古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第417話

 代官の館に一泊目、ニーレンス公爵と母であるリザレスク様と娘のメディア嬢との夕食となった。公爵一家と食事とかニーレンス公爵は来ると予想はしたが、高齢で足の悪い母親まで来るとは思わなかった。

 

 リザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンス、女性ながらアウレール王に直談判出来る程の影響力を持つ女傑だ。

 土属性魔術師としても一流の域にいる、現役は退いたが実力は確かなのは身に纏う魔力の制御を見れば分かる。

 その女傑が目の前に座り黙々と料理を口に運んでいる、痩せていて前歯も数本無いのに結構な大食いみたいだな。貴族のマナーとして食事中に雑談はしない、出された料理を行儀良く食べるだけだ。

 

 流石に一流の食材を一流の料理人が仕上げている、王宮での食事に勝るとも劣らない。だが味わう時間も余裕も無い、結構キツい状況だ。

 メインの子牛のフィレステーキを咀嚼して飲み込む、柔らかい肉質に上質の脂身、絶妙な焼き加減、そしてシクシクと痛む腹。

 僕は魔術師として精神力には自信が有ったがメンタル面が弱いみたいだ、この後に魚料理とデザートが控えているから頑張れ!

 

「余り食が進まなかったみたいだが、体調でも悪いのか?長旅で疲れたのなら早目に休んだ方が良いぞ」

 

「馬車酔いでしょうか?水属性魔術師を呼びましょうか?」

 

 食後の後のお茶会で女性陣に心配されてしまった、まさかの豪華メンバーにメンタル面が弱ったとは言えない。

 

「満腹状態は魔術師に必要な思考力が鈍りますので腹八分目以下に抑えています、なので気にしないで下さい」

 

 これを言った後に後悔した、これでは代官の館では気が休まらない、警戒が必要なんだと思われてしまう。身分上位者に招かれても信用していないと取られても否定出来ない。

 チラリとニーレンス公爵とリザレスク様を見るが特に気にしてないみたいで安心した、メディア嬢は感心したみたいに頷いている。

 この御嬢様は最初は随分と警戒されたが、敵対しないと分かれば配慮してくれる事が多い。高飛車だったが今では友人として良い関係だと思う、ジゼル嬢の悪友でもある。

 

 少しだけ安心して紅茶を一口飲む、砂糖をスプーン一杯だけ入れたので仄かに甘い。高い茶葉だからミルクを入れるのには抵抗が有る、だがストレートだと渋味が強い。

 

「流石は現役宮廷魔術師ですな、普段から警戒を緩めないのか。それで生で領地と領民を見てどう感じたかな?」

 

 ニーレンス公爵は良い方に勘違いしてくれたみたいだ、だがリザレスク様の表情が厳しいのは状況が良くないからだ。しかも領地と領民について聞かれたが、どう答えるかな?

 

「領地については田畑は荒れ放題、手入れは行き届いてません。領民は痩せていて病気の者も多い、僕が拠点とした場所にも何人も助けが必要な者達が徐々にですが集まって来ています」

 

 そして治療や食料配給を無断でしてしまった、ここからが話の持って行き方を考える必要が有る。ニーレンス公爵の表情は変わらない、上級貴族だし平民の悲惨な状況は報告で知っていても生では知らない。

 知っていても心を痛める程度で、全てを放り投げて最優先で対応するとかは考えない。ここは数有る領地の内でも、最近貰った手の掛かる困った領地でしかない。

 

「ふむ、食料と医療品の援助が必要か。手配はしてるが急がせよう、他には有るかな?」

 

 ん?妙に領民に対して協力的だな。そこまで力を入れて対応するとは考えていなかった、予算である金貨八十万枚もニーレンス公爵の財力からすれば大した負担じゃない筈だが普通の貴族なら膨大な負担だ。

 

「流石ですね、一時凌ぎとして僭越ですが僕の責任の範囲で魔術師ギルド本部とライラック商会による治療や食料の配給を行いました。出過ぎた真似をして申し訳なかったです」

 

 素直に話して頭を下げた方が良いと判断し、僕の責任の範囲でと話を変えておく。

 その方が何か有っても僕だけが対応すれば良い、流石に王都で有数の規模のライラック商会や魔術師ギルド本部でもニーレンス公爵が相手では荷が重過ぎる。

 

「いや構わない、本来は我々がすべき事だったのだ。リーンハルト殿には気を遣わせたみたいで済まなかったな」

 

 公爵本人が詫びただと?

