古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第406話

 滞在先の別荘に予定より早くザスキア公爵が訪ねて来た、理由はクリストハルト侯爵家の現状についてだ。

 彼の領地経営は破綻した、無理な灌漑事業、無能で浪費癖のある後継者、借金だらけで火の車の財政状況。どうにもならない所まで追い込まれてしまった……

 

 歴史有る侯爵家を潰す訳にはいかず、アウレール王が動いた。破綻し灌漑事業が失敗した領地は没収、ニーレンス公爵家に後を一括して任せた。

 これは有力貴族の財力を削ぐ目的もある、年単位の負担を負いて完成後も投資額を回収するのは何年も先だ。アウレール王はニーレンス公爵家を警戒してる?

 

 クリストハルト侯爵は王都に残された屋敷でエムデン王国から支給される年金を頼りに生きていく事になる、普通なら大丈夫だが後継者が無能で浪費家だから問題だ。

 フランシーヌ嬢のヘルカンプ様の側室話は流れた、破綻した領地を持つ相手と親戚関係にはなれない。彼女は目的を果たして喜んだだろうな……

 

 そして僕はザスキア公爵とジゼル嬢に睨まれている、どうやら魔法馬鹿な僕はニーレンス公爵家の灌漑事業の復旧を手伝う事も有りかと思ったが駄目らしい。

 実際に少し落ち着いて考えれば、アウレール王の思惑に辿り着く。折角負担を強いるのに手伝う事は駄目だよな、失言だったな。

 

「クリストハルト侯爵が計画した灌漑事業の内容は、主に農業用水の確保よ。全長5㎞に渡る用水路の新設、氾濫防止の高さ4mの堤防の新設が10㎞、他にも土壌改良とか有るけど……

リーンハルト様なら用水路と堤防だけなら何日必要かしら?」

 

 懐から図面を取り出してテーブルに広げた、だが取り出す時に胸元を広げ過ぎだと思うんだ。ヤバい位に神秘のゾーンが見えた、いや魅せられた、いやいやいや見せられた……僕は何を考えているんだ?

 

 頭を振って邪念を振り払う、先ずは用水路だが最寄りの河川からの引き込みだ。それと河川の氾濫防止の堤防か……

 平坦な土地に用水路を設置する、幅は2m深さは1.5m、問題になりそうな場所は岩山と林の横断部分。一番の問題は砂地が有るが錬金で固めてしまえば簡単だ、普通なら穴を掘り土留めをして岩を並べて目地を埋めて水が漏れない用水路を作る。

 堤防は川幅がマチマチだが問題にはならない、地盤の高さに合わせて一定の高さの堤防を錬金すれば良いんだ。

 

「用水路だけなら全長5㎞、一日100mとして五十日、余裕を見て二ヶ月。堤防は全長10㎞、一日50mとして二百日、余裕を見て七ヶ月。合わせて九ヶ月だけど他の土属性魔術師にも手伝って貰えば、もう少し短縮出来るかな」

 

 実際に用水路だけなら一ヶ月半で出来る、灌漑用水を確保してから河川氾濫防止の堤防を作れば良い。先ずは農家の為に必要な水を用意する事が大切だよな。

 この場で嘘は言っても意味が無いので正直に話す、後はザスキア公爵とジゼル嬢が考えてくれる。情けないが僕より正解を導いてくれる筈だ、この辺が魔法馬鹿の僕には無い部分なんだ。

 

「この灌漑計画は述べ五年で計画し一年半で全体の一割未満の出来なのよ、総工事費は金貨七十万枚、既に十七万枚を使い込んだのに……」

 

 七十万枚?没落一歩手前でも流石は侯爵家ってヤツだな。だがそんなに費用が掛かるのを実行した意味って何だろう?

 劇的に収穫量が増える訳はないよな?僕も領地経営は初心者だけど、領地内で金を回す必要が有ったのかな?

 

「防御陣地の構築を簡単に錬金するリーンハルト様ならではかしら?ハイゼルン砦の異常な強化を考えたら可能よね、模擬戦でも見せてくれた瞬時に錬金した石柱を三本組合せれば用水路が出来るし」

 

「錬金術は土属性魔術師が得意とする分野ですから、これはニーレンス公爵は僕に助力を依頼してきますかね?元々土属性魔術師を多数擁する一族ですが、魔術師ギルド本部には要請が行くでしょうね」

 

 ニーレンス公爵家の一族はメディア嬢もそうだが、宮廷魔術師団員で僕の配下の連中もニーレンス公爵派閥の一員だ。

 あの老婆、リザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンスと名乗った高齢の土属性魔術師も相当の術者だろう。

