古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第414話

 今後の予定を話す為に応接室に集まったメンバーを見回す、ジゼル嬢にアーシャは分かる。イルメラにウィンディア、まぁ良いだろう。

 メルカッツ殿は何故だろうか?何か問題でも有ったかな?

 

 ソファーに座れるのは僕とジゼル嬢とアーシャで、残りの三人はジゼル嬢の後ろに控えている。身分社会だから今は仕方無い、その改善の為に動いている。

 

「新しい王命と聞きました、今度は何でしょうか?」

 

「アウレール王は旦那様を酷使し過ぎてます!ドラゴン討伐を終えて直ぐに新しい王命などと……」

 

 む、アーシャの言葉は不味いな。国王に対する非難をしては駄目だ、僕の為にとは言え駄目だ。

 

「落ち着いて、アーシャ。今回の件はね、ニーレンス公爵家からの嘆願をアウレール王が叶えた形が近いんだ。最初から説明すると……」

 

 旧クリストハルト侯爵領で反乱が起こった、原因は旧コトプス帝国の残党共が虐げられていた領民を扇動したからだ。

 故に領地を引き継いだニーレンス公爵は、反乱を鎮圧し参加した者は死罪としたが生き残りの家族等は罪を問わずと許した。所謂(いわゆる)飴と鞭を用いて生き残りの領民の懐柔策とした。

 

 だが元々灌漑事業を行っていたが計画は頓挫していた、原因はクリストハルト侯爵の息子が費用を着服したかららしい。

 施政者の家族としては最低だな、この馬鹿息子が家督を継げばクリストハルト侯爵家は無くなるだろう。敵対気味だから問題は無いし僕に直接の被害もない、だから大丈夫だ。

 

 この酷い状況を打破する為には領民達に希望を与えなければならない、最短期間で残された者達が農業を営むだけの農地改革をしなければならない。

 

「それで白羽の矢がリーンハルト様に刺さったのですね?」

 

 白羽の矢?面白い表現をするな。ジゼル嬢は僕に分からない表現をする事が有る、東方の諺(ことわざ)で神が生贄と選んだ相手に射すらしい。だが普通に矢に刺されたら死ぬが、死体が生贄なの?

 

「灌漑事業や農地改革には土属性魔術師が必須、そして自慢じゃないがエムデン王国で最高位の土属性魔術師は僕だ。

故にニーレンス公爵はアウレール王に嘆願して僕を途中で呼び戻して貰った、断る事は不可能だよ」

 

 ドラゴン討伐は最終日で目的のレベル50を達成していたから良かった、中途半端に呼び戻されたら本来の目的を果たせなかった。

 エムデン王国を外敵から守る為に力を得ようとしてるのに、その国民の為に中途半端に呼び戻されては本末転倒か?

 

 全員が考え込んでいる、ジゼル嬢が指でカップの縁をなぞるのは深く考え込んでいる時の癖だ。

 アーシャとイルメラは単純に人助けを行う事を喜んでいる、根が優しい娘達だからな。ウィンディア、うんうんと悩んでいるがどうした?

 メルカッツ殿は眼を閉じて瞑想してるみたいだ、皆の邪魔をしない様に紅茶を飲んで待つ。

 

「王命による灌漑事業の手伝いとはいえ、ニーレンス公爵からは多額の報酬を得るのですよね?依頼されて報酬を貰うと精神的に上下関係が生まれますわ」

 

 流石はジゼル嬢だ、僕と同じ部分を危惧したか。今は敵対せずに対等の関係だが何れは上下関係が発生するだろう、その前にもっと力を付けたい。

 

「今回の報酬は金貨十六万枚、その中から魔術師ギルド本部に派遣を依頼する土属性魔術師を多目に五十人分の費用を負担する。それと前回踏み倒されたクリストハルト侯爵からの報酬を加算して払う。

後はライラック商会に彼等の衣食住の面倒を全て任せようと考えているよ」

 

「土属性魔術師五十人分を一ヶ月でしょうか?五十人集めるとなれば平均レベルは低くなります、一人金貨百枚としても五千枚ですね。衣食住を合わせても金貨一万枚でお釣りが来ますわ」

 

「リーンハルト殿、その灌漑事業と農地改革だが我等にも手伝わせて欲しい。元々農民も多くいるから慣れているし、鍬(くわ)で大地を耕すのは良い鍛練となる。手首や足腰と鍛えられるのだ」

 

