古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第415話

 

 マーリカ嬢のご褒美の提案、それは何か一つお願いを聞いて欲しいという曖昧で危険な事だった。

 側室や妾に迎えてくれとか派閥に入れとか際限無く要求がエスカレートする事も考えられる、故に認められない。

 

「それは無理ですね、金貨百枚で叶えられる事なら提案などしないでしょ?善意の褒美なので金貨百枚で我慢して下さい」

 

 断っても笑顔のままのマーリカ嬢に、シルギ嬢以上にヤバい淑女を引き込んだと後悔し始めた。困った事にバルバドス師絡みだから追い返せないんだ。

 

「そんなに警戒しないで下さい、私が一番回避率の高いレジストストーンを錬金出来たら叶えて欲しい願いはですね……」

 

「マーリカさん、それはリーンハルト様に対して失礼でしてよ。褒美は善意からなる気持ちなのです、それに条件を付けるのは失礼よ」

 

 む、一番警戒していたシルギ嬢が正論で諭したぞ、マーリカ嬢の願いは聞かない方が良いな。

 

「そうだね、全員が同じ条件じゃないと褒美にならないかな。今回は金貨百枚、期限は今月末迄だ。それの他にも納品のノルマは守って下さい」

 

「分かりましたわ」

 

 特に不服が無さそうな顔だが、マーリカ嬢については調査を頼んでいる。どんな報告が来るか少し怖いな、『王立錬金術研究所』については終わりで良いかな。

 

「レニコーン殿とリネージュさんには別件で話が有ります」

 

「そうですか、では二人は『王立錬金術研究所』に戻って引き続きレジストストーンの作製に精を出して下さい」

 

 優雅に貴族的な礼をして退室する二人の後ろ姿を眺める、期待していたマーリカ嬢を警戒し、警戒していたシルギ嬢を頼りにし始めている。全く逆で変な状況だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼女達が退室したタイミングで紅茶を煎れ変えてくれた、新しいお茶請けはドライフルーツの糖蜜かけだ。

 僕はバルバドス師の弟子だが甘党ではないのだが、結構な頻度で甘い物が出される、あとは酒と両極端だよな。子供扱いなのか、酒豪として大人扱いなのか……

 

「お話とは何でしょうか?」

 

「何か我々に出来る事ですか?出来るだけの事は致しますわ」

 

 ふむ、話がお願い事になってるな、依頼だから間違いではないのだが……いや、お願い事も含んでるか。

 二人共に此方にヤル気が伝わってくるのだが、そんなに重要なお願いじゃないんだ。

 

「アウレール王から発表が有った通り、僕は旧クリストハルト侯爵領の灌漑事業を手伝います。その補助として魔術師ギルド本部所属のレベル15前後の土属性魔術師を五十人、期間は一ヶ月ですが雇いたいのです」

 

「旧クリストハルト侯爵領、現ニーレンス公爵領ですね。過去に一度協力した事が有ります、十五人の土属性魔術師を送り込みましたが……」

 

 報酬を踏み倒されたか、流石に王都を拠点とする魔術師ギルド本部も侯爵家には逆らえなかったんだな。

 だがクリストハルト侯爵家は領地没収という厳しい処置をされた、後継者は浪費癖の有る無能。家名を残す為に何処か有力な貴族に婚姻絡みで吸収されそうだな、金持ちの新貴族辺りが名乗りを上げそうだ。

 歴史有る旧家の令嬢を娶り子を成せば、その子供には尊き血が流れている。その子供達の使い道は色々有るのだろう。

 

「ええ、聞いてます。なので今回は僕から報酬を払います、他には内緒ですが前回の未払い分も合わせて払いますよ」

 

 土属性魔術師十五人分か、問題は何日タダ働きさせたかだな。毎月請求だから未払いは延長しても二ヶ月か三ヶ月か?

