古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第403話

 アーシャに癒しと安らぎを求めて抱き付いて寝た、今思うと恥ずかしい限りだが抱き締めて頭を撫でられるのは癒し効果抜群だ。彼女の控え目な匂いを嗅ぎながら眠りについたので肉体的な疲労は全快だ。

 確か香を使ったアロマ何とかってリラクゼーションが有った筈なので、性癖とはいえ疲労回復方法として間違ってはいないのだろう。

 

 そのまま起こされる六時まで目が覚めなかったのだが、僕に腕枕をしていた彼女の腕は少し痺れたそうだ……申し訳ない、反省しよう。

 

 身支度を整えて寝室から応接室に移動し目覚めの紅茶を飲む、貴族とは優雅でなければならない。起きて直ぐに食事ではなく、目覚めの紅茶を楽しむ時間的余裕が必要らしい。アーリーモーニングティーってやつだ。

 まぁジゼル嬢やアーシャと会話を楽しめる時間と思えば悪くない、だが内容は報告会みたいだな。

 

「昨日の成果は……ワイバーン三体にアースドラゴンを三体、アーマードラゴンも三体を倒したよ。全身骨格も二体分見付けた、牙も爪も全て有るが魔力結晶化はしてないヤツだね」

 

 そしてレベルアップはしなかった、だが簡単に一日で上がるとも思っていない。

 朝の目覚めを促す濃い目に淹れた紅茶をストレートで飲む、銘柄は分からないが高級品なのは分かる。

 

「私達はビクトリアル湖で船遊びでしたわ、湖上の風は爽やかでしたが周りを他の方々が遠巻きにしてました。リーンハルト様と何かしらの接点が欲しいのでしょう、午後は別荘の書庫で読書です。

しかし世のドラゴンスレイヤー達が発狂しますわ、一日でドラゴン種を六体ですか?」

 

「無理をしないで下さい、私は心配です」

 

 ふむ、存命中のドラゴンスレイヤーは公式記録で二十二人、近年は『竜殺し』のドガッテイと関係者、それにビアレス殿しかドラゴンを討伐していない。

 まぁビアレス殿はドラゴンスレイヤーの権利を買い取っただけで、実際はドラゴンを倒してはいないが……

 大抵は一体倒せば再度挑みはしない、称号を貰って終わりだ。

 

「安全には留意してるよ、未だ遠距離攻撃でしか倒してない。慣れたら接近戦も考えている、魔術師が接近戦闘が出来ないなんて迷信だからね」

 

 今はレベルアップした事による魔法の効果と威力の確認だ、大幅な能力アップの関係で実際の威力と認識の差が出ている。この差を直さないと魔力の微妙な調整が出来ない、常に全力全開など有り得ない。

 

「接近戦闘ですか?でもそれは危険です、魔術師は戦士職とは違います。無理をする必要など有りませんわ」

 

「戦場に身を置くのです、後方に居ても危険な事に変わりは有りません。今の内に接近戦闘に慣れておけば、いざという時に対処出来ます。

別に剣を使って無双したい訳じゃない、一撃か二撃を防いで魔法を使う時間が稼げれば良いのです」

 

 魔法障壁頼りの防御だけでは心許ないんだ、ある程度は体捌きでも攻撃を防げる位にはなりたい。後は切り札の一つである『ゴーレムキング(強化装甲)』の習熟だ、この着込む強化装甲は惰弱な魔術師でも接近戦闘を可能とする。

 魔力刃を組み込む事で攻撃力の底上げを考えている、単体ならアーマードラゴンとも互角に戦える迄になった。

 

「アーシャ姉様、リーンハルト様にはお考えが有るのです。心配する事は分かりますが無闇に不安になっては駄目ですわ」

 

「ジゼル、でも……」

 

 ついに涙ぐんでしまった、ジゼル嬢がハンカチで目元を押さえた。理屈を捏ねても気弱なアーシャでは心配は拭えないか。

 

 壁際に並ぶメイド達も表情は変えないが此方を伺っている、女性を泣かす最低な男だと思っているのだろうか?

