古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第393話

 ザスキア公爵と権力の犠牲となった幼い側室の話をしていた、メルル様とは二度と会う事はないだろう。

 僕は同情し哀れと思ったが、ザスキア公爵は愚かな小娘と評価した。貴族の子女として実家の繁栄に役立つ事が大切、なのに我慢出来ずに周囲も巻き込み破滅した。

 王族の側室という高い地位に居ながら相手を拒み、恨んで結局は領地を奪われ全てを失い王都から追放されたんだ。

 

「リーンハルト様、メルル様の侍女のカペラと申す者が親書を持って来ました」

 

 ロッテが申し訳無さそうに一通の親書を持って来た、カペラは既に帰ったそうだ。薄い黄色の模様の無いシンプルな便箋には、家名も領地の名前も無くメルルとだけ書かれている。

 

「メルル様からですね」

 

「あら、嘆願書かしら?リーンハルト様も理解していると思いますけど……」

 

「同情や哀れみから情けを掛ける事はしません、王族の元側室など色々な意味で危険な相手なのは理解しています」

 

 ここで情けを掛けて接触すれば、今回の件を邪推する奴等が証拠を掴んだと騒ぎ出す。元寵姫に手を出されたヘルカンプ様も良い思いはしない、王族の不興を買う事にもなる。

 

 ソファーから自分の執務机に移動してペーパーナイフで封を切る、中身は一枚の便箋だけだ。

 彼女の直筆だな、几帳面で丁寧に小さめの文字で書かれている。こんな事になっても筆跡に乱れは無く、落ち着いて書いたみたいだな。

 

「謝罪と今回の件の経緯が簡潔に書かれてるだけです、どうやらメルル様は修道院に……」

 

 アレ?この『トラピス修道院』って僕がハイゼルン砦に捕らわれていた娘達を預けた修道院だ、偶然か故意か分からないが僅かな接点は残った訳か。

 そして取り巻きの侍女達は誰も同行せずに全員実家に帰された、彼女はカペラ達に私財の殆どを渡したんだな。

 

「その修道院ってリーンハルト様の影響力が強い『トラピス修道院』でしょ?最後までバニシード公爵家に逆らったのね、困った小娘だわ」

 

 ああ、バニシード公爵の影響下を嫌ったんだな。そこ迄の恨みを父親とヘルカンプ様に向けていたのか、何て言うか修道院で安息に暮らして欲しい。

 ソファーに戻るタイミングでオリビアが新しい紅茶を淹れ直して、プラムのジャムを添えたスコーンを出してくれた。

 

 暫くはメルル様の事を忘れて時事ネタで会話する、だがザスキア公爵の顔は未だ何かを話し足りない感じがする。

 

「他に何か気になる事でも有るのですか?」

 

 何気無く言った質問にザスキア公爵がニヤリと淑女がしては駄目な笑顔を見せた、これは悪巧みと言うか良くない話題を振って僕の反応を楽しむ顔だ。

 

「分かる?流石はリーンハルト様ね、私の表情を見てある程度の予想が出来るのね。良いわ、教えてあげる」

 

 大輪の華が咲き乱れる笑顔を見せてくれるが、要は表情での推測は既にバレている。今後は表情での推測は難しい、間違った推測に誘導されそうだ。

 

「バーリンゲン王国とウルム王国の婚姻外交が纏まったらしいわ、バーリンゲン王国の第五王女オルフェイス様とウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様の正式な婚姻よ」

 

「シュトーム公爵と言えば旧コトプス帝国の王女の嫁ぎ先、レンジュ様はその血を受け継いでいる。その彼がバーリンゲン王国の第五王女と婚姻とはキナ臭いですね」

 

 序でに言えばシュトーム公爵家にもウルム王国の王室の血が入っている準王家だ、王位継承権も高い筈だぞ。

 ソファーの背もたれに身体を預けて仰け反る、どう控え目に考えても旧コトプス帝国の連中が有利になる婚姻だ。

 これでバンチェッタ王が崩御して後継者に親旧コトプス帝国のレンジュ様がなれば、バーリンゲン王国と連携してエムデン王国を攻める可能性は高い。

 エムデン王国は旧コトプス帝国の領地も奪い近隣諸国の中では最大規模で脅威に感じている国も多い、何より領地は最大だが旧コトプス帝国領の領地経営は順調ではない。

 エムデン王国は内側に問題を抱えている万全とは程遠い状況、だから付け入る隙が有ると考えるし事実だ。

 

