イルメラとウィンディアが去った後、魔法を使いベッドと毛布の残り香を消した。二人共に控え目な良い匂いだが無臭ではない、証拠は極力消すのが良いだろう。
緊張しながらもリラックス出来た不思議な添い寝タイムが終わり、約二時間の睡眠から起こしてくれたのはアーシャだった。
「おはようございます、旦那様。アーリーモーニングティーの準備が出来ましたわ」
優しく身体を揺すって目覚めを促してくれる、何とか眠気を追い払い瞼を開く。窓から差し込む太陽の光は弱い、今日は曇りか雨かな?
漸く開いた目に飛び込んで来たのは、満面の笑みのアーシャだ。顔が近いのは、のし掛かる様に身体を揺すっていたからか……
「おはよう、アーシャ。昨夜は帰りが遅くてね、起こすのは悪いと思ったんだ」
上半身を起こすと身を引いてくれた、後ろに控えるヒルデガードも笑ってカップに紅茶を注いでいる。
「夫婦なのですから、そんな事など気にしないで下さい。今朝報告を受けた時は嬉しかったですが、同時に少し寂しく思いました」
軽くアーシャを抱き締める、久し振りの彼女の匂いを深く吸い込むと漸く目が覚めた。
「ただいま、アーシャ。不在中に何か変わりは無いかな?」
「特には何も……ただ親書と贈り物が溜まっていますわ、ジゼルも何日か来て処理をしていましたが全ては無理でした」
半月も放置、そして三度目の王命の達成。喜ばしい出来事には祝い事も付いて来る、ここは諦めて頑張るしかない。
「あー、うん。そうだね、何時もの事だね」
名残惜しそうに身体を離すとヒルデガードがカップを受け取り渡してくれた、今朝は香りを楽しむダージリンか……
ベッドの上で上半身だけ起こして紅茶を楽しむ、貴族として余裕有る過ごし方をしろって意味らしいが身体を覚醒させる事の方が合ってると思う。
ストレートティーの渋みが脳を活性化させて眠気を吹き飛ばす、今日は忙しいが頑張るぞ!
「ヒルデガード、風呂の準備を頼む。朝一番で王宮に行ってアウレール王に報告をする、今回の王命も成功だよ」
「承(うけたまわ)りました、アーシャ様も御一緒されますか?」
何でドヤ顔でアーシャに混浴を勧めるんだ?王宮に出仕するから忙しくて時間が無いのは分かっているだろ?
「えっと、その……旦那様、御一緒しても宜しいでしょうか?」
ヒルデガードさんの無茶振りに真っ赤になるが肯定してお願いされたよ、嬉しいが欲望には負けない様にしないと駄目だよな。
「構わない。でも王宮に出仕するから、ゆっくりは出来ないんだ。準備は急いでくれ」
イルメラとウィンディアと添い寝した後に、アーシャと一緒に風呂に入る。最低の浮気者だな、嫌になるが嬉しく感じているんだ。
後宮を持つアウレール王の凄さが分かる、奥方様達にも派閥が有るのに問題無く纏めているのは人望なのか?他に秘訣が有るのなら是非とも御教授願いたいです。
◇◇◇◇◇
今回はニーレンス公爵家からの私的な依頼の関係で大々的な報告にはならず、謁見室でアウレール王に報告をする形になった。
巷(ちまた)では結構凄い噂話が広がっている、正確にはザスキア公爵の配下の者達が広めてくれた。
曰わく『クリストハルト侯爵の暴政により荒廃した領地を僕とニーレンス公爵が正常に戻した』とか『追い詰められて反乱を起こした者達の残された家族の為に、自分の報酬と引き換えに彼等の罪を許す様にアウレール王に嘆願した』とか色々だ。
クリストハルト侯爵にとっては最悪の、僕とニーレンス公爵には最高の噂話が広まっている。貴族として領民の評価は治世者としての技量を問われる、クリストハルト侯爵は暗に無能だと広まった。
これは本当にクリストハルト侯爵は衰退、最悪は御家断絶だな。借金も有り後継者は浪費家、良い材料が全く無いとすれば哀れだ。
立て直すのは無能な後継者を廃して有能な者に任せるしかない、歴史も地力も有る家柄だし立て直しは不可能じゃないけど……
「僕の考える事じゃないな、敵対派閥の一員だ。衰退してくれれば助かる程度で良いかな」
今は他に重要な事が有る、気持ちを切り替えて謁見室の扉の前に立つ。警備の近衛騎士団員二人が僕を確認すると両開きの扉を開けてくれた、そのまま中に入り部屋の壁際に立ってアウレール王を待つ、先に座るのは不敬だ。
暫く直立して待つと護衛の近衛騎士団員二人を伴い、アウレール王とリズリット王妃が現れたので頭を下げて待つ。
「ご苦労だったな、ゴーレムマスター。畏まらなくても良い、早く座れ」
「御苦労様でした、リーンハルト殿。ニーレンス公爵からの報告書を読みましたわ、最高の結果ですわ」
「有り難う御座います。王命を達成出来て嬉しく思います」
更に深く頭を下げてから席に着く、向かい側にアウレール王とリズリット王妃が並んで座り近衛騎士団員が四人、警備の為に二ヵ所の出入り口を固める。
「お前の錬金技術には呆れるな、ゴーレム以外にも軍事拠点の陣地構築。更には堤防や用水路、水門に水車小屋に粉挽き用の石臼と何でも有りだな」
「10m級のゴーレムルーク、戦闘用は8mだそうですね。我が王都の城壁も破壊出来そうですわ」
ニーレンス公爵の報告書は詳細な部分まで書かれているみたいだ、当初の計画よりも余計に仕事をしても期間は半分だ。自己申告よりも成果が多いし能力も過小に報告した、少し警戒されたかな?
