古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第392話

 王位継承権第二位のロンメール様だが、挨拶の時に驚くべき事を聞いた。ヘルカンプ様の企(たくら)みに気が付いていて、先に来たと言った。

 王族の中にも順位が有り、第二位のロンメール様よりも前に第三位以下の者は来なければならない。主宰はロンメール様だが屋敷に招待したのはモリエスティ侯爵だからだ、全員が招かれたので必然的に順番が決まる。

 

 その言葉の後は立ち話では出来ず、防諜設備の整った応接室へと通された。但しロンメール様と僕とモリエスティ侯爵夫妻だけで、キュラリス様は別室に通された。

 メイドも居ないので、モリエスティ侯爵夫人がグラスとワインを用意して注いでくれた。

 

 流石に王族相手に此方から話題は振れない、余計な話も出来ないので相手の出方を待つ。ジリジリと緊張する時間が流れる……

 

「リーンハルト卿はリズリット王妃から王族の闇の話は聞いていますね?」

 

 最初の話題から重い、だがモリエスティ侯爵夫妻も神妙な顔で頷いた。無能は王にはなれない話だ、何か喋ると不味そうなので僕も頷いて肯定した。

 

「グーデリアル兄様の予備が僕であるのと同じく、僕の予備がヘルカンプです。ここ迄は周知の事実、グーデリアル兄様に何か有れば王位継承権の順位が繰り上がる」

 

 一旦言葉を止めてワインで口を湿られた、渋い表情なのは言い辛いからか?だが王位継承権とはそういうモノで上に何か有れば玉突きで順位が上がる。

 

「僕は兄様の予備として品行方正で無害な王族である事を強いられた、無事に兄様が王位を継承すればお役御免。

その前に外交としての政略結婚も有るかな、僕等に正妻が居ないのは何時政略結婚をしても良い様にですよ」

 

 寂しい笑顔だ、王位継承権第二位とは第一位とは違う期待を掛けられている。有能な第一位に野心が無い品行方正な第二位、だが第三位のヘルカンプ様はお世辞にも有能とは言えない。

 予備の予備迄は厳しく育てないって事か?

 

「同じ様にヘルカンプにも役目が有る、アレは餌なのです。王位簒奪を狙う輩の群がる御輿として最適、短慮で自尊心が強い。だからおだてれば動かし易い、アレに近付く輩は警戒する必要が有るのです」

 

「それは……」

 

 言葉が続かない、王家の闇とは無能は王になれず粛清される他に簒奪を狙う輩の餌まで用意されている。

 確かにグーデリアル様に何か有れば、残りで次期王位継承権第一位を争う事になる。悪意有る者ならロンメール様よりヘルカンプ様を選ぶ、それが用意された餌とも知らずに……

 

「だから今回みたいに馬鹿な側室の私怨で餌を失う事は出来ないのです、アレとリーンハルト卿が争えば父上は間違いなくアレを切り捨てる。

そうなれば呑気に王位継承権第三位では居られない、新たな餌を探すのは大変なのですよ」

 

 暗い笑みだ……だが馬鹿な側室の私怨とは、バニシード公爵家を衰退に追い込んだ僕をメルル様が恨んでヘルカンプ様を唆したのか。

 あの大人しい少女が父親の為に敵である僕を討つ為に仕掛けた罠だったのか、やりきれないな。

 

「バニシード公爵家を失脚させた恨みですね?」

 

 メルル様を追い詰めた僕も無罪と言う訳ではない、だがバニシード公爵家の復興に力を貸す事は出来ない。彼等は政敵なんだ、慈悲や情けは自分の失脚に跳ね返る愚行だ。

 

「違う、自分を変態幼女愛好家のヘルカンプに差し出した恨みですよ。あの側室はヘルカンプの失脚を目論んで唆した、父親については既に失脚したので良しとしたのか。

全く王族の寵姫として何不自由なく暮らせているのに、馬鹿な復讐を考えたものです」

 

 否定され新事実を知らされた、僕とヘルカンプ様との共倒れを狙ったのか。自分を変態幼女愛好家に差し出した父親も恨んでいたのか、明るく素直だった少女が望まぬ結婚を強いられた。

 その恨みの相手として旦那と父親を恨み、策略を仕掛けた。

 

「その企みにヘルカンプ様は乗ったのですね?僕はどうしたら良いのですか?」

 

 この場の最上位者に対応を聞くしかない、音楽会で恥をかかされる程度なら我慢するが相手はヘルカンプ様の失脚を狙っている。

 王位継承権第三位の失脚となれば理由もそれなりの物が必要、僕と敵対しただけじゃ弱い。

 

