古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第423話

 旧クリストハルト領の灌漑工事を手掛けて最終日となる今日は、ビルログ川と水門の接続を行う。

 これにより全長2㎞に及ぶ用水路に水を通し二ヶ所の溜め池を満たす、既に大雨の溜まり水で漏水のチェックも済んで問題は無い。

 最後となる為か領民達の他に、メルカッツ殿達も全員が最後の仕上げを見る為に集まっている。

 

「いよいよだな、リーンハルト殿」

 

「何故でしょうか?心が踊りますわね」

 

「ふむ、流石は現代最強の土属性魔術師ですな。仕上がりは素晴らしいの一言だぞ」

 

 ニーレンス公爵にメディア嬢、それにリザレスク様まで集まっている。ニーレンス公爵家の祖母・父・娘の親子三代に見守られるって凄い事だよな……

 

 水門の周辺に千人近い人が集まって僕に注目している、水門が開き用水路を通り溜め池に水を満たせば、後は開墾と種蒔きだけになる。

 この水門を開く事は彼等にとっても生活向上の切り替え地点なのだろう、だから全員が集まったんだ。

 

「では、始めます」

 

 僕の開始の言葉で周囲のざわめきが止まる、皆に注目されているのが分かるので緊張するな。

 

 先ずは水門の前の土を取り除き水門とビルログ川を繋げる、その後で水門を開いて水を引き込む。

 空間創造からカッカラを取り出し、頭上で一回転させて降り下ろす。

 

「錬金!土よ、退(しりぞ)け」

 

 水門の前の土を錬金で岩に変えて圧縮しビルログ川と繋げる、勢い良く水が水門に当たるがビクともしない強度は有るぞ。

 

「ゴーレムルークよ、水門を開け!」

 

 全長8mのゴーレムルークが歯車に繋がったチェーンを巻き上げ水門を開く、勢い良く水が用水路に流れ込むと同時に歓声が上がった!

 

「やった!水門から用水路に水が流れたぞ」

 

「これで水汲みが格段に楽になる」

 

「俺等が強制的に作らされた時は一年以上掛かっても全然出来なかったのに、半月で作るなんて信じられない!」

 

「しかし巨大なゴーレムだよな、これなら敵を倒すのも簡単だ」

 

 歓声が上がり、その後で割れんばかりの拍手が起こる。彼等の実質的な生活向上が今日から始まった、それが嬉しいのだろう。

 半月に及ぶ灌漑工事も終了した、今夜は細やかな宴を催して貰い明朝王都に発つ事になる。

 

「リーンハルト殿、無理を言って済まなかったな。これで依頼は達成だ」

 

「有難う御座います。土壌改良と開拓の連中は、もう暫くは残しますのでお願いします」

 

 喜ぶ領民達に手を振って歓声に応える、彼等の為に少しでも手伝う事が出来て良かった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ニーレンス公爵の影響力を舐めていた、事前に準備してないのに集まる人数が多い」

 

 宛がわれた客室から見下ろす庭は前悪趣味侯爵の趣味を完全に消し去っている、派手で下品な庭は四季の花が咲き乱れる華美ではないが落ち着いた趣に変わっている。

 その庭にひっきりなしに来る馬車から着飾った貴族達が降りてくる、この連中は自然と集まって来たんだ。

 僕の為に細やかな宴をと話したのだが、事前に情報収集をして近くに待機してなきゃ無理だ。

 

 先程まで一緒にお茶を飲んでいたニーレンス公爵の笑顔が固まってたから、予想外だったのだろう。

 メディア嬢も苦笑いしていたが、多分彼女が宴を華やかにする為に何かした感じがする。

 今夜集まって来た連中は見覚えのある彼女の取り巻きの淑女達が多い、つまりはそういう事だ……

 

 来客を観察しても仕方無い、シズ嬢とククリ嬢が僕の着替えの準備をしているし宴の始まりも近いな。

 

「リーンハルト様、お召し物の準備が出来ました」

 

「有難う、でも手伝いは要らないよ」

 

 メイドみたいな仕事をしているが、彼女達は代官であるフィオリオ殿の娘であり立派な貴族令嬢だ。本来なら若い異性の着替えなど手伝わない、無理をさせている。

 

「嫌です!」

 

「私達、ご迷惑でしょうか?」

 

 泣きそうな顔のシズ嬢と困り顔のククリ嬢、そんな顔をされたら困る。

 世話をするのは王命を受けた宮廷魔術師第二席にして侯爵待遇の伯爵だからか、粗相も粗略にも出来ないからだな。

 

「本来の君達は貴族令嬢だ、若い異性の着替えなど手伝う必要はない。それを粗略に扱われたと勘違いする程、僕は恥知らずじゃない」

 

 王宮侍女や他家に花嫁修行の一環としてメイドをしている女性達とは違う、フィオリオ殿は従来貴族の男爵だ。彼女達は男爵家の令嬢姉妹、着替を手伝わせるなど出来るか!

