「父上、急な呼び出しですが何か有りましたか?」
「すまんな、夜遅くに呼び出して……書斎に行くか」
夕食後、自宅にわざわざ使用人を遣わせてまで直ぐ来いと呼び出されたのだが、父上の表情を見れば良くない事なのが分かる。
幾つか思い当たる事は有るな……相続問題・魔術師だった事を隠していた・魔法迷宮での荒稼ぎ、そしてバレてないと思いたいデクスター騎士団の件とバルバドス氏の弟子を負かした事とか……
ヤバい少し考えただけでも沢山有るな、全然静かに自由に暮らしてないや、いや自由に暮らし過ぎたか?
書斎に入って応接セットに向かい合って座る、数日振りに入ったがデスクの上に書類が山積みですよ父上。
チラリと盗み見れば騎士団の編成表みたいだが新人でも配属されるのかな?
ソファーに座ると直ぐにメイドが紅茶を用意してくれたがイルメラじゃない、彼女は家で留守番をして貰っている。
「リーンハルトよ、実はな……俺の方にバルバドス殿が直接尋ねて来て今回の弟子との諍いについての正式な謝罪があったのだ。
冒険者同士の諍いだし冒険者ギルドからも不問にする達しも出ている、今更謝罪など必要無いのだが……」
「上位貴族からの直接の謝罪ですか……分かりました、僕は何をすれば良いのでしょう?」
新貴族男爵の父上に男爵で有り元宮廷魔術師のバルバドス氏がわざわざ謝罪など、普通は有り得ない。
非公式であろうとも貴族とは下位貴族に対して頭を下げない、謝罪などしない。
詫びとして便宜を図ったり何か金銭的な補償はしても絶対に本人は頭を下げない。代理人なら分かる。
「我が主が悪く思っているのでコレで水に流せ」とか言うなら分かるのだが……クソっ、胃が痛くなってきて折角の紅茶も飲めないぞ。
「すまない、確かに非常識な謝罪だから当然裏が有る。バルバドス殿はお前に会いたいそうだ、是非バルバドス塾の方にと……」
「それは、また何とも……だが行かない訳には、分かりました。先方からの日時の指定は有りましたか?」
少し冷めた紅茶を一口飲んで渇いた口を潤す、自分のホームに謝罪と言って呼び寄せる。
本人以外に弟子も当然居るだろう。自分の名誉やプライドを回復する為に弟子達の前で僕を何とかしたいんだな。
父上も僕も公式には上位貴族のバルバドス氏に逆らえないのを承知で呼ぶのだ、無理難題を言われるのは覚悟しないと駄目だ。
やはり弟子を負かせば師匠が出張って来たか、厄介だが仕方ない……
「何時でも構わないそうだ……俺も同行しよう、お前だけでは不安だからな」
「駄目です、爵位持ちの父上に何か有れば問題です。
幸い僕は爵位継承権を放棄していますし最悪は勘当すれば我がバーレイ家に傷は付きません。
良く有る事です、問題は有りません」
自分の撒いた種だから自分が責任を取れば良い、どうせプライドを傷つけられたとか逆恨みだろうし。
僕の方から胸を借りるつもりで模擬戦を申し込んで負ければ溜飲を下げるだろう。
僕としても駆け出し魔術師の小僧が元宮廷魔術師のバルバドス氏に負けても全然問題無い、逆に勝ったら大問題だ。
「しかしだな、親として……」
「バルバドス氏の弟子と事を構えた時点で覚悟していました。
あの場合は負ける訳にはいかなかったので、後で問題になるとは予想してましたから……
胸を借りるつもりで模擬戦を挑み派手に負けます。弟子には勝てたが師匠には勝てなかった、これで手打ちでしょう」
変な条件を付けられる前に模擬戦に持ち込めれば良いのだが、そう簡単にはいかないだろうな……
わざわざ慣例を違えてまで謝罪して呼び寄せるんだ、絶対に碌でもない罠を仕掛けてくるだろう。
「ふむ、プライドか……だが、そう簡単な話か?確かに元宮廷魔術師に挑むのだ、勝てなくて当たり前だぞ。
もしかして合法的にお前をいたぶるつもりか?」
「ゴーレム対決に持ち込みますし、元の発端もゴーレムでしたから大丈夫です。