 

「無理はしません、全ては王命を果たす為に必要な事なのです。ですが同時に自分にとっても必要な事なのです、大切な人を守れる力を得る為に……」

 

 軽く背中を擦り宥める、半分建前だが半分は本音だ。周囲の連中にも分かり易い建前は必要、隠し事が多いのだがアウレール王とリズリット王妃絡みだから全て正直には話せない。知れば別の危険が発生する。

 

「さぁ、朝食の時間だよ。ここの料理は美味しいから楽しみだな」

 

 壁掛けの時計を見れば七時五分前だ、朝は沢山食べる事にしている。そして最高級の料理は美味しくて量も有る、僕とジゼル嬢とアーシャとではメニューが違うのはコックも色々と考えてくれてるんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 八時丁度に馬車は別荘を出発した、未だ早いにも関わらず周辺の別荘に来ている貴族達が外に出ている。テラスで食事をしたり散歩をしたり、だが女性達の気合いが入ったお洒落は時間的にも変だぞ。

 滞在中の部屋の執務机の上には既にお誘いの手紙が山の様に来ている、とても週一では捌けない。公爵四家も来ているが他と違い分けて置かれていた、数日余計に休みを取らないと駄目だな……

 

「今日も曇りか、デスバレーの方角の雲が真っ黒だ」

 

 窓ガラス越しに見上げた空は厚い雲に覆われている、昨夜も雨が降ったらしいし天候には恵まれなかったか。

 比較的早い速度で走るが揺れは殆ど感じない、御者のテクニックも馬車の性能も素晴らしいのだろう。

 

「リーンハルト様、道を塞ぐ様に馬車が停まってます。ですが側溝に車輪が嵌まってますので事故と思われますが、如何致しましょう?」

 

 馬車の事故か、嫌な記憶が甦るな。この広い通りで両脇の側溝に車輪を落とすとは信じられない。作為的と思うが無視や放置は出来ない、大型の馬車だし人力では復旧は難しいか?

 

「停めてくれ、どのみち無視は出来ない。脱輪くらいは僕のゴーレムで持ち上げられる、罠でも馬車の中の数人では負けないな」

 

 念の為に魔力探査をしたが周囲にも馬車の中の人数は分からないが魔術師は居ない、御者が一生懸命脱輪を直そうと馬に鞭を入れるが無理そうだ。

 

「悪いが先方に手伝いが必要か聞いてくれ」

 

「畏まりました、少々お待ちください」

 

 御者が近付いて声を掛けているのを警戒して見る。僕の事を聞いたのだろう、傾いた馬車の中の主に報告している。む、馬車から出て来たのは幼い子供だな、未だ八歳位だろうか?

 此方の御者に何かしら話し掛けたが、今度は僕の方に御者が走って来たぞ。

 

「リーンハルト様」

 

「どうした?」

 

 慌てているのか少し早口だぞ、あの幼女は相当の上級貴族の子女か?ふんぞり返って此方を伺ってる様子は可愛いのだが……

 

「あの令嬢はクリストハルト侯爵の四女、フランシーヌ様です。その、家出をなされたそうです」

 

 は?家出?だから幼女が一人しか馬車に乗ってなかったのか?クリストハルト侯爵といえば、侯爵七家の中で僕に非友好的な立場を取る三人の中の一人。

 他はグンター侯爵とカルステン侯爵、距離を置く相手だが家出って何をしたんだ?侯爵令嬢が親に逆らい家出とか有り得ないぞ、罠か?

 

「分かった、僕が対応する」

 

 扉を開けてくれたので馬車から降りる、僕を見ると嬉しそうに笑ったが計画通りだとか邪推してしまうよ。

 

「フランシーヌ様、お困りの様ですね。馬車を引き上げても宜しいでしょうか?」

 

「はい。お願いします、リーンハルト様!」

 

 邪気は無さそうな笑顔だ、深窓の令嬢だと思うが元気一杯だな。今は推測より馬車を側溝から引き上げるか。

 ゴーレムポーンを非武装で四体錬成し馬車を持ち上げる、車輪や軸を調べると落ちた車輪が破損していたので錬金で直す。

 

「わぁ!凄いですね。リーンハルト様は馬車も直せるのですね」

 

 これで暫くは大丈夫だ、四頭の馬にも怪我は無いし問題無いのだが……家出の件が引っ掛かる。クリストハルト侯爵の別荘まで送るのが無難だよな。

 

「フランシーヌ様、馬車は直しましたので問題はなさそうです。ビクトリアル湖畔には別荘に来ているのですか?」

 

「そうです、父上の別荘に来ていますわ!」

 

 元気だな、ハキハキした喋り方だけど淑女らしくはない。金髪碧眼、典型的なエムデン王国人だが少々動き易い衣装を着て髪の毛も纏めて結わいている。

 家出と言うのも満更嘘ではなさそうだ、お供も御者だけとは侯爵令嬢としても変だし……

 

 だが困ったな、家出した本人に家に送るって言っても素直に言う事を聞くか?逃げ出されても困らないが、関わって見逃した事がバレても問題だ。

 

「フランシーヌ様、この後の事ですが……」

 

「お嬢さまー!どちらにいるのですかー?お嬢様、見付けましたわ」

 

 む、クリストハルト侯爵家の者達かな?彼等にフランシーヌ嬢を引き渡せば一件落着って、何故僕に抱き付いて背中に隠れるの?

