古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第六部
第401話


 デスバレーに出発する日、残念ながら昨夜遅くから降り続いた雨により気温も下がり肌寒い。

 ジゼル嬢とアーシャ、彼女達の専属メイドも乗せている為に六人乗りの大型馬車と護衛八人と荷物運搬用の馬車を伴い王都を早朝に出発した。

 護衛には防水加工を施したマントを羽織らせているし、馬は中継地点で交代する。最悪は馬ゴーレムを錬金するが、身分相応な部隊を伴わねばならない。

 

 対外的には三百体、実質的には五百体のゴーレムを運用出来るのだから過剰護衛なのだが世間体とは悩ましい。

 

 アウレール王の別荘に行くので馬車には僕の家紋を付けているので、途中で見送りらしき一団が声援を掛けてくれる。

 声援に応える為に窓から手を振るのだが、寒いのに僅かな雨具で待っていたのかズブ濡れの人達が多い。

 

「旦那様の人気は凄いのですね、ですが彼等が風邪をひかないか心配です」

 

「そうだね、ズブ濡れの人達も多い。雨が強く降ってるし心配だな……」

 

「私達にまで声を掛けてくれるのは嬉しいのですが、声援など初めての経験で恥ずかしいです」

 

 深窓の令嬢達には民衆からの声援など縁が無い事だよな、僕の側室と婚約者なだけだが民衆からすれば一緒らしい。

 

「旦那様は落ち着いてますわ、安定感すら感じます」

 

「アウレール王と一緒に凱旋してるからね、一度経験すれば何とかなるさ」

 

 太った婦人と子供達五人が固まって手を振ってくれたので、微笑みながら手を振り返す。寒いのに子供達は元気一杯だ、子供達が元気なのは治安が良く暮らしに余裕が有るからだ。

 アウレール王の治世は上手く回っている、彼等の為にも力を蓄えて旧コトプス帝国の野望を打ち砕かねばならない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「漸く到着したか、各地の歓迎が凄すぎて逆に疲れたよ」

 

 前回はセルビア地方に有るデスバレーの近くに有るワーズ村迄は二泊三日で着いた、バロール村とバズー村に泊まり三日目にパレモの街からワーズ村に馬ゴーレムで行ったんだ。

 

 漸くビクトリアル湖畔のアウレール王の別荘が見えて来た、既に日が落ちて真っ暗だが周囲の別荘の殆どに明かりが灯っているのは持ち主が来たんだな。

 ビクトリアル湖畔はエムデン王国でも有名な観光地だ、山々から涌き出る湖水は透明度が高く、気候も温暖なので水遊びに適している。

 もっとも貴族達は釣りや泳いだりする事はなく、船遊びが主流だ。湖上で催されるお茶会や食事会、穏やかな湖面なので大型の船ならば湖上舞踏会も出来る。

 

「片道に五日間も掛かりました、途中で抜かされたのかもしれませんね」

 

「通過する街を預かる領主様自らが出迎えて歓待、早朝出発も出来ず朝食の後にお茶会まで催されては時間が掛かりますわ」

 

 そう、滞在四日間は全て領主や代官達が盛大な歓迎と歓待、そして領内の移動中には護衛まで付けてくれた。王命の効果は絶大だが一族総出での歓待はやり過ぎだ、帰りの時が心配になってきた。

 だが前回の時したクラークさんと一緒に強行軍のようなまねはできない、ジゼル嬢とアーシャが同行するのに休み無しで馬車を走らせるのは不可能だよな。

 急いで二日、普通で三日、今回の五日は掛かり過ぎだよ。

 

「あの一番大きいのがアウレール王の別荘か、三階建てとは凄いな。別荘って言うよりは……」

 

 ちょっとした城だな、流石は国王所有だけあり防衛や防諜にも優れているのだろう。他国の使者を国賓として招いた事も有る、由緒正しい別荘らしい。

 

「お父様のお屋敷より大きいです、流石は国王の別荘ですわね」

 

 確かに巨大だが、有事の際の指令部の役割も果たすのだろう。堅牢な外周の防壁に見張り台、整列している警備兵は三十人以上だ。

 ビクトリアル湖畔にはアウレール王の別荘は一つ、他にはリズリット王妃の別荘しかない。他の王族の方々の滞在はアウレール王の別荘を使う、アレを僕にくれると言ったのか?