早速明日行ってきます、丁度休みですからね」
「分かった、苦労ばかりかけてすまんな」
その後、父上の方からバルバドス氏に遣いを出して貰う事にした。
頼まれた父上から返事をしないと駄目とか面倒臭いのだが、これが貴族のしきたりだ……
◇◇◇◇◇◇
「ほう、呼び出して翌日に一人で来るとはな……度胸は有るみたいだな」
貴族の慣例を無視した呼び出しに単身で応じるとは面白い。
弟子二人が負けた後、コイツの事を調べさせたが知恵は回る様だな……血筋の良い阿呆な弟の為に爵位継承権を放棄、メイドと二人で魔法迷宮を探索中かよ。
前大戦の英雄である騎士団副長ディルクの息子、騎士の息子なのに魔術師たぁ母親の血を強く引いたか母親が浮気したか……
報告書には奴の母親はモア教の僧侶らしいからな、騎士と僧侶の息子が魔術師とか不思議だな。
それにバンクでは主にボス狩り?をしているので実際に戦う姿を見た者は少ない、だから奴の力を正確に知る者は居ない。
「ボス狩りだとよ、全く普通じゃねえな。面白い餓鬼だぜ」
だが運が良いのか悪いのか、今日はアイツが来るんだよな、スカしたエルフ野郎がよ。
だから余り苛める事が出来ないのが残念だ……
◇◇◇◇◇◇
実はバルバドス塾は貴族街に有るバルバドス氏の邸宅に併設された方と商業区の方と二ヶ所有る。
前者の弟子は貴族、後者の弟子は下級貴族と平民、リプリーは後者の方に所属している。
当然だが僕は貴族街の方のバルバドス塾に一人で向かっている、イルメラは同行したがったが上位貴族を訪ねる時に下位貴族が自分のメイドを同行させるのは失礼に当たるのだ。
では冒険者同士の諍いだったから『ブレイクフリー』のメンバーとして同行させるかと言えば、それも駄目だ。
わざわざ彼女を危険に巻き込む必要は無いし同席しなければ何かを約束させられる事も無い。
流石は王城の周りを囲む貴族街だけあり石畳は綺麗に整備され街路樹も手入れが行き届いているし、何より白亜の王城が間近で見れるのが素晴らしい。
今日は魔術師の格好でも軽戦士の格好でもない、貴族の礼服を着ているので動き辛い。
ヤバい装備は外している……デモンリングとか持ってるのがバレたら一悶着有るだろうな。
暫く歩いていると目的の屋敷が見えてきた、元宮廷魔術師としては小さな屋敷だが貴族街では普通クラスだな……だが私塾を併設してるだけあり敷地面積は広そうだ。
正門の前で立ち止まると使用人が出て来たので用件を伝え取り次いで貰った……さて、いよいよだな。
◇◇◇◇◇◇
「ああ、わざわざ済まないね。屋敷に呼び出して……」
「いえ、此方こそ今回の件についてはご迷惑をおかけしました」
ふん、纏う魔力は中々だな。この若さでコレほどの魔力制御が出来るなら馬鹿弟子じゃ勝てないか……
魔術師とは文字通り魔力を扱う事が出来る連中、つまり自分の魔力の制御が強さの指針となる。
確かに保有魔力の大小も大切だが制御も出来ず垂れ流しでは話にならないのだが……
この小僧の身に纏う魔力は綺麗に制御されている、全身に均一に魔力を纏わせていやがる。
「まぁ堅苦しい話は無しにしようぜ、お互い貴族だが魔術師でもある。
俺の弟子を倒したって言うゴーレムに興味があってな、悪いが呼んだんだ。軽く模擬戦しようぜ?」
「それは願ってもない事です。
エムデン王国で最高峰のゴーレム使いのバルバドス様に手解きをして貰えるとは感激です」
感激ねぇ?模擬戦とはいえ俺と戦うのに顔色一つ変えないとはな。
別に俺に心酔してる訳でも無い癖にオベッカとはよ、自分の立場を理解してますってか?小利口な餓鬼め……
「そうか、では付いて来てくれ。早速で悪いが中庭に模擬戦に適した場所が有るんだ」
まぁコイツを弟子達の前で負かせば気は晴れるけどよ、思った以上に肝が据わってるのが気に入らないな。コイツ、本当に14歳かよ?
