終(つい)の屋敷となるだろう建物を見上げる、本館は三階建の未だ新しく現代風な外観を持った洋館。
別館は同じく三階建だが転生前のルトライン帝国魔導師団の配下だったブレイザー・フォン・アベルタイザーの造り上げたトラップハウス。
蔦が外壁に絡み付いた歴史を感じさせる古い洋館、この二棟が新しく手に入れた僕の城だ。
本館の方は外壁や窓、扉等の外部に面している部分には全て固定化の魔法を重ね掛けし強度を増した。ファイアボール程度では表面に煤が付く程度、一番弱いガラスだってハンマーで何度か叩かないと割れない。
客間や寝室にはインテリアとしても通用するゴーレムポーンを二体ずつ配している、全身鎧兜は展示品として装飾に拘ったパレードアーマー仕様になっている。
ホールや食堂など多人数が集まる場所ではカーテンの後ろや控えの間に同様のゴーレムポーンを配置している、使用人には敵と味方の判別用ブレスレットを装備させれば大丈夫。
本館には罠は設置しない、アレ等は色々と不味い。電撃の罠とか現代では再現不可能らしいし、もしもバレたら屋敷自体を没収されそうだ。
書棚に並べられている魔導書も中々に貴重な魔法が詳細に記されている、各属性の魔術師達からすれば垂涎の的だな。
ジゼル嬢とアシュタルとナナルが厳選した使用人達とも顔合わせをした、執事補佐二人・メイド十人・コック二人・庭師四人・整備士二人・御者三人・下男六人と大所帯になった。
全員が住み込みで、他にもメルカッツ殿他私兵百人に警備兵が二十人いるが此方は半数が家庭持ちの為に通いだ。
貴族院から言われた身分相応な屋敷を手に入れる事は出来た、だが予想通りに結構な数の引っ越し祝いも送られて来た。
「やれやれ、また御礼状を書く日々に逆戻りか……」
◇◇◇◇◇◇
今夜はエムデン王国王位継承権第二位、ロンメール様の私的な音楽会に呼ばれた。基本的に王族は王宮内にて生活している、王宮の外に自分の本宅を持つ者は居ない。
本妻や側室の実家に行く事が王宮外で生活する唯一の手段だ、後は自分の領地に建てた領主館か別荘に行くしかない。
王族とは多くの特権を持つが比例して制限も多い、今回の音楽会はモリエスティ侯爵の屋敷で行う。モリエスティ侯爵の妹殿が、ロンメール様の側室として嫁いでいるからだ。
芸術家肌なロンメール様は、同じく多くの芸術家達のパトロンであるモリエスティ侯爵夫妻とは親交が深い。何と無くだが、モリエスティ侯爵夫人はロンメール様にギフト『神の御言葉』を使っていそうで怖い。
能力的に弱い内容の暗示ならバレ難いし問題は無さそうなんだよな……
王宮での仕事を終えてからモリエスティ侯爵の屋敷に向かう事になっている、既に彼女のサロンに三回呼ばれて一方的に愚痴を聞かされる関係だ。
周囲は今一番活躍し輝いているから何度も彼女のサロンに呼ばれていると思っている、だが現実は応接室で向かい合い延々と愚痴を聞かされるんだ。
しかも愚痴だから応えを求めていない、ただ一方的に愚痴を聞いて相槌を打つだけなんだよ……
執務机に座り、最後の引っ越し祝いの御礼状を書き終えて蝋封をして家紋の刻印を押す。引っ越し祝いは私的な面が強いので、それなりの関係の方からしか来ない。
公爵四家にモリエスティ侯爵、バーナム伯爵や隣接領主のガルネク伯爵にベルリッツ伯爵等の懇親の有る方々だ。
貴族関係はそうだが、民間からは主に商人から相当数の祝いの品が来た。これにはライラック商会にも相談し対応した、殆ど賄賂みたいな物も有ったんだ。
美術品や宝飾品でも微妙なのに宝箱一杯の金貨とか、素直に喜べない物まで贈られてくるし……
ヤバい物は同額返し、あからさまな賄賂は返品、その他は御礼状と半額返しで対処したんだ。貴族間の付き合い方は間違えると直ぐに問題になる、対処が悪いと噂として広まるんだ。
曰く『所詮は成り上がりの若僧、貴族としての適正が無い』とかね、挙げ足を取るのが大好きな連中も多いから嫌になる。
「リーンハルト様、馬車の用意が出来ました」
「ん、有り難う」
考えに耽っていたら専属侍女五人全員で呼びに来た、普段は一人ずつなのに何故だ?
