古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第428話

 ザスキア公爵から諭された事、それは家族との関係を見直し改善する事だった。

 僕の家族は直接的に血の繋がりが有る父上とインゴ、それにバーレイ男爵本家のお祖父様。つながる血は薄いが従兄弟であるニルギ嬢にシルギ嬢、それと血は繋がらないが義理の母であるエルナ嬢だ。

 血の繋がらない親戚筋はエルナ嬢の実家であるアルノルト子爵家だけだ、狭い親族関係だが良好とは言い難い。

 

 実母であるイェニー嬢を相続権絡みで毒殺したアルノルト子爵、平民だった彼女と父上の結婚に反対した事で疎遠となったバーレイ男爵本家。

 父上とエルナ嬢との関係は政略結婚なのだが良好だ、だが異母兄弟のインゴとの関係は微妙。

 最初は僕と比較されて意気消沈し原因の僕に反発したが、僕の弟という立場の恩恵にドップリ浸かってしまった。

 有能な親族の恩恵に浸る事は悪くはない、だがインゴはバーレイ男爵家の後継者であるがエルナ嬢は妊娠している。

 もしもエルナ嬢のお腹の子供が男子で有能だった場合、インゴの立場は悪くなり最悪は廃嫡だ。

 それを防ぐ為には努力して自分が強くなるしかない、今みたいに僕の恩恵に浸るだけじゃ駄目なんだ。

 ザスキア公爵は今後の僕の弱点はインゴだと言った、確かに今のインゴを唆(そそのか)すのは簡単だろう。

 

 お祖父様がインゴの側室としてニルギ嬢を与えてしまった、既に男女の関係になり依存し始めている。

 彼女がお祖父様に何か頼まれてインゴを唆(そそのか)せば 、彼は僕に頼み込んでくる。そして引け目を感じている僕は頼みを断れない、駄目な兄だな。

 

 だが事はそんなに単純じゃない、僕の立場を考えれば周囲が勝手に動く事も考えられる。僕にとって害悪だと判断されればエムデン王国すらインゴの排除に動く、既に僕は国家にとって重要な駒だから……

 

 問題点を指摘されれば放置は出来ない、早急に対応する為に久し振りに実家に顔を出す事にした。事前に行く旨は伝えてあるし、全員に話が有るとも伝えた。

 

 辛い話だが逃げる訳にはいかないんだ……

 

 僕の家紋入りの馬車は目立つが王宮から貴族街を抜けて新貴族街迄なら大丈夫、商業区に行く時は隠す事にしている。

 貴族街を通る時は身分をはっきりと示しておかないと御者が困る、何かトラブルが発生した時に相手と主の身分差が判断材料として大切なんだ。

 道を譲るにしても優先するにしても爵位が全て、同列の場合は活躍度によるらしい。

 僕の場合だと侯爵待遇だが侯爵七家より下じゃないらしい、宮廷魔術師第二席としての近年の活躍により上から四番目らしい。

 まぁ御者から聞いた順位なので対外的としては間違いないのだろう、彼等が一番詳しいのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りの実家の門を潜る、使用人一同に父上とエルナ嬢と……あれ?インゴとニルギ嬢が居ないな。

 まぁ両親が出迎えてくれるのが特別なんだ、多分だが気まずいので部屋とかに居るのだろう。事前に家族全員に話が有ると伝えているんだ、出掛けてはいないだろう。

 

 馬車を玄関前に横付けにすると、御者が直ぐに扉を開けてくれる。

 

「時間が掛かるから先に屋敷に戻っていてくれ、迎えには来なくて良いから」

 

「畏まりました、リーンハルト様」

 

 御者と馬車を自分の屋敷に帰す、今日は泊まる事も考えている。逃げ回っていたツケを払う時が来たんだ、もう逃げないぞ。

 

「良く来たな、リーンハルトよ」

 

「お帰りなさい、リーンハルトさん」

 

「ご無沙汰しております、父上。それにエルナ様は少しお腹が大きくなりましたね、此処は冷えますから早く中に入りましょう」

 

 使用人一同が深々と頭を下げる中、身重のエルナ嬢を労り早く中に入る。だが二人の苦悩した表情が気になるんだ、何か有ったのか?