 

 おかしい、領民に対しても良心的だし不気味な位に協力的だ。いくら王命により領地の回復を命じられているとはいえ、普通ならニーレンス公爵程の立場で自ら領地に乗り込んで来るか?

 本来なら予算を付けて配下に命じて終わりだ、それを母親と愛娘まで連れて来るか?

 

「いえ、王命を受けて来ています。出来る限りの事は行う予定です」

 

 リザレスク様は未だ難しい顔をしているが、メディア嬢は普通だな。

 だがメディア嬢は、その後の会話からも領地と領民の事を本気で心配している事は分かる。プライドの高い公爵令嬢としては意外だが、平民達に優しい事は嬉しくもある。

 逆にリザレスク様が何を考えているかが分からない、僕に対する取り込みにしては仰々しい。他に何か有るのか?

 数回会話を交わしたが、その表情からは真意が読み取れなかった。

 

 結局相手の思惑が分からない内に話は終わってしまった、この真意の確認が出来ない事が後々響かなければ良いのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、やはりニーレンス公爵とリザレスク様とメディア嬢の四人で食卓を囲む。堅苦しい話はないが緊張する、会話のネタはニーレンス公爵が振る事が多い。

 最近の趣味の話だが収集癖が有るらしく、今は名馬を集めて育てているそうだ。名馬の繁殖と育成には膨大な手間隙と多額の金が掛かる、貴族の中でも金持ちじゃなければ無理な趣味だ。

 血統の良い馬を集めて掛け合わせる、だが両親が良くても仔馬が有能とは限らない。この辺は人間にも当て嵌まるかな?

 因みに僕はマジックアイテムの収集と作成だと答えた、実際に他に趣味らしきモノは他に無いんだ。駄目だな、僕から魔法を取ったら何も残らない男だぞ、何か他にも趣味か誇れる事を探そう……

 

 食後は代官の館に関係者を集めて灌漑事業の進め方を検討する、僕は事前にザスキア公爵が手に入れた計画図を見ているので概要は知っている。

 ニーレンス公爵が用意した計画図と殆ど変わっていない、流石の諜報能力だ。

 驚いた事に今回の計画の責任者はニーレンス公爵本人、その下に配下の者達が居るが打合せには出席していない。代わりにリザレスク様と宮廷魔術師団員の代表としてセイン殿が同席している。

 僕の方は魔術師ギルド本部の応援の責任者としてリネージュさんだけ出席し、ライラックさんとメルカッツ殿は拠点で待機している。

 合計五人が計画を実行する責任者となる、ニーレンス公爵本人が指揮をすれば判断は待たなくても良い。仕事は捗るだろう、苦労や気遣いも増えるけど……

 

 テーブルに広げられた図面を見る、精巧に実測された地図だ。地図は戦略的資料として重要なので、本来なら部外者である僕等には見せない。

 平面図だが地形の高低差やそこに生えている植物の種類、土壌の質まで調べ上げている。この図面を派閥違いの僕に見せる意味は、信用と取るか引き込みと取るか。

 

「事前の打合せ通りに、ここの区画を整備したい。ここから二ヶ所の溜め池まで用水路を2㎞ほど引き、水害対策の堤防は河川にそって3㎞ほど作る。

溜め池周辺を開拓し土壌改良を行えば当初計画の農地の二割は開墾出来る、そうだったな?」

 

 図面を指差しながら、前回アウレール王の前で僕が出来ると言った範囲を示したが間違いは無い。

 

「はい、可能なら溜め池の整備まで終わらせたいですね。僕が堤防と用水路の錬金を担当し、魔術師ギルド本部から呼んだ土属性魔術師達は土壌改良。

セイン殿達と僕の配下の者達が開墾を担当する、それで宜しいでしょうか?」

 

 セイン殿達には人型ゴーレムを操作し鍬を使い畑を耕す、ノルマは一人十体同時運用。最終的にはレベル20の人型ゴーレムを二十体運用出来る事にする。

 メルカッツ殿達とは区画を分ける必要が有るな、下手な競争意識とかは不要だ。

 

「ふむ、セイン達はゴーレムで開墾する事で同時に魔法の訓練も行うか。合理的だな、既に区画分けの地縄は張ってある。直ぐにでも作業が開始出来るぞ」

 

 事前に準備をしたにしても早いな、まだ最初に打合せをしてから数日しか経ってない。何故ここまで乗り気なんだろう、王命とは言え不自然じゃないかな?

