古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第411話

 デスバレーから帰って来て一週間が過ぎた、魔法迷宮バンクに挑みイルメラとウィンディアの昇格の為の依頼をこなす。

 主に指定のドロップアイテムの収集だ、指名依頼を利用し連続三日間挑戦し続けて漸くノルマを達成。僕はランクAに、イルメラとウィンディアとエレさんはランクBになった。

 『治癒の指輪』を三個納品する事になったが、彼女達の安全の為になら易いものだ。手持ちも六個有るから大丈夫だし。

 

 バーリンゲン王国の第五王女オルフェイス様とウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様の結婚式は一ヶ月半後、未だ余裕が有るのでのんびり出来ると思っていた。

 

 だがアウレール王から呼び出された事で状況が変わった、問題は色々と考えられる。旧クリストハルト侯爵領の件か魔力砲か、はたまた違う件か。

 

 国王が名指しで呼び寄せる位だから厄介事なのは間違い無い、王命を達成し平穏な時間が一週間は少なくないかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 謁見室に案内された、既にニーレンス公爵が居た時点で察した。旧クリストハルト侯爵領についてだ、武力にて反乱は完全に鎮圧されたのは聞いている。

 首謀者は全員斬首されたが煽動者は既に国外へと逃げていた、我々は自国民に苦難を与え反乱者を全員殺したんだ……

 

 アウレール王が来る迄は座る事が出来ず、ニーレンス公爵と壁際に並んで立つ事になる。貴族の最上位、公爵五家筆頭と言えどもアウレール王より先には座れない。それが臣下として当然の事だから。

 

「既に話は聞いていると思うが、クリストハルトの馬鹿野郎の尻拭いを押し付けられたのだ。結果は最低だな、状況を把握する前に反乱が起こり武力にて鎮圧した」

 

 挨拶もそこそこに今回の召集に絡むだろう事を教えてくれた、これがニーレンス公爵の陳情なのかアウレール王の判断なのか悩む。

 間違い無く灌漑事業を僕に手伝わせたいのだろう、だが正直に何処まで出来るか話して良いのだろうか?

 多少は話を盛って負担を強いた方が良いのか悩む、アウレール王の考えを察しなければならない。

 

「旧コトプス帝国の残党共の暗躍も有ったと聞きます、残念ながら煽動した連中は既に逃げ出していたとか……」

 

 普段の口調と違うニーレンス公爵に驚く、今回の件は相当腹に据えかねたみたいだな。そして想像通りに、クリストハルト侯爵に悪感情を持ったみたいだ。

 本当に吐き捨てるみたいに言ったよ、これはクリストハルト侯爵家は没落一直線だな。

 

「十四の村が一斉に蜂起した、反乱者は死罪が相当だ。だが親類縁者には慈悲を与えた、反乱に無関係ならば罪は問わないとな」

 

 その場で捕まれば死罪、逃げ延びて言い訳すれば無罪。反乱は前任者のせいでニーレンス公爵は無関係、慈悲を見せて善政を行えば不満は鎮火する。

 

「寛大な措置だと思います」

 

 貴族に刃向かった連中は死罪が当たり前だが親類縁者も同様なんだ、それを無罪にするのは相当の根回しをしたんだろうな。

 

「反乱者は合計で1289人に及んだ、全員が働き手の男達だ。このままでは残された者達は生活も成り立たないだろう、困った事だがな」

 

「そうですね、これから冬になりますから余計に厳しいでしょう」

 

 言質を取られない様に曖昧に応える、領地の復興はアウレール王がニーレンス公爵に負担を強いたのだ。迂闊な協力は出来ない、だが領民達が苦労するのを見捨てるのは……

 

「せめて冬が訪れる前に灌漑事業を終えられれば、土地を休ませて春には作物を植えられる」

 

 おぃおぃ、五年計画が一年に短縮されてるぞ。いくら今の僕でも一ヶ月位では用水路の整備で終わる、堤防や土壌改良は無理だ。

 

「当初の計画は五年と聞いています、流石に数ヶ月では無理でしょう」

 

 ザスキア公爵から灌漑計画の概要は聞いている、ニーレンス公爵は僕が詳細は知らないと思ったか冬までには出来ると考えたか……どっちだ?

 

「ふむ、リーンハルト殿でも無理か?」

 

「無理です、同じ土属性魔術師達のサポートを受けても短期間で全てを終わらせるのは不可能でしょう」

 

 前回は延べ九ヶ月と見込んだ、用水路と堤防だけで土壌改良は抜かしてだ。

 レベルアップした今なら延べ六ヶ月、土壌改良込みだな。

 この言葉を聞いてニーレンス公爵は考え込んだ、アウレール王との交渉の最低ラインを考えているのか?

