僕にとっては幅2m深さ1.5mの用水路作りなど簡単だ、右腕を前方にかざし歩きながら用水路を広げていく。先ずは100m程錬金してみる、思ったよりも魔力の消費は少ない。
最初は一日に用水路を100m作るのをノルマとしたが、レベルアップの恩恵で今なら更に200m作って300m迄なら消費魔力は全体の四割強で済むだろう。
未だ急激なレベルアップによる魔力増加と、自分が把握していた魔力総量との差が理解出来ていない。このアンバランスさは早く直さないと駄目だな……
気を取り直し右腕を前方にかざしてそのまま歩く、前方の土が捲れ上がり左右に広がりながら石に変わっていく。同時に真っ直ぐに石の床が延びていく、中々見られない光景に周囲の見学者も大興奮だ。
因みに用水路の左右の壁は安全性と使い勝手の関係で、周囲よりも50㎝程高くしている。
ゆっくり歩きながら用水路を錬金する、合計で300m程進むと魔力を半分位消費した。そろそろ止めるか、時間的には十五分も経っていないが僕の本日のノルマは終了だ。
用水路が全長2㎞、大体七日で終わる。堤防は全長3㎞、一日300mとしても十日で終わるから延べで十七日。予定だと半月で終らせる予定だったが溜め池二ヶ所に水門も入れれば二十日間か……
「凄く簡単に終わらせている様に見えるが、実際は凄い事なんだな。いや、これ程の錬金術は見た事がないぞ」
「有難う御座います、保有魔力の関係で僕の仕事は終わりです。もう一割弱しか魔力が残ってませんから、今からは役立たずですね」
ニーレンス公爵の誉め言葉に笑顔で応える、実際保有魔力は半分位残っているが魔力総量は秘密なので誤魔化す。まさか倍も有るとは思わないだろう、三時間くらい昼寝をすれば総量の七割近くまで回復するかな?
だが他の連中が汗水垂らして働くのに、自分は昼寝とかするのは責任者としては微妙だぞ。
「おいおい、謙遜にしても凄い話だな。他の土属性魔術師達なら三十人以上が丸一日掛けても終わらせられないぞ、桁違いの力だな」
上級魔力石を支給してノルマを増やす様な事はしないみたいで助かる、だが少しでも早く終らせる為にも昼寝はするか、そうしないと余った時間を潰す事が出来ない。
僕には特定の趣味が無いし、空いた時間で他の貴族達と懇親会とか笑えない。
「他の連中が働いているので気は引けますが、長目の休憩を取って夕方からもう一働きします」
やはり途中休憩してでもノルマを進めよう、それで少しでも範囲を広げるか。水車小屋を作り石臼を設置したり用水路脇に使い易いように引き込みを作ったりとか、農民達の使い勝手を良くしよう。
「確か魔力は睡眠により回復するそうだな、だが無理をさせる気は無い。後は俺が指揮をするのでリーンハルト殿は屋敷で休んでくれ。メディア、リーンハルト殿を屋敷の方に案内してやれ」
「はい、お父様。ささ、リーンハルト様。屋敷に戻りましょう」
いや、ちょっとメディアさん?強引に手を引っ張らないで下さいって!