 

「貴様かっ!お嬢様を誘拐した不埒者は!」

 

 フランシーヌ嬢のお付きの者達だろうか?騎士と思われる女性と配下の警備兵六人に取り囲まれた。騎士と思われる女性はキツい表情で詰問されたが、誘拐は酷い誤解だ。

 警備兵も扇形に包囲網を敷いてきた、結構訓練された動きだな。流石は侯爵七家だなって感心してる場合じゃない!

 剣こそ抜かないが何かしら不用意な行動をしたら襲い掛かってきそうだな、まぁ問題無く倒せると思うがそれは別問題だ。

 

「リリィ、私は家に戻らない!嫌よ、変態幼女愛好家の毒牙にかかるならリーンハルト様と駆け落ちするわ」

 

 後ろから抱き付くな、僕は君と駆け落ちなどお断りだって!

 

「リーンハルト様だと?えっ、まさかお嬢様、あの噂のリーンハルト様と密通していたのですか!」

 

 驚愕の表情で後退り、それから膝をついたが嘘だって分かれよ。警備兵も困惑してるし茶番劇に付き合うのはお断りだ、全く馬車の事故絡みは録な事が無い。

 

「茶番劇はここまでです、リリィ殿。僕は彼女の馬車が脱輪したので助けただけです、駆け落ちとか密通とか誤解しないで下さい。

僕は王命を受けて昨日からデスバレーでのドラゴン討伐を行っています、邪魔をするのは控えて欲しいのです」

 

 背中に隠れるフランシーヌ嬢をリリィ殿に押し出す、王命を邪魔する事の不利益に考えが及んだのだろう。フランシーヌ嬢もリリィ殿も真っ青になった、しかし変態幼女愛好家ってへルカンプ様じゃないよな?

 

 すかさずリリィ殿がフランシーヌ嬢をホールドした、もう逃げられないだろう。彼女の家出も終わりだ、確りと逃げ出さない様に見張っていて下さい。

 

「御者殿が全てを知ってます、何か文句が有るのなら僕はアウレール王の別荘に泊まってますので訪ねて下さい。宜しいですか?」

 

 コクコクと頷くリリィ殿にホールドされているフランシーヌ嬢の頭を撫でる、別に彼女を脅している訳じゃない。

 

「僕は問題にするつもりは無いですよ、大騒ぎにするのはお互いに不利益なだけです。家出とかお転婆が過ぎますよ?」

 

 エレさんを思い出すサラサラな髪の毛で撫で甲斐が有る、年齢からすればベルニー商会とモード商会の娘であるルカ嬢とマーガレット嬢と同じかな?

 まぁ幼女を苛める趣味も無いしクリストハルト侯爵とは距離を考えなければ駄目な関係だ、これで終わりが良いだろう。

 リリィ殿の失礼な態度は主を心配しているって事で不問にする、全てに噛み付いても得る物など無いのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 デスバレーでのドラゴン討伐を終えて別荘に帰ってくれば、ベヘル殿が慌てて出迎えてくれた。困った顔をしているが、何か有ったのかな?

 

「全身ずぶ濡れで寒いので風呂に入りたいのだが、急を要する問題なら言ってくれ」

 

 デスバレーは午後になると大粒の雨が降りだした、ワイバーンは姿を消してアースドラゴンやアーマードラゴンも見付け辛く難儀した。

 視界が悪いので先に見付けた方からの奇襲の繰り返し、お蔭で戦闘訓練としては良かったが精神的に疲れた。二回ほど奇襲を受けて、怪我こそしなかったが魔法障壁が破られそうになった。

 魔力も二割まで減ったので精神的にも疲労が溜まっている、今日も早く寝たい……

 今日の成果はアースドラゴン二体、アーマードラゴン一体、ツインドラゴン二体、合計五体だ。

 

「先に入浴を済ませて下さい、リーンハルト様の体調管理も我々の職務です。さぁリーンハルト様を浴室に案内しなさい」

 

 ベヘル殿がパンパンと手を叩くと側に控えていたメイド達に囲まれる、これを毎日繰り返すのか?

 

 手早く服を脱がされて浴室に押し込まれた、昨日とは違うメイド達だが身体を洗う手順は同じ。マッサージは遠慮して直ぐに浴槽に身体を沈める。

 

「ふぅ、今日もレベルアップせずか……」

 

 ベヘル殿の慌て様だが、多分クリストハルト侯爵からの使いが来たのだろう。家長に逆らい娘が家出するなど醜聞でしかない、それを政治的には敵対している相手に知られた。

 しかもリリィ殿の対応も失礼だったし、その辺をどう処理するかだろう。

 向こうも王命を受けている僕の邪魔をして誘拐の濡れ衣を着せたと分かれば慌てているだろう、だがヘルカンプ様絡みは嫌なんだ。

 


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