 

「アウレール王がいらっしゃいます」

 

 近衛騎士団員の言葉を聞いて姿勢を正す、奥から不機嫌そうなアウレール王と少し困った感じのリズリット王妃が現れたので深く頭を下げる。

 どちらにしても招待された結婚式までは一ヶ月半、手伝える期間は最大一ヶ月かな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アウレール王がドカッと音がする位に乱暴に椅子に座った、やはり不機嫌か……今回は警備の近衛騎士団員を下げない、つまり聞かれても困る内容では無いんだな。

 

「ニーレンス、俺に泣き付いても出来る事と出来ない事があるぞ」

 

 成る程、今回の召集はニーレンス公爵の陳情か。だが僕を一緒に呼んだなら手伝って欲しいって事だよな?

 わざわざデスバレー攻略中の自分を呼び寄せたんだ、手伝わせるが条件が有るって事だ。

 

「予想以上に領地は荒れて領民も貧困に喘いでいます、働き手の殆どが死罪。家族を失って自暴自棄となる者も多く、治安は悪くなる一方です。いっそ領民を全て他の領地に移動させようかとも考えております」

 

 荒れた領地に自暴自棄な領民、復興するにも男手は殆ど居ない。確かに灌漑事業など放棄して生き残りの領民を移動させた方が良いだろう、農地メインなら余計にだ。

 

「俺は与えた領地を放棄されるのは許せんな、クリストハルトの尻拭いをさせている事は分かるが別問題だ。発展させれば良い領地になる、エムデン王国でも有数の穀倉地帯だったぞ」

 

 だったぞ、過去形だな。だが食料生産力は重要だ、王都にも近いし荒れ地にする事は出来ない。戦争も控えているんだ、国力低下は大問題だぞ。

 

 嗚呼、そうか!旧コトプス帝国の奴等め、有効的で嫌な方法で攻めてくる。やはり早目に滅ぼした方が良いな、気に食わないがリーマ卿は謀略系に強い。油断すれば被害は大きい。

 

「ですが短期間で領民達の暮らしを安定させる程の灌漑事業は不可能です、それこそリーンハルト殿に手を借りねば不可能でしょう」

 

 そこで僕の登場か……

 

 だがこの話は三人の中では初めてじゃないのだろう、僕が呼び出された時点で何度か話し合っている筈だ。リズリット王妃は無言だが、微笑んでいても目が笑っていないのが怖い。

 

「ゴーレムマスターは、どう思う?」

 

 漸く話を振られた、ここ迄は予定調和だよな?この話を振る為に呼ばれたのだから。アウレール王の表情を伺うが不機嫌さしか読み取れない、困ったな。

 

「国民の苦難には同情致しますが、僕は独断では動きません。いえ、動けませんが正解なのでしょう。

王命を途中で切り上げて呼ばれた事は、僕が長期に王都を離れる事を危惧したからと考えましたが……違うのでしょうか?」

 

「そうだな、お前には二ヶ月間を与えたが半分で呼び戻してしまった。悪いとは思っている」

 

 しまった!失敗だ、国王に謝罪紛いの言葉を言わせてしまった。いくら約束を反故にされたといえども、国王の言葉は絶対なのだ。

 

「いえ、一ヶ月も頂きながら目的を達成出来ず、不甲斐ない自分を責める気持ちで一杯です」

 

 結局デスバレーの秘密は分からず入口で三つ首竜に追い返されただけだ、奴には何度挑んでも勝てないだろうな。

 

「ドラゴンを百六十二体も倒しても、未だ目的を達成してないのか?」

 

 確かにドラゴン種を大量に狩りレベルアップも果たした、だが最終日に挑んだデスバレーでは門前払いだ。生きているのは三つ首竜に見逃して貰ったからだ……

 クソッ、思い出すと自分の弱さが嫌になる。拳をキツく握り締めて屈辱に耐える、今は我慢だ。

 

「ドラゴン討伐の意味では成果は出せたと思いますが、ドラゴン種が潜むデスバレーの秘密は分からず仕舞いです。原因の根本には至らずです、僕もまだまだ未熟だと痛感しています」

 

 三つ首竜の存在は言えない、あんな凶悪な巨大竜が居ると知ればパニックになる。討伐隊を組んで挑んでも人間では勝てないだろう、正しく地上最強種の中の最強だな。

 幸いドラゴン種はデスバレーから出ない、今は秘密で良いだろう。

 

「理想が高いのだな、簡単に妥協しない姿勢は眩しく思うぞ」

 

「有り難う御座います」

 

 ニーレンス公爵が褒めてくれた、これも褒め殺しだと思う。身分上位者に褒められて嬉しくない者はいない、この次の話を頼みやすくする伏線かな?