「何もしなくて結構です、ヘルカンプ達は僕が帰らせます。私的な音楽会とは言え僕より後に来るなど非礼、相手に仕掛けた罠に自分が掛かる程恥ずかしい事は無い。

後は父上が上手くやります、ヘルカンプも自分の立場を弁えるでしょう。勿論ですが、側室は里帰りさせて二度と王宮には入れない、アレの目的は一応達成だね」

 

 ヘルカンプ様は父王よりお叱りを受けて、自分は変態幼女愛好家から別れられる。父親には更なる失脚の理由が増えた、確かに目的は全て達成か……

 

「ご配慮、有り難う御座います。感謝の言葉も有りません」

 

 お礼と共に深く頭を下げる、これで危機は回避出来た。恐ろしいのは幼くても女の恨みか……

 

「構わない、元はと言えば我等の失態です。それにリーンハルト卿は今後のエムデン王国に必要な人材、馬鹿な嫉妬による復讐に巻き込まれて失脚など有り得ないのです。

モリエスティ侯爵も夫人も良いですね?此処での話は何時も通りに他言無用ですよ」

 

 やはり二人共に無言で頭を下げた、ロンメール様の側室の実家として過去にも同じ様な密談が有ったのだろうか?

 

「さて、話も終わりましたし本題の音楽会の準備をしましょう。もう三十分もすればヘルカンプも来るので、追い返した一時間後に開始しましょうか?」

 

 無表情だったのが凄く嬉しそうになったが、音楽会は中止じゃなくて開催するのですね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロンメール様主宰の音楽会、参加者は僕とキュラリス様の三人だけでモリエスティ侯爵夫妻は参加せず聞き手に回った。

 ロンメール様もキュラリス様も僕と同じバイオリンだ、既にチューニングを始めたので慌てて空間創造からバイオリンを取り出してチューニングを始める。

 

「ほぅ?空間創造とはレアなギフトですね。使い勝手の良いギフトを授かるとは、天は二物を与えましたか」

 

 褒め殺しという言葉が有る、つまり褒めてはいるが言葉通りに受け取るな、裏が有るぞって事だ。イルメラやアーシャは違う、彼女達は心底僕が凄いと思っている。

 

「確かにギフトはモアの神に感謝していますが、他は人より少しだけ努力を重ねただけです。天才と言われる方々とは残念ですが違います」

 

「情報通りに謙虚で堅実ですね、あのゴーレム制御は才能と努力のどちらが欠けても不可能ですよ」

 

 基準のA線(2弦)を弾いてラ音を確認する、次にA線(2弦)とD線(3弦)を解放弦(指で押さえない音)を同時に弾いて、その和音の響きである完全5度の和音を聞いてD線(3弦)を合わせる。

 同じ要領でD線(3弦)とG線(4弦)、最後にA線(2弦)とE線(1弦)を合わせれば完成だ。王族だった子供時代に叩き込まれた技術は転生しても失ってない。

 しかし音を聞いて調律していくのだが、お互い会話を挟んでも行っている。だがキュラリス様は音叉を使っているな、音を頼りにしているチューニングで会話は邪魔だし非常識だよな。

 なのにロンメール様は積極的に会話をしてくる、何故だ?

 

「天は二物どころか三物ですかね?リーンハルト卿は僕と同じく絶対音感が有るのかな、見事なチューニングですよ」

 

 絶対音感?何だそれ?初めて聞く言葉に戸惑うがキュラリス様は特に反応しない、つまり音楽関係者の中では普通の言葉か?

 

「有り難う御座います。そう褒められると恥ずかしくなります」

 

 当たり障りの無い言葉で誤魔化す、後で調べよう。そのまま全員がチューニングを終えたが、三人共にバイオリンだけだがどうするのだろうか?