 

「二ヶ月分が未払いです、金貨三千枚になりますが……」

 

 本当に二ヶ月間もタダ働きさせたのか、こんな悪行を働けば次から協力してくれないぞ。

 だから灌漑事業は失敗したんだ、魔術師ギルド本部以外にも未払いが有りそうだ。資機材の調達も金を払っているか疑問だぞ、この後でライラック商会にも寄って確認するか。

 

「では合計金貨八千枚を払いましょう、人員の確保を頼みます」

 

「宜しいのですか?クリストハルト侯爵の未払い分をリーンハルト様が払う必要は無いのですよ。私達も諦めていた分です、貰わなくても困りません」

 

 借りを作る事を嫌ったか?それとも純粋な遠慮か?確かに無関係な者の未払い報酬を肩替わりする必要は無いよな。

 

「構わない、ニーレンス公爵から報酬として金貨十六万枚を貰う事になっている。もっとも実費を引いた額は国庫に納める、だから払える物は払うつもりだ」

 

「折角の報酬を国に納めるのですか?」

 

 やはり驚いた顔をしたな、二重報酬云々を言っても理解されないか……

 

「多額の報酬はニーレンス公爵に借りを作る事になる、それを嫌ったんだ。来週には現地に向かう、人選は頼んだよ」

 

「理解致しました、早急に集めます」

 

 二人揃って深々と頭を下げてくれた、捨てたと思っていた金が貰えるんだ。頑張って土属性魔術師を集めて下さいね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何度目になるのかな、ライラック商会に立ち寄るのは。

 何時もの馬車停め、何時もの出迎え、メンバーも変わらずだな。そのまま応接室まで案内をして貰う、見知った魔力を感知したが……

 

「お久し振りです、ベリトリアさん」

 

 応接室には既にベリトリアさんが座っていた、同席させるとなると彼女も僕に用が有るのか?

 

「久し振りね、リーンハルト君」

 

 『白炎』のベリトリアさん、冒険者ギルドAランクにもっとも近いとされていた御姉様だが先日Aランクに昇格していた。

 噂ではライラック商会の専属みたいな活動を行っているらしい、少し痩せた感じがするのは気のせいだろうか?

 

「宮廷魔術師の昇格の条件である指名依頼を拒否したそうですね?」

 

 本来なら問題無く宮廷魔術師になれるだけの実力を持っている、ならないのはサリアリス様との確執か他にも理由が有るのか?

 

「人に仕えるのも働くのも嫌なのよ、自由が良いの」

 

 自由か、僕も自由を求めて頑張った結果なんだが……早々に無理と判断して魔術師の頂点を目指したんだ、ある程度の自由を権力を持つ事で手に入れた。

 

「リーンハルト様、御足労有難う御座います。本日の御用件を承ります」

 

 空気だったライラックさんが会話に割り込んで来た、しかし彼女程の使い手を遊ばしておくのは勿体無いな。

 

「ライラックさん、ご無沙汰してます。実は旧クリストハルト侯爵領の灌漑事業の手伝いをする事になりまして、魔術師ギルド本部から五十人、僕の配下から二十人、余裕を見て八十人分の衣食住を任せたいのです」

 

「また王命ね、短期間に三回目って凄い事なのに淡々としてるわね」

 

「噂は聞いています、ニーレンス公爵から強い要望が有りアウレール王が動いたそうですね。期間は一ヶ月で宜しいでしょうか?」

 

 既に話は王都中に広まっているのか、流石に三回目ともなると依怙贔屓(えこひいき)だとか言い出す連中も居そうだな。

 他の連中では不可能な内容なら問題無いが、今回は時間が有れば土属性魔術師なら誰でも出来る。短期間でって期限を設けたから、僕に話が来たんだ。

 

「そうですね、宿舎は撤退後は領民に寄付します。資機材も同様に余っても回収しません。それと前回のクリストハルト侯爵の灌漑事業で、料金を踏み倒された商会は居ますか?」

 

「マテリアル商会です、確か総額で金貨二万枚近く融通したのに支払いは全く無かったそうです」

 

 マテリアル商会か、じゃ関係無いから良いや。

 

「リーンハルト君、私を雇わない?周囲が煩くて嫌なのよね。サリアリスのババァも宮廷魔術師になれって煩いし、そろそろヤバい相手からも接触が来るんで断り切れないのよ」

 

 ライラックさんとの会話が終わるか終わらないかで割り込んで来たけど、ベリトリアさんが焦る程の爵位の高い相手か。下手に断って敵対勢力に取り込まれるよりは全然良いな。

 

「それは願ってもない申し込みですが、どう言う立場を望みますか?専属冒険者か家臣か位しか無いですよ」

 

 他の連中からの圧力を跳ね返すなら家臣に迎えるのが一番だ、専属冒険者では他からの依頼を受ける事も可能だから拘束力は低い。

 だが冒険者ランクAの彼女を雇うとなると年間で金貨三千枚以上だよな、いやもっとかな?

