ブレイザー・フォン・アベルタイザーのトラップハウスを攻略した翌日、のんびりと朝食を済ませ昨日の事を報告する。
メンバーは、イルメラ・ウィンディア・エレさん・コレット・アシュタル・ナナルの六人だ。執事のタイラントは早朝からライラック商会の方に出掛けている、新しい屋敷の家具や調度品の手配について一任したから。
最初に『王立錬金術研究所』の所員の件、次に貴族街に新しい屋敷を購入し来週から引っ越しが可能な件。
最後にウィドゥ子爵の襲撃犯を倒して『カルナック神槍術道場』のメルカッツ殿と門下生の何人かを引き抜いた件を実際の順番と変えて説明した。
アシュタルとナナルにも話しておけば他の使用人達にも説明してくれるし、午前中に来るメルカッツ殿達の『能力査定』もしてくれる。
これから配下として働かせる訳だから、どの程度の能力か把握し適切な仕事を割り振る必要が有る。
無理はさせず能力に見有った仕事を割り振るのが、雇用者として必要な事だ。
食堂に集めて一通りの説明を終えて紅茶を一口飲む、嗜好品は贈り物で殆ど賄える状況なので助かる。
「ウィドゥ子爵の襲撃事件の真相には、その様な経緯が有ったのですね」
「横暴とは思いますが、貴族と平民との力関係からすれば仕方無い話です。ですが彼等はアウレール王の思いを踏みにじった、これは重く受け止めるべきです。私はリーンハルト様の行いは正しいと感じました」
アシュタルとナナルが肯定してくれた、このメンバーで貴族は彼女達だけだが、一般的な貴族の思考を持つ彼女達も悪くは感じてない。
ならば対応に問題は無かった、また変な行動をしてしまったと心配していたが良かった……
「そうだね、譲れない一線が有ったんだ。ウィドゥ子爵家が断絶になっても、譲れなかった。公爵四家の内、バセット公爵家との関係は微妙になった。今後は敵対はしないが緩やかに距離を置く事になる、他言無用だが心の隅に留めてくれ」
ローラン公爵とニーレンス公爵とは互いに配慮し合っているが、バセット公爵は微妙だ。礼を失わない程度に距離を置くべきだ、ザスキア公爵は協力者としては最高だ。
今回の件も、王都に広まる噂を聞けば分かる。かなり情報操作されていて、ウィドゥ子爵はアウレール王の思いを知っていても我を通す為に汚した事になっている。
これではバセット公爵ですら配慮せざるを得なかった、本来はウィドゥ子爵家の破門とか有り得ない。此方に妥協しろと話を通す筈だった。
だがザスキア公爵が広めた噂、アウレール王の思いを自分の面子と感情の為に汚したとされたら庇うのは不可能だ。
ザスキア公爵は僕とバセット公爵が直線的に反発し合う事を噂によって止めた、しかも向こうが配慮する様に仕向けた……
「新しい屋敷を購入された訳ですが、ジゼル様から使用人の雇用について指示されています。ナナルを伴い面接をして、必要な人員を揃えます」
「私達、互いのギフトについて教え合いました。私達が面接をすれば、不届き者や無能者は全て排除出来ます。最終的な判断は……」
「アシュタルとナナルに任せる、ジゼル様にも一言いっておくから好きにしてくれ。但しメイドに関してはメイド長のサラに、その他はタイラントの意見も聞いてくれ。
あとバルバドス様から一人メイドを預かる事になっている、近々紹介するよ」
ナルサの件は伝えてなかった、忘れた訳じゃないが言い出し辛かったんだ。また新しい女性ですかと言われたくなかった、今もアシュタルとナナルの目がニヤニヤしている。
彼女達は安寧の為に僕の側室になりたがったが、自身の能力を生かせる環境を与えたら喜んだ、別に僕の側室になりたかった訳じゃなかったんだ。
