古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第386話

 問題が起こった、屋敷前に人だかりが出来ている。完全武装した連中が屋敷の前に群れている、しかも全員が高レベルの戦士達だ。騒ぎ出しはしないが無言の圧力が凄い。

 

「リーンハルト様、如何致しましょう」

 

 タイラントも困惑気味だし警備兵達は緊張している、ざっと見ても三十人は居るのは一気に攻められたら彼等では防げないからか……

 

「リーンハルト殿、蹴散らしますか?」

 

 槍を肩に担いだメルカッツ殿が好戦的に笑う、年上で同じ冒険者ランクBなので様でなく殿を付けて呼び合う事にしている。

 

「それは無理でしょうね……彼等は国王と王国の為に最前線で戦う勇気と覚悟が有るから、僕に売り込みに来たのでしょう」

 

 あの一連の騒ぎは王都では有名な噂話となって色々と脚色されたストーリーが民衆を楽しませている、裏でザスキア公爵が暗躍しているのは間違い無いな。

 

「では、その勇気と覚悟を試しますか?」

 

 やはり好戦的に槍の柄を握り直した、彼等はデオドラ男爵と同じ思考をしている。つまり肉体言語を駆使して分かり合うタイプだ、僕とは真逆だな。

 

「お願いします。武力と勇気はメルカッツ殿に、性格と思惑はジゼル様に任せる事にします。百人を越えたら募集は一旦終了、個人的な私兵は色々と問題を生みます」

 

 私兵自体は悪くないが兵力を抱える事を問題視する連中が居る、言い掛かりはつけられたくない。それに費用的にも大人数を維持管理も出来ない。

 

「リーンハルト殿は奥方様を信頼なさってるのですな、我等の時も不心得者を見極めましたし恐ろしい御方です」

 

「本人の前では言わないで下さいね、恐れられている事を気にしてましたよ」

 

 奥方様は未だ早いのだが、メルカッツ殿が連れて来た連中の中には敵対貴族に買収された奴が居た。それを最初に見抜けなかったメルカッツ殿はジゼル嬢に一目置いている。

 

 そして模擬戦で引き分けたニールの事は女性だからと甘く見ていた事を詫びて娘みたいに付き合っている、彼女はデオドラ男爵のお気に入りだから強さ的には問題無いと思っていた。

 だが他の連中からも『姉御』と呼ばれて困っている、私兵部隊の指揮官はニールで部隊長がメルカッツ殿で話を纏めた。

 バーナム伯爵とライル団長から預かっている警備兵は屋敷の警備に専念、私兵部隊はローテーションで警備と魔法迷宮バンクの攻略。

 資金稼ぎと自己鍛練も平行して進めている、僕からの給金だけでは足りないだろうから……

 

 しかし一気に人が増えてきたな。使用人達もアシュタル達が集めているし、来週には貴族街の新しい屋敷に引っ越しだ。

 

 身分相応って難しい、あと不足しているモノって何だろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最初の舞踏会はローラン公爵家だ、最初に応援を約束してくれたし男爵位を賜るのに尽力してくれた。

 お互い色々な思惑が有りギブアンドテイクな部分も有るが、ニールを得られたのも彼等のお蔭だ。

 

 舞踏会にはパートナーとしてアーシャを連れて来た、王国主宰の舞踏会では無理だが今回は家と家との付き合い。

 唯一の側室だし僕が彼女を大切にしている事を周りに知らしめるには最適だ、後は異性のパートナーを連れている者には基本的にダンスは申し込まない。

 

 それがマナーの筈なんだが、ジゼル嬢やアーシャは結構誘われるんだよな。僕に喧嘩を売ってるのかと邪推する、勿論だが彼女達は誘いを断るけどモヤモヤするんだ。

 

「リーンハルト様、舞踏会へのお誘いは嬉しいのですが私がパートナーで宜しいのでしょうか?」

 

「ん?アーシャ以外に僕のパートナーは居ないのだが……」

 

 公式な舞踏会に婚約者を伴い参加する場合も有る、だが基本は伴侶か親族を相手に選ぶのが殆どだ。

 ウェラー嬢の場合はユリエル殿の親馬鹿が炸裂しただけだ、僕も未だ死にたくないから手は出さないし出したくもない。

 

 婚約者の場合は結婚が確定の場合、周りに知らせる為にだな。婚約破棄とか普通に有るし複数婚約者が居る場合も有る。

 

 僕の場合はジゼル嬢が本妻で確定なのだが、今の立場は男爵令嬢でしかない。逆にアーシャは宮廷魔術師第二席で伯爵の僕の側室、彼女に何か有れば僕は公式に手を出せる。

 

「そ、それは嬉しいのですが、公爵家の舞踏会に参加するのは初めてで緊張します」

 

