古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第399話

 朝十時に魔術師ギルド本部に到着した、分かってはいたが熱烈歓迎だ。レニコーン殿とリネージュさんの他にギルド職員、更に『王立錬金術研究所』の所員三十人の出迎えに少しだけ怯む。

 馬車を裏に回す予定が、魔術師ギルド本部の正面で整列されては此処で降りるしかない。周囲の通行人も僕に気付いたみたいだ、見回すと頭を下げてくれる。

 

「「「「お早う御座います、リーンハルト様!」」」」

 

「ああ、お早う。早くから悪いね、僕が王都に滞在出来る時間は少ないので効率的にレジストストーンの製作に専念して欲しい」

 

 リプリーにシルギ嬢、それにダヤンとイヤップ、アイシャ嬢のバルバドス三羽烏の連中も揃っている、後は知らない連中だが総じて若い。一人だけ落ち着いた感じの淑女が居るが、彼女がフレネクス男爵の縁者のマーリカ嬢かな?

 

「大ホールを準備しましたが、少し応接室で休まれますか?」

 

 リネージュさんの言葉に首を振って断る、時間が少ないし此処に馬車で来る迄に疲れたりしない。

 

「休憩は不要です、直ぐに始めましょう」

 

 少しだけ目の下に隈が出来ているが寝不足か?まさか夜更かしして魔導書を読み耽りレジストストーンを錬金してないよね?

 レニコーン殿を見れば同じ様に目の下に隈が出来ているが……

 

「レニコーン殿、リネージュさん、もしかして夜更かしとかしてませんよね?」

 

「完徹です、ですが興味の有るモノに出会えば仕方の無い事です」

 

「教える側の我等が一緒に教わる訳にはいかないので頑張りました、お陰様で回避率25%のレジストストーンの作成に成功しました。素晴らしい魔導書です」

 

 二人共にやり切ったドヤ顔だよ、他の職員が不満顔なのは魔導書は見せて貰ってないが話は知っているんだな。

 

「気持ちは分かりますが、美容と健康の為にも身体は大切にして下さい」

 

「物事には優先順位が有ります」

 

「その通りです、人間三日間くらい寝なくても風呂に入らなくても食事さえしていれば死にません」

 

 駄目だ、完全に研究者モードだな。まぁ危なくなれば周囲の所員が止めるだろう、僕と違い大人なんだから自己責任だよね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 案内された大ホールは正面に黒板と教壇、向かい合う様に長机と椅子が配置されていて冒険者養成学校の教室を思わせる。

 

「懐かしい、教室みたいだ……」

 

「リーンハルト様も信じられないのですが、半年前くらいには冒険者養成学校に通われていたのですよね?」

 

「ええ、冒険者としての常識を学ぶ為にです。実技は問題無くても色々と知識不足でしたから、良い経験でした」

 

 半月程度で自主卒業だったが、同世代の若者と一緒に学べた数少ない経験だった。エレさんと出会えたのも良かった、パーティメンバーとしても仲間としても得難い出会いだった。

 

 僕が教壇に立つと所員三十人が同じ様に横六人縦五列の席の前に立った、並び順は成績+政治的背景らしい。

 

 前列右側から僕が推薦したマーリカ嬢らしい淑女、次がバセット公爵が口添えしたシルギ嬢、リプリーに三羽烏のイヤップ・ダヤン・アイシャ嬢の六人が最前列に並び、その後ろは能力順だろう。

 全体を見回すが能力順とはいえ差は殆ど無く、全員がレベル20以上の魔力を感じる。未だ完全に魔力隠蔽は出来ないみたいで大体の能力も分かる……

 

「おはよう、今日集まって貰ったのは『王立錬金術研究所』の所員としての主な仕事であるマジックアイテムの作成の為だ。

君達には麻痺と毒、睡眠と混乱のレジストストーンを作って貰う。ノルマは各七十五個で合計三百個、品質は回避率20%以上、期間は二ヶ月。

勿論だが直ぐに出来るとは思っていない、魔導書も用意したし技術指導はレニコーン殿とリネージュさんにも頼んである」

 

 一旦言葉を止めて彼等を見回すも誰も不安や不信感は抱いてないみたいだな、気弱なリプリーも頑張って真面目な顔をしている。

 

「リーンハルト様が書いて下さった魔導書を元に我々二人も実際にレジストストーンを錬金してみたが、回避率25%を一晩で作れました。君達も十分に可能、だが最初は自己紹介ですね」

 