「畏まりました、使用人の補強と引っ越しの件は私達の方で準備を進めます」
「タイラントさんとサラさんとも協力して進めますから、ご安心下さい」
「頼む、雇用条件や賃金については希望を纏めて書面で頼む。あと護衛兵とメルカッツ殿達の扱いは、ニールに任せる事にする。コレットはニールの補佐を頼むね」
ニールは環境が良かったせいかメキメキと実力を着けている。デオドラ男爵が認めた程で、ルーテシア嬢と互角に近い戦いが出来るそうだ。
メルカッツ殿達にも負けないだろう、今考えれば彼女もアシュタル達と同じく良い買い物だった。まぁ側室に迎えるので微妙なのだが……
「イルメラとウィンディア、エレさんは僕と魔法迷宮バンクの攻略を引き続き頼む。レベルアップは急務なんだ、後は資金稼ぎかな」
「任せて下さい、私達はリーンハルト様のお役に立つ為に力を蓄えます」
「他では無理だけど、私達は冒険者としてリーンハルト君の役に立つもん!」
「勿論、頑張る」
む、久し振りにウィンディアの『もん!』を聞いたぞ。やはり良いモノだな、何か心がホッコリする。
その後、午前十時にメルカッツ殿が門下生二十一人を連れてやって来た。平均レベル26と武芸者として一人前以上の強さを持っている、残りは全員が辞めたそうだ。
彼等は全員が最前線で命を懸けて戦う事を望んだ、有る意味でデオドラ男爵の同類の連中。
メルカッツ殿は汚名を返上する迄は道場を閉めて僕に仕えるそうなので、普段は警備兵と私兵の両方をやって貰う事にする。
メルカッツ殿は年間金貨五百枚、門下生達は年間金貨三百枚、但し全員冒険者ギルドに登録し魔法迷宮バンクの攻略をして貰う。
主にレベルアップが目的だがドロップアイテムは自分達の収入にして良い、半数ずつローテーションで警備と攻略に分ける。
あと今住んでいる屋敷は別宅として手放さずに残す事にする、関係者も増えるし使い道は有るから……
◇◇◇◇◇◇
公式の舞踏会でエムデン王国に凱旋を祝って貰ったが、個別のお祝いはこれからだ。先ずは公爵四家主宰の舞踏会、それと派閥の上位三人主宰の武闘会(誤字にあらず)、ロッテとハンナの実家の夕食会。
隣接領地の領主である、マーヴィン領主のネクス・マーヴィン・フォン・ガルネク伯爵とラベルグ領主のジルベルト・ラベルグ・フォン・ベルリッツ伯爵の合同お茶会はリンディ嬢とヒルダ嬢が計画していて、近々呼ばれるだろう。
他にもメディア嬢やオレーヌ嬢からもお茶会に呼ばれている、出世して爵位や役職が上がると派閥の調整や根回しが主な仕事になるって聞いたけど本当だな。
一つでも疎かにすると足元を掬われる、極力派閥に囚われずに出世した僕でさえコレだ。他の連中なんて、もっと大変だろうな……
今日はニーレンス公爵の娘であるメディア嬢に、私的なお茶会に呼ばれている。本格的なモノは二番目の舞踏会だろう、一族と派閥関係者の全てが待ち構えている筈だ。
本日は正式な招待状を貰っている、僕だけに……
私的なお茶会と言えども関係者を絞るとなれば、レディセンス様の他にも誰か高い地位の同席者が居る。だからメディア嬢はジゼル嬢の同行を避けた、彼女らしい配慮だと思う。
二度目の訪問となるメディア嬢の屋敷、本宅よりは小さいが貴族街の屋敷の中でも大きい部類だ。ニーレンス公爵の財力とメディア嬢への愛情が分かる。
馬車は屋敷の正門に到着、警備兵四人に囲まれるが招待状の提示と顔見せで通行の許可がおりる。普通はそうだよな、最近顔パスが多い気がしていた。
強い魔力を感知、この魔力はファティ殿だが魔力隠蔽に長ける彼女が反応を見せるのは……レティシアから何か聞いてるのかな?