 

「それに結構恥ずかしいんだよ、異性に着替えを手伝わせるなど拷問に近いんだ。悪いが気持ちを察してくれると助かるよ」

 

 その言葉を聞いた二人の機嫌は良くなった、原因が自分じゃなければ割りと受け入れてくれる筈だ。

 本職の王宮侍女やメイドには逆効果だ、彼女達は自分の仕事に誇りを持っている。故に手伝いは要らないと言えば仕える者から不要の烙印を押されたのと同じだから……

 

「リーンハルト様は思春期なのですね」

 

「意識されるのは凄く嬉しいです」

 

 思春期って異性を意識しだした青春真っ盛りな性少年(せいしょうねん)と勘違いするな!

 

 だがこの手の話は男性陣は不利だ、何を言っても『あらあら』か『はいはい』で流される。理不尽だ、強く言うのも男の度量が低いって思われるし最悪だよ。

 笑い出したいのを我慢しながら部屋を出て行く二人の背中を見て悔しく思う、何かが負けた気がするのは間違いか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 公爵家主宰の細やかな宴……細やかな?いや二百人以上集まってるぞ、それなりに広い代官の屋敷だが建物内だけでは人数が収まらずに庭にも立食形式でテーブルが配されて豪華な料理が並んでいる。

 大ホールはダンス用、専属の楽団が準備をしているし応援だろう使用人は百人を越えている。ニーレンス公爵は王都か周辺の領地かは分からないが、相当数の応援を呼び寄せたみたいだな。

 二階から見下ろせば既に参加者は全員集まっているみたいだ、シズ嬢とククリ嬢も貴族令嬢として参加しているがメディア嬢の後ろに並んで控えている。

 彼女はニーレンス公爵が後継者を別にして最も大切にしている愛娘だ、彼女の旦那となる者はニーレンス公爵家の中心近くに配される事になるだろう。

 

「ふむ、時間だ。疲れている所を悪いな、適当に挨拶を交わして早々に引き上げてくれ」

 

「これも貴族としての義務ですから」

 

 苦笑いで応える、長い夜になるかもだがニーレンス公爵の面子を潰す訳にはいかない。

 階段を降りて大ホールに向かうと歓談を止めて、来客が一斉に僕とニーレンス公爵に注目する。

 

「皆、忙しいのに良く集まってくれた。僅か半月で荒廃していた領地も整備出来た、この喜ばしい状況をもたらしたリーンハルト殿の努力に感謝し細やかな宴を催した。存分に楽しんで欲しい」

 

 ニーレンス公爵の言葉の後に多数のメイド達が参加者にシャンパングラスを配る、所謂乾杯の発声は僕だ。

 ニーレンス公爵は僕の気苦労を無くす為に大分予定を省いて簡略化してくれた、乾杯の後はニーレンス公爵と共に主要な参加者と挨拶を交わす。

 ダンスは最初の方舞はニーレンス公爵夫妻と僕とメディア嬢の二組だけだ、ポルカは好きにして良いがシズ嬢とククリ嬢にはダンスを申し込む必要が有る。

 世話になったし義理も有る、何より知らない女性を誘うよりは気が楽だ。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、この新しき領地の発展を祝い……乾杯!」

 

 グラスを掲げてからシャンパンを一気飲みする、程好く冷やされた炭酸が喉元を過ぎるのが心地好い。

 一気飲みし空となったグラスを近くに居た使用人に渡す、暫くはニーレンス公爵と共に挨拶回りだ。

 どうやら最初の相手はメディア嬢のお茶会で同席した六人の内の三人か……

 

「会う度に何かしらの成果を上げているとは凄いな」

 

「流石はリーンハルト様ですわ」

 

 ネフェス・フォン・トスカーナ男爵と長女のエスクード嬢、彼女は三人組のリーダー的な感じがする。

 

「リーンハルト殿は武力の高さは示していたが、内政面も有能なのだな」

 

「本当に素晴らしいです、ニーレンス公爵様も大変喜んでいましたわ」

 