 

「うーん、専属冒険者だと少し弱いかな。リーンハルト君の家臣か、英雄様だから戦争には確実に参加するわよね。悩むなぁ……」

 

 ここで側室とか妾とかって話が出ないのが助かる、色恋沙汰にはならない関係が望ましい。

 

「完全に庇護するなら家臣でしょう、専属冒険者より強く干渉出来ます。他は思い浮かばないかな」

 

「家臣か、でも戦争とか面倒臭いのは嫌よ」

 

 その言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう、確かに戦力的には最高だろう。だが僕は孤独な軍団長が似合う男だ、高レベルの魔術師や僧侶だからと言ってイルメラやウィンディアも戦争には同行させない。

 

「僕の屋敷で自由に暮らしてくれて良いですよ、望む仕事は僕の大切な人達の護衛です。千人程度の下級兵士では負けない程度の防衛準備はしてますが、完璧とは言い難いので。

衣食住全て僕負担で、報酬は年間金貨三千枚でどうでしょうか?」

 

 レベルアップして一番最初にした事は『召喚兵のブレスレット』と『魔法障壁のブレスレット』の強化だ。

 前者はレベル30のゴーレムポーンを八十体操れる、後者はレベル50相当の魔術師が張れる魔法障壁と同等の力が有る。それでも不安が残る、彼女達が僕の最大の弱点だからだ。

 

「そうね、イルメラちゃん達は好きだし破格の条件よね。それでお願いするわ」

 

 がっちりと握手を交わす、これで屋敷の防衛は完璧に近付いたな。僕の築いた防御陣地にベリトリアさんが加わる、正規兵千人とだって渡り合えるぞ。

 

 ベリトリアさんは自分の家を引き払い我が屋敷に来る事になった、少しずつだが家臣団のメンバーが充実し始めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王都に戻った五日後に全ての準備が整った、魔術師ギルド本部から五十人の土属性魔術師。

 ライラック商会からは二百人近い人員と大量の資機材を積んだ荷馬車の用意が整った、僕はメルカッツ殿と配下の警備兵二十人と共に旧クリストハルト侯爵領にと向かう。

 セイン殿以下、宮廷魔術師団員十二名は既に現地に向かっている。今回はニーレンス公爵本人も立ち会う事になった、メディア嬢も一緒だ。代官の屋敷を改良して長期滞在の構えだ。

 

 全員が馬車に乗り込んでいる、徒歩は移動が遅くなるから避けた。今回は出陣式など無い、早朝に各々が出発し現地にて集合の予定だ。

 僕は四台の大型馬車に分乗している、王都の大正門を通り抜けるとライラックさんとリネージュさんが待っていた。

 魔術師達は全て馬車、ライラック商会絡みは馬車と徒歩が半々かな?

 

「お待ちしておりました、リーンハルト様」

 

「準備は全て整えております、何時でも出発出来ます」

 

 整然と隊列を組んで僕を待っていたみたいだ、ならば馬車から降りて言葉を掛ける必要が有る。

 完全に旅立ちの格好だが、まさか二人共に同行する気か?各自で用意し出発で、現地集合だったよね?

 

「えっと、リネージュさんもライラックさんも現地に行くのですか?」

 

 事前相談では無かった事だが責任者として同行する気なのかな?

 

「勿論です、魔術師ギルド本部は総力をあげてリーンハルト様に協力致します」

 

「私も御用商人として現地で陣頭指揮をします、ライラック商会も総力をあげてリーンハルト様に協力致します」

 

 やる気満々だ、断るのも意味が無いし正直助かるから良いか。だが皆が僕を見詰めているのは何か話せとかじゃないよな?

 

「これから向かう旧クリストハルト侯爵領は反乱が起きた場所です、本来なら反乱を企てた者は一族全て死罪です。だがアウレール王は残された人達の罪を許しました。

僕等は彼等が安心して生活出来る為に灌漑事業を行い農地改革をします、限られた期間しか有りませんが効率良く行動しましょう」

 

 一斉に雄叫びを上げた後に、英雄様万歳!とか訳の分からない言葉が飛び交う。思わず顔の筋肉が引き吊ったのは悪くない筈だ、何だよ英雄様って?

 

「流石はリーンハルト様です、アウレール王に報酬の金貨十六万枚を国庫に納めるので領民の罪を許す様に嘆願したそうですな。彼等はリーンハルト様に理想の貴族像を求めているのでしょう」

 

 理想の貴族?清廉潔白で私利私欲に走らず慈悲深い高潔な人物って事か?いや、僕は自分の幸せの為だけに動いているだけなんだが……

 


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