ドワーフ族のグリモア王との謁見は辞退しヴァン殿以外のドワーフ族の士族長との接触はしないと約束した。
だがエルフ族とドワーフ族の確執の根は深い、短命の人間には分からない程に長い。何百年も生きる彼等が憎しみ合う位だし、僕では解決は不可能だろう。
敷地の門から屋敷迄の道程は長い、四季の花が咲き誇り手入れが行き届いている。僕も通いじゃなくて住み込みの庭師を探さないと駄目だろうな、屋敷の維持管理って大変だよ。
馬車を正面玄関前に横付けに停める、出迎えは執事とメイド八人、それにロッテが控えている。
「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」
統率された動作で一斉に頭を下げられた、だが対応はロッテみたいだな。執事は一歩下がり、彼女が前に出て来た。
「メディア様の所に御案内致します」
「ロッテが居るって事は何か有るんだな、サプライズな誰かでも居ると楽しいかな?」
「それは……」
軽口で牽制したが本当にサプライズなゲストが居るみたいだ、今は教えられないって事は口止めされている。
「答え辛いなら無理に話さなくても構わない」
ヘルクレス伯爵やウィドゥ子爵絡みで色々と動いた件にも絡むか?バセット公爵と距離を置く事も、メディア嬢にはそれとなく話す必要も有る。
ロッテが無言で頭を深く下げてから先に歩き始めた、前回同様に庭に設えた東屋かテラスかな?階段で二階に上がり、長い廊下を抜けて食堂を通りテラスへと向かった。
やはりサプライズゲストか、メディア嬢にファティ殿、それに高齢の老女が座っている。年齢は七十歳以上だろうか、隠蔽されているが魔力を感じる。
ファティ殿の放つ魔力が強過ぎて存在を見落としてしまった、僕も未だ未熟だ。
「ようこそいらっしゃいました。ささ、此方へ」
丸いテーブルに椅子は四脚、僕の座る場所はメディア嬢の正面、右側が老女で左側がファティ殿だ。ロッテは下がらずに、僕の後ろに控えた。
「ご無沙汰しております。メディア様、ファティ殿。それと初めてお目に掛かる方が同席されていますが、ご紹介をお願い出来ますか?」
「ふふふ、私のお婆様ですわ」
「リザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンス。足腰が弱いので座ったままで申し訳ないの」
良く見れば車椅子に乗っていた、見た目以上に高齢なのかもしれない。
「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、此方こそ宜しくお願いします」
貴族的礼節に則って一礼する、彼女がニーレンス公爵の母親か……
ロッテが椅子を引いてくれたので着席する、直ぐに控えていたメイド達が紅茶とケーキの用意をしてくれた。
暫くは挨拶と時事ネタを加えた雑談で過ごす、メディア嬢が祖母を紹介する意味は不明だ。だが顔見せだけじゃなさそうだ、思いっ切り観察と言うか値踏みされているし……
「リーンハルト殿は自己鍛練を欠かさぬのだな、不思議なのだが僅かな期間で強くなっている」
「ハイゼルン砦の攻略とウルム王国軍と戦いましたから、実戦は訓練よりも効果が格段に高いです」
エルフ族のファティ殿は相手の力量を正確に見抜く、会うのは二回目だが毎回大幅にレベルアップすれば不信に思うよな。
「流石だな、これなら五年も掛からないだろう。レティシアが凄く気にしているので、私も気になったのだ」
やはりグリモア王の謁見の件を知られている、僕は彼女達の敵対種族とも友好的に付き合う変な男だからな。
「ふむ、レティシア殿がか?それは不思議な関係だの。私も彼女とは五十年以上の付き合いだが、人間に固執するとは初めて聞いたぞ」
リザレスク様はレティシアの古い知り合いなのか?五十年以上も前からニーレンス公爵家は『ゼロリックスの森』のエルフ族と親交が有ったのか……
「お婆様は土属性魔術師で、私の師匠の一人でも有ります」
「これでも強さには自信が有ったのだが、リーンハルト殿を見ると恥ずかしくなる程の差が有るの。流石はサリアリスが自慢する逸材、見事な魔力制御と隠蔽技術よ」
ふぉふぉふぉって笑ったけど、歯が何本か無いので空気の抜けた様な笑い声だ。この老女だが確かに強い、宮廷魔術師筆頭のサリアリス様を呼び捨てに出来ること自体が凄い。
「有り難う御座います。ですが未だ未熟、今は鍛練有るのみです」
やはりこの老女は曲者だ、要注意人物だな。
「ふむ、レティシア殿の探している人物を知っているそうだの?」
不意討ちな質問に表情が固まり頬が引きつる、確かに僕はその人物を知っている。何故なら転生前の自分だから……