 

「どうやら問題点に気付いたみたいね、ニーレンス公爵の手伝いは悪手よ。彼等に負担を強いたアウレール王の考えに反するわ、もし依頼されても断りなさいな」

 

「ニーレンス公爵は灌漑事業の予算の殆どを払ってでも依頼してきますわ、工期が五分の一になるだけでも利益になる。一度手掛ければアフターケアも必要、ニーレンス公爵領の農地は改革されます」

 

 九ヶ月の拘束で金貨七十万枚?それを可能とする財力が公爵五家筆頭か……

 だが平和にならないと無理な話だよな、宮廷魔術師第二席が長期間王都を離れるには理由がいる。今回は王命を受けたから可能だった、僕とアウレール王の思惑が一致したから。

 

「僕が王都を長期間離れる事は不可能らしいので断れますね、それこそアウレール王の命令が無ければ無理でしょう。変な言質を取られない様に気を付けます」

 

 危なかった、報酬はともかく錬金術の習熟に丁度良いとか思って協力しますとか言う所だった。

 ザスキア公爵が急いで来たのは、ニーレンス公爵の動きが思ったより早いと読んだんだな。親書で依頼か直接訪ねて依頼するか、今の話を聞かなければ乗り気になった筈だ。

 

「長年公爵五家の筆頭に君臨するニーレンス公爵を侮っては駄目よ、今回は妖怪婆さんが出てきたのよ。隠居していたのに、全く嫌な婆さんが出て来たわね」

 

「リザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンス様ですね。確かに只者ではないと感じました、先日メディア嬢とのお茶会でお会いしました」

 

 顔見せと見極めだったのだろう、すっかり冷えた紅茶を飲む。緊張で掌に汗をかいていた、一手間違えばアウレール王の意に反する事をしたんだ、危なかった。

 その後は普通に時事ネタで会話が盛り上がり、ザスキア公爵は夕食も一緒に食べて帰って行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ザスキア公爵との話が盛り上がり少し夜更かししてしまった、既に日付が変わる時間だ。ザスキア公爵が帰った後、ジゼル嬢とアーシャが少し拗ねた。

 最愛の側室と婚約者の前で他の女性と親しくするなって事か?

 

「旦那様、ザスキア公爵様は素敵な女性でしたわ。大輪の華の様な方、女性ながら公爵家の御当主様なのですよね」

 

「情報収集と情報操作に長けた怖い御姉様ですわ、そしてザスキア公爵様はリーンハルト様の事が好きなのですわ。あの胸に秘めた熱く激しい感情は……」

 

 そう言って左側に寝ていたジゼル嬢が僕の腕に抱き付いた、薄い夜着では胸部装甲が全く無いんだぞ!

 

「私も感じました、あの瞳の奥の感情は……旦那様との結婚の前に、私を見ていた殿方と同じでした」

 

 そう言って右側に寝ていたアーシャが抱き付いた、薄い夜着では胸部装甲が全く無いんだぞ!

 

 今夜は健全に三人で川の字で寝ている、ザスキア公爵の態度に不安を感じた二人が強引にベッドに入って来たんだ。ザスキア公爵の少年好きは擬態なのだが、それを説明しても無理だろう。

 ジゼル嬢はギフトを使いザスキア公爵の心を読んだと思う、彼女を騙せる擬態って凄いな。思考の表層だけ読ませて誤魔化したのだろう、流石は唯一の公爵家女性当主だ。

 

「浮気の心配は要らないよ、ザスキア公爵は協力者としては最上だ。僕の不足している部分を補って有り余る程にね、勿論対価も必要以上に渡している」

 

 今日の話もそうだ、馬鹿らしいが馬鹿に出来ない噂話を潰してくれた。火の無い所に煙は立たない、実際に抱き付かれた所を見られている。

 政敵に付け込まれるネタは与えたくない、痛くもない腹の中を探られるのは困る。

 

「ですが……」

 

「でも……」

 

「不安にならないでくれ、ザスキア公爵の年下趣味は擬態だよ。彼女程の情報操作が巧みな者が、自分の不名誉な噂を蔓延らす訳がない。あれは敢えて弱味を見せて油断させているだけだ」

 

 不安がる二人を抱き寄せる、異母姉妹とはいえこれは姉妹丼?いや、落ち着け!馬鹿な考えをするな、ゆっくりと思考を平常に戻すんだ。

 全く美少女姉妹と添い寝が出来るとは出世したものだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ザスキア公爵が訪ねて色々と情報を貰ったが今は王命の最中、特に何か対応する事は無い。今はレベルアップする事に集中しなければならない、今日から更にデスバレーに近付く事にする。

