古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

421 / 999
第420話

 ニーレンス公爵の娘二人の急襲が有ったが実害が無いので対応はメディア嬢に任せる、僕が口を挟む問題ではない。

 多分だが父親が叱って追い返すだけで終わるだろう、騒ぐ事はニーレンス公爵の家族関係や躾の問題に口を挟む事になり厄介事でしかない。

 ここはスルーする事が最善だな、貴族の面子を潰すのは悪手だし相手は身分上位者だ。実害も無いし小さい事で騒ぐのも此方の器を問われる、許す事も男の度量の内だ。

 

「申し訳有りません、リーンハルト様。姉達がお恥ずかしい真似をして……」

 

 身内の恥は自分にも責任が有ると捉えているのだろう、向かい側に座るメディア嬢から謝罪された。

 彼女に責任は無いし僕に実害もない、我が儘に育てられた上級貴族の子女の中には多いから気にしない。前の立場なら脅威だったが、今の立場なら大丈夫だ。

 そう言えばアルノルト子爵の娘のグレース嬢から何かお誘いの手紙が来ていたな、そろそろ断りの返信しないと不味いか?

 

「気にしてませんから大丈夫です、特に何もされてませんから」

 

 笑顔で気にしてないと伝える、ニーレンス公爵も彼女達を僕に近付けようとはしないだろう。少し困った身内の恥ずかしい話で済ませれば大丈夫だな。

 近い為に馬車は直ぐに現場に到着した、先に馬車を降りてメディア嬢に手を差し伸べる。差し出された手を軽く握り馬車を降りる手伝いをする、現場の連中も珍しく二回も現場に来た彼女に注目が集まる。

 

「僕は溜め池の方に行きますので、ここで失礼します」

 

 ニーレンス公爵に報告に行くだろうメディア嬢にエスコート出来ない事を詫びる、既にセイン殿が足早に近付いているので大丈夫だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 メディア嬢と別れて用水路の中を歩く、目的地は1㎞先の溜め池予定地だ。

 本来なら馬車に乗って行くのだが、メディア嬢の為にニーレンス公爵の居る拠点で降りた。レディ優先で歩く事にする、序でに自分が錬金した用水路のチェックも行う。

 壁や床を目視しクラック等が無いか、固定化の魔法のムラが無いかを確認しながら十分も歩けば目的地に到着する。

 一旦用水路から出て目的地を眺める、自然に出来た擂(す)り鉢状の窪地だが高低差が2mも無い。広さは大体50m四方の正方形で深さは3m程度の溜め池にしようと考えている、池じゃなくて水槽かな?

 

 予定地は雑草が伐採されて縄を使い大体の大きさが分かる様に仕切られている、僕の事に気付いたのか何人かの魔術師ギルド所属の魔術師達が近付いて来る。

 

「さて、始めるかな」

 

 予定地の真ん中に立つ、足の裏から魔力を大地に流して探査するが特に障害になりそうな大岩とかは埋まってない。これなら大丈夫だろう……

 薄く広く魔力を伸ばして行く、50m四方の大きさを感覚で掴んで位置を確認する。

 

「先ずは穴堀だな」

 

 自分の魔力を伸ばした部分を一気に錬金する、土を無くす訳じゃなく圧縮して岩に変化させる。その際に体積が変化するので空間が作れる訳だ、元々は堆積した腐葉土と砂が混じった泥だから岩に変えるのは容易い。

 

 ズンッと鈍い音がして大地が陥没し、真四角な溜め池が完成する。一気に高低差が出来たので真下に落ちたが、膝を曲げて衝撃を緩和して着地する。

 後は用水路との取り合いに水門を作れば完成だ、水門は滑車と歯車を組み合わせているので人力で上げ下げ出来る。

 今はゴーレムを使うが、実際に運用する場合は人力か馬か牛等の家畜を使う事になるだろう。

 水門は開けた状態で固定する、固定した縄を切れば簡単に閉じる事が出来る。

 それよりも背後に近付く気配の方に注意が行く、忘れがちだがメディア嬢も土属性魔術師なので魔力感知で大体の位置は分かるんだ。

 

「偉く簡単に溜め池と言うか巨大な水槽を作りましたわね、感動を通り越して呆れますわ」

 

「全くだ、大規模陣地を一人で錬金した話は本当だったんだな。いや大したモノだな、驚いたぞ」

 