 礼を言って頭を下げる、だが嬉しそうな顔はせず悔しそうな顔にする。

 

「アウレール王にお願いが有ります。リーンハルト殿に領地復興の手伝いを頼みたいのです、現代最高の土属性魔術師ならば灌漑事業も捗りましょう。荒んだ領民の心に希望を与えたいのです」

 

「つまり早急に灌漑事業を終わらせたい、そう言う事だな?」

 

 アウレール王が腕を組んで考え始めた、邪魔する訳にもいかず黙って待つしかない。どう判断するかは分からない、事前に話も無いから合わせるしかない。

 

「ゴーレムマスター、答えろ。お前なら灌漑事業は冬までには終わるか?」

 

 無茶振りだ、王命だとしても厳しいぞ。一ヶ月だと頑張って用水路だけは完成するかな、地図の記憶が曖昧だが最寄りの河川から水を引き込むから三割位の農地なら用水路に堤防、土壌改良まで出来るか?

 

「無理です、概要しか聞いてませんが全てを終わらせるには一年は掛かるでしょう」

 

「一年か?」

 

 余裕を見過ぎたか?もっと早く終わると思われているのか?いや、違うな。ニーレンス公爵は驚いている、見積りの期間が短過ぎたんだ。

 

「はい、固定化の魔法や土壌改良は他の土属性魔術師に任せて用水路と堤防だけなら一年で可能と思います」

 

 少し話を盛った、どちらにしても僕に残された猶予は一ヶ月しかない。

 

「ふぅ、リザレスクに泣き付かれたんだ。あの婆さんには借りが有ってな、無下には断れん。ゴーレムマスター、一ヶ月で可能な範囲を教えろ」

 

 やや疲れた感じのアウレール王とニヤリと笑ったニーレンス公爵、ここ迄のやり取りはお互い想定済みって事か……

 しかし国王に貸しが有るって、リザレスク様は底が見えない怖さが有るな。引き込まれない様に気を付けないと駄目だ、僕は搦め手には弱いから。

 

 ニーレンス公爵から灌漑事業の計画図面を貰い真剣に検討する、アウレール王は灌漑事業の手伝いを認めた。後は借りを相殺するのに、何処まで力を貸せば良いかだな。

 

「領地の残りの農民の人数と構成を教えて下さい、仮に農地を改革するにしても全ては不可能です。残された彼等が農業を営むとして、どれ位の農地が必要でしょうか?」

 

「そうだな……女子供と老人ばかりが四千人は居るのだが、働き盛りの男手に換算すれば八百人位だな。二百人前後は応援として近隣の農村から補充する予定だが、全体の二割は農地として使用したい」

 

 合計千人相当で二割か、改めて図面を見れば用水路は全長5㎞だが七つの溜め池に繋がっている。更にそこから水を引く訳だ、自然の窪地を利用した二つの溜め池を作れば用水路は2㎞で足りる。

 その周辺を農地として開拓し土壌改良を行う、新しい農地を水害から守る為に必要な堤防は3㎞。

 農民一人が食べていくのに必要な小麦は……食べるだけじゃなく生活必需品と交換する事も含めれば年間300kgから400kg、大体10アールの畑が必要だ。千人分だと100ヘクタールになるな、これだけの土地を開墾し農地化するのは厳しいぞ。

 あくまでも最低ラインの生活だ、他にも必要な物を購入するには更なる収穫が必要。

 

「ここから二ヶ所の溜め池まで用水路を2㎞ほど引きます、水害対策の堤防は河川にそって3㎞ほど作れば大丈夫でしょう。溜め池周辺を開拓し土壌改良を行えば当初計画の二割は終わります、どうでしょうか?」

 

 僕の提案に二人が思案顔になる、一ヶ月で二割も可能なのかと考えているな。土属性魔術師を応援で寄越せば、もっと増えると思われるのも困る。

 だが二割では生きていくだけに必要な農地でしかない、残り八割を開墾して農地とし収穫が得られて初めて黒字となる。ニーレンス公爵の負担は大きいだろう。

 

「ニーレンス公爵から僕の配下の宮廷魔術師団員に声を掛けて手伝わせて下さい、それと魔術師ギルド本部にも応援を頼んで下さい。土壌改良や開墾、出来れば用水路や堤防の固定化の手伝いをして欲しいのです」

 

「つまりリーンハルト殿は用水路と堤防の錬金を一人で行うんだな?」

 

「必要ならば溜め池の整備まで、そこまで終えれば領民達の生活も成り立つと思います」

 

 実際の範囲だけでも土属性魔術師三十人分に相当する、僕一人で行うのならこの辺が限界だろう。これ以上は余計な詮索をされそうで嫌だ。

 


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