「申し訳ない、そうですね。自分はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイ。君達と同じ土属性魔術師だ、『王立錬金術研究所』の所長も兼任するが本来の職務が忙しく君達と接する機会は少ないと思う。

だが君達には期待している、いずれ作る僕の派閥の……魔導師団の中核を担って貰うつもりだ」

 

「魔術師ギルド本部は総力を上げてリーンハルト様を補佐していきます、何か質問は有りますか?」

 

 リネージュさんの言葉に魔術師ギルド本部の思惑を感じた、今後も魔導書を渡す事によりギブアンドテイクな関係を維持しよう、協力し合いましょうって事だ。

 僕との付き合いに重要な意味を持って長く付き合おうって事だ、これで魔術師ギルド本部との協力体制も構築出来た。

 

「特に質問がなければ自己紹介ですね、マーリカ様からお願いします」

 

 やはり彼女がマーリカ嬢か、感じからして外れの人材じゃないな。年長者として他の連中を取り纏めてくれると助かる。同じ年長者のシルギ嬢は、性格的に平民達とは仲良く出来ないだろうな。

 

「マーリカです、最年長になるのかしら?レベルは26ですわ」

 

 品良く頭を下げたが、やはり彼女がマーリカ嬢か……

 

 改めて見れば母性愛の強そうな美人と言うよりは優しい感じの女性で、腰まで届く長い金髪を後ろで纏めているのが特徴かな?

 

「彼女はフレネクス男爵の縁者で、僕と我が師であるバルバドス様から推薦を頂いています」

 

 基本的に平民からの選抜だが貴族が三人居る、彼女とシルギ嬢、それとアイシャ嬢だな。

 だがマーリカ嬢は貴族とは名乗らなかった、謙遜か遠慮かは分からないが貴族だと教えておかないと後で身分差による不祥事が発生するかもしれない。

 

「私はシルギ、リーンハルト様の祖父であるバーレイ男爵の縁者です。レベルは22ですわ」

 

 嘘は言っていないが言葉が足りない、確かに親戚関係だが父上共々疎遠な関係だ。

 

「彼女はバセット公爵から口添えを貰ってます」

 

 僕の推薦は無い、だから懇意でも望んだ人材でもない。この言い回しを理解出来る者は少ないだろう。だが気の強そうな彼女は平民達の中では浮くだろう、先に注意を促す必要が有る。

 

「えっと、リプリーです。『静寂の鐘』という冒険者パーティに姉と所属しています、レベルは27です」

 

「リプリーは同じバルバドス塾の塾生で『静寂の鐘』とは僕の率いる『ブレイクフリー』と懇意にしている」

 

 レベル27とは頑張っているな、土属性の他に火属性も持つ才能豊かなアルビノ少女だが気弱な性格は変わらずか……

 

「アイシャ・フォン・ルフトです。リーンハルト様とはバルバドス塾の同門になります」

 

 前の二人とは違い彼女は堂々とフォンを名乗った、つまり貴族令嬢だと身分を明かした。上級貴族の推薦が無い分、自分の身分を伝えておかないと駄目だと判断したかな?

 

 その後に自称バルバドス塾三羽烏の残りのイヤップとダヤンが自己紹介し、次からは初めて見る連中が名前とレベルと簡単なセールスポイントを言って終了した。

 三十人中、女性は五人。リーダーシップを発揮しそうなのは二人、最年長で包容力の有るマーリカ嬢。

 貴族であり推薦人が上級貴族のバセット公爵で、性格も自分が中心になりたそうなシルギ嬢。

 

 実力的にはリプリーだが、彼女は気弱で控え目だからリーダーは無理だな。イヤップとダヤンを従えるアイシャ嬢は次点、彼女は扇動家としての一面も持っている。

 だが僕としてはマーリカ嬢に所員の取り纏めを任せたい、年長者の経験と余裕が有り立場的にも裏切れない。実家であるフレネクス男爵家からも強く言われているだろう、だから信用出来るんだ。

 

 この後直ぐに実技指導と思ったが、誰もレジストストーンを錬金した経験が無く最初は座学からとなった。

 教育方針はレニコーン殿とリネージュさんが考えていると自信満々なので任せる事にした、昨日渡した魔導書も写本し分割して段階を経て教えるそうだ。

 情報漏洩防止にもなるし中々考えている、この件に関しては魔術師ギルド本部に任せても大丈夫だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 懇親の為に全員で昼食を食べる為に大食堂へと向かった、盗賊ギルド本部でも同じ様に大食堂が有りハンバーグを乗せたライスにカレールゥなる物をかけた料理を食べたな。