 直ぐに応接室に通された、実は僕の部屋も未だ有るんだよな。でも質素過ぎて伯爵は泊められないとか言われたので自費で改装した、実家の部屋にまで文句を言わないで欲しい。

 

「また王命を達成したそうだな、ニーレンス公爵が話を広めているぞ」

 

「王都でも噂になってますわ、領民の罪を許す為に報酬の金貨十六万枚を辞退したそうですね。思い切った事をしたと感心しましたわ」

 

 ソファーに向かい合って座って直ぐにその話か、高額報酬を棒に振ったから困ったな。普通の感性なら勿体無いとか言われるだろう、平民の為に金貨十六万枚を捨てたのだから……

 

「ニーレンス公爵に借りを作る事を嫌いました、それに討伐したドラゴンの売却益だけでも多額の収入は有りましたから」

 

 総資産は既に金貨百万枚を越えている、空間創造も第五段階まで解放されたから収納されている物も全て取り出せる。お金に困る事はなくなった……

 

「あのオークションは見るだけ参加したが凄かったぞ、ドラゴンの素材で出来る武器や防具が今から楽しみだ」

 

「無駄遣いは駄目ですわ、もう『雷光』を貰ったのですから他は買いません!」

 

「いや、お前。そうは言うがだな」

 

 何だか夫婦のイチャイチャ的な話し合いに発展している、暫くは終わらないと思い紅茶に砂糖を二杯入れてかき混ぜる。やはりバルバドス師の影響か、僕は甘党になりつつあるのかな?

 暫く生暖かい目で夫婦の話し合いを見ていたが、結果的には父上の意見が通ったみたいだ。

 だけど買う前に相談する事になってるから、エルナ嬢による購入拒否も可能なのだろうか?

 

 ドラゴンの素材を加工した防具は基本的には鱗が主流だ、鱗の無い腹部の皮も軽くて丈夫だが加工は難しい。専用の工具を使わないと皮が切れないので加工の手間は多い。

 スケイルメイルや鱗の盾は、ドラゴンの鱗に固定化の魔法を重ね掛けして張り合わせた物だ。

 普通の物理的攻撃では傷付ける事は難しい。

 だが魔力刃やアイアンランス、それにゴーレムの強い力で扱う武器ならば傷付ける事は可能なんだ。

 他にもドラゴンの鱗には種類により各種魔法耐性が有る、転生前も一通り揃えて研究したな……

 

「あの、そろそろインゴを呼んで貰えませんか?」

 

 夫婦のスキンシップも一段落ついた所で、本日の来訪の本題であるインゴとの話し合いをする為に呼んで貰う。

 彼の事だから呼ばない限りは応接室には来ないだろう、気弱な部分は変わりない筈だ。

 

「リーンハルトさん、インゴの事ですが……」

 

「居ないんだ、お前が訪ねて来る事は伝えたのだがな。書き置きを残して、ニルギ嬢と一緒に出掛けてしまったんだ」

 

 え?何を言われたんだ?

 

 思わず言葉に詰まり思考が止まる、異母兄弟とはいえ僕は自分の家を興した伯爵だ。インゴは未だ家を継いでない新貴族男爵の次男、家族だからと我が儘を通すのは無理過ぎるぞ。

 確かに引け目に感じている僕なら許すだろう、家族間にまで身分云々(うんぬん)を持ち込むことはしない。

 だが周囲は一般的な貴族の常識で判断する、この行動は最悪と取られても仕方無い。これを放置すれば、何れは父上やエルナ嬢の常識まで疑われる。

 

 最初に見た、父上とエルナ嬢の苦悩した表情の原因はこの事か……

 

「行き先は書いて有りましたか?」

 

「バーレイ男爵本家だよ、俺もしらなかったが何度か訪ねていたらしい」

 

 よりにもよってバーレイ男爵本家、お祖父様の所かよ!

 

 僕が来るのを承知で、お祖父様の所に向かったのか。

 やはりニルギ嬢はお祖父様の意向に従っていると判断して良いな、大人しくて従順そうな娘だったし祖父には逆らえないんだ。

 正直参った、悪い遊び仲間も居るとは思っていたが最悪一歩手前だぞ。敵対勢力に取り込まれるよりはマシだが、僕に会いたく無いだけでニルギ嬢を連れて逃げ出すなよ。

 

 ソファーの背もたれに身体を預ける、問題が色々有り過ぎて困惑しかない。

 お祖父様も僕が会いに来たのに逃げ込まれたと知ったら慌てるだろう。僕の約束よりも自分が優先されたと勘違いされたら困るから……

 

「父上、未だ間に合いますからインゴを鍛え直しましょう。他の煩い連中にバレる前に矯正しないと大騒ぎになります、少なくとも貴族の一員としての常識は叩き込まなければ駄目でしょう」

 

「血の繋がった家族でも身分差は守らねばならぬ、特にお前は独立したバーレイ伯爵家の当主だからな」

 

「今回は許して下さい、あの子は今年十三歳なのです。未だ幼い子供なのですから」

 

 その子供の我が儘を貴族院が見逃してくれれば良いが、密告されたら無理だろう。僕の失脚を狙う連中は多い、此方に害の無い妥協案はインゴの廃嫡だぞ。

 エルナ嬢が妊娠してるからバーレイ男爵家の後継者問題は大丈夫、問題児を排除してケジメも付けられる。

 