「一悶着有りそうですね、ウルム王国とバーリンゲン王国は前大戦の時に裏で旧コトプス帝国と同盟を組んでいたと噂されてます。二度目が無いと考えるのは愚かでしょう、バンチェッタ王が亡くなった時が危険かな?」

 

 まだ隠居するには若いバンチェッタ王だが身の危険を感じていた、暗殺も有り得る状況だからこそ会談もそこそこに恐れて自分の王宮に逃げ出した。

 ザスキア公爵の調査によれば、あの方は有能ではない。保身的で猜疑心が強いと聞く、つまり周囲を惹き付ける魅力が少ないから裏切りや簒奪の可能性が高い。

 味方が少なく王宮内部で押さえている勢力は精々が半分程度、殆どの勢力を掌握しているアウレール王とは大分違う。

 やはり国難を退けた実績有るカリスマ性がアウレール王の強みで、近隣諸国が警戒する原因だ。

 

「殺さなくても退位すれば良いのよ、過去に子供に幽閉された王様なんて掃いて捨てる程居るわ」

 

「先日会う機会が有りましたが、大分周りを警戒していました。ウチと違い支配体制は磐石とは程遠いのでしょう、思った以上に猶予は少ないのかも知れませんね」

 

 ウルム王国とバーリンゲン王国による挟撃か、三国内で一番国力と兵力の少ないのはバーリンゲン王国。

 だがエムデン王国も二国と同時に戦える程、兵力に余裕が有る訳じゃない。外交戦で周辺諸国を巻き込まないと厳しい、僕の切り札である下級魔力石によるゴーレム軍団が必要になるな。

 未だ用意出来た下級魔力石は1782個、一度しか使えない消耗品だから未だ心許ない。軍団規模にぶつけるなら3000個は必要、冒険者ギルド本部と魔術師ギルド本部に追加調達を頼むか。

 

「先ずは外交戦だけど、バーリンゲン王国の取り込みは厳しいと思うわ。一発殴って脅すのが一番効果的ね、弱小国家は存続優先だから勝てないと分かれば大人しくなる」

 

「開戦の大義名分が有りません、最初は向こうから攻めさせて速やかに全滅させる。その後で交渉ですね、それが一番効果的で他の周辺諸国が口出し出来ない」

 

 だがこの戦法は大戦力の用意が必須で二方面作戦を強いられたエムデン王国では難しい、僕の切り札である下級魔力石による大量ゴーレム運用をアウレール王に教える必要が有る。

 そして戦場も簡単な命令で行える平地での正面激突が必須条件、対魔術師用に自分が錬金し操作する遊撃五百体を運用すれば五千人規模でも何とかなる。

 

「いくらリーンハルト様が高性能ゴーレムを五百体運用しても防衛側なら難しいわよ、積極的に攻めたからジウ大将軍を翻弄出来た。少数で防衛戦は難しいと思うの」

 

「広範囲に展開されたら少数では対応出来ない、攻める側だから少数精鋭は最大の効果を産む。確かにそうですね」

 

 正論だ、そして本気で心配してくれている。多分だが彼女は二方面作戦の場合、僕がバーナム伯爵達とだけで片方を受け持つと信じている。

 そして単一最強戦力としての運用として正しい、拙い連携は戦力低下を引き起こす。従来の宮廷魔術師なら多数の護衛が必要だから軍団が必要、だが僕には不要だから……

 

「僕は、僕はですね。確かに五百体のゴーレムを召喚運用出来ますが、下準備をすれば一度にレベル20のゴーレムポーン三千体を同時運用出来ます。一回切りの壊れたら修復も出来ない使い捨てですけどね」

 

「はぁ?」

 

 ザスキア公爵の凄く驚いた顔を見て和む、この女(ひと)を本気で驚かせたのが嬉しい。詳細迄は教えられないが、この事前情報を使い色々有利に動いてくれるだろう。

 最悪の場合、バーナム伯爵達を正規軍に取られる可能性や奇襲により対応する時間が少ないなどを想定する必要が有る。

 僕だけで対応する場合、相手はゴーレム三百体を基本に考えて手を打ってくる。だから予想以上の戦力を見せて戦意を挫くんだ。

 

「内緒ですよ。アウレール王には教えますが、他には教えません。一回でも見せれば対応されます、だから最大限有効的に使う為にも使用するタイミングはアウレール王に任せます」

 

 他に話すと漏れる心配が有る、ライル団長達は信頼しているが周囲の連中は分からない。敵に情報を売る味方が悲しいが結構居るんだよ、目先の利益や欲望に負ける奴が!