 スパイシーで美味だったが、魔術師ギルド本部は普通のコース料理だった。

 

 食前酒はスパークリングワイン、冷製オードブル盛合せ・ソーセージのザワークラウト添え・レンズ豆のスープ・オマールエビのポシェ(茹でた活きエビ料理)・口直しのシャーベット・ホロホロ鳥のグリエ(網焼き)

 食材も高級品だろう、全員同じ料理の為にリプリーなどガチガチになって、それでも美味しそうに食べている。

 

 王宮や舞踏会で豪華過ぎる料理ばかり食べていたが勝るとも劣らないレベルだ、所員全員に振る舞ったのは魔術師ギルド本部が彼等を重要視してるって事だ。

 

 主賓が僕でホストがレニコーン殿とリネージュさんの為に円卓を囲むのは、僕から右回りにレニコーン殿・マーリカ嬢・シルギ嬢・アイシャ嬢・リネージュさんの順だ。

 ホスト役と貴族の令嬢達で固めた、同じ職場の一員とは言え貴族と平民とは一緒の席に座らない。一般的な認識では間違っていない、当然の配置だな。

 

 食後の紅茶を楽しみながら懇親と言う名の雑談と情報交換を行う、主に僕の情報を知りたいのだろうな……

 

「リーンハルト様は明後日からデスバレーに向かうそうですね?」

 

「はい、王命によりドラゴン討伐を行います。期間は二ヶ月間ですね、未だに謎の多い種族なので楽しみにしています」

 

 シルギ嬢からの質問が多い、周囲に僕との縁が深いと思わせる為か、単に情報を集めろと言われているのか判断に迷う。

 

「歴代最強のドラゴンスレイヤーと言われてますが、地上最強種を相手に怖くはないのですか?私はドラゴンなど怖くて見たくもないですわ」

 

 アイシャ嬢は猫被りバージョンだろうか?気弱で控え目な淑女を演じている。マーリカ嬢は柔らかく微笑むだけだ、受け答えや相槌はするが自分から話題は振らない。

 

「当然ですが怖いですよ。恐怖を誤魔化すのも時に必要ですが慢心や油断にも通じます、臆病な位が用意周到で良いのかな?」

 

 最後は疑問系にする、人間とは色々な考え方が有るから断定すると揉める。時には断定も必要だが、今回は止めた。

 周囲は僕を英雄的に見ている場合も有る、一般的な英雄は勇猛果敢で皆を引っ張るリーダーシップが有る。この場合は勇猛果敢より狡猾な感じだったし……

 

「前回はツインドラゴン(双頭竜)を三体、それにアーマードラゴンも多数倒しましたわ。アウレール王は、それ以上をお望みなのでしょうか?」

 

「国の威信に関わる問題よ、強力な魔術師の存在は強国を名乗るに必要不可欠だわ」

 

 マーリカ嬢の初めての質問にシルギ嬢が常識的な回答をした、確かに強力な魔術師は強国の条件だ。富国強兵の言葉通り、豊かで強い国は強い兵が必須条件。

 だがマーリカ嬢はアウレール王の真意を問うたと同じだな……

 

「シルギ嬢の言う通りですね、後は領内に危険なモンスターが居るのに謎が多い事を気にしています。いくらデスバレーから出て来ないとは言え、将来的には分からない。

アーマードラゴンでさえ、一体でも周辺の村を襲えば全滅です。国民を大切にするアウレール王ならば放置は出来ない、その意味が大きいのでしょう」

 

 笑顔を添えて建前を話す、周囲の連中にも聞こえたのだろう。頷いたり喜んだりしている、本当は旧コトプス帝国の残党と協力しそうなウルム王国との開戦準備だ。

 そしてマーリカ嬢の笑顔が、イーリンやセシリアに通じるモノに変わった。この優しそうな御姉様は一筋縄にはいかない。いや、良く分からないが正直な感想だ。

 

「流石はアウレール王と、その忠臣たるリーンハルト様ですわ。これでエムデン王国も安泰ですわね」

 

 品良く笑ったが、エムデン王国も安泰とは色々な意味にも取れる。旧コトプス帝国の残党と戦っても安泰、最悪ウルム王国が参戦しても安泰。

 

 僕の考え過ぎか?いや、違うな。僕を見詰める彼女の瞳は何かを見透かす様だ、ただの出戻り令嬢と軽く見て身辺調査を怠ったのは不味かったぞ。

 


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