「僕のせいでインゴを追い詰めてしまった、許すもなにも責任は僕に有ります。だがそれを良しとしない連中も居るのです、使いを出してインゴを呼び戻しましょう」

 

「そうだな、お前は独立してバーレイ伯爵だ。異母兄弟だからと甘えを許さない連中も大勢居るな」

 

 僕がバーレイ男爵本家に乗り込む訳にもいかない、乗り込めば大問題だ、双方無事では済ませられない。責任問題が発生する、誰かに責任を取らせないと終わらないだろう。

 インゴを呼び戻して現状を理解させるしかない。彼の人生を狂わせたのは僕のせいだよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 疎遠だった息子との復縁の切欠作りとしてニルギを与えたインゴだが、此方に遊びに来る迄には懐柔出来た。

 シルギも『王立錬金術研究所』で主要なメンバーに入っている、リーンハルトから協力を引き出す手筈は整いつつある。

 しかし祖父の家に遊びに来てニルギの部屋に籠もるとは、兄と違い色事には興味津々か。早くニルギを孕ませれば、尚良いな。

 孫娘を道具として扱っているのだが、順調に進んでいる事に頬が緩む。

 

「シルギよ、インゴの様子はどうだ?」

 

 家族愛の強いリーンハルトの弱点ともいえる出来が普通なインゴの取り込みは成功しつつある、ニルギに依存し始めた。

 後はニルギに奴を唆(そそのか)せれば、リーンハルトに泣き付いてくれる、全く最大の弱点が身内とは甘い宮廷魔術師第二席の伯爵様よ。

 

「少し、いえかなり良く無い状況ですわ。あのインゴさんの依存と甘えを低く見過ぎていました、アレは自分の置かれた状況を全く理解していません」

 

「む、愚か過ぎるとは思わなかったが何を心配している?」

 

 兄の出来が良過ぎるが、弟も年相応に普通だろう。父親が付きっ切りで修行しているので、同世代よりはレベルも高い筈だぞ。

 少々ニルギに依存し過ぎて色事が盛んになったが、早く子供を作ればリーンハルトの甥っ子を押さえられる。更に奴を絡める伝手が増えるのだ。

 

 だがシルギの真剣な表情を見れば、詳しく聞くしかあるまい。

 

「何が問題だ?まさかウチのメイドに色目でも使ったのか?」

 

 性欲が強過ぎるのも問題だ、ニルギが寵愛を失えばリーンハルトへの効力が薄れる。アレは積極的に寵愛を求められる女ではないからな……

 

「僅かな時間しか話す事が出来なかったのですが、どうやらリーンハルト様が実家に来ると連絡が有ったのに会い辛いと逃げ出したみたいなのです」

 

 はぁ?馬鹿か!

 

 肉親とはいえ身分上位者が訪ねて来る約束をすっ飛ばしたのか?馬鹿か、馬鹿なのか?

 

「敢えて聞くが、わざわざ会いに行くと連絡を貰ったのにか?」

 

 黙って頷いたが最悪だな、奴が今のぬるま湯のような場所に居られるのはリーンハルト殿との関係が良好だからだぞ。

 兄が普通のお前に必要以上に配慮するから、周囲はお前にも配慮するんだ。その関係が崩れたら、お前の周囲には誰も居ないし何も残らない。

 

「所詮は甘やかされた子供か、大人が言い含めなければ理解出来ない愚か者よ。シルギよ、インゴに現実を教えてから家に帰すのだ。出来の悪さを我々の所為だとか思われたくはない」

 

「分かりましたわ、傲慢になった子供を叱るのは大人の務め。インゴさんには、リーンハルト様の枷の役目が有るのです。早々に脱落されては困ります」

 

 全く馬鹿な子供だ、相手は伯爵で自分は新貴族男爵の息子。身内とはいえ身分には歴然とした差が有るんだぞ、普通に考えても分かるだろ!

 

「ニルギにも内緒で伝えておけ、お前の旦那の出世は兄の贔屓次第だ。精々仲良く媚びねば直ぐに没落するぞ、嫌なら兄弟間の仲を取り持てとな」

 

「分かりましたわ、バーレイ男爵の屋敷には私も同行致します。しかし今は色事の真っ最中です、暫くは時間が掛かると思いますので先に馬車の用意を致します」

 

 我が一族で一番使えるのはシルギだな、他は欲望は大きいのに反比例して能力が低めだ。我がバーレイ男爵本家の栄光は一人の孫に掛かっている、困ったものだ。

 

「頼んだぞ、貴族の常識と自分の危うい立場を理解させるのだ。ニルギを与えた分だけは利益を取り戻さねば丸損だ、間違っても性欲の捌け口として与えた訳ではない!」

 

 十代が一番性欲が高まる筈なのに弟と違い兄は色事には控え目だな、何としてもリーンハルトの協力を得たい。何としてもだ!

 


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