 

「もう笑うしかないわ。現代に甦(よみがえ)った伝説の大魔術師、ゴーレムマスターのツアイツ卿の再来。与太話かと思えば事実だった訳よね」

 

「あ、憧れていましたし……その、ツアイツ卿の魔法を模倣しているのも事実です。ですが再来とかは大袈裟ですよ」

 

 不意討ち気味な言葉に動揺してしまう、何とか誤魔化す。僕がツアイツ卿に憧れて模倣しているのは有名な話だ、バルバドス師が二つ名である『ゴーレムマスター』を名付けてくれた時に周囲に話している。

 

 実際は転生した本人なのだが、そんな事を言えば狂人か嘘つき扱いだ。メリットなんて何も無い、逆に信じられたら拷問されてでも古代の知識を言わされる。

 

「ふふふ、動揺しちゃって可愛いわよ。貴方がそんなにも照れるなんて初めて見たわ、食べちゃいたい位だわ」

 

 肉食獣の視線を向けないで下さい、貴女の年下好きは擬態ですよね?

 

「そうそう、リーンハルト様も結婚式に呼ばれているわよ。一応だけど友好国の王族の婚姻だし出席するのだけれど、リーンハルト様には指名で話が来てるわ。

あと婚姻外交の申し込みが多数、そっちはアウレール王が全て断ったそうよ」

 

「誘き出す罠ですかね?でも結婚式の招待に指名されると欠席は不味いでしょう。宮廷魔術師第二席として筆頭のサリアリス様の名代での出席、他に大臣クラスか王族の方の護衛込みか……」

 

 祝い事への欠席は不敬に近い、しかも指名されたなら主賓扱いだから余計にだな。エムデン王国としても宮廷魔術師第二席なら人選は問題無い、他に実務者レベルで大臣か王族の誰かが同行すれば完璧。

 ウルム王国とは休戦状態だから、指名されたのに出席を断れば弱いが開戦理由にもなる。敵陣に誘い込んで不意討ちは……流石に結婚式だし無いよな。

 

「後は勧誘か工作、能力調査とかね。貴方は急に出世したから情報が少ない、だから近隣諸国は貴方の情報が欲しくて堪らないのよ」

 

 多数の間者が潜り込んで来てるから処理が大変なのよって怖い話をされた、防諜のエキスパートのザスキア公爵が言うなら事実なんだな。

 曖昧な笑みで誤魔化すが自分の周りも防諜に関しては再度確認して見直す必要が有るな、自分は安全だとか大丈夫とかは甘い考えだ。

 そう思うとバレンシアさんやチェルシーさんが調べた情報は高く売れたのだろう、お祝いの品物が高価なのはお礼を兼ねてなのだろう。

 

「婚姻外交については気にしてないの?申し込んで来た相手は全員が美少女よ、性格も悪くないしスタイルも良い。婚姻外交の切り札的な娘ばかり。

相手もアウレール王が断ったけど、リーンハルト様に会わせるだけでもって頑張ってるわ」

 

「営利目的の結婚なんて嫌ですよ、アウレール王が断ってくれたなら僕も断ります。会う必要すら無いですね、迷惑です」

 

 仕えし王が駄目だと言ってるのに、会って僕が結婚したいと言い出すと思ってるのか?それで不仲になる事まで考えているのか、単純に女性の魅力に自信が有るのか分からないが引き抜きにしたら稚拙だな。

 

「本気で嫌そうね、でもリーンハルト様には側室が一人しか居ないのよ。伯爵で宮廷魔術師なら貴族的には非常識、だから周囲もチャンスと思い娘達を差し出すの。

彼等にしたら常識なの、だからリーンハルト様が断るのが不思議なのよ。この意識の違いは後で大きな問題になるわ、宿題として少し考えなさい」

 

「周りの貴族達との考え方の違い、ですか?」

 

 ザスキア公爵の真剣な表情から本当に問題を含んでいるのだろう、何と無くは分かるが、そこまで大きな問題だとは思えない。

 だが後々の事を考えろって事は対策が必要、来年成人しジゼル嬢を本妻に迎えた後でイルメラとウィンディア、それとニールを側室に迎える。

 本妻に側室が四人、人数的には十分だが男爵令嬢が二人、騎士が一人に平民二人。つまり格が低い事を問題にしている。

 

 だが、格となると伯爵令嬢以上を求められているのだろうか?

 


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