バンク三階層以降に現れる宝箱の検証に入った。だが思いの外、宝箱は現れない未だ二回目だ。
一回目は大きな宝箱、中身は革の鎧で罠が発動したのかは不明。
二回目は中くらいの宝箱、中身はショートソードで罠が発動し針が刺さっていたが毒か麻痺か不明。だが宝箱自体の造りが木製の為に鍵を解除しなくても力ずくで開けられるのは立証された。 下層階に行けば宝箱自体も金属製になるらしいが、当分はゴーレムでの力技で解除すれば大丈夫だろうか?
「リーンハルト様、武器庫に行ってみましょう。必ず宝箱が現れます」
辺りを見回すが誰か居る気配はしない、魔法の灯りに照らされた通路は10m先は闇だ。だから他に誰か居れば灯りが見えるので分かる。
ん?暗闇でも行動出来るモンスターは全種夜目が効くのか?
「そうだな、周囲には誰も居ないな……」
この警報の罠だが、かなり危険だ。僕等はコボルド程度なら簡単にあしらえるが兎に角数が多い。
倒すと直ぐに次が現れる、あの罠の上に立って居れば延々とコボルド狩りが出来るのだが……
一度勢いに押し負けたら幾らゴーレムポーンとはいえ防ぎ切れず、僕とイルメラにコボルドが押し寄せる。
コボルドとはいえ侮れない、前後から攻めてくるので対応出来るゴーレムは三体。
コボルド程度では僕のゴーレムポーンは壊される事はないが、守りを抜かれた場合は僕自身が対応しなければならない、イルメラを守りながら……
「罠のエリアに入ったら直ぐに奥に進むよ。あの場所に留まるから警報が鳴り止まず、次から次へとコボルドが攻めて来るんだ!」
最初の陣形に戻り三体のゴーレムポーンを先頭に進んで行く。罠のエリアに足を踏み入れた瞬間に警報が鳴り響くが、直ぐにエリアを抜け出たら警報は止まった。
妙に静かだ……いや、ガチャガチャと鎧が擦れる音が前方から聞こえる、敵だ!
「コボルドが前から来るぞ。ゴーレムよ、横一列に並んで迎え撃て!」
正面の暗闇から突然飛び出して来るコボルド四匹!二匹は弓を装備してるのが見えたので後列のゴーレムを二体前へ進ませる。
コボルドが射った弓矢はゴーレムの胸の部分に当たり乾いた音を立てて跳ね返った。
そして五体のゴーレムポーンにより蹂躙されたコボルドは魔素となりスタンダガーを残して消えた……
「リーンハルト様、真っ直ぐ進めば良かったのですね……」
その通りだよ、イルメラ……今回は僕が馬鹿だった、警報を鳴り続けさせるなんて馬鹿だったよ。
「む、済まない。無駄に疲労させたね。
だが最大召喚数でゴーレムポーンを前後に十体ずつ配置すれば、警報が鳴りっぱなしでも……いや、目立って駄目だな。あの音はモンスター以外に他のパーティも呼びそうだ」
恥ずかしい罠の掛かり方をしたが、誰も見ていないので心の奥にしまい込む。良い経験をしたと思えば良い、次は直ぐに移動して失敗を繰り返さなければ良いんだ。
「武器庫か……造りは上のと同じだな」
「そうですね、初めての宝箱の中身はダガーでしたものね。でっでも、二回目は革鎧で三回目はショートソードです。大丈夫です、良くなってます」
胸に突き刺さるイルメラの言葉に乾いた笑いを浮かべる。悪気が無いのは知ってる、素直なだけなんだ。
だから余計に辛いんだけどね……
「はははは、最初の時の周りの連中の哀れみの目は忘れられないよね。可哀想にダガーかよって……」
武器庫の扉の把手を握り勢い良く手前に引っ張る。中は薄暗いが中央部に魔素の光が集まりだした……
◇◇◇◇◇◇
「宝箱が出た、今回は罠も施錠もして無かった……」
「中身……普通のダガーでしたね」
どうやら僕は武器庫の宝箱とは相性が悪いらしい。前回同様、普通の大きさの宝箱で中身も同じダガー……
イルメラから手渡されたダガーを握り締めると何とも言えない悲しみが湧いてくる。
「帰ろうか、イルメラ……今夜は軽く飲みたいな、秘蔵のワインを開けようかな」
「了解致しました、12年物の赤ですね?帰りに市場に寄って良いでしょうか?ワインに合う料理を考えますね」
アレ?空間創造にしまったワインまでイルメラは把握してるのか?父上から頂いたワインだから知ってたのかな?