 む、宮廷魔術師団員のゴーレムを使い畑を耕す予定だったが農業経験者の参加は助かるな。

 それにメルカッツ殿は汚名返上の為にエムデン王国の為になる事がしたいんだな、それは大歓迎だ。

 

「それは助かる、頼みます。僕の配下の宮廷魔術師団員も全員が手伝う。彼等にはニーレンス公爵から頼んで貰う事になっている、貴族だしプライドも高いし農民の真似事など出来るかって言われそうだからね」

 

「派閥トップのニーレンス公爵自らが命令するなら断れない、嫌な事はニーレンス公爵に任せた訳ですね?それでも高額報酬です、能力に見合った報酬ですが……」

 

 やはりジゼル嬢はニーレンス公爵を警戒している、強大な政敵となりえる相手に借りは作りたくないんだ。

 言わないつもりだったが言っておくか、無報酬になるから叱られると思うんだよな。一家の大黒柱なのですから結果に見合った報酬を貰えってさ。

 

「ニーレンス公爵から貰う報酬だけどさ、実費を引いた全額を国庫に納めるよ。僕は宮廷魔術師として年金を貰っているからね、二重報酬は受け取れないんだ」

 

 この言葉に全員が固まった、やはり遣り過ぎなのかな?でも一番角が立たないと考えたんだよな……

 

「予想外でしたわ、さぞやニーレンス公爵も困ったでしょう。多額の報酬で優位に立とうとして逆に無報酬で働かせる、貸しを作るつもりが借りを作ってしまったのですから」

 

「ドラゴンの売却価格も合計で金貨八十万枚を越えた、金に固執はしないよ。それに本業の錬金の方で定期的に安定収入を得ているから大丈夫だよ、欲張ると何でも金を払えばヤル奴と甘く見られるから嫌だ」

 

 お金は幾ら有っても困らないと言うが、お金に振り回されるのは困る。それは弱点であり付け込まれる隙でもある、適度に儲かればそれで良い。

 

「想像がつかない話ですわね、ですが理解も納得もしました。でも私達も寂しいので沢山構って下さいね」

 

「む、善処します」

 

 アーシャの艶っぽい顔でのお願いに吃りながらも了承する、一応はニーレンス公爵を手伝う許可がおりたって事だよな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 メルカッツ殿とメイド達を下げてジゼル嬢とアーシャ、イルメラとウィンディアの四人に残って貰った。

 イルメラ達の養子の件を正式に聞く為にだ、ジゼル嬢が裏で動いていても僕が頭を下げて先方に頼むのが筋だ。

 

「ジゼル様、何処まで話が通っているのか教えて下さい」

 

「私はアーシャ姉様を側室として嫁がせる時にイルメラさん達と相談しました、私達はイルメラさん達と一緒に幸せになる事を前提としていますと……

バーナム伯爵とライル団長がリーンハルト様との縁が薄い事を気にしてましたから、丁度良いと相談を持ち掛けて了承して貰ったのです」

 

「旦那様の地位では平民を側室に迎える事は無理、良くてお妾さんです。私は旦那様を独占するつもりは有りません、恋敵にはなりますが養子縁組は賛成です」

 

 ジゼル嬢とアーシャが了承済みなら話は早い、後はイルメラとウィンディアの気持ち次第だ。真面目な顔をして聞いている彼女達の意志の最終確認をする。

 

「イルメラ、ウィンディア。養子縁組をしてでも僕に嫁いでくれないか?」

 

 イルメラは孤児だがウィンディアの両親は健在だ、養子縁組をすると実の親子の縁を切る事になる。娘が貴族になるので喜ぶ場合も多いが、そうだと決め付けるのは危険だ。

 

「勿論です、私達も同じ気持ちですわ」

 

「確かに知らない人と養子縁組するのは少し悩んだけど、本当の両親と会えなくなる訳じゃないもん」

 

 ウィンディアの『もん』は良いモノだが、確かに養子縁組とはいえ戦闘狂の義父は嫌だよな。だが僕も三大戦闘狂の全員を義父と呼ぶんだ、考えたら偉い事じゃないか?

 

 アレ?僕の方がヤバい状況に追い込まれてないか?うん、絶対にヤバいよ、どう考えても新しい親族は全員戦闘狂で模擬戦の回数は飛躍的に増える。

 

「ど、どうしました?そんなに複雑な表情を浮かべるなんて?」

 

「大丈夫だよ、私達も納得してるからリーンハルト君が悩む必要なんてないよ」

 

 本当に酷い顔だったらしく心配した二人が優しく背中を擦ってくれる、少し警戒し過ぎたかな?あの戦闘狂達だが、無闇に模擬戦を挑んでは来ないから大丈夫だよな?よな?

