手だからと改善する事をしないのね。

 一方的に恩恵だけ受けていては駄目なのよ、余りに酷いと周囲も騒ぎ出すわ。リーンハルト様はアウレール王のお気に入り、そのお気に入りを害する者は排除される心配も有るの。

 貴方はエムデン王国にとって害悪だと判断されたら……良くて廃嫡、悪くて国外追放かしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 着替えを済ませて馬車に乗り込んだニルギは真っ赤になって下を向いている、元々大人しい娘だったから夫婦の営みを周りに知られた事が恥ずかしいのだろう。

 全く私より先に大人の階段を登ってしまったのね、本人の意志とは関係無く強制的に……

 

 その相手は窓の外を見るだけで自分の側室に気も遣わない、女性の感情の機敏が全く分からないのでしょうね。

 相手に分からない様に深い深い溜め息を吐く、インゴさんは本当に子供だ。腹違いとはいえ、同じ父親の種から生まれたのに極端過ぎるわね。

 まぁ、リーンハルト様が異常でインゴさんは普通なのでしょう。だから比較されて卑屈になり、ちやほやされる反動で卑屈な傲慢になった。

 インゴさんは何事に対しても自信が無いのでしょう、だから分かり易い兄という権力を振りかざす。その権力の維持には全く無関心、いえ兄であるリーンハルト様と話す事さえ苦痛なのね。

 

「これが兄さんの新しい屋敷か……」

 

 窓の外を見てボソボソと独り言を零した、釣られて見れば蔦の絡まった古い洋館と隣接した新しい洋館が見えた。

 大きな鉄柵の門から見える庭は、綺麗に整えられている。未成年なのに貴族街に大きな屋敷を構える財力、流石は私達魔術師達の頂点に君臨するだけの事は有る。

 お祖父様の、バーレイ男爵本家の屋敷の五倍は広いわね。

 

「確かエムデン王国創設時代から残る由緒正しい洋館らしいわね、但しトラップが多くて誰も寄せ付けなかった。

それをリーンハルト様が金貨二十五万枚で買い取り、既に一階はトラップを全て解除したとか……」

 

 二百年以上、人間の侵入を拒んだ屋敷の古代の罠も解除出来るのよね。呆れた高性能よ、だからアウレール王も優遇する。

 国王の忠臣の異母兄弟が兄の威光を嵩に好き勝手する、良く考えれば危険な相手だわ。粛清の対象にされかねない、今考えればニルギを与えたのは間違いだった。

 早く性格を矯正しないと側室の実家として連帯責任を追求されそうで嫌だわ!

 

「兄さんは何でも出来るんだ、既に三回も王命を達成しているし美人の側室や婚約者も居る。僕は新貴族男爵の跡継ぎで見習い騎士なのに、兄さんは伯爵で宮廷魔術師第二席でドラゴンスレイヤーだってさ。余りの酷い差に笑っちゃうよね!」

 

 ニルギじゃアーシャ様やジゼル様と比較にならないって意味で言ったのなら最低だ、自分の側室を労(いたわ)る気持ちは無いのかしら?

 端から見れば、インゴさんも貴族の跡取り息子。例え新貴族男爵という貴族でも最下位の爵位でも、家を継げるだけも十分な事なのに……

 

「卑屈にならない事よ、リーンハルト様と比べたら私だって雲泥の差なのだから。貴方とリーンハルト様を比較する連中だって同じ事、何を言われても僻みだと思って思い詰めちゃ駄目ですからね」

 

「僕と奴等が一緒?違うよ、僕は兄さんと血の繋がる家族だよ。奴等なんかとは、全然立場が違うんだ!」

 

 嗚呼、駄目だわ。普通なのに優越感という甘い果実を味わってしまったから、もうその味が忘れられないんだわ。

 

「一緒ですわ。いずれリーンハルト様は自分の子供を作り、バーレイ伯爵家としての一族を作ります。その時にインゴさんはバーレイ男爵家を継いでいるでしょう、血縁では有りますが今より立場は弱くなります」

 

 随分とアーシャ様を大切にして溺愛しているから、直ぐに子供が出来る。我が儘な弟より我が子の方が可愛い筈よ、だからインゴさんは今より大事にはされないわ。

 

「兄さんの子供?僕よりも優遇するの?そんな事は許さないよ、僕は……僕を追い込んだ兄さんは……」

 

 嫌な目をしてブツブツと言い始めたわ……病んでいる、この子は病んでいるのよ。

 

 その後、何を話し掛けても反応せず目的地に到着してしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バーレイ男爵の屋敷に到着、インゴさんが乗っているので特に何も調べられずに通された。

 玄関前にはバーレイ男爵とエルナ様、それリーンハルト様が並んで待っている。両親は困惑気味に、リーンハルト様は辛そうな顔をしているわね。

 

「ただいま戻りました」

 

「……ただいま帰ったよ」

 

「お邪魔しますわ、リーンハルト様。それとバーレイ男爵、エルナ様。我が家に遊びに来ていたインゴさんをリーンハルト様との約束が有ると聞いたので送り届けに来ました」

 

 小声で挨拶をする二人の後で、現状の説明をする。私達は非常識じゃないの、全てはインゴさんの我が儘の所為よ!