「今夜はロンメール様からの招待による音楽会、リーンハルト様もバイオリンを弾かれるのですよね?」
ああ、女性陣って音楽関係が好きだよな。だけど一曲弾いて欲しいとかは無しだぞ、弾けるだけだから恥ずかしいんだよ。
「ん?ああ、本当に弾けるだけなのだが噂に尾ひれが付いて伝わったらしいんだ。だから何曲か間違えない様に弾いて終わりにしたい」
牽制を兼ねて言っておく、侍女達との御茶会の約束を強引にされたんだ。その場で一曲とか勘弁だ、僕は宮廷魔術師で戦う事が本職なんだよ。
何故そんな立場の僕に音楽的な感性を求める?錬金繋がりで芸術性を求められるなら未だ応えられるのだが……
「他の王族の方々も出席されるそうですわ」
「王位継承権第三位のヘルカンプ様もメルル様同伴で参加される様です、お気を付け下さい」
何だって?聞いてないぞ。半分敵対してそうなヘルカンプ様がメルル様と参加するだと?
「他にも王位継承権第四位のクルステル様と、第五位のスティング様も参加されます」
「王族の方々より三十分前に馬車の手配をしております、ウーノからの情報ですがヘルカンプ様が出発の時間は内緒にする様に指示されたそうです」
王位継承権第二位から第五位迄が集結するって?事前に参加者リストは来ていないが、先に到着して出迎える事にするしかないのに時間を秘密にした。
バニシード公爵の失脚について文句が有るって事だよな、リズリット王妃から一言いって貰ったから嫌がらせ程度なら良いのだが……
「有り難う、十分気を付けるよ。バニシード公爵とメルル様の件も有るし、ヘルカンプ様は僕に良い感情は無さそうだしね」
専属侍女五人に見送られて執務室を出る、今夜は長い戦いになりそうだ……
◇◇◇◇◇◇
モリエスティ侯爵の屋敷には何度も来ているので、正門から屋敷まで特に問題無く通過出来る。警備隊の隊長と警備兵とも顔馴染みだ、毎週呼ばれていればお互い慣れる。
流石は侯爵七家の三番目、上位からアヒム侯爵、ラデンブルグ侯爵、モリエスティ侯爵、クリストハルト侯爵、エルマー侯爵、グンター侯爵、カルステン侯爵。
だがクリスハルト侯爵とグンター侯爵、カルステン侯爵は敵対派だと教えて貰った。七家中の三家は敵対とはな、上位陣じゃないだけマシか。
「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿、歓迎しますよ」
「ようこそ、リーンハルト様。またお話を聞いて下さいな」
「有り難う御座います。モリエスティ侯爵、それに夫人も。今晩は宜しくお願いします」
にこやかに出迎えてくれたモリエスティ侯爵だが少し笑顔が怪しい、また夫人にギフトで何か命令されたのか?