 もしも貰ってしまってたら維持管理だけでも年間で金貨一万枚じゃ足りなかった筈だ、断れて良かった……

 

 正門を潜り抜け整備された石畳の道を暫く進むと別荘の正面に到着した、外部は警備兵が整列していたが、此方は執事とメイドが十人並んでいる。

 御者が馬車の扉を開けてくれたので最初に降りる、次に側室のアーシャで最後に婚約者のジゼル嬢だ。同乗していた専属メイドは後ろの馬車に移動済み、此処で降りれるのは招待客のみだ。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

「出迎えご苦労様です、暫く世話になります」

 

 慇懃無礼と言うか王家専属の執事の所作は見事だ、綺麗に揃えた髭が特徴の壮年の男性。名前はベヘルと言い爵位を継げないが身元は確かな貴族の筈だ。

 

「アーシャ様もジゼル様もお待ちしておりました。どうぞ中の方へ、ご案内致します」

 

 ベヘル殿の案内に従い別荘の中に入る、見事な内装に調度品の数々に圧倒される。王宮並みに贅を凝らした造りだ、流石は国王の別荘だな。

 最初に通されたのは応接室だが、奥の二部屋が寝室になっている。僕とアーシャ、ジゼル嬢は一人部屋だが一緒と変わらない。

 

「これからの御予定を説明させて頂きますが、宜しいでしょうか?」

 

 ゆったりとしたソファーに座りメイド達が紅茶と高級そうな焼き菓子を配り終えたタイミングで、ベヘル殿が説明を始めたので頷いて同意する。

 

「明日からの一日のスケジュールですが、起床は七時とさせて頂き身支度を整えて朝食は八時。午前中に何件かの面会の申し込みが有ります、デスバレーに向かう馬車は十時に手配しております。

午後は四時に向こうを出発し六時に別荘へ帰宅、身支度を整えて頂き夕食は七時とさせて頂きます。尚、夕食のお招きも何件か既に申し込みが有ります」

 

 真面目な顔で困ったスケジュールを言われた、朝晩に他の貴族との懇親も組まれているみたいだがアウレール王との約束と違う。

 だが賓客として招かれた事を考えれば、ベヘル殿のスケジュールに悪意は無い。無いが優先順位を間違えていては意味が無い、僕はデスバレーにドラゴン討伐をしに来たんだ。

 

「ベヘル殿、僕は物見游山で来ている訳では有りません。王命によりドラゴン討伐に来ています、故にデスバレーに挑む時間が足りません」

 

「ですが賓客として招かれたお客様の接待を疎かにする訳にはいきません」

 

 ふむ、悪気は無く職務に忠実な執事なのだろう。王家に仕える執事だし、忠誠その他は問題無い。

 

「賓客扱いなのはドラゴン討伐を命じた事へのフォローの為にです、その厚遇に応える為にも本来の職務をより高次元で達成する必要が有ります」

 

 そこで言葉を止めてベヘル殿の目を見詰める、逸らさず見詰め返された。

 

「先ず六日間ですが朝は八時に出発します、帰りは向こうを五時に出ます。七日目は完全休養日とします、他の貴族の方々からの対応は完全休養日のみとします」

 

 先ずはドラゴン討伐が最優先、最長二ヶ月間でレベル50を目指す。余裕が有れば他の貴族達との懇親にも割ける余裕は有る、だが今は緩めては駄目だ。

 ビクトリアル湖畔からワーズ村までは馬車で約一時間半、ワーズ村からデスバレーの境界線までは三十分。境界線からデスバレーまでは7㎞、前回は2㎞手前で断念した。

 

「畏まりました、六時起床で八時出発。帰宅は七時、食事は帰宅後に直ぐ食べられる様に準備しておきます。週末の御予定は二日前を締め切りとして、リーンハルト様に選んで頂きます。宜しいでしょうか?」

 

 それは有難いのだが、完全休養日には貴族達との交流は決定事項か。朝寝坊とか昼寝とか、アーシャやジゼル嬢と楽しく過ごす事は無理なのか?