「さぁ此処だぜ。悪いが私塾も兼ねてるので弟子達も居るが気にしないでくれ」
「いえ、大丈夫です。宜しくお願いします」
精々頑張って俺を楽しませてくれよ。
◇◇◇◇◇◇
バルバドス氏本人に出迎えられて案内されたのは中庭だ、20m四方の石が敷かれた舞台で戦えって事か?
ゴーレムは周囲の無機質と魔素を混ぜ合わせて錬成するのが普通だが、石畳を壊す訳にもいかないから魔素だけで錬成か……
それに周りにはテーブルセットが何組も有り華やかな連中が優雅にお茶を楽しんでいる、僕にはお茶の一つも出さずに直ぐ模擬戦なのだが。
「完全な見世物か……」
つい周りに聞こえない程の小声で呟いてしまった。
「その小僧が今日の生け贄か?全くバルバドス殿の趣味は理解出来んな」
「何を言うんだ、レティシア殿!
リーンハルト殿は俺の為にわざわざ来てくれたのだぞ、お互い土属性のゴーレム使いなら模擬戦で競うのは悪くないだろう?」
突然声を掛けられた方を見れば、何とエルフが居たぞ!
長い耳に小柄で華奢な身体は遠い記憶で見た特徴と一致するが、何故人間の国に居るんだ?
腰まで届くプラチナブロンドに抜けるように白い肌、瞳はエメラルドグリーンで慎ましい胸。うん、典型的なエルフだね。
「その悪癖にメディア殿が影響を受けない様に私が同行してるのだ。そこの小僧、女の顔を無遠慮に見つめるな!不愉快だ」
メディア?ああ、一緒のテーブルに座っている少女の事か……見覚えは無いが身なりからして高位貴族の令嬢か?
「失礼しました……ですが今回の模擬戦の件は僕としても望んだ事です」
貴族的礼節に則り一礼する、確か高位貴族の中には身内に魔術師が生まれた場合に魔力に長けたエルフに家庭教師を頼む場合が有るとか何とか……
あのメディアと呼ばれた少女も魔術師だな。
「それはそれは……精々バルバドス殿に胸を借りれば良いぞ」
小馬鹿にした笑みも絵になる美女だが、バルバドス殿の表情が苛ついてるな。
相当頭に来てる……全く煽るだけ煽りやがって、実際に戦うのは僕なんだぞ。
もう此方に興味は無いとばかりに優雅にお茶を飲むエルフ……バルバドス氏の気持ちも少しは分かるかな。
転生前に数回エルフと話す機会が有ったが国家の代表として使者として出向いても見下した感が有ったからな、人間の国に居るだけで驚きだよね。
「バルバドス様、邪魔が入りましたが始めましょう」
「ああ、そうだな……では舞台に上がりゴーレムを召喚してくれ。
俺のゴーレムは既に召喚してあるぜ……来い、キメラ!」
キメラ(合成魔獣)だと?
「なっ?コレは……」
バルバドス氏の呼び掛けに屋敷の陰から小屋みたいな大きさのゴーレムが駆け寄って来る。
何だコレは……螳螂(かまきり)の上半身に蜘蛛の下半身、だが螳螂の鎌は四本有るし長く身体とのバランスも悪い。
素材は鉄製で厚みは20mm程度、関節部分が球体とは驚いたが……コレだけのゴーレムなら錬成に時間が掛かるのだろう、だから先に用意しておいたのか。
魔力のラインも太く力強い、流石は元宮廷魔術師だけの事はあるな。
「素晴らしいゴーレムですね、正直理解の及ばない部分が多いです……では此方も、クリエイトゴーレム!」
魔素のみで青銅製のゴーレムポーンを錬成する。数は三体、装備は両手持ちのアックス。キメラの前に横一列に並ばせる。
「ほぅ、中々の錬成の速度と精度だな。基本中の基本、青銅製のゴーレムか……初手は譲ってやるから遠慮無く来るが良い!」
一言も漏らさない周りの観客が不気味だが、訳の分からない相手に初手を譲られても困るのが本音だ……
バルバドス氏の余裕は、カウンター技が有ると見るべきか?
どのみち負ける為の戦いだから小細工せずに堂々と正面から挑む事にする!
「感謝します……では、行きます!」
僕はゴーレムポーン三体をキメラに突っ込ませた!