古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第4話

「冒険者養成学校か……確かに基礎を学び仲間を募るには最適だ。

特に世間を知らないお前達には必要だな。良いだろう、お前のその目を見れば意志の強さが分かる。

だが親として廃嫡して家から追い出す事は出来ないぞ、そうだな……

継承権放棄は認めよう。家を出るのも構わんが、下町にお前の母が住んでいた小さな家が有る。

結婚当初、二人で住んでいた思い出の家だがソレをお前にやろう。

冒険者育成学校の学費は払ってやるが生活費は自分で稼ぐんだ。

それとイルメラを連れていけ。彼女の給金はお前が冒険者として稼いだ金から払うんだぞ。

それくらい稼げなければ生きてはいけないだろう、出来るな?」

 

 親の愛か……僕は愛されているのだな、転生する為に利用した仮初の親だったのだが確かな愛を感じる。

 だが継承権放棄は認められたがバーレイ家には縛られてしまう、だが父上が存命の内は大丈夫だろう。

 継承権は無いが未だ貴族の一員という事だな。イルメラについては勝手に決めてしまっても良いのだろうか?

 

「父上、温情有難う御座います。ですがイルメラについては僕付きのメイドでは有りますが勝手に……」

 

「リーンハルト様……」

 

 泣きそうな顔で小声で名前を呼ばれてしまった、これは彼女はバーレイ家を出て僕と一緒に下町に住む事に異存は無いって事なんだろう。

 彼女の献身を考えれば僕から離れる事は考えてないのだろうか?

 

「分かりました。自分とイルメラの面倒くらい大丈夫な事を証明してみせます」

 

 父上に向かい頭を下げる、覚醒して二日しか経ってないが生まれて初めて親の愛を感じられた。転生前は政治の道具としてしか見られていなかった僕がだ。

 

「あなた、本当に宜しいのですか?インゴをバーレイ家の跡取りとする事を認めて頂けるのでしょうか?」

 

「ああ、本人が家を継ぐのが嫌だと言ってる。それに確かに新貴族のバーレイ男爵家の立場からすれば仕方の無い事なのだ。リーンハルトから言ってくれて感謝しなければなるまい。

すまない、イェニー……お前との約束を俺は守る事が出来なかった……」

 

 泣きそうな顔で部屋を出ていく父上を追いかけるようにエルナ嬢も退出していった。インゴだけが何とも言えない顔で僕を見ている。

 

「インゴ、すまないな……父上とエルナ様の事、バーレイ男爵家の事を頼んだぞ」

 

 この頼りない弟が海千山千の魑魅魍魎が犇(ひし)めく貴族社会で生きていけるのか疑問だが、アルノルト子爵家が助力をするだろうから平気か?

 

「兄上、僕は嫌です。家を継ぐなんて、僕には無理です。兄上が長男なんですから継いで下さい」

 

 大人しいインゴにとっては男爵家の相続とかは本当は不要なのかも知れないな。僕の弟として貴族として責任の無い安寧な生活が送りたいのか?

 

「インゴ……僕の母上は平民で側室だった、だから僕がバーレイ家を継いでも直ぐに廃嫡されて君が継ぐ事になるんだよ。下手をしたら僕は殺されるかも知れない、それが貴族社会なんだ。

インゴはエルナ様の実家のアルノルト子爵家からの助力が有るから平気さ」

 

 インゴの肩を叩いて慰めるが、目に涙を溜めて僕を見た後に部屋を飛び出して行った、兄上のバカーって大声で言われたぞ。

 

「コレばっかしは仕方ないんだけどな、貴族に生まれたからには避けられないんだ。イルメラは嬉しそうだな」

 

 凄いご機嫌な感じでニコニコと僕を見ているイルメラに声を掛ける、この娘は何が嬉しいんだ?

 折角バーレイ男爵家の屋敷に勤めているのに僕と一緒に下町の家に異動なんて左遷と同じだぞ。

 

「はい、リーンハルト様と二人っきりの生活。しかもお給金を頂けるという事はリーンハルト様が私の正式な御主人様になるという事です。嗚呼……私の御主人様……良い響きです」

 

 祈る様に僕を見詰めているイルメラから視線を逸らす。悪い娘じゃないのだが何故僕に執着するのかが分からないのだ。

 僕の母親との約束か、他にも何か有るのか?