 二日前にリストを貰い誰に会うかを決めて連絡する、全然休めないのが参った。

 仕方無いと割り切ろう、精神的には辛いが肉体的には休める筈だ。多分だがそう思いたい、思わないとやってられない。

 

「無理を言って済まないと思うが理解して欲しい、遊びに来てはいない。邪魔は極力排除してアウレール王の期待に完璧に応えたいのです」

 

「我等使用人一同、同じ気持ちです。我等もアウレール王の招いた御客様を完璧に持て成したいのです」

 

 思う気持ちは同じだが妥協は出来ない、明日から久し振りのドラゴン討伐だ。気を引き締めて頑張るか!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ドラゴン討伐初日、目覚めは悪くない。昨夜は今日に備えて旅の疲れを癒す為にと少し不機嫌なジゼル嬢が、アーシャを強引に自分の寝室に引っ張り込んで独りで寝かせて貰った。

 子作りで疲れさせない為にと思うが、アーシャは不満そうだ。これから二ヶ月間は寝食を共にするし世継ぎを作れとも言われている。ベヘル殿が寝室を一緒にしたのもその為にだ、夫婦だし問題は無い。

 

 六時にメイドが起こしに来て、そのまま身支度を整えて食堂に向かう。朝から豪華過ぎる朝食をアーシャとジゼル嬢と食べる訳だがマナー重視だ、堅苦しいが仕方無い。

 食後の紅茶を楽しみ、彼女達と雑談する。気の休まる一時だが壁際に控えるメイド達が気になる、久し振りの賓客だから仕事が出来て嬉しいのだろう。

 

「さて、時間かな。行ってくるよ」

 

 時刻は八時丁度だ、天気は曇りだがデスバレーの方向は雲が薄い、雨は降らないだろう。

 

「いってらっしゃいませ、旦那様」

 

「御武運をお祈り致しております」

 

 二人同時に軽く抱き締める、これ位のサービスは必要なのだがメイド達の微笑ましそうな表情に照れる。因みにヒルデガードさんとジゼル嬢の専属メイドのメシューゼラさんは背後に控えている。

 因みにメシューゼラさんだがジゼル嬢が領内から探してきた逸材で、彼女の腹心としてメイドの仕事以外も色々してるらしい。そう、メイド以外の仕事もだ。

 

 玄関先で昼食の入ったバスケットを受け取る、注文したのは簡単に食べれる物、食器やバスケットは捨てても良い物、腹持ちの良い物。

 これには秘密が有り出発前にイルメラとウィンディアに大量の食事を頼んだんだ、彼女達の手料理を食べれる機会は殆ど無い。

 だからデスバレーでドラゴン討伐を行う時は、彼女達の手料理を食べる事にしたい。だから用意された昼食は空間創造にストックする為に全て捨てて来て良い物を頼んだ。

 悪いとは思うが、僕はイルメラとウィンディアが作ったナイトバーガーが大好きだ。多大なストレスが伴うドラゴン討伐中くらい、好きな物を食べたい。

 用意して貰った昼食は空間創造にストックし、必要な時に食べさせて貰う事にする。

 

 別荘から先ずはワーズ村に向かう、そこからは馬ゴーレムでデスバレーとの境界線に向かう。周辺一帯の閉鎖は既に完了していると、リズリット王妃から連絡を貰っている、これで魔力砲の実験も出来る。

 

「やれやれ、王族の方々のバックアップは完璧だ。後は僕が結果を出すだけか……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ワーズ村に到着した、久し振りだと感慨に耽る暇は無い。だが村人総出で出迎えは恥ずかしい、初めて村長を見たよ。

 

「ああ、マダム。前回はお世話になりました、たまにマダムの手料理を思い出します」

 

 ワーズ村一番の高級宿屋の経営者だから有力者なのだろう、最前列に並んでいる。実際に一番世話になったのがマダムだ、他の村人達との交流は殆ど無かった。

 

「有り難う御座います、リーンハルト様。あの時は男爵様でしたが出世なさりおめでとうございます」

 

「マダムの手料理を食べれたのでドラゴンを倒せたと言っても構わない位に美味しかったですよ」

 

 リップサービスじゃない、美味しい食事は明日への活力源として重要なんだ。単調で辛い一人だけのドラゴン討伐の憩いの一つだったのは間違いない。

 恐縮するマダムに軽く頭を下げてから本来の目的であるドラゴン討伐に気持ちを切り替える、此処からは油断すれば死ぬ危険も有るから。

 

「では五時迄には戻るから待機していてくれ、間違っても探しに来ては駄目だぞ」

 

 歓迎の式典とか何かは遠慮する、初日は様子見でデスバレーより5㎞手前まで近付いてアースドラゴンとアーマードラゴンと戦う。最近は対人戦闘しかしてないから巨大モンスターと戦う勘を戻さないと、ツインドラゴンは厳しいだろうな。

 

 馬ゴーレムを錬成し飛び乗ると一気に駆け出す、幸い天気は曇りでキツい日差しは隠れている。体調も万全だしノルマはドラゴン種を五体にするか。

 


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