◇◇◇◇◇◇
「凄い表面が滑らかだな、繋ぎ目が全く無いし掛けられた固定化の魔法の強固さが凄い」
「大地が割れるなんて信じられないですよね?これが史上最強のドラゴンスレイヤーの実力、いやドラゴンスレイヤーは関係無いか?」
「僕なら丸一日使っても同じ物を2mも作れないよ、レベル50って嘘だよね?」
ふむ、リーンハルト殿の連れて来た土属性魔術師達が騒ぎ出したな。奴等はレベル15前後、だが人数が多いから単純な土壌改良は任せられる。
リーンハルト殿は先に堤防と用水路を作り、後は土属性魔術師達を残して先に王都に帰る予定だろう。あまり王都を離れると平民達もそうだが我等貴族達も不安になる、『エムデン王国の最強の剣』であり『王国の守護者』か。
本人は心底嫌がっていたが周囲が盛り上がっていては無理だろう、確かに歴戦の勇者であるジウ大将軍を無傷で二回も退ければ期待されるのは当然だな。
「母上、大丈夫ですか?」
自分でゴーレムを四体錬金し車椅子を持たせて用水路の中まで降りて来た、その気になれば母上は自分でゴーレムを操り何処にでも移動出来るのだ。
今もリーンハルト殿が錬金した用水路の壁を触って何かを確認している、異様に興奮しているのが分かる。
「興奮し過ぎて大丈夫じゃないな、お前には魔力を引き継げなかったから分からぬだろう。リーンハルト殿はな、魔術師の壁と言われた二種類の同時魔法行使を行ったのだ。
大地を削り土を岩に変える他に、同時に固定化の魔法を掛け続けていた」
久し振りに見た実の母が子供みたいに興奮している、微笑ましいのか年甲斐も無くなのか悩むな。
他の魔術師達も頷いている、それが凄い事なのは理解した。だが仮にも魔術師達の頂点に君臨する宮廷魔術師第二席なのだ、出来ても不思議じゃないだろう。
「余り驚いてないな、魔力が見えぬお主には不思議に感じるだろう。だが我等魔術師にとっては奇跡に近いのだ、その秘密を教えて貰えるならば金貨百万枚を渡しても良い位だぞ」
「法外だな、だがドラゴンの売却益が金貨九十万枚近かった筈だぞ。自力で一ヶ月で稼げる相手には、金貨百万枚も大して心を動かさないと思うぞ」
俺からの報酬である金貨十六万枚を国庫に納めると言ったんだ、奴は金では動かない。形振り構わず金儲けに走れば、直ぐに金貨一千万枚位は稼げるだろう。
ドラゴン討伐を続けても良いし、自作の錬金したマジックアイテムを販売しても良い。
「そうなんだ、金も女にも興味は薄い。権力だって次期宮廷魔術師筆頭、魔術師の頂点に立つ事を約束されている。しかも侯爵待遇だ、ザスキアでも押し倒せば次期公爵も可能だな」
アウレール王も許すだろう、出来れば王族の一翼に迎えたかった筈だ。しかし奴はジゼル嬢を本妻に迎える事に固執し、アウレール王が折れた。
だが婚姻外交の美女達を即断する身持ちの固さに逆に救われた、あの女達ならば俺でも心が動く。勿体無い、本当に勿体無い……
「そうだな、ローラン坊やもザスキアの嬢ちゃんとも話したが配下への取り込みは難しい。だが対等な協力者ならば良い関係を築ける、ザスキアの嬢ちゃんみたいにな」
む、周りの連中が我等の話に聞き耳を立てているな。困った連中だ、だが雑務には数が必要。
リーンハルト殿の手配の土属性魔術師達の他に、セインと配下共まで此方を伺っているとはな。早く自分達の仕事をしないか!
「セイン、ボケッとしてるな!配下の連中と共に人型ゴーレムを錬金して草を刈らんか!魔術師ギルドの連中も早く腐葉土を解析して草を刈られた場所から土壌改良を行え!」
俺の一喝に蜘蛛の子を散らす様に離れて行きおった、全く非常識な錬金術を見たといっても呆けるな!
セイン達十二人は各二十体ずつのゴーレムを錬成して草刈りを始めたが……
「何だ?あの蟹人間みたいなゴーレムは?それに子供みたいな大きさのゴーレムに不釣り合いな大きさの鎌?
セイン、お前は人型ゴーレムに巨大な牛の角を生やしてどうする?バランスがおかしいから前屈みになるんだぞ」
駄目だ、メディアが甘やかし過ぎるから才能が有る馬鹿共になっている。リーンハルト殿が矯正していると聞くが納得した、こいつ等は自分の欲望に忠実なのだ。
刈り取られた後に、貴族殺しで噂になったカルナック神槍術の元道場主と門下生達が草木を纏めて運んでいる。リーンハルト殿に心酔し、彼の為になら命すら要らないという熱烈な忠誠心を捧げる連中。
それに今回は連れて来ていないが、『王立錬金術研究所』の三十人の土属性魔術師達は何れ作る魔導師団の中核を担う奴等とも聞いている。