 改めてイルメラをじっくり見る……今年18歳のはずだがどう見ても同い年位にしか見えない。

ブルネット(濃い茶色の髪)をふんわりしたショートボブにして抜けるように白い肌で碧眼、身内贔屓を抜いても十分美少女だが胸は薄い。

 記憶ではDクラス冒険者で神聖魔法が使えるらしい。

 この世界では実用的なレベルで魔法を使えるのは100人に1人なので、男爵家のメイドでは勿体無いと思うが母上が引き取ったので何か他にも理由か秘密が有りそうだ。

 

「さてイルメラ、父上の許可が下りたので早速登録をしに冒険者ギルドに行きたい。案内して欲しい」

 

「お任せ下さい、御主人様。少々お待ちを、支度をして参ります」

 

そういってスカートの端を軽く持ち上げて優雅に一礼して退出していった……

 

「支度?何を?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 イルメラの支度とはメイド服から修道服に着替える事だった。流石にDクラス冒険者としてはメイド服で行っては舐められると心配しての事だそうだ。

 彼女は他にもスタッフを持ち腰には道具袋を下げている、この道具袋はマジックアイテムで1m四方の魔法空間が有り見た目以上に道具を収納出来るのだが、この時代ではサイズ的にはコレが最大だそうだ。

 どんなにお金を積んでもコレ以上収納出来る物は無い、例外は僕の持つギフト(祝福)、空間創造だけだ。

 この空間創造というギフトは魔術師のレベルに依存し空間が広がる。一応レアギフトだが、魔術師50人に1人は持っているのでそんなに珍しくは無い。

 だが非常に有用なギフトの為に所持者は国や貴族、豪商等が競って雇い入れている。

 

「御主人様、お待たせ致しました。

旦那様から支度金を預かっています。冒険者ギルドに行く前に装備を整えて行きましょう」

 

 そう言って小さな袋を手渡してきた。中を調べれば金貨で50枚入っていた。

 

「金貨50枚か……冒険者ギルドに登録するのに幾ら掛かるんだ?」

 

「銀貨1枚です」

 

 銀貨1枚か……1金貨で10銀貨、1銀貨で10銅貨。銅貨1枚で市民が食べるパンが1本買える。

 市民一家族当たりの一ヶ月の生活費が金貨15枚から20枚くらいだ。

 因みに白金貨は金貨100枚の価値が有り大口の取引で使われるが市場では殆ど見掛けない。

 

「装備と言っても僕は魔術師だが杖が無くても魔法は使えるぞ。

基本的に召喚魔術を使うので最初にゴーレムを召喚すれば終わりだからな。剣は自前のが有るし防具は魔術師には不要だ」

 

 イルメラと並んでバーレイ家を出る、新貴族の屋敷群はエムデン王城を中心に周囲に貴族街が有りその外周に集められている。これは王都が襲撃された場合に先ずは新貴族達が敵の侵攻を食い止めろという事だ。

 その証拠に平民街・商業区域・新貴族街・貴族街・王城と途中には各々城壁が設けられている。

 

「御主人様と二人きりでお出掛けは久し振りですね」

 

 なんて事も無い内容なのに彼女は凄く嬉しそうに話す。前世の僕には親しい友人も家族も居なかったし部下達とは距離を置いていたので、彼女と話すのは新鮮だ。

 

「む、そうだな。前は……」

 

 記憶を思い出そうと集中する。前にイルメラと出掛けたのは……そうだ、屋敷に篭りっきりが嫌で気分転換に街に買出しに行く彼女に付いていったんだった。

 

「前はイルメラの買出しに強引に付いていったんだったな」

 

 僕の一歩後ろを歩いてる彼女と話すのが大変なので歩調を合わせて隣に並ぶ、こうして見ると姉弟だろうか?

 暫くは無言で歩く、幾ら下との身分差に余り拘らない新貴族とは言え周りを気にしなければならないのが貴族社会だ。

 新貴族街までは辛うじて道路は石畳だが、城門を潜り商業区域に入ると主要通路以外は土だったりする。

 

「先に武器屋に案内してくれ。一応杖を見繕うか、支度金以外にも自分の金を持ってきている」

 

 僕は10歳から毎月お小遣いとして貰っている金貨5枚が殆ど手付かずだったので、金貨150枚程を持っているのと支度金とを合わせて金貨200枚が総予算だ。

 だがこれからはイルメラの給金や生活費も稼がねばならないので無駄使いは出来ない。それに自分の魔術迷宮の中に昔使っていた装備一式が有る。

 まぁレベルアップしないとランクの高い品々は取り出せないので、今は出せても精々が各種初級ポーション類だけだ。

 

「スタッフ・ワンド・ロッド、杖と言っても色々有りますよ。私はモア教の神官として教会から支給された権杖(ジェズル)を自分でカスタマイズして使ってます」

 

 そう言って見せてくれたスタッフは柄が木製で先端に青銅製の絡み付く二匹の蛇の装飾が施されている。

 モア教の神官は全員が支給されたスタッフを自ら手を入れて長く使うそうだが、高位神官連中は任命される時に新しく主教杖や司教杖を貰うらしい。

 これは全金属製で豪華な装飾が施されている。母上の司教杖は葬儀の際に棺に共に入れて埋葬した。

 