 

「ごめん、大丈夫だよ。少し変な事を考えちゃってね、僕も心配性なんだな」

 

 はははって笑って誤魔化す、不用意に彼女達を困らせる必要は無い。どうせ派閥絡みでの接点は有るんだ、模擬戦は無くならないさ。

 

「本当に旦那様はイルメラさんとウィンディアさんがお好きなのですわね、少し妬けてしまいますわ」

 

「本当にね、私達が出会う前からの付き合いですものね。今度私達が知らないリーンハルト様の一面を教えて下さい」

 

 普通に微笑み合っているが僕が知らない内に仲良くなってたんだな、まぁ本妻と側室達の仲が良い事は嬉しい事だ。

 自分だけに愛情を向けさせたいとか、ドロドロとした女性関係は嫌だから本当に良かった。

 

 リズリット王妃も後宮内での派閥争いや、アウレール王の寵愛を独占する為に派閥内ですら争いが有ると聞いていたから心配だったんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、時間を作り魔術師ギルド本部を訪ねた。当然だが先に親書にて相談の内容は伝えてある、レベル15前後の土属性魔術師の確保には時間が掛かると思ったから。

 

 お忍び用の真っ黒で家紋の無い馬車を用意して貰い魔術師ギルド本部に向かう、ドラゴン討伐の結果発表後で僕の人気が上がったらしく僕が移動する度に人員を割いて誘導するのは大変だそうだ。

 そんな気は無いのだが、更に旧クリストハルト侯爵領の件で人気が上がったらしい。アウレール王が灌漑事業の報酬を受け取らない代わりに彼等の罪を赦す様に嘆願し、それを受けた事も広めた。

 これはニーレンス公爵にとっては面白くない話だ、彼も『罪を問わず』と対処したのに更に『罪を赦す』となれば善行が霞むから。

 

 因みにツインドラゴンの入札について、ニーレンス公爵の派閥の貴族達が相場の三割から五割も高い値段で次々と落札していった。

 宝玉を着服したと睨んだアーバレスト伯爵と仲が良い連中が全てを買い占めてしまった、腹を裂いたら宝玉が無くなっていたと知ったらどうなるやら……

 魔力探査で見付けた宝玉も含めて全て胃袋は切り裂いたから、僕が抜き取った事はバレるな。まぁ向こうも内緒で着服しようと考えたのだから正面から非難はしないだろう、一応ニーレンス公爵には伝えておくかな。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

「お出迎え、ご苦労様です」

 

 何時もの馬車停め、何時もの出迎え、メンバーも変わらずだな。そのまま応接室まで案内をして貰う、部屋に近付くと知っている魔力反応が四つだ。

 レニコーン殿にリネージュさん、それにシルギ嬢とマーリカ嬢か。訪問に合わせて、レジストストーン作製の進捗率の報告かな?

 扉を開けて貰い応接室に入ると一斉に四人が立ち上がりお辞儀をしてくれる、皆さん笑顔なのは問題が無いって事かな?

 ソファーを勧められたので座る、僕の隣はレニコーン殿、向かい側に残りの三人が座る。

 礼を失わない程度の簡単な挨拶と近状報告を取り交わす、流石に直ぐに本題には入れない。

 

「リーンハルト様、レジストストーン関連の報告が有ります」

 

 シルギ嬢が話をブッた切って報告を開始した、シルギ嬢とマーリカ嬢をリーダーとして二班に別れて製作をしている。

 麻痺と睡眠、毒と混乱に分けて競い合う様に頑張っているらしい。そして回避率20%以上の物を全員が作れる様になった、今月末にはノルマを達成出来るそうだ。

 興奮気味に報告するシルギ嬢を優しく見詰めるマーリカ嬢、案外この二人は上手くいってるのかな。

 

「そうですか、頑張りましたね。では一番回避率が高いレジストストーンを作った方に褒美として金貨百枚を与えましょう」

 

 飴と鞭と言われても実際に効果は高い、褒美は金貨百枚と下世話な気もするが不要な物よりは良い筈だ。

 家族持ちも多いし魔術師ギルド本部に所属していても生活は楽とは言えない連中も多いのが実情。

 

「あら、私は金貨より別の物が良いですわ」

 

 にこやかな表情を浮かべながらマーリカ嬢が提案をしてきた、だが別の物とは何だ?バルバドス師絡みで引き受けた女性だが、もしかして早まったかな?

 

 


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