謎は残るが別に困る問題でもないから良いか……
「分かった、でもハンバーグはメニューに入れてくれると嬉しい。僕はイルメラの作ったハンバーグが大好物だから」
嬉しそうな彼女の笑顔で、ダガーの件で荒んだ心が少し暖かくなった。
◇◇◇◇◇◇
何時もの様にギルド出張所の買取カウンターに向かう。今日もパウエルさんが座っているが、この人実は冒険者ギルドのお偉いさんなんだよね。
知ってる人はどれくらい居るのかな?
「こんばんは、パウエルさん。ドロップアイテムの買取をお願いします」
「久し振りですね、冒険者養成学校はどうですか?」
バルバドス塾の自称三羽烏の件でお世話になったって事は僕の情報は筒抜けだろうな、同じ冒険者ギルドに所属してるんだし。
見た目と違い柔らかい口調と慇懃な態度からは彼がバンク出張所の所長とは中々気付けないだろう。
「来週、実地訓練の二回目です。強制参加の五回が終わったらクラスメイトとパーティを組んで早目にギルドランクDを目指します」
特に隠す必要も無いので事実を告げて、レアドロップアイテムからカウンターの上に並べて行く。ハイポーションに耐魔のアミュレット、スタンダガーと順番に空間創造から取り出しては並べる。
「ほぅ?今日はオーク狩りの他にコボルドも?」
「はい、夕方に三階層に様子見で下りました。
固定罠の警報を初めて体験しました、四連戦で16匹倒しましたがボス狩りより効率が悪いですね。
経験値とドロップアイテムの意味では……」
お馬鹿に警報に引っ掛かり続けた事は言わない。次にノーマルドロップアイテムをカウンターの上に並べる。
ポーションにダガー、革の鎧にショートソード……
「今回も大量ですね、でも無理はしないで下さい。
警報の罠は常時発動系ですし過去にあの場所で20連戦した強者も居ましたが、仲間が一人後遺症の残る重傷を負いました。連戦とは高レベルパーティでも危険を伴います。
さて……買取額は合計で金貨62枚銀貨7枚です。
余談ですが三階層のボスであるビックボアのレアドロップアイテムである肝はギルドで万年品薄です。
纏まった数なら買取価格に色を付けますよ」
「肝ですか?」
三階層からはドロップアイテムに素材が有るのか?モンスターを倒したら内臓の一部をドロップするって、何か嫌だな。
「はい、肝です。各種ポーションの素材として常に品薄なんです。
討伐依頼で野生のビックボアの肝も集めてますが、魔法迷宮でドロップする方が効果が高いので上級のポーション類には欠かせません……」
一応世話になってるし指名依頼みたいな物だし請けるか。
「分かりました、明日は三階層でビックボア狩りをしてみます」
「おお、有り難う御座います。助かります」
明日は三階層でボスの10回毎ドロップアイテムの検証も行おう。
宝箱の検証は終わりだ、仲間に盗賊が居れば大丈夫だしゴーレムで力ずくで宝箱を開けても大丈夫みたいだしね……
◇◇◇◇◇◇
「ふふふ、請けてくれたか、ブレイクフリーは……」
冒険者養成学校からの報告では彼の座学の授業態度は先生方から好評みたいだ。
実技については一人で何とかしたがる傾向が有るみたいだが、レベル20の魔術師だしFクラスの依頼など楽勝なんだろう。
冒険者養成学校を卒業したらレアドロップアイテムを集め捲って貰う予定だ。だが、バンクの三階層まで下りたのならビックボアの肝集めをダメ元で頼んでみたが……結果、快く引き受けてくれた。
殆ど指名依頼と変わらないから、肝を20個以上納品したら1ポイントあげよう。
早くランクDになって冒険者養成学校を卒業して貰い、どんどん魔法迷宮を攻略して欲しいからな。
「パウエルさん、笑みがドス黒いですよ。私ドン引きですよ」
「黙れ猫被り!お前のファンに本性をバラすぞ、守銭奴受付嬢め」
全く女の外見は鎧兜と同じで中身は見えないんだよな。だが今回の依頼で彼等の有用性をギルド本部に示す事は出来る。
二階層のボスのレアドロップアイテムの耐魔のアミュレットの集まり具合からして、ビックボアの肝も直ぐに集められるだろうな……
「何にしても期待に応えてくれるなら、陰ながら力になろうって気にもなるさ。
お前も一応依頼書を作っとけよ、ビックボアの肝を20個集めたら依頼達成、1ポイントアップだ!」
次の定期報告会で議題にあげよう、冒険者養成学校の方とも連携が必要だな。
◇◇◇◇◇◇
「リーンハルト様、何故失敗を報告したのですか?」
僕が他人と話す時は口出しせずに後に控えている彼女には不思議だったのか?