「見事な固定化の魔法が掛かってるな、それに各種補助魔法も……」

 

「はい、イェニー様が手掛けてくれました」

 

 母上は現役時代は冒険者ギルドが国の依頼に指名参加させる程の神聖魔法の使い手だったからな、無抵抗で毒殺された事が今でも信じられないのだ。

 しんみりした雰囲気のまま武器屋に到着した。

 

「これが……これが武器屋?時代は変わったのだな……」

 

 前世の武器屋は厳つい親父が店番をしていて入り難い雰囲気の個人商店だったが、案内された武器屋は……

 

「「「いらっしゃいませー!」」」

 

 複数の若い女性の売り子が店頭で客引きをしていて、その奥には両側の壁に武器類が並び長いカウンターに店員が並んでいる。

 

「御主人様、どうしました?売り子さんに見惚れているのですか?」

 

「いや、違うぞ。初めて来たのだが……武器屋とは、こんなにも広くて明るくて騒がしいモノだったか?」

 

 まるで女好きなんですか?的な冷たい視線を送られたので慌てて否定する。それに僕は初めて迎えた妻が自殺したので男女の恋愛については消極的なんだ。

 

「杖のコーナーは右奥ですね。行きましょう、此方です」

 

 賑やかな店内に入ると多種多様な武器や防具が並んでいる。本当の業物は気難しい店主に認められてから初めて奥の棚から出して見せてくれるんじゃないのか?

 まぁ良い、少しレベルが上がれば魔術迷宮にしまっている装備品を出し入れ出来る。ランクは低いが態々此処で買う必要も無いな。

 ここは初期の装備品と割り切って安物を買って誤魔化すか……

 イルメラの後ろについて歩いていくと店の最奥の一角に杖の販売コーナーが有ったが、客が殆ど居ない。

 

「いらっしゃいませ、ご用件を伺います」

 

 この店の売り子達は不思議な制服を着ているな、肌の露出は控え目だがボディラインを強調するデザインだ。

 

「はい、御主人様の杖を探しています。御主人様は魔術師です」

 

「賜りました、ご希望は有りますでしょうか?」

 

 得意げに話すイルメラと値踏みする様な売り子、なんだか面白くないぞ。所詮は初級装備、だが好みで言えば金属製で接近戦でも敵を牽制できる長柄の物が良いか……

 

「魔力の発動を補助する機能とかは要らない。丈夫な金属製の長い杖が良いな、予算は……金貨20枚までだ」

 

「魔法の補助機能は要らないのですか?それに全金属製だと重くなりますが……」

 

 僕の体格をチラリと見てから全金属製は重いから持てるのか?貧弱ボーイ、みたいに言われた。

 

「構わない、接近された場合の対応武器と割り切る。ソレに騎士の息子として身体は鍛えているので大丈夫だ。予算内のお勧めのモノを見せてくれ」

 

 騎士の息子の部分で僕が貴族と知ってか目を見張り、黙って頭を下げてから壁に立掛けてある杖を調べ出した。

 そして確かに全金属製で長く細い杖を一本カウンターの上に乗せた。

 

「見た事の無い杖だな、スタッフか?いや先端の飾りも変わっているな……鉄の輪が12個も通してあるけど……イルメラ?これってモア教の杖か?」

 

 「これはカッカラと呼ばれる極東から伝わった杖で、別名を有声杖・鳴杖・智杖・徳杖・金錫と呼ばれています。先端の輪は遊環(ゆかん)と呼ばれ、その音は魔を祓うと言われています。

更に先端は尖ってますので即席の槍としても使えます」

 

 確かにソコソコは尖ってるから槍代わりにはなるかな?しかし極東から伝わったって名前を聞くと宗教絡みっぽいぞ。

 長さは170cmくらいで太さは直径2cm、先端は鞘が付いていて外せば刃と言うか棘?が付いているが鞘自体も尖っているので刺す分には十分だな。

 

「イルメラ……僕も一応はモア教徒だけど、この杖って持ってても平気か?」

 

「問題ないと思います。モア教は他宗教に煩くないですし御主人様はモア教徒ですが神官ではありませんから……」

 

 ならば問題は無いと思いカッカラを手に取り構えたり振り回したりする。

 振り回す度にシャクシャクと不思議な金属音がするが、その音から錫杖(しゃくじょう)とも呼ばれているそうだ。

 同じ杖に幾つの呼び名が有るんだか?だが悪くないな、気に入った。

 

「悪くはないな、丈夫で武器としても使える。なにより珍しくて面白い、幾らだ?」

 

「金貨10枚になります」

 

早速購入した。うん、良い買い物が出来たな。

 


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