貴族的礼節に則り一礼する、僕は意図的にパートナーを伴わないで来た。王族主宰の音楽会に男爵令嬢の側室は遠慮した方が良いと判断した、相手は格上しか居ないのでアーシャでは辛いから……
二人に案内されて屋敷内を歩く、未だ王族の方々は来ていない。周りにも使用人も居ないしモリエスティ侯爵は少し先を歩いている。
「今夜の音楽会だけど、急にヘルカンプ様が参加したいと言ってきたみたいよ。しかもサプライズにしたいから参加は内緒にしろって頼んだみたいなの、私も知らされたのが今朝で慌てたわ」
事前に情報を教える為に、この状況を作り出したのか。協力者として有り難い配慮だ。
「ヘルカンプ様はバニシード公爵の愛娘を側室に迎えていて溺愛しています、メルル様とは一度話しましたが実家と和解して欲しいと頼まれて拒否しました」
「あの少女ね、幼女愛好家として知られるヘルカンプ様のお気に入り。でも後三年もしたら育ち過ぎて捨てられる、なら寵愛を受けている内にリーンハルト様にヘルカンプ様をけしかけたかしら?」
クスクス笑っているけど、その推理が限りなく正解に近いと思う。ヘルカンプ様だって寵姫の実家の衰退は死活問題だ、他の王族の方々と違い癖が有るから有力な後援者はバニシード公爵くらいだ。
彼の失脚は自分を後援する力が少なくなる事を意味する、いくらリズリット王妃に釘を刺されても無視は無理だろう。
「間違い無いでしょうね、他のお二方も急な参加ですか?」
「王位継承権第四位のクルステル様と、第五位のスティング様の事ね。お二方は元々参加する予定だったわ、だから問題は無し。
ヘルカンプ様は他の兄弟の方々と上手く行ってないのよ、だから急に参加したいって言われた時に不思議に思ったけど少し考えれば分かるわね、でも私のサロンで揉め事は嫌よ、巻き込まないで」
協力者から温かい励ましと拒絶の言葉を貰った、突き放すとは酷い話だ。
だが王族相手にギフト『神の御言葉』を連発するのは危険だ、掛けた相手が不自然な行動をすれば疑われる。
真偽を確かめられるギフト持ちも居るかも知れないし、彼女にとってハーフエルフと言う秘密が公になる事は死を意味する。見返りも無く助けてはくれないよな……
「巻き込まない努力はします、ですが此処で仕掛けられたら無理が有ります。リズリット王妃に仲介は頼みましたが、相手が何処まで腹を括っているか分からないのです」
窓が有る場所で立ち止まり、並んで外の景色を見る。モリエスティ侯爵も少し先で止まっている、実際に傀儡と化した哀れな男だと思うが何もしてやれない。
「恥をかかせるだけで満足するか、貴方の失脚まで狙っているかね?確かに幾ら寵姫の願いでもデメリットを考えたらどうかしら?
エムデン王国の王族には黒い噂が有るの、前王の無能さに国が滅び掛けたから王位継承権の上位者は……」
「問題が有る場合、排除される。噂でなく事実ですよ、リズリット王妃とセラス王女から聞きました」
無能な王は要らない。国が滅び掛けた教訓が生かされたのだが非情な話でもある。だが臣下や国民からしたら有り難い、無能に付き合い滅ぶのは嫌だ。
「そうなの、嫌な話ね。王位継承権第一位のグーデリアル様が勤勉で努力家なのって、無能だと排除されるから頑張っているのね。そう思うと王族は大変だわ、気楽な侯爵夫人で良かったわ」
ポンッて肩を叩かれたけど、お互い気楽じゃないと思うんだ。だが彼女を巻き込む訳にはいかない、先ずは先方の出方を見るしかないんだ。
◇◇◇◇◇◇
いよいよ音楽会の始まりだが直ぐに演奏とはならない、先ずはホストであるモリエスティ侯爵夫妻と共に王族の方々を玄関前で出迎え挨拶を交わす。
僕は全員と面識が無いので一緒に出迎えて紹介してくれる、モリエスティ侯爵夫人の配慮に感謝した。いきなり面識の無い相手に挨拶をするのは難しい、切っ掛けは有り難い。
「お誘いを受けて頂き感謝しますよ、リーンハルト卿。噂話ばかりしか知らないので、実際に話してみたかったんですよ」
「初めまして、リーンハルト様。今夜の音楽会を楽しみにしていましたわ」
ロンメール様とモリエスティ侯爵の妹で側室の、キュラリス様が一番最初に来た、下位から来るのが常識なのに一番上が一番最初に来るって……
「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。本日は音楽会へのお招き、有り難う御座います。戦う事が専門の魔術師故に音楽関係には疎く粗相をしてしまうかもしれませんが、宜しくお願い致します」
貴族的礼節に則り深く一礼する、チラリと観察したロンメール様は、穏やかな表情を浮かべた痩せ型で美形。豪快なアウレール王と違い典型的な美形で品の有る王族、所作も洗練されている。
転生前は王族だった僕から見ても文句一つ無い完璧さだ、これが王位継承権第二位か……
「此方こそ私的に招いた音楽会に、無粋な思惑で参加を申し込んだ愚者が居て申し訳ないですね。なので私が最初に来ました」
その言葉に不敬だと思いながらも一瞬だけ顔を凝視してしまった、参加を隠したヘルカンプ様の思惑を逆手に取って最初に来たと言ったぞ。
つまりロンメール様はヘルカンプ様に恥をかかせるつもりだ、これはリズリット王妃が頑張りすぎたか?