 振り返ればニーレンス公爵とメディア嬢が並んで立っていた、どうやら馬車で追ってきたみたいだ。

 後ろからセイン殿達が走って来る、彼ではニーレンス公爵の馬車には乗れないから自分で走るしかないな。いやグレートホーンに乗るとか汎用性を考えて実践して欲しいのだが。

 

「土属性魔術ですから土弄りは得意です、明日もう一ヶ所溜め池を作ったら堤防の錬金を始めます」

 

 何と無く来た理由は分かる、バーバラ嬢とフェンディ嬢の件だよな。気にしないで大丈夫なのに、律儀というか何というか……

 溜め池の底は3mの深さが有る、二人は降りるのにメディア嬢が梯子を錬金したのか。

 

「地上に送りましょう」

 

 全長8mのゴーレムルークを錬金し屈ませて乗り易いように掌を地面に着けさせる、足を乗せて肘の辺りを掴めば手摺代わりになるだろう。

 メディア嬢はスカートだったのでゴーレムルークにお姫様抱っこさせて上に登らせる、何も見えないし見ていない。てか、スカートで梯子を使ったのか?

 

 巨大ゴーレムを見せたのはサービスだ、色々と配慮してくれたお礼も兼ねている。

 

「ほう?巨大なゴーレムだな、全長は8m位か?」

 

「ゴーレムルークですね!前は全長6mだったと記憶してますが、更に大きく力強くなりましたわ」

 

「ただ動かすだけなら10m以上でも大丈夫ですよ、戦闘に使うなら8m前後が効率が良いかな?」

 

 最初にニーレンス公爵、次にメディア嬢の順に地上に運んで最後に自分を運んでからゴーレムルークは魔素に還す。大型ゴーレムの運用も問題無さそうだ。

 地上に降りるとニーレンス公爵が微妙な顔をしている、娘達の件を言い出し辛いのだろう。だが今の僕の立場でさえ、ニーレンス公爵に謝罪というか詫びを入れさせるのは問題なんだよ。

 

「もし先程の件についてなら問題は何も無かったですよ、些細な事ですし気にもしていません」

 

 先手を打っておく、先に口を開かれたら大変だから……

 

「だがな、不快な思いをだな」

 

「可愛いものです、豪華で高貴な猫の甘噛みみたいなモノです。ですが可愛い猫だから欲しいとかでは有りません、気紛れな仔猫の面倒は見れません」

 

 直接的な表現での娘批判を避ける、実際に可愛いものだ。恋愛的な意味での可愛さは皆無だが、貴族社会の闇を少しでも知っている身からすればあの程度の扱われ方など甘々だよ。

 

「我が家の仔猫の悪戯だと言うのだな?分かった、躾は十分にしておこう」

 

「リーンハルト様にとっては仔猫同然なのですね?あの若く純粋だった私のナイト様が老練なナイトに変わってしまうとは、私は悲しいですわ」

 

 メディア嬢に泣き真似をされた、貴女が一番の気紛れで我が儘な猫様ですよ。そろそろ『私のナイト様』設定は終わりにしたい、立場的に負けている気がする。

 

「人は日々成長します、何時までも若く純粋では居られないのです」

 

「リーンハルト殿は来年成人の筈だが?」

 

 ニーレンス公爵から突っ込みが入った、確かに僕は来年成人だが既に一人前として扱われている。成人式など貴族院が決めた結婚の解禁条件以外に意味は無い、まだ祝い品が殺到するんだよな……

 

「ですが未だ子供だからという言い訳は使えないのです、残念ですが親元から独立し自分の家を興した時点で一人前だと自覚しています。成人の儀は、僕には結婚の解禁以外に意味は無いでしょうね」

 

 既に一人前、宮廷魔術師第二席が未成年ですなんて言い訳は通用しない。あくまでも年齢制限の有る、貴族間の結婚許可だけが欲しいんだ。

 逆に子供扱いされた方が問題だ、実績を積んでも一人前と認めてないのだからキレても文句は言わせない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニーレンス公爵とメディア嬢を先に屋敷に帰した、一緒に帰ってしまえばバーバラ嬢とフェンディ嬢に会ってしまう。娘達を叱る所は見られたくはないだろう、一時間位は時間を潰して帰ると話してある。

 

 この時間を利用して雇った土属性魔術師達の仕事振りを見ている、リネージュさんが指示をだして等間隔に並んだ魔術師達が錬金をして土を腐葉土に変えている。

 五十人を二交代制にして適時休養し魔力を回復しているのだろう、だがレベル15前後だと一人当たり一日20m四方で一杯かな?