「着実に有能な私兵を作り上げている、自身の無言兵団の他にだ。仮に三十人の土属性魔術師達が二十体ずつゴーレムを運用出来れば、六百体のゴーレム兵団が生まれる。
セイン達だと二百四十体、合わせれば八百四十体。一軍団に相当する命を持たない鋼鉄の軍団か……」
俺の派閥の通常戦力を動員すれば兵力は騎兵五百騎に歩兵が八千人、形振り構わず総動員すれば歩兵が一万五千人。
圧倒的に有利と思いがちだが、奴のゴーレムは死なないし怪我もしない。食事も休憩も必要としない、これは凄いメリットだ。
「今までは大して重要視されなかった土属性魔術師とゴーレム、だが今は違う。稀代の天才土属性魔術師殿の出現は、従来の戦争を根底からブチ壊すかもしれないな……」
◇◇◇◇◇◇
家族とリーンハルト殿だけを迎えた夕食、一流の料理人に一流の食材を用意しただけあり王都の本宅と同じ料理が食べれる。
リーンハルト殿も量は少ないが旨そうに食べていた、感触的には悪くないな……
「久し振りの陣頭指揮は疲れたが、それも心地好いものだな」
あれから現場に居座り連中の指揮をした、魔術師ギルド本部からはリネージュという女魔術師が補助してくれたから楽だった。
リーンハルト殿の配下もメルカッツと言う元道場主が指揮をしていたので問題は無い、奴等はウチの常備軍の上位クラスの力は有りそうだ。
問題は、俺が呼んだ宮廷魔術師団員であるセイン達だった……
この馬鹿共は多数のゴーレムを運用し鍬(くわ)を使い大地を耕す事を農民の真似事だと思っていて文句は言わないがヤル気が少なかった。
夕方に合流したリーンハルト殿が叱責し俺に頭を下げた、セイン達は俺が呼んだのだから頭を下げる必要は無い。
だが仮にも自分の配下だし複数ゴーレムの同時運用の鍛練を指示していたからと頑なだった、セイン達も言われた事を中途半端に行い上司に頭を下げさせた事を恥じた。
その後に見本で見せたリーンハルト殿のゴーレム達が流れる様な動作で乱れなく鍬を振るうのを見て、ゴーレムの制御向上に必要な事と漸く理解したのだ。
確かに三百体のゴーレムが一斉に同じ動作をすれば制御の難しさと鍛練の有効さを理解しただろう、自分達との能力差もな。
「ニーレンス公爵だけに指揮を任せて昼寝などしていた事を申し訳なく思っています」
「昼寝は魔力の回復に必要な事だ、仕事の範疇だぞ。それで魔力が回復し効率が上がるのだ、毎日昼寝をして欲しいくらいだぞ」
夕方に大量ゴーレムで見本を見せた後、水車小屋と連動する石臼まで錬金してくれた。それに100m間隔で用水路脇に水汲み場も錬金してくれた、回復した魔力で用水路を作れば早くノルマを達成出来るのに頼まれてない事までしてくれた。
それは俺が陣頭指揮をしてた時に自分が休んでいた事を恥じての行動、基本的にリーンハルト殿は真面目で義理堅いのだ。
それは母上が予測した性格の通りだな、この男を動かすには自らが率先して一緒に働く事が有効だ。身分差とかプライドとかに拘り高い対価を用意しても、大した恩義は感じない。
今回は公爵の俺が動いたから丁寧な対応と余計な仕事まで率先して行ったのだ、要は同じ位置に降りて共に苦労をすれば良い。
ザスキアの雌狐はそれに気付いた、同じ公爵連中の誰よりも早くリーンハルト殿の為に自らが動いたからこそ遅れて参加したのに最上位の対応を受けている。
それはあの女の爛れた年下好きの性癖も関係するから可能だった行動だ、だから他の公爵連中は気付かないだろう。
年下の子供と同じ位置に自分を下げられるか、まぁ不可能だろうよ。相手を自分と同じ位置にまで上げる事は近いが違う、その差が問題だったんだ。
「リーンハルト殿は農業にも詳しいのか?水車小屋に粉引きの石臼、水汲み場など普通は気付かないだろう?」
「配下に農家出身の者が居まして聞きました、次男以降で畑を継げずに飛び出した連中ですが農作業の経験は有ります。何が不便だったかを聞いておいたのが役に立ちました」
やはりだな、子供と侮るのは危険だ。嫌々だろうが王命なので高い次元で完遂する為の労を厭わない、中身は老練な大人と考えた方が良い。
騙されるなよ、コイツは身体は子供だが中身は大人だ。
「何にしても助かる、明日も俺が陣頭指揮をするぞ。これはこれで楽しい」
「それは大変では有りませんか?ニーレンス公爵自らがする仕事の範疇ではないと思います」
遠慮がちに現場に出るなと言い出したが、それは承諾出来ない。リーンハルト殿は俺が最前線で働く限り色々と便宜を図ってくれるだろう。
そこに連帯感や恩義が生まれてくれれば儲け物だ、だから俺は毎日現場に出るぞ。