「僕の側からは離れないで下さい。つまらない話ばかり聞かせる事になりますが、今回の舞踏会も派閥争いや宮廷内部の権力争いの延長です。気楽に楽しむ事は出来ないと思うよ」

 

 凱旋祝いの舞踏会だが、参加者は色々な思惑で僕とアーシャに近付いて来る筈だから彼女から目を離す事は危険だ。

 アーシャを丸め込んで僕に何かさせたいとか考えられる、つまり同性との接触の方が危ない。異性が近付いて来れば警戒するし、手を出せば全力で潰す。

 

 方針を決めているとローラン公爵の屋敷の正門に到着した、今夜は舞踏会だから正門は解放されている。御者が招待状を警備兵に見せて窓から僕を確認すると中に通される。

 

 これから邸内を通り屋敷迄は四季の花を楽しむ事になる。つまり敷地が広いんだ、僕の新しく手に入れた屋敷の十倍くらい広い。

 流石はエムデン王国でも五家しかない公爵家の本宅だけは有る、この他に別宅も有るのだから感心するしかないな。

 

「リーンハルト様、道の両脇の灯籠に火が点りましたわ」

 

 今居る場所から屋敷迄の道の両脇の灯籠に順番に火が点る、まるで光の道だな。

 

「幻想的だね、客を楽しませる演出は流石だ……」

 

 暫し幻想的な誘導の灯火を見詰める、多数揃えられるから見応えが有るのだろう。

 

「リーンハルト様、到着致しました」

 

 正面玄関の前に馬車を横付けに停めた、使用人一同が並んで出迎えてくれるのは主賓だからだよな?格上の屋敷の訪問なのに気を遣われ過ぎてないか?

 

「ん、有り難う。アーシャ、手を」

 

「はい、旦那様」

 

 先に馬車を降りて、アーシャに手を差し出す。白く細い手を軽く握り馬車を降りる補助をする。

 二人並んで立ち止まり執事の出迎えを待つ、この時にアーシャの腰を軽く抱いて親密さをアピールしておくのを忘れない。

 

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト様、アーシャ様」

 

 例の執事殿が対応してくれて屋敷の中へと招かれる、主賓は早目には来ないで定刻を少し過ぎた位に到着するのが常識。

 

 他は主賓よりも先に来て待つのだが、それも爵位は低い者から先に来て待つ。面倒臭いが仕方が無い、守れないと非常識と言われる。

 間に合わない時はギリギリでなく主賓の少し後に到着する様に調整する、参加者名簿が同封される場合は更に厳格に守れって意味だ。

 

「ようこそ、我が屋敷に!歓迎しますぞ、リーンハルト殿、アーシャ殿」

 

「リーンハルト殿、お久し振りです。初めまして、アーシャ殿」

 

「ようこそいらっしゃいました、今夜は楽しんで下さいな」

 

 ローラン公爵・ヘリウス殿・メラニウス様の順に丁寧に挨拶された、公爵夫妻と正統後継者のお出迎えとは驚かされる。

 僕は侯爵待遇だが本来は伯爵、公爵からすれば二つ下の爵位だ。アーシャは側室なのに礼を尽くしてくれる、これは半端な対応は出来ない。

 

「本日はお招き頂き有り難う御座います、アーシャ共々楽しみにしておりました」

 

 貴族的礼節に則って一礼する、アーシャは半歩後ろでタイミングを合わせて頭を下げた。彼女の立場ではローラン公爵に話し掛けるのは躊躇する、話し掛けられたら応えるだけだ。

 

「ふむ、アーシャ殿の見事な装飾品は……」

 

 不躾でない程度の視線をアーシャに向ける、今回は今風のドレスとショールはライラック商会で購入したが装飾品は全て自作だ。

 

「ええ、全て僕が錬金しました」

 

 ティアラ・ピアス・ネックレス・ブレスレット、それに指輪も全て自作した。

 

「見事なものですな、リーンハルト殿の錬金する物は老若男女を問わず大人気だ」

 

 歩きながら会話をするのはローラン公爵と僕だけだ、これも僕達の関係が円滑だと周囲に思わせる為でも有る。

 舞踏会の会場は広い、王家主宰の大広間よりは狭いが見渡すと二百人以上が既に集まっている。

 これがローラン公爵の一族と派閥構成員達か、バーナム伯爵と同じく武闘派と聞いているが流石に武器は携帯していない。あの派閥が異常なんだ……

 

「皆の者、聞いてくれ!ハイゼルン砦を攻略しウルム王国のジウ大将軍を二度に渡り倒した、若き英雄リーンハルト殿が来てくれた。

今宵はリーンハルト殿と最愛にして唯一の側室であるアーシャ殿を囲み楽しもうではないか!」

 