 

「リーンハルト卿は無伴奏バイオリンソナタしか弾けないそうですね。なので僕とキュラリスが合わせます、最初は一人でデオドラ男爵の奥方達に聞かせた曲を弾いて下さい」

 

 え?あの曲は三百年前の教会ソナタだけど大丈夫か?古い時代の曲を知っているとバレるのは……

 

「分かりました。拙い技術でお耳汚しと思いますが、宜しくお願いします」

 

 拒否は出来ない、もし追及されたらレティシアに聞かせて貰ったとか誤魔化すか。確か彼女はリュートを弾いていた、聞かせて貰ったメロディを真似た事にしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ほぅ?技量はギリギリ宮廷楽団員程度か少し劣る位か、だが姿勢が綺麗なので見応えが有る。

 

 左肩の鎖骨の上にバイオリンを乗せて顎当てに顎を乗せて押し付け過ぎずに挟み込む、バイオリンを高く持ち上げる様に構えて左手でネックを持ち顎と肩だけで支えている。

 演奏中は指板を持たずに顎と肩だけで支えて、左手での支持は最小限。体を少し左に傾けて左腕を胸側に少しだけ近付けてくっつけない、そして両腕はなるだけ近付ける。

 

 聞かせるよりは見せる演奏だな、だが貴族の趣味や嗜みとするなら十分合格点。何処に出しても恥はかかない、父上が優遇するだけの事はある。

 

「ロンメール様、見事な演奏ですわね。噂話なので盛られているかと思えば事実だったのですね」

 

「確かにな、片手間に覚えるには少々無理が有る。アレは才能よりも努力の賜物だろう、だが未だ未成年なのに何年練習に費やしたのだ?」

 

 下級貴族の聖騎士団の長子、楽器の練習など優先度は低い筈だ。魔法に関しては自他共に認める腕前、無能を嫌うサリアリス様をして才能に胡座をかかずに努力を怠らないと言わしめた。

 他にやる事が有るのに優先度の低い楽器の練習を何年もするのか?

 

 丁度演奏を終えたリーンハルト卿が一礼したので拍手を贈る、聞いた事の無い曲だった。緩-急-緩-急の4楽章、厳粛から軽快、力強く重音を多用し終わる構成。珍しい韻を踏むのだが……

 

「見事でした、リーンハルト卿。では今度は僕が弾きましょう、聞いて下さい」

 

 ふふふ、貴方は秀才だが私は天才なのです。違いを教えて上げますよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 芸術家肌と言われたロンメール様だが、違うな……音楽に関して彼は天才だ。僕みたいな練習して技術を学び決められた事しか出来ない者じゃない、何かもう一つ演奏に組み込んでいる。

 だがそれは僕には分からない、だが全然違う演奏だった。何か心が惹かれるって言うか……

 

「こんにちは、リーンハルト様。昨夜はロンメール様に呼ばれて大変だったみたいね?」

 

 執務室で昨夜の余韻に浸っていた時にザスキア公爵が入って来た、イーリンが苦笑しながら背後に控えている。

 普段と少し雰囲気が違うけど悪い感じはしない、でも何か話が有りそうだな。

 

「ヘルカンプ様の件について配慮して頂きました、それと見事な演奏を聞かせて貰い余韻に浸っていました」

 

「ふふふ、ロンメール様の演奏は見事よね。私も何度か聞かせて貰ったけど、余韻に浸るなんてリーンハルト様もロマンチストね」

 

 片目を瞑って笑われたがロマンチストの評価は嫌だ、僕は自分ではリアリストだと思っている。

 

「そうそう、ヘルカンプ様の側室のメルル様だけど……今朝早く実家に帰ったわよ、お里下がりね。

でも実際は離縁よ、彼女が望んだ通りの結果だけど二度と王都には戻れないわ。ナホトカ領も没収されたし、父親であるバニシード公爵からも見放されたわ。

つまり修道院に入れられるか、誰か適当な人と政略結婚させられるわね」

 

 リズリット王妃達が早々に動いてくれたのか、メルル様が今朝出て行ったとなれば昨夜の内に話を通したのだろう。

 彼女の復讐は達成されたが自身も不幸な結果となってしまった、王族の元側室を迎えるのは格が上がると喜ぶ連中も居る。

 ヘルカンプ様の魔の手から逃れたのに、同じ運命を辿る可能性も有るぞ。

 

「ザスキア公爵はメルル様の事を知っていたのですね、あの女性の復讐について……」

 

「ええ、周囲も巻き込む破滅型の馬鹿な女よね。侍女も何人か首が飛んだわよ、最終的には侍女が唆して凶行に及んだ事になるのかしら?

バニシード公爵は再度窮地に立たされた、他の王族に嫁いだ側室達も肩身が狭いでしょうね。リズリット王妃も後宮での派閥の力関係に変動有りで喜んだ筈よ」

 

 リズリット王妃の立場も強化された訳か、単純に僕の為にって訳でもなさそうなので少し気が楽になった。

 しかしザスキア公爵もロンメール様も、メルル様には辛辣だな。彼女だって権力に翻弄された哀れな少女なのだが……

 


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