確かに攻城兵器級の大型ゴーレムだ、アレにメイスかアックスを装備させて城壁を叩けば何とか壊せるだろう。
「大量の錬金は精度を上げる鍛錬としては最高でした、巨大構造物の構築を繰り返した事によりゴーレムルークの性能向上が可能となりました。今なら8m級ゴーレムルークの十体同時制御が可能です」
つまり巨大なゴーレムを十体並べて進軍出来る、敵に高位魔術師かデオドラ男爵級の戦闘力が有る者が居ないと一方的に蹂躙出来るだろう。
下級魔力石による五千体のゴーレムポーンに8m級のゴーレムルークが十体、アウレール王はウルム王国とバーリンゲン王国との戦い方を修正しているな。
思考の邪魔をしない為に大人しく座って待つ、用意されていた水差しからコップに冷たい水を注いで一口飲む。どうやら緊張していたみたいで、冷たい水が凄く美味しく感じた。
「ふむ、流石だな。超脳筋戦闘集団バーナム伯爵のNo.4は、破壊以外の事も人並み以上に色々可能だと証明した訳だ」
「今後も各領主達から領地の改革の手伝いの依頼が殺到するでしょう、ですが無理はしないで下さい」
「今回は特別です、次の依頼は受ける事は無いでしょう。ですが自分の領地の農業改革は暇になれば行いたいと考えています」
副業に勤しむのは悪くないのだが、農地改革をするより魔法迷宮バンクを攻略する方が有意義だ。王命だしニーレンス公爵絡みだから受けた仕事だ、今後同様な依頼が来ても断る事になるだろう。
「お前なら良い領主になるだろう、さて今回の報酬だがニーレンス公爵からの金は国庫に納めて貰う」
「それでは周囲に示しがつきません、信賞必罰は上位者の務め。リーンハルト殿には王立書庫の無制限立ち入りを許可します、魔導書関連の類も有りますから役に立つでしょう。
本来ならば国王と宮廷魔術師筆頭しか立ち入れない場所なのですわ」
魔導書関連の禁書だと?