 ローラン公爵の言葉に一斉に注目し、笑みを浮かべパチパチと拍手をしてくれる。ローラン公爵はアーシャにまで配慮してくれたのには参った、ここ迄配慮されると困惑すら有るな。

 

 何人かの派閥上位貴族を紹介されて挨拶を交わす、三十分ほど紹介と挨拶を繰り返し、顔と名前を一生懸命覚える事に集中した。

 手紙のやり取りはしているが、所属派閥と名前の確認だけで顔は知らない連中ばかりだ。

 

 漸く紹介が終わり、ローラン公爵が楽団に合図を送ると演奏が始まる。漸く舞踏会の始まりだ……

 

「アーシャ、漸く舞踏会の始まりだ」

 

 退屈な顔を見せず常に柔らかい笑みを浮かべていたアーシャに手を差し伸べる、挨拶を交わした連中の半分以上はアーシャを見ていない。

 辛い時間だった筈なのに、そんな事を一切感じさせない彼女を愛しく思う。

 

「はい、旦那様」

 

 差し出された白く小さい手を握り、ホールの中央部分まで進む。既にローラン公爵夫妻は待っていたので、向かい合う形となる。

 

 互いに一礼してから音楽に合わせて踊り出す、失敗は許されない大役だ……

 

 舞踏会は二組の方舞から始まる、ホスト役のローラン公爵夫妻と僕とアーシャの四人だけ。然り気無く周囲に視線を送れば色々な感情が見て取れる。

 

 称賛・嫉妬・賛美・畏敬、良くも悪くも表情に出すのは二流だよ。純真な笑顔を向けてくれるのはヘリウス殿だけで、他の笑顔は感情が無くて怖い。

 値踏みの視線だな、僕に接触するメリットとデメリットを計算している。好意的に考えれば、各々が家の繁栄と存続の為に努力しているのだろう。

 

「アーシャ、僕はローラン公爵の派閥では半分近くから嫉妬と畏怖を感じる。警戒はしてくれ、何かしら絡まれたら困る」

 

 ダンスの途中で抱き寄せた時に耳元で囁く、表情は笑顔だからイチャイチャしてる風にしか見えないだろう。

 

「分かりました、不用意に言質を取られない様に注意します」

 

 彼女も楽しそうに笑顔を浮かべながら応えた、アーシャは本当に精神的に強くなっている。それだけ苦労を掛けているんだ、深窓の令嬢だったアーシャが多くの経験を積む位に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 方舞を終えてホール中央から食事やワイン等の酒類を楽しませる会場へと移る、ホスト役のローラン公爵夫妻も一緒だ。

 

「リーンハルト様のダンスステップは見事ですわね、若い娘達が熱い視線を向けてますわよ」

 

「メラニウス様こそ会場の紳士達からの視線を感じました、僕も踊る姿の艶やかさに目を奪われましたから」

 

「奥手で一途と聞いていたが、中々口は上手みたいですな」

 

 はっはっは、と笑い合う。軽い言葉のやり取りの中に色々な意味を探り合う。

 

 メラニウス様は一族の女性達を紹介しやすい話題を振り、僕が彼女を持ち上げてやんわりと断った。

 派閥取り込みで一番効果が高いのが婚姻、そして僕は男爵の娘の側室が一人。子爵以上の子女を送り込めればと考える、それが貴族の常識で有効的な手段だと思われている。

 

「リーンハルト殿、今回の活躍もそうですが巷を騒がせた賊も倒されたそうですね!」

 

 おお、強制的に会話に割り込んで来たぞ。流石は天然と言うか純真なヘリウス殿だ、ローラン公爵もメラニウス様も苦笑いをしている。

 彼等にとってヘリウス殿は後継者と言うよりも大切な息子なのだな……

 

「ヘリウス、少し落ち着きなさいな」

 

「そうだぞ、お前は俺の後継者なのだぞ。少しは落ち着くんだ」

 

「しかし、しかしですね。リーンハルト殿は『王国の守護者』と呼ばれているのです、騎士団や常備軍を差し置いてです。これは凄い事ですよ!」

 

 え?なにその恥ずかしい二つ名みたいなの?

 

「アーシャ、嘘だよね?嘘って言ってくれ」

 

「旦那様は英雄として大人気なのですが、先日の件で更に人気が高まりました。エムデン王国を脅かす者達全てとの戦いの最前線に身を置く覚悟が有る。そのお言葉と実力が相まって凄い事になってます」

 

 確かに言った、そうしないとメルカッツ殿が自殺を止めなかったし汚名の返上も無理だった。だが恥ずかしい呼び方が増えるのは嫌だぞ。


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