 ポートリオ・フォン・リカルド男爵と長女のオータム嬢。父娘共に人当たりの良さそうな感じだ、三人組の中では調整役っぽいな。

 

「ふむ、大したものだな」

 

「お父様!申し訳有りません、リーンハルト様。お父様は口下手で言葉が足りませんが、リーンハルト様の功績を凄く認めておりますわ」

 

 ジェマ・フォン・フェナン男爵と長女のカトレナ嬢。三人組は全員未婚の長女なんだよな、この包囲網は生々しいから苦手だ。

 

 直ぐに側室話に発展しそうな話題を振ってくる、だがザスキア公爵が教えてくれた僕と他の貴族との認識のズレ。

 僕は侯爵扱いの伯爵なのに側室は一人、来年結婚するが二人共に男爵令嬢だ。貴族的常識ならば少ないし実家の爵位も低い、だから自分の娘達を押し込もうとしている。

 実際に調べたが、伯爵だと平均七人は本妻以外に側室が居る。侯爵以上は二桁だ、逆に子爵や男爵は財力により数は変動する。

 領地無し副業無しだと男爵でも本妻と側室一人だけも多い、要は養える金が有るかが重要で僕には困った事に金が有る。

 

「王宮での舞踏会以来ですね、僕も役職柄多忙なので中々お誘いに応じられず申し訳なく思っています」

 

 彼等の後方にも二陣の父娘の二人組が多数居る、この機会にお近づきになりたいって事だ。正直今まではニーレンス公爵の力で抑えてくれていたが、枷が外れれば積極的に攻めて来るのか……

 

「王都に戻れば時間的に余裕が出来ますでしょうか?」

 

「私達、ロンメール様が認めたリーンハルト様のバイオリンを聞いてみたいのです」

 

「お願いします!是非とも我が家の音楽会に参加して下さいませ」

 

 娘三人が正面と左右から迫ってくるが退路が無い!

 だが音楽会は鬼門だ、僕の素性を知られる可能性が高過ぎるんだ。古代の曲など毎回弾いては何時かボロが出る、ロンメール様も僕のバイオリンの腕を認めたとか話を盛らないで下さい。

 

「一ヶ月間は王都に居ますが、セラス王女の個人的な依頼の他に王立錬金術研究所の所長としての仕事も有りますので難しいでしょう」

 

 途端に落胆の声が聞こえる、勿論だが僕はモテモテ大人気で嬉しいが困る的な馬鹿な考えはしていない。

 彼女達は僕の置かれた立場と影響力を考えて、実家の為にとアプローチをしてくる。そこには僕個人に対する恋愛感情など無い、あくまでも実家の存続と繁栄の為に動いている。

 

 だが僕は……僕は個人的な恋愛感情だけで正妻も側室も決めている、この感覚の差が後々問題になるとザスキア公爵は忠告してくれた。

 このまま貴族的常識を無視すれば、その皺寄せがジゼル嬢やアーシャにも及び兼ねない。ひいてはデオドラ男爵やバーナム伯爵達にも被害が及ぶ、僕の我が儘は貴族社会では異端か……

 

「ですがニーレンス公爵主宰の舞踏会やメディア嬢のお茶会には参加します、今の段階では申し訳ないですが他の方との約束は出来ません」

 

 申し訳なさそうに次の機会が有る事を話して今の段階でのお誘いを牽制する。舞踏会とお茶会、色々な思惑が交差し参加者が殺到するだろう。

 派閥の長とその愛娘、果たして無理強いしてでも参加出来るかな?そこはニーレンス公爵の手腕に頼るしかない、だが無意味な拒否は不味いと理解した。

 

 次々と現れるニーレンス公爵の派閥の貴族達と和やかに挨拶をしては別れる、この辺は転生前の経験を活かしているが王族時代と上級貴族とはいえ臣下の今の立場が微妙に違う。

 流れ的に伯爵以上の家と親族的付き合いをしないと無理な立場に追い込まれていると理解した、我を通すのが良いとは限らないか……

 

「リーンハルト殿は妙な慣れを感じるぞ、その年齢で無難に挨拶回りをこなすとはな」

 

「慣れはしませんが、何とかこなしてる感じです。もうギリギリですけど……」

 

 苦笑いを浮かべて追及を交わす、転生前の経験が地味に生きているので助かる。

 派閥の付き合い方については考えを改める必要が有るのは改めて理解した、理解はしたが……格の高い家との親戚付き合いなど、僕に出来るのか?

 


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