 硬い地面を腐葉土に錬金すれば地中に空気の層が出来るので少し柔らかくなる、その後なら比較的楽に鍬(くわ)で耕せる。

 多分だが農作業で一番男手が必要なのが開墾だ、種蒔きや手入れは重労働だがそこまで力は必要としない。来期の収穫に必要な農地の開墾は急務だ。

 既に土壌改良と開墾作業を終えた農地では小麦の種蒔きを始めている、何と無く気のせいと思いたいのだが……

 

「僕の手配した連中の中でも独身の奴等が、若い女性達と仲良くなってないかな?」

 

 水を差し入れたり汗を拭いて貰ったりと、何と無くだが男女間の距離が近い気がする。

 考えが甘かった、数少ない魔術師達は農民達と比較すれば結構な高給取りだ。しかもレベルは未だ低いが王都の魔術師ギルド本部に所属するエリート連中だよな。

 メルカッツ殿達は彼等が英雄崇拝する僕の家臣達だ、どちらも結婚すれば一気に貧困生活から脱出して王都で良い暮らしが出来る。

 

「参ったな、打算は有れども男女間の恋愛問題に口を挟むのは良くないよな?」

 

 高齢のメルカッツ殿にまで女性達が集まっている、平民でも裕福ならば妻が複数いても問題は無いから群がるのか?

 セイン殿達は全員貴族だから彼女達からすれば高嶺の花だろう、上手く行っても妾か最悪その場かぎりで終わり。リスクが高過ぎるから敬遠されたか……

 二十歳前後の若い女性達だが見た目も悪くない女性も多い、最悪の場合だがニーレンス公爵の領民を引き抜く事になるのか?

 

「リーンハルト様、どうなさいました?」

 

「彼等を見ていたら何組かは良い仲に発展しそうなので、どうしようか考えてました……」

 

 リネージュさんは苦笑して自分にも若い男達が世話を焼きに来るんですよと笑っていた、彼女も年齢的には御姉様だが美人だし王都の魔術師ギルド本部の役員だ。

 下手な連中より権力も金も持っている、だが残念ながら彼等では落とせないだろう。

 

「貧困生活からの脱出、憧れの王都での新婚生活。それが現実的になりそうな相手が居る、確かに頑張りたいでしょうね。

ですが今回連れて来た連中には釘を刺してますから大丈夫です、一線は越えないでしょう」

 

 滞在する宿舎も夜は女人禁制、破れば王都に強制送還及び罰金刑が課せられるそうだ。流石に徹底してるな、安心したが……

 

「ウチの連中は野放図だった、メルカッツ殿と相談する必要が有るな」

 

 ニーレンス公爵に迷惑は掛けられないし、そんな相談は出来ない。配下の手綱も操れないと思われるのも困る、悪いが深い仲にはなるなと釘を刺すか。

 元武芸者だから男女間の事に疎い連中も多い、鍛練一筋女は邪魔だ的な事も聞いた気がするし……

 要は恋愛事に慣れてないから同世代の女性に世話を焼かれると恥ずかしそうにしている、見てると初々しい。

 

「良く有る事ですし、然程心配しなくとも大丈夫ですよ。違う領地間での結婚も珍しい訳では有りません、一度に大勢なら問題ですが、数人なら平気です」

 

「そうですか、安心しました」

 

 少し気が楽になった、僕も一応ローゼンクロス領の領主だから領民の引き抜きとかは忌むべき行為だと思ったんだ。だけど大丈夫みたいだな、一度ローゼンクロス領に行くべきだ。

 ニーレンス公爵の働き振りを見ても、領主として代官に丸投げは駄目だ。貿易と漁業中心の領地だが少ないながらも農業も営んでいる、この仕事を終えたら短くても一度行きたいな。

 

「どうなされました?」

 

「ああ、すみません。自分も領地が有るのですが代官に任せきりなので、近い内に行こうと考えてました」

 

 またやってしまった、この熟考する癖は注意しても全く改善しないな。

 サリアリス様がアウレール王に収入源として手間の掛からない領地を希望してくれたが、やはり領主として早目に行くべきだ。

 近隣の領主二人とも面識が出来たし領主らしい仕事をするか、少なくとも灌漑工事の経験は積めたから役立てよう。

 後は代官と相談して出来る事をするか、短期では限られるがやらないよりはマシだろう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。