 

「流石に仕事が早いですね、ですが最初に土壌改良の見本が欲しいのです。それを解析し同じ様に錬金します、深さは地表から30㎝迄ですね」

 

 栽培する小麦は春蒔きと秋蒔きが有る、春蒔きは三月に蒔いて七月に収穫し秋蒔きは十月に蒔いて六月に収穫する。

 だがこの領地の春蒔き小麦は収穫すら滞って育ち過ぎている、秋蒔き小麦も種を蒔く時期がズレ込んでいる。早急に種を蒔かないと来年の収穫には間に合わないぞ。

 

「ふむ、馬車に腐葉土の見本を用意してある。あと我等の秘伝の土壌改良配合が有るのだが……」

 

 僕の浅い知識では土壌改良とは腐葉土と牛糞等を混ぜる事、植物の根が大地に深く根付く様に耕して土壌を団粒化する位しか知らない。

 ニーレンス公爵とバセット公爵の領地では年に二回以上収穫出来る秘密が有るそうだ、一年に麦二回とトウモロコシが一回以上とか生産出来るらしい。

 その一端が農業に適した土壌改良なのか、他にも作物の品種や肥料とか色々と有る筈だが不用意に知ろうとするのは不味い。

 

「それは僕達が不用意に踏み込めない部分なので、ニーレンス公爵の配下の方々にお願いします。此方の土属性魔術師達は見本を元にした土壌改良迄と開墾だけに専念します」

 

 秘密を探る事はしない、その部分はスッパリと割り切るべきだな。不用意に知ってしまえば最悪は口封じだ、それだけ収穫高を上げる秘密は重たい。

 

「そうか、悪いな。開墾の後に手を加えさせて貰う事にする」

 

 安心した風に頷いている、やはり収穫高の増加の秘密は知られたくないよな。迂闊に処置後の田畑に近付かない様に指示を徹底しておくか、配下の者の下手な好奇心でニーレンス公爵と敵対とか笑えない冗談だ。

 東方の諺(ことわざ)で『下手な好奇心は猫をも殺す』ってヤツだな。猫の好奇心が何だか分からないが、自制心を養えって事だと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 灌漑事業初日、案内された区画はビルログ川と接している平原だ。元は一面の麦畑だったと思うが今は雑草が生い茂っている、天気は曇りで少し風が強い。

 生い茂った草が風に揺らされている、状況さえ知らなければ長閑な田園風景だ……

 

 先ずはビルログ川から用水路の引き込み部分の整備か。このビルログ川は川幅も広く深さも2m以上は有るそうだ、水は少し茶色に濁って川底は見えないが魚は豊富らしい。

 だが食用に適している鮒(ふな)や鯰(なまず)等は泥臭く淡白な味わいで贅沢に慣れた僕では舌に合わないだろう、最近は贅沢が身に付いているもんな。

 

 川と田畑の高低差は30㎝も無い、ビルログ川が氾濫すれば辺り一面は水浸しだぞ。

 

「この部分から分岐させて用水路を整備したいのです、位置は地縄の右脇にお願いします」

 

 ニーレンス公爵の配下の連中が説明をしてくれる、この見渡す限りの雑草が生い茂る平地を農地に改良すれば良いんだな。

 堤防と用水路、今は雨期じゃないから大雨による氾濫の心配は無い。先ずは用水路を整備し左右の土地を開墾する、腐葉土に錬金してから鍬(くわ)を入れて大地を耕す。

 そこで引き渡して後はニーレンス公爵の配下の土属性魔術師達が秘密の土壌改良を行う、僕等はそれは見ないし調べない。

 

「さて、漸く僕の出番か。だが観客が多くないか?」

 

 僕の錬金術を見たいのか、関係者全員が集まっている。最初に用水路を作らなければならないから仕方無いとは言え、メルカッツ殿達まで見学とはな。

 気持ちを切り替えて地縄の脇に立つ、先ずはビルログ川から10m離れた場所から用水路を作る。最初からビルログ川に繋げば水の対処もしなければならない、実際に水門を作り水を通して確認するのは最後になる。

 

「では始めよう」

 

 軽く足で大地を叩く、そこから地面が割れて真っ直ぐな溝が生まれる。更に左右の壁と床を錬金により厚さ1mの岩に変えれば用水路の完成だ、最初は確認の為に幅2m深さ1.5mの用水路を10m作り上げる。

 

「凄いな、そんなに簡単に用水路が出来るのか?」

 

 何時の間にか用水路の下まで降りてきたニーレンス公爵が、完成したばかりの用水路を触りながら驚いていた。

 確かにこの手の錬金は転生前も多用していたから慣れている、現代の土属性魔術師はどの程度の事が出来るのか調べておかないと差が大きくて怪しまれるかな?

 


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