「素直に警報の罠の上に居っぱなしとは言ってないよ。ただ反応が見たかったんだ、彼等は僕等の成長に期待している感じがした。
だから口出しして来るか黙認かが知りたかった。結果過去の事例を元に注意を促された……
つまり彼等は僕等を直ぐに使い潰す気は無い。
バルバドス塾の件でも陰ながら力になってくれた。だからビックボアの肝は最低でも20個は集めるよ。
連続60回も戦えば何とかなるだろう」
ギルド出張所の外は既に日が落ちて真っ暗だ、街灯の魔法の灯りで辛うじて周りが見える。
今日は結構頑張ってバンク探索をしたんだな……
「つまり、リーンハルト様は冒険者ギルドに恩を返すので?」
乗合馬車の列の最後尾に並ぶ、今日は『静寂の鐘』も『野に咲く薔薇』も居ない。彼等も先に帰ったのだろう……
「恩を返すよりは僕等の有用性を示すかな。まだランクFの若造、いや子供なんだよ僕は。
だから周りの必要な相手には力を示す必要が有る」
そう、本性を隠して偽りの本気を見せなければならない。まだ全ての力を見せる必要はないんだ。
「分かりました、リーンハルト様のお考えの通りに……」
順番に来た乗合馬車に乗り込む、今回の同乗者は……
「よう、坊主!何だよ、バンクを攻略してんのかよ?まだ養成学校に行ってんだろ、無茶すんな!」
熱い肉の塊、『ハンマーガイズ』のカイゼリンさんだったかな?
向かい側にはむさ苦しい筋肉のオッサン達が半裸でミチミチに座っている、悪夢を見そうだが子供好きな感じのオッサン達だ。
しかし気付いてしまった後では体感温度が3℃は上がったぞ、圧倒的な筋肉の熱量!
「カイゼリンさん、お久し振りです」
「行儀の良い子供だな!しかも僧侶の恋人連れたぁ、お兄さんビックリだぞ」
丁寧に頭を下げたのだが返答に困る返され方だ、パーティ名もガイズだが自分をお兄さんと言ったぞ……
イルメラも何て言って良いのか分からずに珍しく右往左往しているな。
僕が敬語で話し掛ける相手は、見た目からして肉弾戦大好きな高レベルな30代後半の戦士達だ。
凄く警戒もするだろう。
「えっと、そうですね……でも低層階なら危険は少なく攻略出来ますから大丈夫です。心配してくれて有り難う御座います」
「ふむ、確かに武器も業物っぽいし自身も鍛えているみたいだな。ゴブリン位は楽勝か……」
む、もしかして僕を戦士系と思ってるのか?確かに革鎧にロングソードとラウンドシールド装備だが……
「いや、あのですね。僕は……」
「だが坊主には足りない物が有るぞ!パーティに必要な、最も必要な物は何だ?」
真剣だ、カイゼリンさんは真剣に何かを教えようとしてくれている……
初めて出会った見た目はアレだが有能な男の冒険者、しかも強そうなカイゼリンさんの問を真剣に考える。
最もパーティに必要な物、それを知りたくて僕は冒険者養成学校に入学したんだ!
だが、何て答えれば良いんだ?冷静な判断?編成メンバーのバランス?下調べ?
駄目だ、どれも陳腐な回答だ。情けないぞ、しっかり考えるんだ。