一国の集めた魔導書、僕の偽りの死後に書かれた物も有るかもしれない。それは凄く楽しみだ、下手な金銭や財宝よりも嬉しい。
「興味の無い奴には無価値だが、二重報酬だからとニーレンスからの報酬を国庫に納めるお前に金銭的な物はやれないからな。全く困った忠臣だぞ、ゴーレムマスター」
「有り難う御座います。さっそく書庫に行きたいのですが、宜しいでしょうか?」
一ヶ月近くは王都に居るからな、魔法迷宮バンクも攻略するけど時間は工面出来る。ああ、だけど贈り物の礼状書きとか残っていたな。仕方無い、午前と午後に分けて……
「少し落ち着け、目が怖いぞ。それがお前の本性だな、魔法馬鹿とは聞いていたが納得した。だが未だ話は残っている、お前達は退出しろ」
護衛の近衛騎士団員達を謁見室から退出させた、ここからは密談か。気持ちを仕事用に切り替える、これは魔力砲絡みか他の事か……
「ゴーレムマスター、お前は現代では不可能と言われている魔導書を新規で書けるそうだな。ならば禁書を読めば色々と理解出来るだろう、サリアリスも新しい魔法を覚えた。いや、古代の魔法を使える様になったのだ」
「リーンハルト殿ならば禁書の魔法を復活させられるでしょう、期待していますよ。歴代の宮廷魔術師筆頭達も、禁書を読んで何かしらの成果が有ったそうですわ」
歴代の宮廷魔術師筆頭?つまり第二席の僕に前倒しで見せる事自体が特別扱いで報酬なんだな、金銭欲より知識欲を優先するから配慮してくれたのか。
「有り難う御座います。もし何かしら得る物が有れば報告致します」
王立書庫は今の僕でも立ち入り出来る、だが禁書が納められた特別の書庫には立ち入れない。
入室許可証明用の指輪を渡された、中に居る時は指輪を嵌めてなければ防衛機能が作動するそうだ。
防衛機能は古代の魔法知識の結晶らしく、今では使えるだけで壊れたら直せないそうだ。
だがそれを調べると色々とヤバそうなので頼まなかった、先ずはどんな魔導書が有るか調べてみよう。
◇◇◇◇◇◇
アウレール王との謁見を終えて自分の執務室へと向かう、配下の宮廷魔術師団員達は未だ帰って来ない。
この一ヶ月の猶予を有効に使いたい、先ずは禁書を読み漁り次は魔法迷宮バンクを攻略する。
後はイルメラ達と遊びに行きたい、興味は全く無いがオペラでも観るか?それとも……
「これはリーンハルト殿、久し振りですな」
「ご無沙汰しております、バセット公爵。王命によりニーレンス公爵領に行っておりました、アウレール王への報告を終えたところです」
待ち伏せか偶然か、このルートはバセット公爵の執務室からは遠い、緩やかに距離を置きつつある相手だ、警戒しなければならない。
だが礼を欠くのは失礼だし悪手だ、貴族的礼節に則り一礼する。
「ふむ、三回目の王命も無事完了とは大したものだな。リーンハルト殿は時間に余裕が有るかな?」
「今ですか?これからサリアリス様の所にご機嫌伺いと報告に行きます、その後は暫くサボっていたドラゴン種の研究の為に魔術師ギルド本部に向かう予定です。
半月も王都から離れた為に仕事も山積みです、少々困ってます」
苦笑いを浮かべながら頭をかく、サリアリス様の所に行くのは詭弁だ。バセット公爵でさえサリアリス様には遠慮するから、敢えて名前を使わせて貰う。
バセット公爵も一瞬だが嫌な顔をしたな、やはり何かしらの用が有ったと見るべきか……
「そうか、精力的に動いているのだな」
「はい、来月にはバーリンゲン王国とウルム王国の婚姻外交による結婚式にも呼ばれています。
バーリンゲン王国の第五王女オルフェイス様とウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様の正式な婚姻ですが少々きな臭いです。
アウレール王も色々 と準備をしていますし宮廷魔術師にも個別で指示が出されています」
これでもかと多忙さをアピールする、実際は各宮廷魔術師達に個別指示が出てるかはわからない。
だが戦争ともなれば宮廷魔術師達も参戦する、少なくとも僕は最前線で戦う事になるだろう。
「確か名指しで結婚式に呼ばれたみたいだな、アウレール王の代わりに名代でロンメール様が行くそうだぞ」
「ロンメール様がですか?」
王立継承権第二位、品行方正で芸術家肌のロンメール様ならば、祝い事には最適な人事だろう。僕は彼の護衛も兼ねる、面識は有るから護りやすいかな。
「廊下で話し込んでしまい申し訳ないです、それでは失礼します」
公爵と王宮の廊下で立ち話は失礼だが、部屋で改めて話す事もない、深く付き合わずに中立にしたい相手だ、この辺で切り上げるのが良いだろう。
「そうだった、ヘルクレス伯爵とシアンが正式に詫びたいと言って来ている。会ってやっては貰えぬか?」
立ち去る前に頼まれてしまった、正直会いたくない相手だが公爵からの直接の頼みは無下には断れない。だが受ければ貸しは作れる、立ち止まりバセット公爵を見る。
「もう済んだ事です、蒸し返す事はないと思います」
「ケジメと思ってくれ、シアンも塞ぎ込んで屋敷に籠もってしまったのだ。再び社交界に引き出すにはリーンハルト殿の力が必要だろう」
シアン嬢まで持ち出して来たか、無闇に断る事も出来ないな。これで断れば貴族の男としての資質を問われる、そう理由付けを与えてしまう。
ここはバセット公爵に貸しを作ったと割り切る事にするか……