 目標はデスバレーより2㎞手前、前回シザーラプトルに襲われた地点だ。

 

 ゴーレムキング(強化装甲)を纏い警戒しながら歩く、身を隠せる物が無い地点を選んで進むのは待ち伏せと不意討ちを警戒した。

 暫くは2㎞手前地点を横に歩く、三十分程歩いて漸く目標を見付けた。

 

「ツインドラゴン、全長15m前後の中々の大きさだな」

 

 光沢の有る黄色い鱗は光を反射すると金色に見える、その一見黄金竜も僕に気付いたみたいだ。互いの距離は80mは離れているのに感知するのは視力か嗅覚か……

 二つの頭を此方に向けて四つん這いの状態で近付いて来る、ゆっくりと歩きながら近付く様は流石に地上最強種だけあり迫力満点だ。

 

「果たして僕の魔力刃が通用するか勝負だ!」

 

 両足部分に魔力を注ぎ脚力を大幅に上げる、走り出せば一歩は5m、80mの距離など十六歩で到達する。

 お互いに真っ直ぐ進む、ツインドラゴンはその場に留まり上体を起こし僕は走る。

 十四歩目で飛び上がり、右手に1.5mの長さの魔力刃を伸ばして切り掛かる!

 

「ゴギャ!」

 

 渾身の一撃を強力な尻尾の一振りで弾く、だが魔力刃の切れ味は普通の刀剣とは違う。

 

「ギャギャギャギャ!」

 

 右側から襲ってくる尻尾の一撃を魔力障壁で防ぐ、だが空中で叩かれては堪えきれずに左側に飛ばされる。

 その際に左手を突き出し掌から魔力刃を真っ直ぐに伸ばす、振り抜かれた尻尾の付け根に刺さり尻尾を半分切り裂いた。

 

 同時に弾き飛ばされるが何とか致命傷は避ける、ツインドラゴンは尻尾の付け根が半分切られた事で怒り心頭だな。身体を動かすと激痛が走るのだろう、片方の頭で傷を確認し、もう片方を此方に向けた。

 

「傷は骨まで届いただろ?もう尻尾は使えないな」

 

 三歩後ろに飛び下がる、絶え間無く尻尾の付け根から血が噴き出す。致命傷にはならないが出血多量で弱らせる事は出来た、長期戦は有利になったぞ。

 

 だが距離を開けた事で余裕を作ってしまった、二つの頭が大きく口を開けて息を吸い込んだ。

 

「ブレス攻撃か!」

 

 全長15m以上のツインドラゴンのブレス攻撃の有効射程は20m、それ以上は拡散して威力は弱くなる。

 三歩後ろに飛び下がったので15m近くは離れてはいるが……

 

 左右から挟み込む様にブレスを噴き出して来た、真後ろに下がれば避けられるが敢えて魔法障壁を展開して直進する。

 ドラゴン種は目が頭部の両側面に付いている、下を見る時は首を曲げなければならない。しかもブレスを吐いている時は首を伸ばして攻撃対象に向ける必要が有る。

 

「だから高速で真下に移動されると目が追えない!」

 

 右手の魔力刃を長さ2mまで伸ばして右から左に水平に振り抜く、胴体を真一文字に切り裂く。刀身は背骨にまで達している、直径30㎝をこえる背骨を切り裂く手応えを感じた。

 

 腹を裂かれ背骨を断たれたツインドラゴンは立つ事が出来ずにしゃがみ込む、反撃を避ける為に左側に飛び去り、更に後ろに移動する。

 

「ふぅ、倒せたか。ドラゴン種に接近戦を挑むのは凄い勇気が要る、精神的な鍛練にもなるが……」

 

 僅かに両の掌が震えている、格上との戦いは模擬戦だったから最低限の命の心配は無かった。だがドラゴン種との戦いは、負けたら……喰われる。

 

 そんな死に方は嫌だ!

 

 だが魔術師とはいえ接近戦の対処を疎かにする事は出来ない、僕のゴーレム軍団との戦いに勝つには術者の僕を倒せば良い。

 何百体ものゴーレムも僕を倒せば魔素に還るから脅威にはならない、だから直接的に狙って来るし狙われる。

 分かり易い敵兵だけじゃない、買収された味方から襲われる事も有るだろう。強大な敵に真正面から挑むのは馬鹿だ、搦め手で攻めるのが常套手段だからな。

 味方と思い接近を許した途端にナイフを突き立てる、そんな事は過去に何度も有ったから接近戦に慣れる必要が有るんだ。

 


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