 

「インゴ、お前は……」

 

 バーレイ男爵の絞り出す様な声に応えず、インゴさんは屋敷内へと走り込んでしまった。ニルギもリーンハルト様に一礼して追い掛けた、彼女なりにインゴさんの事を思っているのね。

 あれだけ言い含めたのに全く改善しようとしない、インゴさんは駄目かもしれないわ。

 

「手間を掛けさせては申し訳なかったですね、お祖父様にも宜しく伝えて下さい」

 

「私が言うのも憚(はばか)られますが、インゴさんは精神面で鍛え直された方が良いと思いますわ。

身分上位者の約束を反古にして祖父の家で色事に耽る、私も諭しましたが今の態度を見れば効果は薄かったのでしょう」

 

 辛い顔を心掛ける、私も心配していますアピールよ。バーレイ男爵の心境は複雑でしょうね……片方は出来の凄く良い孝行息子、もう片方は出来は普通だが歪んでしまった親不孝者。

 このままではバーレイ男爵家としても不味い事になる、幸いだがエルナ様は懐妊しているから後継者の予備は居る。男なら良し、女でも婿を取れば良いのだから。

 

「そうですね、僕は負い目から甘やかす事しかしなかったのです。インゴの状態から目を背けてしまった、そのツケを清算する為に来ました」

 

「そうだな、家族の問題だ。俺も我が子の事を蔑(ないがし)ろにしていた」

 

「ニルギさんにも悪い事をしてしまい、申し訳なく思っていますわ」

 

 これは……インゴさんの問題を理解し改善するつもりね、少し遅い気もするけど大丈夫かしら?

 でも家族の問題と言われては、これ以上私も口を挟めない。いえ、元々口を挟むつもりも無い。責任が私達に飛び火しなければ良いのだから……

 

 一礼してから帰る事にする、成果は有った。リーンハルト様に僅かながらも恩を売れた、これで『王立錬金術研究所』でマーリカさんより有利になる筈だわ。

 

「さて、帰ったらレジストストーンの錬金をしましょう。頑張れば沢山稼げますし、リーンハルト様に着いていけば更に待遇は良くなるわ!」

 

 従来貴族男爵位のお祖父様は年間金貨五千枚の年金をエムデン王国から貰える、新貴族男爵位のバーレイ男爵は年間金貨三千枚。

 私だって頑張れば年間金貨二千枚は稼げるわ、つまらない男に嫁ぐより土属性魔術師として独身を貫いた方が良いわね。

 何れはリーンハルト様の立ち上げる魔導師団に加入出来る、そうすれば更に……

 

 インゴさんには悪いけど距離を置きましょう、お祖父様にも申し訳ないけど下手な工作には荷担しないわ。女である私も自分の力で独り立ち出来るのよ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 俯いたまま自室に走り込んだインゴの後を追う、だが逃げ込まれた部屋の扉の前で言葉が詰まりノックをする為に上げた手が止まる。

 

 此処で、此処まで来て弱気になるな!

 

「インゴ、少し話をしないか?」

 

 扉を四回叩いた後に声を掛ける、中に居るのは分かっているんだぞ。だがインゴからの反応は無い……

 

「インゴ、大事な話なんだ。出て来てくれないか?」

 

 まだ反応は無い、僕とは話したくないらしいな。分かってはいたが無視されるのは、結構心にクルものが有る。だが僕も逃げる訳にはいかないんだ。

 

「インゴ、居るのは分かっているんだぞ!」

 

 少しだけ声を大きくしてドアノブを握って回す、予想に反してドアノブは回り扉を開く事が出来た。

 半分扉を開き中を窺えばベッドを椅子代わりに座るニルギ嬢が見えた、インゴは……居ない?

 

「ニルギ一人だけかい?インゴは居ないのかな?」

 

 なるべく優しい口調で話し掛ける、彼女は気が小さいから驚いて萎縮しないようにだ。そんな彼女は窓の方を指差した、釣られて見れば窓が開いている。

 

「つまりインゴは窓から逃げ出したのか?」

 

「はい、そのリーンハルト様には会いたくないし話す事も無いそうです」

 

 申し訳なさそうに小声で言われたが、その言葉は僕に突き刺さる。外に逃げ出す程、僕とは話したくないのか!

 窓の外を見回せば逃げ出すインゴの後ろ姿が見えた、一時期は肥満が解消していたのに今は更に太っている。

 全力で走ってはいるが遅いし少し息切れもし始めている、お前は武門バーレイ男爵家を継ぐんだぞ!

 

 最近鍛錬を怠けていたらしい弟に思わず肩の力が抜けた、そんなに僕の事が嫌いかよ!

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムポーンよ、インゴを捕まえろ」

 

 漸く庭を抜けて塀により取り付いたが、登る前に左右から腕を掴んで捕獲する。

 

「離せ、離せよ!」

 

 激しく抵抗する我が弟を見て、いかに自分が家族の事を甘く見ていたと痛感した。もはや僕という存在はバーレイ男爵家にとって最悪の存在かもしれない。

 金銭や権力的な恩恵は与えられるが、家族愛的な物は皆無なのだろう。

 

「厳しい現実だ、ザスキア公爵はコレを見通していたんだろう。本格的な戦争状態になる前に家族間トラブルを片付けておけって事か……」

 

 戦力の要の宮廷魔術師に対して搦め手で攻めて来る事の可能性は高い、その時に巻き込まれたインゴの処遇は切り捨て一択だろう。

 国家の存続を賭けた戦いに新貴族男爵家の後継者など切り捨てるのが臣下としての常識、周囲は理解していてもインゴが理解してるかは微妙だ。

 

「インゴ、お前の立場は僕の所為で微妙だ、嫌われても憎まれても事実を伝えるしかない」

 

 猶予は二ヶ月前後、仕込みを考えれば既にインゴに接触をしているかもしれない。辛い事だが、インゴの身辺調査も内緒で行わなければならないな。

 


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